26話 会議その2
何やら共通の思想を通わせた浪人と梻に対して、葎は呆れた目線を送りながら仕切り直そうと口をひらく。
「そこの脳筋どもは置いておいて、本題に戻るぞ。長期目標が天下統一、中期が流血樹の復興として、直近のことを決める。つまり、俺と飛行艇がどう行動するかだ。今の戦力は俺と浪人しかいない。こんな戦力では何もできずに死ぬだけだ。まずは戦力の拡充を急ぐべきだ。それについては異論はないな?」
葎の言葉に、全員が頷く。一応、結弦や貫弦などの戦闘ができる村人は存在する。しかし戦闘を生業とした完全武装の武士相手では、束になれば何とかなるかもしれないが、基本的に手も足も出ないだろう。そして武士である捕虜達は戦力としては申し分ないが、まだ協力を取り付けているわけではなく、こちらについてくれる保証もないため、葎は戦力としては考慮していなかった。
「しばらくは飛行艇は動かさずに情報収集と小人達との技術交流をしようと思っている」
「飛行艇を動かさないと言うのはどういうことだい?」
葎の言葉に疑問を覚えた伊佐那は質問する。移動するにも、どこかを攻撃するにも、最大の手札を切らないことに納得がいかないのだ。
「良い質問だ。それはな、今俺が置かれている状況がわからないからだ」
「…つまりどう言うことだい?」
葎の返答を聞いても伊佐那は頭に疑問符を浮かべている。
「黒の軍が俺のことを始末したと思っているのか、それともまだ探しているのか。それによって取れる行動が変わってくるんだ」
「いや、葎はあの艦隊からの攻撃で死んでると思われてると思うぞ?たまたま飛行艇という高速移動手段があっただけで、それがなけりゃあの攻撃で死んでいるのか確実だぞ?」
浪人の言葉に全員の脳内に流血樹が攻撃された時のことを思い出す。あの火山の噴火かと思うほどの黒煙を立ち上らせている光景が思い浮かび、恐怖で慄く。あの攻撃で生き残ることができる者は存在しないだろう。
「確かにあの攻撃を喰らえば死は免れないだろうな。だが、たまたま俺が村を離脱していた可能性を疑って周辺地域へ捜索隊を派遣させる可能性がある。そういった時にはちゃめちゃに目立つ飛行艇を飛ばしたら生存をばらすことになる。それは避けたい。一番良いのは俺が死んだ前提で動いてくれることだが、それはそれで潜伏して行動する利点があるからな。いずれにしても飛ばさないほうがいいだろ」
そして軍だけではなく一般人の目に入ることもまた問題だった。正体不明の黒い物体が空に浮かんでいるのだ。それを見た人はそのことを軍に通報するかもしれない。そうでなくとも、未確認飛行物体は噂話として瞬く間に広がってしまい、巡り巡って軍の耳に入ってしまうかもしれない。
今の所、飛行艇を動かして得られる利益を加味したとしても、発見される可能性を高めてまでやる利点がない。欠点の方が多いと言ってもいいだろう。
「でも勿体ないですよねぇ。せっかくあるのに」
何気なく言う氷川。それに対して妥当とでも言うように葎は頷く。
「氷川の意見も尤もだ。確かに他の勢力にはない利点をただ遊ばせておくのも勿体無いな」
葎は顎に手を当てて思案する。グレイソン人との技術交流をするといっても、全てが技術者という訳では無い。航行には直接関わらない戦闘員や給仕班、事務員などの余った人員はダブつくのだ。
船員は全員一通りの作業が出来るように訓練されているとドールからは聞いている。長い航海の中、欠員が出ても支障が無いようにしているようだった。もちろん専門の人よりは劣るだろうが、短い距離を往復する程度なら問題無い。
「確かに飛行艇は昼間には飛ばせないが…夜だったら話は変わってくるな。幸いにも、飛行艇は暗い色をしていて闇夜で飛ばす分には目立たない。こそっと飛ばすなら見つからないだろ」
「そうですね。暗闇ならば視界の中であれが浮かんでいても見つけ出すことは困難でしょう」
「僕の目でも出発しちゃったら見失っちゃったからね」
同意するように結弦と貫弦が発言する。特に貫弦は自分の目を指差しながら深く同意している。貫弦は大海原で鯨を見つけ出す役割を担っているため視力には自信があった。それでも目を暗ますことを重視して灯火管制を施した飛行艇は視認困難なようである。
そもそも、ほとんどの人々は陽が沈んだ時間には家の中で過ごしている。真っ暗な夜で確保できる光源は何かを燃やすことしかなく、ずっと焚べているのは費用がかかり過ぎる。そのためわざわざ夜で行動する人はほとんどいない。例外として道の途中で野宿する連中はいるが、それは周囲を照らす目的ではなく野生動物を威嚇するためのことが多い。そのため、闇夜に紛れて飛行する飛行艇を見つけ出すことはないだろう。それに空に船が飛ぶという発想自体がないため、目立つ昼間でさえなければ心理的にも見つかるはずもなかった。
「それじゃあ飛ばすとして…戦闘は論外だな目立つ。だから何か物の輸送に従事させることとなるだろう。それについては下鉄保から仕事をもらうことになるが、何か仕事はあるか?」
「運ぶ仕事ならいくらでもあるぞい。鉱山から素材を運んだり、燃料を取ってきてもらったり、作った製品を納品しに向かったりと人手が足らん」
「この周辺から出ないのであれば限定的にでも昼にも飛ばせるな。その辺りの細かいところは後で詰めよう」
