27話 ようやくの始まり
葎は顔を伝うヌメっとした感覚と共に覚醒した。もはや日常となりつつあるズイからの熱烈な行為であるが、目覚めが心なしか良くなるのでそのままにさせていた。ズイを撫でながら体を起こすと、目の前にはドールとトーマスが待ち構えていたかのようにいた。
『おはようございます、葎様』
『おはよう。こんな起き抜けにどうした?』
『昨晩の事について同僚と話し合ったのですが、やはり祖国への帰還を希望する人はいませんでした。少し落ち着いた今では新天地に浮き足立っている者がいるほどで、ことが終わったら自由になれると聞いて喜んで協力するという意見が大多数でした』
『まじか、本当にドール以外は帰る気が無かったのか…俺が言うのもなんだが、祖国に居場所がないとはいえ自分の体の二倍ある巨人がいる場所でも良いと考えるのは…なんというか、度胸があるな』
『ここにいるのは祖国のはぐれ者の中でもちゃんと軍隊の試験に合格した上でこの遠征に選抜された優秀な者ばかりですので、肝が据わっているのも考えれば納得なんですが…流石にここまで徹底的なのは私も予想外です』
『と言うことはトーマスもか?』
トーマスに視線を合わせる。いきなり目が向けられたトーマスはビクッと体を震わせ、会話ができず困った視線をドールへとチラッと向けたりしている。
『トーマスはやりたい事に没頭しすぎて家族から勘当を言い渡されたらしく…そのこともあってトーマスは優秀な技術者なんです。』
『そんだけビクビクしていると疑わざるを得んが』
『あはは…』
そんなたわい無い会話をしていると、村の方から梻がやってきた。
「よう葎殿。お目覚めはどうじゃ?」
「藁さえもないから肩が凝りそうだ。それよりもどうしてここにきた?何か動きがあったのか?」
「いやそう言うわけではなく、食料調達に必要な絵図を持ってきたのじゃよ」
そう言って広げられたのは年季の入った古そうな絵図。ただそれでも精度は高いようで、流血樹を含んだ周辺の村への方角と距離がわかりやすくまとめられた良質な絵図だった。これだけの制度があれば食料調達において役立つことは間違いなかった。
「これはなかなか良いものだな。この精度を出すにはかなりの測量技術がないと難しいと思うが…これは自分で作ったのか?」
「おうよ。通信石を使った正確な絵図じゃ。信用してくれて構わんよ」
「なるほどな、普通はできない手段だからこそのこの精度か。ありがたく役立たせてもらおう」
渡された絵図を畳んで懐へとしまっていると、遠くから声がしてくる。
「あっ、村長やっと見つけた」
声をかけてきたのは樫野だった。何か大きな棒状ものを背負っており、目的の人物は梻のようだ。
「今日は商談に来た。これを対価に、俺の作りたい商品を作らせてくれ」
「ふむ、蒼銀鉱か。なかなか良いものを持ってきおったが、この精錬度では高くは買い取れんな」
梻が蒼銀鉱と呼んだ樫野が持っている金属は、若干青みがかった銀色をしている。その特性は他の金属より抜きん出た頑丈さ。強度、硬度、靱性の全てが重さと比べて高いのだ。精錬度を高め、内包された青色がより濃くなっていくと共に堅牢性も高まっていく金属である。
かつて数百もの国がひしめいていたこの地は、蒼銀鉱の技術を持った6つの国によって悉く滅ぼされたという。その発見の前後で戦術が一変したと評されるほど、それは歴史を揺るがす空前の代物だった。
そんなトンデモ性能を有する蒼銀鉱であるが、性能に直結する精錬度は色で判定することができる。そして樫野が持ってきたのは少し青みがかっている程度。鉄よりはマシ程度の性能しか持たず高く取引されるほどの物ではなく、無慈悲に鑑定する梻の言葉に樫野はガックリと首を落とす。
「おお、俺の鎧に入っているけど、原材料そのままを見たのは初めてだな。…ん?」
