25話 会議その1
済まさねばならないことを終えた葎は、ようやく本題へと入る。
「それじゃあ、会議を始めるぞ。ここに集まってもらったのは他でもない、軍にどう抵抗するかだ。その前にまずは確認だが。ここにいる全員が黒の軍と相対すると言うことでいいんだな?」
その言葉に、ここにいる全員が頷く。
「それじゃ話し合いたいのは…黒の軍と相対するために必要な…いや、まずは目標を決めねばならんな。みんなは何をして、何を成し遂げたい?」
葎はおおよそ自分の行動に合わせてもらう形になるが、ある程度は他人の希望に沿った計画を立てるつもりでいた。ただ自分の意見だけを押し通らせる独裁者よりも、少しでも希望を叶えてくれる指導者の方が人をまとめる上で都合が良いから。
「ワシは流血樹を復興したい。そのためにもツケ狙って来る軍をどうにかしたいの」
柊が答える。長年かけて食糧危機によって壊滅した故郷を復興させた労力は計り知れない。それを文字通りに灰燼に帰した軍が憎くてたまらない。それでも一番の願いは故郷の復興だった。
「あたしもだよ。復興してくれなきゃ仕事が無くておまんまが食えないよ」
同調するように伊佐那も答える。最近は飯炊きのように働いていたが、本業は鯨の解体師である。鯨が調達できない現状は、実質廃業してしまったも同然で、それを何とかしたかった。
「私たちはただ長老に従うだけです」
答える結弦の隣で貫弦が頷く。二人は優秀な鯨狩りの名手であるが、それと同時に柊の護衛だ。慕う柊をそばでその安全を守ることが願いだった。
「僕は薬が調合できれば何でもいいですね。あ、そうだ。葎さま、あのグレイソン人のうち一人をくれませんか?死体だけじゃ分からないことが多くて」
「却下」
氷川の要望に葎は速攻で棄却する。言ってみただけのようで、あっさりと引き下がる。
「ふむ、ワシはそんな将来の目標とかは考えていなかったのう。ただ今はあの飛行艇について知りたいことが全てじゃな」
梻の言葉に他の下鉄保の面々が頷いている。設計図を見ていたときも、実物を初めて見た時もその食いつきようが激しかった事から、その飛行艇に対する熱意は相当な物だろう。
「そうか、それじゃあ今聞いた各々の希望を踏まえて計画していこう。あ、それと俺も目標は天下統一だ。それを踏まえて…」
「ちょっと待て!」
目の前で驚く誰の声でもない声が葎の後ろから聞こえた。振り返ると、そこには捕虜の管理を任せていたはずの浪人がいた。
「浪人、どうした?お前には葛達を任せていたはずだが?」
「もう寝たあいつらは他の奴に任せたんだ。それよりもその目標は何だ?大陸の向こうへ行って戦をする話はどこいった?」
葎が浪人を勧誘した売り文句は、飛行艇でないといけない場所である大陸への戦いの誘いだった。それを反故にされた気分の浪人は食って掛かる。
「それなんだが、戦力を整えてから向かう。だから少し先延ばしになる」
「なぜだ?今すぐにでも行って、やりあえば良いじゃないか。お前の好きな戦果がうじゃうじゃいるんだろ?俺たちは上級武士の戦力だぞ?」
浪人は自分と葎がどのくらいの強さかを自覚している。一騎当千級の活躍ができると自負しているのだ。それも体が半分のグレイソン人の、さらに半分でしかない大陸人なんて容易く蹴散らせると思っている。それが何万何十万といようと対等に打ち合えるとも。それなのに尻込みしている葎が、何人は少し不甲斐なく思えるのだ。
憤っている浪人へ落ち着かせるように手を向けながら、説明する。
「いいか?今の戦力じゃ、戦なんぞできずにプチッと潰される可能性が高い。大体、俺たちが使おうとしている飛行艇は海の向こうの技術だ。それを大陸人が持っていたらどうなる?」
「いや、飛行艇はグレイソンの船だろう?大陸人が持っているかは分からないじゃないか」
「グレイソンだけが持っている技術だと考えるのは楽観的すぎるだろう。俺たちが遅れていると考えるべきだ。と言うのも、俺は飛行艇という言葉自体は前から知っている。昔に大陸人から教えてもらった空想上の言葉だったよ。であるならば、大陸にも飛行艇の技術があると考えるのが自然だ」
葎は初陣より前に練成していた頃、ある大陸人から言葉を教わった。そこで学んだものは何にも変え難い経験であった。そしてその中には物語か世間話くらいのの軽い話で、葎は飛行艇という言葉を聞いた。その時には神話やら伝説やらの作り話だと思っていたが、実物を目の前にした今では与太話ではないととわかる。それは現在の大陸人が飛行艇の技術を持ち、そして運用していることの示唆に他ならなかった。
「む、そういうことならそうだな。じゃあ、もし飛行艇を持っているのなら、一つじゃ無いだろうな。多分自分で作っているし」
「その通りだ。俺らにはたった一つしない飛行艇を大量に投入されたら戦をする間もなく空中で死ぬだろう」
「確かに。そいつらからの体当たりを喰らったら戦もできずに死ぬな」
「その体当たりに対する熱い信頼は何なんだ?」
