3話 無駄な抵抗
『ふむ、次は…その前に、名はなんという?』
『ドールです。葎様』
『ではドール。早速だが後ろの者達に、俺に全てを明け渡すことで安全が保障されることを説明してくれ』
『承知しました』
指示を受けたドールは集団に向き直り、彼らの言語で話す。すると、一部の人はそれに不服のようだ。その中心には、最初から反抗的な態度を取り続ける服飾の豪華な男がいる。
「fTSQB!YCuHTD!FzZCEWe PtdznN!」
その男の物言いに、何人かは賛同する様子を見せる。断固として説得しようとドールが口を開こうとするが、その前に葎に肩を掴まれ中断される。
『どうやら、従わない輩がいるようだな』
『申し訳ありません。すぐにでも従わせて見せます』
『いや、反発するのも無理はないだろう。だから、輩には一度だけチャンスを与える』
『チャンス…ですか?』
葎の顔の大半は面具によって覆い隠されているため、表情を読み取ることが難しい。しかしドールは、唯一露出している目からある感情を読み取った。それは、これから言うこと起こすことが楽しみで仕方ないような目だった。
『輩を集めて俺と戦うのだ。もちろん俺一人だし、そっちは武器を使ってもいい』
『それは…いえ、承知しました。準備させますので、少々お待ちを』
ドールはチャンスの内容を説明する。その間、近くまで来ていた氷川が葎に話しかける。
「葎さま。何をしてるのです?」
「ん?ああ、これからこの小人達をまとめるからもう少し待ってくれ」
「あいつら戦おうとしてるみたいですが、加勢しますか?」
「いや、俺一人でやる。それより、抱えているそいつはどうして怯えてる?」
さっき葎に殴られて気絶させられていた男は目を覚まし、青ざめた表情で氷川の腕に収まっている。
「さあ?どうしてでしょうか?それよりも、こいつを持って帰ってもいいですか?俺らと同じか調べてみたくて」
氷川が向ける視線には普通ではない感情が混ざっていた。本人も見たことのない内側を洗いざらい、隅から隅まで見ようとしている。そんなことを連想させるような恐ろしい目線を受けている男は、今にも泣き出しそうになっている。
『何をしようとしているのかは分かりませんが、機関長…トーマスは貴重な人です。やめさせてください』
説明を終えたらしいドールは氷川の腕にいる男、トーマスの助命を乞う。
『安心しろ、無闇矢鱈な生贄はいらん』
葎はトーマスの首根っこを掴み、氷川の腕から離してやる。地面に下ろすと、脱兎の如く飛行艇へと走っていった。同時にトーマスと同じような服装をしていた何人かがトーマスについて行き、同じように飛行艇の中へ入っていった。その様子を氷川は名残惜しそうに見つめていた。
「氷川、あいつはダメだ。あとで代わりはやるから」
「!…はい!ありがとうございます!」
葎の代案に氷川は機嫌を取り戻した。ドールはその様子に、言葉は分からなくとも大体のことを察した。やめてほしいと思うも、これから犠牲になるだろう人物を思い浮かべ、それくらいで要求が収まるならと押し黙る。
そんなやりとりをしている間に、先方は戦闘の準備が終わったようである。それを確認した葎は、氷川を含め見物人達を下がらせる。
『ドール、一つだけ教えてくれ。あいつらが俺に向けているあれはなんだ?』
横に整列した8人が全員が、細長い何かを葎に向けている。
『あれは、私たちの言葉で「銃」と呼ばれる物です。火薬を使って弾を飛ばす武器です』
『なるほど、火薬を使うのか。嗅ぎ慣れた匂いがしなかったから気づかなかったな』
葎は列に対し真正面から向き合う。弓と矢を背負ったまま手ぶらで堂々と立っている。
『合図を送れ』
それを聞いたドールは先方に声を上げる。
ダァン! ダァン! ダァン!