ふと視界の端に映ったトーマスの様子がおかしい。見ると樫野が持っている蒼銀鉱を指差したまま硬直していた。なんだろう、と思っているとトーマスがいきなり騒ぎ立てる。グレイソンの言葉を話しているため葎には分からないが、それはトーマスも理解しているようでドールの服を引っ張り早く伝えさせるように急かしていた。そして捲し立てる内容を聞いていると、ドールも驚いたように蒼銀鉱を二度見している。
『おい、トーマスの言葉はわからないんだから、何が起こっているか教えてくれよ』
『え?…えと、あの…その方が持っている金属はカルデライト…らしいです。まだ詳しくは調べていないので知らない金属の可能性はありますが、トーマス曰く青みがかった銀色と言う特徴はカルデライトの特徴と一致しているらしいのです』
『は?カルデライト??』
カルデライトとは、飛行船が浮く力を生み出すサーマル・ポテンシャル・チャンバーの根幹であると過去にドールが説明していた。まだそれっぽいと言うだけであるが、もし蒼銀鉱がカルデライトであるとするならば、最も重要な素材が思っていたよりも簡単に入手することができてしまう。この鉱石は主に火山で算出されるが、この地では火山はありふれた存在だ。実際に数えられたわけではないが、住居圏の十倍もの面積が火山地帯だと言われるほど。精錬されれば体積が激減するとはいえ、母数の多さから蒼銀鉱は別に珍しい鉱石ではないのだ。
そしてここで葎は思い出す。カルデライトは火山でしか採取できない希少な鉱石であり、使えるようにするために高い精錬技術が必要だと、かつてドールが言っていた。この特徴は蒼銀鉱と似通うところがあると思い至った。
「なんじゃ、そっちだけで会話しおってからに。何が起きてるか説明せんかい」
先ほど葎がドールに対して言ったことと同じことを言われ、葎は確証を得るために発言する。
「樫野、その蒼銀鉱をこいつに触らしてくれ。もしかしたらそいつは俺らが求めていた超重要なものかもしれん」
「え?良いけど…パクらないでくれよ」
樫野は蒼銀鉱をトーマスへと渡す。樫野にとっては片手で持っていたものだが、トーマスにとっては両手で抱えるほどの大きさとなっている。トーマスは蒼銀鉱を凝視して、触って、少し叩く。
「じゃから説明してくれ」
「シキミ、飛行艇を飛ばす力の源が、その蒼銀鉱かもしれん。もしかしたら、俺たちは思っていたよりも早く飛行艇を作れるかもしれんぞ」
「何!?それは本当か!?」
「それを今確かめさせている」
トーマスは何度も向きを変え、持ち方を変えて確認する。しばらくすると確信に満ちた瞳で葎を見つめ、そして力強く頷いた。言葉にせずとも、それがどう言う意味を持つのかを瞬時に理解し、葎は少し高揚する。
「間違いないらしい。蒼銀鉱は飛行艇を飛ばすカルデライトと同じだ」
「おお!未知の技術がこんな身近にあったとはのう」
梻の言葉に葎は頷く。まさか身近どころか身を纏う鎧に使われている蒼銀鉱が空を飛ぶための原材料だとは思いもしなかった。火炙りにされても体が浮いて回避できてしまうのではないか、そんな阿呆な考えが過ってしまうほどに葎は驚愕している。
『ただ、このままでは飛ばす力はないようで、もっと精錬して純度を高める必要があるらしいので、すぐには作れなさそうです』
『わかった。材料が分かれば次は使い物にするための設備作りだ。すぐに取り掛かろう。必要なものがわからんから教えて欲しいが…ドール、何か描けるものはあるか?』
『はい。いつもメモ帳は持ち歩いているのですぐにでも』
『よし、ドールはあらかじめ必要なものを書き出しておいてくれ』
懐からメモ帳と鉛筆を取り出して書き始めたドールを横目に、葎は梻の方へと向き直る。
「梻、こいつを集めたら精錬するための設備が必要になるらしい。今ドールが紙に書き出してくれているから、それを参考にして専用設備の建設も頼みたい」
「おうよ。俺があの飛行艇を一から作る第一人者となる日も近いな。腕がなるぜ」
腕をパシパシと叩きながらワクワクとした様子で返事をする梻へ、置いて行かれている樫野が話し掛けた。
「あの…ちょっと?」
