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2話 海の向こうからの来訪者

「よし、戦果確認だ」

「はい?」


 笑顔で言う葎。自分で浮遊する鯨(推定)を倒したのだから当然の行動である。しかし、本人の体は薬草が貼られボロボロ、建物は大きく抉れて崩壊寸前である。浮ついた声と朗らかな顔で言う葎とは少しチグハグだ。


 上機嫌に吹き飛ばされた防具を集めている一方、氷川は困惑していた。見知らぬ何かが攻撃したこと。それで吹き飛ばされたこと。そして一瞬で葎が解決してしまったらしいこと。人生で初めての非日常の連続に、氷川は思考が停止している。思考が立て直せたのは、最後に面具を取り付け終わった鎧姿の葎に話しかけられてからだった。


「氷川、そこにある弓と矢筒を取ってくれ」

「…は、はい!」


 慌てて弓を取ろうとする氷川。左手に弓、右手に矢筒を持とうとすると、体が左に傾き倒れそうになる。慌てすぎたかと思ってもう一度持とうとしても左手の動きが鈍い。不思議に思って弓を見ると、所々塗装が剥がれ落ちた向こうから、反射した自分の顔が映っていた。


「こ、これは…鉄で作られてるのですか?」

「ああ、そうだ。それが遠雷の証だからな」


 葎は氷川の手にある弓を、まるで枝を持つようにヒョイっと持ち上げてしまう。呆気にとられた氷川であるが、右手に持っているものを思い出し葎に渡す。弓が重すぎて意識になかったが、矢筒と中にある2本の矢も普通よりも重いことに気づく。


「あ、あの。もしかしてこの矢も?」

「ああ、鉄だ。でないと壊れるからな。さあ、行くぞ」

「はい、お供します」


 完全武装の葎は、身につけている武具を意に介さずに大股で歩く。氷川は斜面とまばらにある石に足を取られそうになり、ついていくだけで精一杯だった。ただ、このペースなら氷川の息が上がる前に海までは着きそうである。


 しばらく歩いて集落の中心に着くと、たくさんの人が集まっているのが見える。全員が農具や刀を持っており武装している。さらに近づくと、見覚えのある老人と男二人がこちらにやってきた。額に汗をかきながら近づいてくる。


「これはこれは武士殿。あの浮いていたものは貴方様が倒したのですか?」

「ああ、今からその死体を確認しにいくところだ」

「そうですか。では、お供してもよろしいですかな?貴方様を攻撃し、わしの家を壊した不届きものを、この目で確認したく」

「構わない」

「ありがとうございます」


 葎がズンズンと進んでいく後ろを集落の人々がゾロゾロとついていく。その様子は、全員が武装していることもあり行軍している軍隊のようだ。その中で葎は集落の人々よりも頭ひとつ大きく、全身鎧を着ているためよく目立っている。進んでいる途中、老人は目立たぬように氷川に近づいた。


「氷川、氷川。なんか機嫌が良くないかの?」

「あのよくわからないのを倒してからあの調子ですよ、長老。それと、彼の方は遠雷葎という名前です」

「何!?苗字付きなのか?!」

「何か言ったか?」


 突拍子も無く大声を出した長老に葎は様子を尋ねる。それに長老は肩をビクッと振るわせながら硬い表情で取り繕う。


「い、いえ!氷川から葎殿のご活躍を聞いていました!」

「そうか」


 長老の返答を聞くと興味を失いどんどん前へと進んでいく。その様子に、長老はホッとため息をついた。


「えと、あの背中に背負っている弓が遠雷の証だとかなんとか」

「…うむ、これは少し、方針を変える必要があるの」


 長老はそばにいた男に耳打ちをする。護衛のようについている二人のうちの一人だ。男は頷くと、集団を離れてどこかに去っていった。


 そんなやりとりをしている間に、一団は海辺に着く。集落の家々で見えなかったが、ここでは周辺の地形がよくわかる。この集落はリアス式海岸のように入り組んだ岸のうち、奥まった場所に位置し、多数の艇が停泊しているのが見える。落ちたのは丘向こう側のようで、飛んでいた時は断続的だった黒い息が継続的に吐き出されている。


きめ細かい砂つぶに変わった地面に多数の足跡を残しながら一行は歩き続ける。近くなった波の音を聞きながら、あと一歩で向こう側が見えるところで、葎は足元に軽い衝突を感じた。


 視線を落とすと、足元には鼻の下に髭を生やした男がいた。見たことのない服装をしているが、それよりも目につくことがある。それは大きさ。明らかに小さい。葎と比べると子供のように見える。


「tg!?DuJF!?!」


 何かを喚いているが、何を言っているのかわからない。葎が奇妙なものを見るように少し身を屈めて視線を合わせようとすると、男は懐から何かを取り出し、葎にそれを向ける。


パァン!