すぐさま銃が放たれる。先ほどトーマスが持っていた手のひらサイズの銃とは違う、重い炸裂音が響く。しかし、結果はトーマスの時と同じ。葎の鎧はカンッと音を立てながら弾を弾く。全弾を受けきった葎は何事も無かったかのように歩き始める。
その様子に先方が動揺するが、後ろにいる服飾の豪華な男が檄を飛ばす。すぐに次の弾を放つが、葎には何の変化もない。次々と放たれる弾は、歩く勢いさえも変えることがない。無言のまま近づいてくる葎に恐怖を抱く頃、葎は列に差し掛かる。
しかし、葎は何もせずに通り過ぎていく。周りが困惑する中、後ろにいる男の前に辿り着く。そこで初めて停止すると、男の頭に手を伸ばす。
バァァン!!
男は後ろに隠し持っていたより大きな銃を葎の手に向かって放った。葎は戦闘が始まってから初めての痛みを感じる。目覚しいことにその弾は掌を貫通し、籠手の内側にささやかな衝撃を与えた。
葎が怪我をして血を流す光景に、男は口角を上げる。が、痛みは動作を妨げる要因にはならないようだ。すぐに怪我をしたままの手のひらによって頭を掴まれてしまう。驚愕した男は抵抗するが、近すぎて銃は向けられず、手に穴が空いているとは思えない万力の如き握力から逃れることは出来ない。
「aAFm! uLxr tWkMYLeFSw ZGw…」
何かを言い切る前に、葎は頭を掴んだ手を大きく振りかぶる。男は勢いによって体が浮き上がり、頭を支点にして回転する。振りかぶり終わった葎の手には、男の首から上だけが残った。千切れ飛んだ体は、血を撒き散らしながら1回バウンドして地に伏せる。断面から血がどくどくと流れ、二度と自力で起き上がることはない。
凄惨な光景を目撃した小人達は、顔が青を通り越して蒼白になる。次々に手に持っていた銃を放り投げ膝を地につけ、涙で潤んだ視線を葎に送る。しかし、集落の人々は何かの催し物を見るときのような気楽な雰囲気である。一方では何かをビチャビチャとこぼす音と歯が奏でる音が鳴り響き、一方では称賛の声や拍手が巻き起こる。
『ドール。格好から察するに、これで位が一番高いのはお前だろう?こいつらを纏めておいてくれ。それと、飛行艇の周りに簡易的な寝床を作っておけ。壊した俺が言うことじゃないが、しばらくは飛べないだろうから』
『しょ、承知いたしました』
心なしか、ドールの声は先ほどまでよりも硬い。ドールが指示出しをしているのを横目に、葎は長老に歩み寄る。そして、手に持っている生首を差し出した。
「爺さん、こいつらは俺が預かることにした。家を壊したことは、こいつの首で許してほしい」
「…ええ、もちろん。元々、葎殿があれを落とし、中にいる大陸人を服従させたのです。わしらは何もしとりません。葎殿が引き受けるのが当然です。しかし、わしの家が壊されたのも事実。この首は、大陸人からの謝罪として受け取ります」
「そうか。それともう一つ」
鎧の内側から取り外したのは、小さい銀の延べ棒。輝かしい光沢から、混ぜ物は少ないように見える。それを見た長老は目を見開き、震える両手で受け取る。
「これで食料をありったけくれ。あと、これから氷川に治療してもらいたい。そこから俺の治療費も差し引いておいてくれ」
「りょ、了解いたしました。しかし、集落の備蓄はあまりありません。鯨を獲ってきてからでも良いですかな?時期には少し早いですが、今から獲りに行かせます」
「ああ、それでいい」
長老とのやりとりが終わると、集落の人々は何人かを残し戻っていく。そのうちの一人は氷川がいた。氷川は葎を見つめている。期待した表情で見つめている。
「氷川、お前にやるのはあそこに転がっている体だ」
氷川はあからさまに落胆した表情を見せ、小声で「生きているのが良かった」とぶつぶつ言っている。
「ダメだ。生きているのは利用価値がたんまりとある。不和を生み出しかねん奴は仕方なく始末しただけだ。それより、手を負傷した。治療してくれ」
氷川はねだろうとしたが、正当な理由を見つけられずすぐに諦める。そして携帯している医療用具で簡易的な手当てを始めた。
かくして、葎は大陸人との個人同士の戦力差を測ることができた。次の目標となるのは、おそらく大陸人の主力、飛行艇という兵器。手当の間、飛行艇との最初の邂逅の瞬間、攻撃された時のことを思い出していた。




