24話 村の役目
流血樹からの輸送が終わった葎は特にやることがない。いや、やれることがないと言える。今、葎は自分がどんな状況に置かれているかが把握できないため、何をするべきで、何をするべきでないかの判断が難しいのだ。
把握していることは自分に協力していた流血樹が黒の軍の艦隊によって焼け野原にされたこと。その目的は間違いなく自分を狙ったものであると予想できる。しかし、一つの村を丸ごと灰燼に帰すという、自分一人を始末するには過剰すぎる攻撃であったことが混乱を招いている原因だ。過度な爆撃が他の目的があったのではないかと憶測してしまうのだ。
あの攻撃で自分は始末されたものとして扱われているのか、それとも他の目的を完遂しただけで引き続き自分は狙われているのか。そのどちらかによって葎が取れる手段は違ってくる。暫くは行く末を見極めるため、目立った行動は慎むべきだ。
「一人で悩んでも仕方ない…これは話し合うべきだな」
最後の村人が飛行艇から降りた現在は、完全に陽が沈み綺麗な夕焼けが見える時間だ。夕飯には少し遅いが、梻の計らいによって食事が用意されている。食事の場は話し合いには絶好な機会だ。
食事の場は飛行艇周辺で行われた。一応は受け入れる方針で動いてくれている下鉄保であるが、一つの村に収まっていた全員をいきなり中に入れてしまうと混乱は避けられない。無用な混乱を避けるためにも、一晩を置いてから村に入ることにしたのだ。
ここにいるのは梻をはじめとした下鉄保において立場のある者と、柊。そして葎が呼んだ氷川、結弦、貫弦、伊佐那がいる。すでに思い思い食べ始めていた。
晩御飯は一杯の米と一皿の漬物という簡素なものだ。食事の形式としては別に変わったものではないが、簡素だと思わせるのは量によるもの。特に主食である米が圧倒的に足りない。
「すまんな、質素な飯で。何せ仕込みの時間が足りないもんじゃからな」
「いや、用意してくれるだけでありがたい。感謝こそすれど、ケチつけるのは恥だ」
頬を掻きながら言う梻に、葎は頭を下げて謝意を示した。身に纏う筋肉を維持するための栄養としてはかなり少ないが、無いよりはマシだろう。葎はペロリとすぐに完食した。
ここにいる全員が幾許か腹が満たされた頃を見計らい、葎はここにいる流血樹の面々へと向き直る。
話し合うべきだと考えていたのは葎だけではない。面識のない下鉄保において立場のある者は、そう考えていた梻が集めていたのだ。そして流血樹の面々もどうして集められているのかを全員が理解している。向き直った葎を見て会議が始まるのだと身構えている。顔が強張り、固唾を飲んで真剣に臨もうという雰囲気を感じた。
しかし、葎は真剣な表情のまま頭を下げる。これから話し合いだと予感している面々には申し訳ないと考えつつも、これを済まさねば関係が危ぶまれると確信しているからだ。
「すまなかった。村が焼かれたのは間違いなく俺の責任だ」
予想外の行動に、葎を除いた面々は面食らう。葎は頭を上げ、話し続ける。
「故郷から奪ってしまったのだ。償うべきだと思っている。…だが、少し待ってほしい。今の俺の手元には、差し出せるだけの余裕がない。時間は少しかかるかも知れないが、俺は必ずこの償いをしてみせる」
そう言って再び頭を下げた。そんな葎に流血樹の面々はどうしたら良いのか分からず、柊へと視線を向ける。そしてその柊は慌てて葎へと声をかける。
「頭を上げてくだされ葎殿。我々はいつかこうなると思っていました。ただ、葎殿がきっかけになっただけで」
葎は理解に苦しんだ。柊の言葉が正しければ、村が焼かれた理由には葎は関係しないと言ったのだ。たかが一つの村にわざわざ艦隊が派遣される事態というのが、葎には想像できなかったのだ。それこそ、自分という敵軍の将を匿ったという罪によって焼き討ちにされたと考える方がはるかに納得がいくはずなのだ。なのに柊は別の原因だということに確信を持っているようだ。
「葎殿は不思議に思いませんでしたか?ただの一村長が通信石を持っているということが」
柊の首元でキラリと輝く指一本程度の大きさの石。通信石は何処にいようと距離を無視して一瞬で連絡を取れるという特別な石。その誰もが欲しがる驚異的な性能から、生産される大部分は軍や有力者のみが所有しており、一般にはほとんど流通していない。敵地に近い場所でもない辺境の地にある村が持つには無理があるほどの価値があるのだ。
「ああ、確かに不思議に思った。でもそれは長老が元武士だったからだと思っていたが…その言い方では違うようだな?」
葎の問いかけに、柊が梻へ話しても良いのかと問うように目配せをする。それに対して梻は肩をすくめて答える。
「少し前の酒の席で葎殿に昔話をしましたな。覚えていますか?」
「ああ、もちろんだ」
総括すると黒の軍が取った策によって両親が餓死していたというものだ。それからは商人へと転身して流血樹の復興に尽力した話だった。
「あれには続きがありましてな。商人になったワシは復興資金を稼ぐために各地を転々と渡り歩いたのですじゃ。商品を横へ流すだけのしがない商人でしたが、それでも細々と過ごしておりました。そして稼ぐことのほかにもう一つの重大な目的の元、動いていたのです…それは、同憂の士を募ることです」
「同憂の士?」
聞き馴染みのない言葉に葎は疑問の声をあげる。柊の隣でドヤ顔になっている梻のことが気になるが、葎は柊へ続きを促すように顎をしゃくる。
「軍に反感を抱いた者へと働きかけたのです。ワシらのように親や子、友を殺された者。規制によって行動を制限された者。そして権力闘争に敗れた元権力者などじゃ」