「しょうがない、葎の言う通りだ。戦力を整えてから向かう必要があるな。そうすればこっちから体当たりできる」
「だからその体当たりに対する熱い信頼は何なんだ??」
浪人からの理解が得られたところに、柊が恐る恐るといった様子で話しかけてきた。
「あの、葎殿は天下統一を目指すので?」
「ああ、そう言った」
「それは…可能なのです?」
天下統一とは神話でのみ知られる空想上の出来事。この群雄割拠の戦乱をたった一つの統治のもとに膝まずかせる超常の形態だ。それは誰もが夢想して、あり得ないことだと一蹴されることだ。何千年もある歴史の中で、一度も確認できなかった公然の事実である。
柊は元々最前線で戦っていた武士。その時、柊は緑の軍を打ち破れなかった記憶が、苦い出来事と共に刻み込まれている。一つの軍が一つの軍と真正面から戦って征服できなかったのだ。軍とは比べるまでも無く乏しい戦力で統一などと言うなんて柊には大言壮語だとしか思えず、葎の正気を疑う。
「可能だ。小人達の技術の習得、ひいては飛行船の量産をすれば、統一は夢物語ではない。物を運べると言うのは戦場全てを支配することのできるということ。これはそれだけの潜在力を秘めている。確かに今のままではできないが…お前達の協力さえあれば可能だ。そうなれば、俺はこの地の誰にも負けない、圧倒的な覇者として名を馳せる」
飛行艇へ力強く指を刺しながら言い放つ葎。信じて疑わない葎の視線に、柊のみならず、ここにいる誰もが息を呑む。誰も、統一が出来るとは思えない。空を飛び、そして窮地から脱出させたと言う実績を目の前にしてもだ。ただ馬や牛よりも優秀な荷物運びとしての姿しか想像できないでいた。
そんなものが膨大な軍に対してどんな打撃力を持つものかと否定するのは簡単だ。しかし確信に満ちた葎の意思がそれを一蹴させないだけの気迫を持っている。葎以外には、葎がどんな過程を想像して、統一などという馬鹿げた結果を導き出したのかは知ることはできない。
でもそんな夢物語を語る葎の姿に、柊と梻は心に胸に何か込み上げるものを感じた。想像していたのは黒の軍への反抗。一つの軍に対してギャフンと言わせればそれで満足するつもりでいた。だが、普通に考えれば壮大と言える願いが、葎の夢の前ではちっぽけに感じる。そんな願いで良いのか?と疑問を持ち始めてしまうほどに。
「ぶわははは、良いな!そんな夢を語るバカは久しく見ていない!ワシはそれに協力してやろうぞ!」
バンバンと膝を叩きながら言う梻。その顔は非常に面白そうにしていた。
「梻、そんなに簡単に言うもんじゃ無い。慎重に決めねば取り返しのつかない事になるんじゃぞ」
「良いじゃないか柊。もう老い先短いんじゃ。最期にバカやってから死ねば名前を遺せるやもしれんぞ」
「そ、それは…」
梻の言葉に、柊は元武士であった頃の、何もかもを力の元に屈服させてきた快感が呼び覚まされる。夢物語を実現できたならどんな快感を得られるだろうかと、歳を重ねて枯れていた欲望にまた火がつき始める。
「全くの根拠がないまま言っている訳じゃない。確かに実現には血反吐を吐くような道程になる。それでも、俺は出来ると確信している。俺について来い。そうすれば、なによりも崇高な名誉を与え、お前の願いを叶えてやる」
それでも悩む柊は流血樹の面々へと目を向ける。話を聞いていた他の人も期待とやる気に満ち、前向きな心持ちのようだった。何千年も戦乱の続くこの地に住んでいれば、たとえ戦に身を置いたことのない民間人でも、名誉には惹かれるものがあるのだ。その様子を見た柊は、決心する。
「…わかりました。当初よりも望外な事になりそうじゃが…そこまで言うのならば、期待せずにはいられません。この柊、より一層の協力を約束致します」
「任せておけ」
葎は自分がどれだけ実現が困難な事を言っているのかを自覚している。そしてそれが受け入れられるかは分からなかったが、受け入れられたようで、内心安堵していた。拒絶されてしまえば、道程は茨の道が生ぬるくなってしまうほどに険しくなるだろうから。たとえ拒絶されていたとしても、葎は自分の願いを叶えるためには避けて通れない事である為これを曲げるつもりはなかったが、第一歩を踏み込む前に躓かなくて安心していた。
「確かに飛行艇で体当たりをすれば天下統一も夢ではないな。それも数が揃えば盤石だ」
「そう言う使い方はしない。というか、どうしてそんなに体当たり推しなんだ?」
葎のツッコミに、浪人は得意顔で返す。
「最強の攻撃だからだ」
「浪人わかっているじゃないか!」
浪人の言い分に梻が激しく同意する。どうやら梻と浪人は波長が合うようで、拳を合わせて笑い合っている。二人の脳筋具合に頭痛を感じていると、隣で額に当てて苦笑いしている柊と目が合った。どうやら脳筋には苦労させられてきたらしい。まだ浪人とは出会って火が浅いが、柊のように苦労させられてしまうのかと直感してしまった。初めて自分の夢を吐露した重大な出来事で張り詰めていたが、葎は気が抜ける思いだった。