 乾いた炸裂音と共に、葎は面具にカキンと軽い衝撃を感じる。葎にとっては飛んできた羽虫を払うほどの重みもなかったが、攻撃されたと判断して拳を振り上げる。


メコッ


 直前まで喚いていた頭に直撃、被っていた鉄帽は容易に変形した。籠手越しの感触に違和感を感じ、すぐに拳を戻したが、鉄帽には大きな凹みが残った。被っていた本人はバタッと倒れ、地面に伸びている。


「変な音がしましたが、どうしました?…なんですか?それ」

「わからん」


 氷川が尋ねてきたが、正体を知りたいのは葎も同じである。伏せているそれの首根っこを掴み目の前に近づける。砂で白く染まった男は、小さいながらも顔は成人男性相応の顔である。


「もしかして…大陸の住人か?」

「大陸の住人…ですか?」


 氷川は葎の呟いた聞き覚えのない単語に疑問を抱く。


「ああ。この大地とは別の、海の向こう側にある大陸に住んでいる。俺らよりも小さい体で、大陸を埋め尽くすほどいるらしい。」

「へぇ、海の向こうに住人がいるんですね」

「…よし。こいつ持っていろ」


 何かを考えるような素振りを見せた葎は、唐突に手に持っていた男を氷川に投げ渡す。氷川はいきなりの行動に慌てて取り落としそうになるが、なんとか男を再び地面に伸ばすことはなかった。


 集落の人々が小さな男を一目見ようと取り囲んでいるのを横目に、葎は一人で丘の向こう側へ行く。そこには、黒い息もとい煙が上がって海辺に半分埋まっている巨大な何かと、その麓の一箇所に集まっている小さな人々がいた。それを確認した葎は大声で言い放つ。


『お前らは、大陸からやってきた人か!』


 葎は先ほどまで話していた言語でも、小さな男が話していた言語でもない言葉を話した。40人、いや50人ほどの集団はいきなりの大声で一様に驚いた。そこからの反応は人によってまちまちである。恐怖に駆られて怯える人。こちらを観察している人。そして一番多い驚いたまま動かない人。


 少しの間、静寂が訪れた。そして集団の中から一人だけ動くものがいた。


『我々には敵意はない!!どうか、寛大な措置を所望する!!』

 集団の中では比較的若い眼鏡をかけた男が、葎の叫んだ言語と同じもので返す。通じる言語があるならと、葎は続けて言葉を紡ごうとする。その時、小人達に動きがあった。


「Ep!krPdxEpsgd!?」

「jcRATuYsa!?」

「evn、dohstuv!」

「SbnnirL! PKBZfMjtu!」

「ekGjRE! YQfwkCbHPa!」


 口々に騒ぎ立て、一気に緊張感が張り詰める。叫ぶ先は葎に対してや、言葉が通じた眼鏡の男、はたまた自暴自棄に叫んだりで三者三様である。言葉はわからないが、眼鏡の男がなんとか取り成そうとしていることがわかる。が、無駄のようだ。すでに何人かは険しい表情になり、手に持った武器らしきものを葎に向けている。


「おーい葎さまー。どこですかー?って、ほんとにうじゃうじゃいる」

 一触即発の雰囲気の中、そんなことは知らない氷川の間の抜けた声が響く。その後ろからは集落の人々も次々と姿を現す。


「おう、きたか。さっきのは無事だったか?」

「はい。大きなタンコブはありましたけど、気絶してるだけですよ」

「そうか。ん?」


 葎は視線を氷川から小人達に直すと、静まり返っていた。そして皆一様に顔が青ざめ、体が震えている。いや、一人だけまだ口喧しく捲し立てている。


「rdkn!eunciy!eknu hvfirmic vei…gw!?」


 周りに対して叫んでいた最も服飾の豪華な男は、そばにいる人に叩き伏せられて黙らされたようだ。


『…もう話してもいいか?』

『すまない!我々は、本当に敵意はないんだ!』


 平身低頭、頭を下げて眼鏡の男はいう。しかし少し前は全員で騒ぎ、直前までも一人が騒ぎ立てていた。敵意はない、そんなことを言われても、葎は信用できなかった。


『…それを証明できるか?』


 当然の葎の問いに、眼鏡の男は胸につけている印を勢いよく握る。


『これは、私が軍に忠誠を誓っている証だ!』


 そういうと、握ったそれを強引にちぎり取り、遠くへ投げ捨てる。小さな証は波に掻き消されながら沈んでいった。


『我々は、全面降伏する!この身と飛行艇を貴方様に捧げ、知りうる全てのことを明かすことを誓う!』


 両膝を地につけ、両手を上げ、視線を葎から一切逸さない。


『………』

『………』


 互いに何も言わない。腕を組んでいる葎と眼鏡の男は互いに見つめ合っている。集落の人々はどうしたもんかと手持ち無沙汰になっている。小人の集団は矛先が向かないようにと息を潜めている。


 永遠にも感じる短い時間を得てようやく葎は動き出す。眼鏡の男に向かって歩き始める。砂を踏みしめる音と鎧が鳴らす音が、やけに大きく聞こえる。その間も、二人は視線を外さない。葎は手を伸ばせば届く距離で止まった。大きな体格差と跪いていることにより、眼鏡の男からは壁があるように感じる。それでも目を逸らさない。


『…指揮官はお前か?』

『いいえ、私は航海士です。最高指揮官やそれに準ずるものは、一人を除き墜落時に死にました』

『その一人は、最後まで叫んでいたあの男か?』

『そうです』

『そうか…先ほどの誓いに二言はないな?』

『はい』


 澱みなく答える眼鏡の男。海水で湿り、砂まみれになった姿でも、目だけは揺るぎない決意を感じる。


『ならば、この葎がお前達の安全を保証すると誓おう』

『!ありがとうございます!』


 その言葉を聞くと、眼鏡の男は肩の力を抜き、深く息を吐く。そんな様子を気にもしない葎は黒い塊もとい飛行艇を見上げ、これならば夢を叶えられるのかもしれないと、これからの事に想いを馳せるのだった。

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