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23話 救出完了

 氷川と浪人と別れ、グレイソン人達の元へとたどり着いた葎は変な音を聞いた。カラン、カランといった、くぐもった風鈴のような音だ。和多流に話しかけようと集団の中心へとたどり着いた頃にはそこらじゅうから聞こえてくる。不思議に思いながらも葎は和多流に話しかけた。


「和多流、無事で良かった。怪我はないな?」

「あっ武士さま。うん怪我はないよ。みんなもないって」

「そうか…その手に持っているのはなんだ?」


 和多流の手には一つの瓶がある。これが先ほど氷川が話していたグレイソン人達が持っているという透明な瓶だろう。中に入っているのは無色透明な液体で、これを葎は水だと思った。


「これお酒だよ」

「!」


 葎は急いで和多流から瓶を取り上げる。これが酒だとすれば、無色透明になる程に蒸留を重ねた度数の高い物だと推測される。そんなものをまだ子供である和多流が飲んでしまったら良い結果にはならないだろう。


「ダメだ。和多流にはまだ早い」

「ボクは飲まないよ。トーマスが飲もうとしたから取り上げたんだ。武士さまからも言ってよ」


 プンスコと怒っている様子は可愛らしい。和多流はどうやら自分と身体の大きさが変わらないトーマスが飲もうとするのを阻止したようだった。確かに身体の大きさは変わらないが、トーマスは立派に成熟した大人である。ドールからグレイソン人達は全員成人していると聞かされている為、間違いない。それを考えると酒精を分解する機能も成熟していると言えるので飲酒は問題無かった。


「いや、こう見えてもトーマスは大人…」

「ほら、みんなも飲んでる。ボクだけじゃ無理だから手伝って」


 和多流が指差すその先には、グレイソン人達が同じ瓶を口に運んで大切に舐めるようにしてチビチビと節約しながら飲んでいる様子が見える。よく見れば、服のポケットや背負っているバッグからはみ出しているのは全て同じ透明な瓶。そこらじゅうから聞こえてくる、くぐもった風鈴のような音は酒瓶による物だったのだ。


葎は思わず口が引き攣ってしまった。まさか、あの中に入っている全てが酒なのかと。聞こえてくる音の大きさと頻度からして他の荷物が入っているとは思えなかった。生活必需品を全てかなぐり捨てて持ってくるものが酒瓶なのかと驚愕する。ドールから強請られたのも頷ける執着だった。


「…いや、こいつらは俺らとは種族が違うんだ。体は変わらないかも知れないが、酒は飲める体なんだ。ほら、和多流と違って髭が生えているだろ?」


髭は大人になってからしか生えてこない成熟した証だ。グレイソン人達は遭難に近いこの状況下で髭の手入れはできていない為、大体が無精髭になっている。


「ふーん、そうなんだ。でもやっぱりトーマスは生えていないよ。やっぱりダメ。お酒は体に良くないの。だからダメなの」


 自分の顎をさすりながら頭の整理をしていた和多流だったが、トーマスへの結論は変わらないようだ。両手をバッテンにしてブーと言っている。

 どうやらトーマスは体質的に生えてこないようだ。珍しいが、この地の人々でもたまにそういう人がいる。トーマスはそれに該当していたようだ。


わかりやすい大人の証がないため和多流からは信用してもらえないトーマスは、酒を飲んでいる同僚に羨ましげな視線を送っている。無理矢理にでも飲もうとすれば飲酒はできるが、そんなことをしたら和多流が悲しむのが目に見えている為できないトーマスだった。

 しょぼんとしているトーマスを横目に、葎は和多流に本来の目的を告げる。


「和多流、これから小人達を安全な所まで送るんだ。全員に飛行艇へ集合だと伝えてくれ」

「うん、わかった」


 振り返り、集団へと呼びかける和多流に隠れ、トーマスへコッソリと酒瓶を渡す。没収された酒瓶は別に氷川に渡しても良いが、他のグレイソン人との格差のせいで体調を崩してしまうことを憂いたのだ。それに、この酒が故郷から持ち出した唯一の娯楽なのかもしれない。そう思えば、これに異常に執着する訳も納得できたのだ。

トーマスは不意に手にかかる重みを認識して思わず葎を二度見してしまう。それに対して葎は小さく頷き、和多流へ視線を向ける。


「!…あり、がと」

「!?」


 急いで酒瓶を懐へ隠したトーマスの口から、拙いながらもこの地の言葉が出てきたことに葎は衝撃を受けた。考えるまでもなく和多流が教えたのだろうと予想がつく。和多流も相手の言葉を学ぶだけでなく、相手にも自分の言葉を教えるのは自然な流れだろう。一瞬は面食らったが、落ち着いてみれば大した事ではなかったのだ。昨夜の夜、自分がグレイソンの言葉を口にした時もドール達は同じ気分になっていたのだろうかと、ふと思い起こすのだった。


 ソロゾロと動き出す集団と共に歩みながら葎は思い直す。もしや、優先すべき2番手や3番手は和多流だったのかもしれないと。話す言語も体の大きさも全く違う筈なのに、楽しげに分け隔てなく交流している。その中心にいるワタルをみて思ったのだ。


彼らの背丈の2倍ほどある大人よりも背丈が殆ど変わらない子供の方が取っ掛かりやすいのも一因だろう。しかし、体の比率はどう見ても子供のそれなのに大きさは変わらないのは気味が悪いはずだ。それにも関わらずに和気藹々とした雰囲気なのは、和多流の脅威的な聴覚・記憶力、失敗を恐れない発音。そして何よりも邪気を一切感じない天真爛漫な笑顔によるだろう。こうした未知の相手とも物怖じせずに接することができる、社交性の極めて高い人材は得難いものではないかと思ったのだった。