「それ、在庫はどのくらいあるんじゃ?」
「え?多分10人分の装備一式を作るには十分だと思うけど…もしかして?」
周囲の反応と聞こえてきた話から、樫野は期待を込めて問いかける。
「それを全部こっちにくれるんなら、お前の好きなもんを作れるように手配しよう」
「!っしゃあ!!」
思わずガッツポーズを取る樫野。停滞していた状況がようやく前進し、樫野は腕を振り上げて喜びを体全体で表現している。
「で?そいつを引き合いに出して作りたいもんってなんじゃ?」
「ふふふ。良くぞ聞いてくれた!それはこれだ!」
樫野はずっと背中に背負っていた棒状の荷物から包んでいる布をかぎ取り、その全貌をあらわにする。黒光りした鉄製の棒の先端には穴があり、細長い筒だとわかる。その大きさ、そして抱え方に何か既視感を覚える葎。
「ふふふ。ただの鉄筒にしか見えないが、これは世界を変える兵器となるものだ!その名も…噴射型破砕魔筒!」
「「……」」
梻はその鉄筒を興味深しげに眺めているが、葎とグレイソン人達はお互いに顔を見合わせる。見覚えのある形状に困惑しているが、そんなことはお構いなしに樫野は話始める。
「火薬の力でこの鉄球を発射してぶち当てる優れもんだ!威力は破砕矢に引けを取らない。並の鎧ならヒビを入れ、上級武士の分厚い鎧でも衝撃で痛手を負わせられる。これならばあのアホみたいに重い破砕弓を引くための血の滲むような訓練など一切不要! もやしっ子の私でも指先ひとつで破砕弓並みの威力を実現できるのだ!!これが量産された暁にはただの足軽部隊や農兵がたちまち破砕衆と同等の戦力となり…って、なんだ?」
腕を振るって早口で熱弁する樫野に待ったをかける葎。
「…樫野、それは海の向こうで銃と呼ばれる…いや、その大きだと大砲か?まあ、とにかく今ここにいる小人達が持ってきた技術と同じものだ」
「な!?なに!!?そんなばかな!これは俺が発明した世界初の…」
「じゃあそれの弱点を言い当ててやる。破砕弓と違って放つ時に大きい音が出るだろ?」
「う、うぐぅ。なぜそれを!…いや、そうなんだ…せっかくの破砕弓の利点せある静音性がかき消されるような欠点があるんだ…でも、数が揃えられることが最大の!…」
「何も否定しようとしているんじゃない。むしろそれを支持したいと思っているんだ」
「へぇ?」
間抜けた声を漏らしながら、樫野は葎の言葉の意味を少しずつ咀嚼していき理解すると気持ちが昂っていく様子が見て取れる。今までは破砕弓と比べられ、その商品の実用性を疑われ続けた苦労から、葎に肯定された時の喜びはかなりのものだった。破顔した表情で葎に詰め寄っていく。
「ほ、本当か!やっとこの素晴らしさに気づいてくれる人が!」
近づこうとする樫野を引き離しつつ、葎は答える。
「ただ、製造するのは樫野が持ってきた銃ではない」
「そ、そんなぁ」
「悪いが、もっと優れた性能の銃があるんだ。それの製造に携わってもらいたい。この仕事は0から銃の概念を生み出せた樫野が適任の仕事だ。これはこの地において二人といない才能だ。…引き受けてもらえるか?」
「そこまで言ってくれるなら喜んで!」
興奮冷めやらぬ様子で気合いをたぎらせている樫野。まさかのこ
んな短時間で飛行艇と銃の製造の目処が立つという望外の結果に、葎は驚愕すら覚える。やるべきことは山積みだ。だが、今はまず一つ一つ確実に進めていくことが肝要だ。自分の容量を超える仕事は間違いなく全体の成果に響いてしまうのだから。
梻と樫野は段取りの確認を、ドールとトーマスは設備の設計で意見を出し合っている。賑やかになった周囲を横目に、葎はふと足元で待機していたズイに目をやった。喧騒とは対照的に、ズイは会話の邪魔をせず静かに待機していた。何も心配事がないようなつぶらな瞳を前に、葎の張り詰めた心が解けていくのを感じた。
「さあ、忙しくなるぞ」
葎が背中を叩くと、ズイは嬉しげにその体を揺らした。ようやく、ここからが本当の始まりなのだ。