確かにそう言った扱いを受けた者は恨み辛みを抱いていることだろう。ただ軍というのはそんな者達を増やすだけの能無しではない。そういった人ばかりになれば兵士や食糧などの根底が失われて存続などできないからだ。皆無だとは思わないが、その何千倍もの人々が軍からの恩恵を受けており、協力する人はかなり少ない者だろう。
「ええ、そうですじゃ。それに協力しているところが見つかれば間違いなく極刑にされることですからな。不満を持っていても協力しない人が大半ですじゃ。表立って行動もできなかったことも相まってそんなにはいません」
葎の予想する規模の協力者では嫌がらせを行えるのかさえ怪しい。さらにその行動を軍に悟らせないよう水面下で行うなら更に小さい規模での活動となるだろう。その程度の規模で何ができるのかと、葎は訝しんだ。
「ですが、協力してくれると約束してくれた者は多大な協力をしてくれます。元権力者は人生の崖っぷち、そして親しい人を殺された者は損得では動かん」
確かに憎悪が原動力となっている人は資材の全てを売り払ってでも一矢報いようとするだろう。そして規制によって思うように行動できない不満を溜めるのは商売人だ。特に制限に引っかかるのは裕福な商売人だ。たとえ微力な強力であったとしても、その資本の大きさから相対的にまとまったお金となるだろう。そう考えると、柊は規模にもよるが、それなりに多くのお金を集められていると予想できた。
「そして資金の提供をしてくれた結果が、あの流血樹の復興ですじゃ」
「なぜだ?協力した者の目的は軍への反逆だったはずだ。村の復興が何の役に立つと言うのだ」
「これはワシにとっての悲願が、都合の良いことに軍への嫌がらせへと繋がったのです」
「?」
ただ反逆と言っても武力を持って事を起こすのはないだろう。どれだけ人手やお金を集めても精強な軍に掛かれば、プチッと潰されるのが当然の結果である。精々、できるのは嫌がらせだ。
ただの一般人ができる軍への嫌がらせにはいくつかの方法が挙げられる。結託して物資の値段を少しだけ引き上げたり、武器や食料がよく通る幹線を抑え、若干の遅延を演じたりだ。つまりは大抵が物資の流通に関することだ。正面向かって妨害するのは愚策だ。
大々的にして仕舞えばすぐに対策を取られて潰えてしまうが、真綿で締め上げるような緩慢とした行為は露呈し難い。一週間や一ヶ月程度では全くの効果が現れないしょぼい効果しかないが、長期的に見れば確実に軍の最前線に栄光を与えられる方法である。まあ、半年に一回の点検で吹っ飛ぶような本当にしょぼい効果ではある。
しかし流血樹はこれらには該当していないと葎は思った。前線や物資の主要幹線とは程遠い辺境の地だからだ。隣の村までは徒歩で半日近くかかってしまうほどの辺境。ここから軍への影響を与えられるような方法が葎には思いつかない。
「流血樹はそこに存在するだけでも良いのじゃ。葎殿、流血樹は艦隊によって燃やされたのです。そしてここに現れたのならば、あれは緑の軍への対抗戦力…滅翠隊でしょう」
「ああ、なるほど。水軍にとっては最高とは言わずとも、欲しい土地ではあるか」
流血樹があった場所は緑の領地と黒の領地の境界に近いところに位置しているようだった。ここを艦隊の中継地として港湾基地に改造にでもすれば、艦隊はかなり動きやすくなる。継戦能力を高める物資の集積地として運用し、敵軍の攻撃から防衛する要塞としても運用できる位置だ。そして都合のいいことに大きな入り江となっており、流血樹が漁村として繁栄していたように船を停泊させるには好条件なのだ。
元来、爆撃によって耕された地は掘り返された土と残った灰によって耕地として利用されるものだ。しかし、それを補って余りある利点から、流血樹のあった場所は緑の軍への橋頭堡として利用されるかもしれない。
だとしたら、なおのこと葎は目立った行動が取れない。耕地として利用されるのなら、次に視察に来るのは次の種植えの時期、つまり来年だ。しかし橋頭堡として利用されるのなら、着工は早いほど良い。つまりは、ここへの軍の往来が多くなると予想できたためである。
「そういう事ですじゃ。各地の協力者によって流血樹は軍に取られる事なく存続ができていたのじゃ。この通信石も連絡を取るためにと協力者から贈られた物なんですじゃ」
「ワシが持っているのは大金を叩いたからじゃぞ!」
梻が待っていましたと言わんばかりに通信石を見せびらかしながらドヤ顔で言い放つ。確かに自分の金で買ったのならそれは自慢に値するだろうが、そのためだけに出しゃばったようで、満足した顔のまま閉口してしまった。なんだコイツとおもう葎。周りの人たちも呆れた表情だ。責めるような意味はなく、またか、と言ったような種類だ。こう言った突発的な行動は珍しくないようだった。思い返せば飛行艇の部品を作ってくれたのも突発的な思いつきだった気がする。気を取り直して葎は柊との会話に集中する。
「確かにそれだけのことをしていたら軍からは睨まれるか。…それでも滅んだきっかけが俺だったことには変わらん。だが、恥を重ねるようだが、今は俺に協力してほしい。いつになるかは分からんが、復興のための協力は惜しまないと約束しよう」
そう言って葎は手を柊へ差し出す。
「ええ、ワシに隔意はありません。軍にギャフンと言わせ、村が復興できるのなら本望じゃ」
そう言い、柊は差し出された手を両手で力強く握った。200年間停滞していた事態が大きく動き出すことへの期待を込めて。