村にやってくる交易商と言うのは大方やってくる時期が決まっている。それは生産品が多く供給される時期や、それらが多く消費される時期が村毎に大方決まっているためだ。安く買付け、高く売り払うために商人達はそれぞれが決まった経路を定期的に巡ることが多いのだ。例外としてまだ決まった経路を確立させていない駆け出しの商人や特殊な物品を売りつける商人などは不定期に来訪するが、それらは大きな町に出没するため、この辺境の地に来るとは思えないため考慮しなかった。
葎は軍で戦っていた時、定期的にやってくる商人と商談をした事を思い出す。商談中は何も感情を出さずに、何も情報を与えずに粛々と行わねばなら図、ひどく疲れるものだった。一瞬でも気の綻びが生じて足りないものを察知された時には、足元を見られて若干にでも値段を上乗せされてしまうのだ。流石に軍に結果を売るほどの暴利ではなく、時価と言われれば納得できてしまう範囲での値上げではある。それでも葎はあの商人にとって有利に働いた時のホクホク顔がうざったくて仕方なかったのだ。そんな面倒な商談も目の前にいる生粋の商人達に任せてしまえば良いと思うと、少しは気が楽になるのを感じた。
「まずは情報収集だ。その手段としては…長老が持っている通信石に頼りたい。長老、幾つの通信石を持っている?」
「今持っておるのは5つじゃな。それと、梻が…」
「ワシは2つ持っておるぞ!」
自慢げに首から下げているものとは別の通信石を懐から取り出し、ドヤ顔を披露する梻。
通信石はかなり特殊な鉱石だ。叩くことで遠くにある別の通信石へと共鳴させることで意思疎通を図るのだ。その特性上、全くの同じ同期周波数を持つ、全く同じ材質同士でしか共鳴させることは出来ない。つまり通信できるのは同時に製造された対の石同士でしかできず、たった一つの通信石を持っているからといって世の中にある全ての通信石とは通信することができないのだ。
「おお、そんなにあるのか。確かにそれだけの通信網があれば事前に避難するための情報の一つくらいあるだろうな」
柊が持っているのは5つ、梻が持っているのは2つ。そのうちの1つずつはお互いにやりとりをする為と推察出来るので、外部と通信できるのは5つある。通信石の特性上、通信石の数はそのまま情報伝達能力の強さに直結する。そのため、葎はたった二つの村でそれだけの数を揃えていることに驚愕する。その通信網の強さは地方の軍にも引けを取らない強度を誇っているのだ。
「二人とも、その通信能力を大いに頼りにしているぞ。初動からうまくいくかどうかはお前達の手に掛かっていると言って良い。頑張ってくれ」
「お任せくだされ」
「おう!」
そうして満足していると、ふと頭をよぎることがある。修理の部品を梻から受け取り出発する前、梻は他の村から戦力を集めようと号令を出していたことを思い出した。
「そうだ、梻。前にそれなりの戦力を呼び寄せたらしいが、その到着はいつになる?」
「ふむぅ、そうじゃな。知っての通りここは辺境じゃ。ここと流血樹は一日で到着する距離じゃったが、他の村はもっと距離がある。足並みを揃えての移動じゃから、まだあと一週間以上はかかるじゃろうな」
「そうか、それまでに兵糧を調達せねばならないな。大量の兵糧を調達するなら飛行艇が適任だな。それは技術交流の裏でやるとして。長老、どこからか兵糧を取り付けることはできるか?」
「ええ、ワシの伝手でいくつかの……」
会議もそこそこに、ある程度の取り決めを行うと就寝するべく各々自分の寝床へと向かった。葎はグレイソン人の集まる一画へと向かい、ドールとズイのそばで座り込む。
『おかえりなさいませ。会議はどうでした?』
『ある程度は行動方針は決まった。明日にでもすぐに行動するつもりだ。…そういえば聞いてなかったが、ドールは故郷に帰りたいか?』
葎の言葉に驚くドール。てっきり自分たちを都合の良い奴隷として二度と返さないつもりだと思っていたのに、葎の口調はまるで返すつもりがあるように聞こえたからだ。
そしてドールは少し悲しそうな目を雑魚寝している同僚達へと向けた。
『そう…ですね。多分、私以外の人はそうは思っていないでしょう。この任務の性質上、選別される人員は何かしらの理由で祖国には居場所が無い人だけですので』
『その言い方だとドールは違うようだが?』
『そうです。私は故郷に帰りたいです。…本当に…かなり遠くの異国へと流れ着いてしまいましたが、故郷には家族がいるのです。…帰りたいですね』
哀愁さえ漂わせるドールに、葎はかける言葉をすぐには思い付かない。ドールと彼らをこの地に留めさせている原因そのものが、自分なのだから。
『…しばらくの間、お前達は働き詰めになると思うが…俺の目的が終わったら故郷に帰れるようにしようと思っている。それがいつになるかはわからないが…お前達がよりよく働けば早く帰れることは間違いない。頑張ってくれよ』
『…はい!私は、そのためにも一層奮励努力いたします!』
ドールの決意で固められた目を見て、葎もより早くことを終わらせる覚悟を決めた。
その為にも英気を養うことは重要なことだ。
ふと自分に段々としなだれかかってくる重みを感じる。見れば、ズイが眠気の限界を迎えて葎の身体に寄り添っていたのだ。膝の上へと滑り込んできた小さな身体をそっと抱え込み、葎が横になると、心地よい疲労感と共にすぐに意識は夢の中へと誘われてゆくのだった。