 考え事をしながら指示出しなどをしていると、飛行艇への乗船が終わったようだ。グレイソン人と女子供、そして氷川をはじめとした柊に選別させた優先度の高い人や体力に余裕がないものが乗ったのだ。そんな中、柊は最後の便で乗ると固辞した。


「ワシの無事は既にこれで伝えております。わざわざ急ぐ理由も無いでしょう。それに、何かあった時の連絡員としても有用ですぞ」


 そういう柊の手には通信石がある。確かに連絡員としては優秀だ。飛行艇を何回か往復させて全員を輸送するつもりであるが、その間も集団には下鉄保へと歩き続けてほしいのだ。そうすれば幾許か距離を稼いで燃料の節約になるだろう。常に動き続ける集団の位置を捉え続けるための手段として有用だった。それでも道中では野生動物に襲われる可能性もある。梻から任せられた手前、葎には乗って欲しかった。


通信石を他のものに託そうとしてもそうはいかない。通信に決められた共通規格はない。傍聴や偽の除御法の流通を防ぐためのものだ。そのため当事者間でのみ伝わる暗号を用いる為、他の人が持っていても無意味なのだ。しかし、暗号を知っているのが一人では色々不都合であるため複数人用意するのが定石だ。だが村長としての責任で動いている柊には、こんな論理的な理由では動かな


「出来るなら乗っていて欲しいが…まあ、あれだけの護衛がいれば良いだろう」


 体力に余裕のある者や戦える者は残しているのだ。浪人や結弦、貫弦、いざとなったら捕虜達もいる。その他の簡素な武器になる道具を持った人の数を見て、野生動物に対しての備えとしては十分なものだと判断し、柊の案を採用した。


 時間が掛かって陽が落ちてしまうと危険度は跳ね上がってしまう。これからは迅速に行動せねばならない。何度か飛び上がる様子を見ていた流血樹の人々は蒸気に炙られることもなく飛び立つことができた。


『賑やかですね』

『ああ、乗っているのは殆ど子供だからな』


 艦橋の至る所にある伝声管からは、何やら騒々しい様子が伺える。今載せている人たちにとっては人生初めての飛行だから無理もない反応だろう。ただ時折、制止させるような母親らしき女性の声が聞こえてくるのが気掛かりでしかない。女性の悲痛な叫びを聞くたびに、葎の脳内では窓を覗こうとして襟首を掴んで引き戻す情景を想起させる。本来なら得られない経験をしているのだから興奮するのもわかるが、少し落ち着いて欲しいと願う。


この高度と速度では落ちた瞬間にお陀仏だ。昨夜に乗せた馬よりも落ち着きのない子供が何かやらかさないよう、親御には死ぬ気で頑張って欲しいところだ。


『…大丈夫か?』

『…扉は並大抵の力では開きません。わざとロックを解除して身を乗り出すような真似でもしなければ…大丈夫です』


 言語が分からなくとも聞こえてくる声がどんなものかは感じ取れるようで、隣のドールもヒヤヒヤと肝を冷やしていた。能天気に擦り寄ってくる膝上のズイを撫でながら、大丈夫だと自分に言い聞かせる葎だった。

 緊張で伸ばされた時間を味わいながら、飛行艇は無事に下鉄保に辿り着いた。前回に着陸した場所には依然として多数の村人が居る。暇なのか?と葎は訝しんだりしたが、柊からの連絡があったのだろうと当たりをつけた。着陸し、乗せた人員を降ろさせる指示を出していると、梻が近づいてくるのが見える。


「葎殿、すごいな飛行艇は。あんなに多くの人数を一瞬で運んでくるとは」


 梻はいたく感心した様子で次々と降りていく人々を見ていた。興奮した様子の子供達に振り回されているグレイソン人や親御が見える。


「ああ、凄いだろうこれは。それよりも、頼みたいことがあるんだが」

「柊から聞いとるよ。ワシが乗ろう。あいつと通信できるのはワシだけじゃからな」


 そういう梻の顔は期待感に満ちた表情をしている。ワクワクとした梻の後ろには、変な紐を持って悔しそうな表情をした何人かの村人達がいた。そして梻の手には一部が赤い紐があった。おそらく抽選に漏れてしまい乗りたくても乗れない人達だろう。乗せる人は少ない方が良いし、梻たちで決めたことに口を出すつもりもない。艦橋内には乗れる場所がないため、梻は格納庫に乗せることにした。


「さあ時間は金なり!早速出発じゃ!」

「わかっている。飛ぶ時は何かに捕まっていろよ。揺れるからな」

「わかったぞい!」


 伝声管からせっつく梻の声が聞こえてくる。言われるまでもなく出発準備が整っている飛行艇はすぐに飛び立つ。今回は蒸気で炙られる村人はいなかったようだ。


「お、おお!おおおお!」


 感動しているのか恐怖しているのか分からない梻の声に、葎はちゃんと案内ができるのかと心配になる。それでも暫くしたら落ち着いたようで、ちゃんと案内の仕事はこなしてくれた。そのおかげもあり、飛行艇は前回よりも迅速に流血樹のみんなと合流を果たした。それはらは柊と梻が抱擁なり何なりと感動の再会らしきこともしていたが、葎は終わってからやれと中断。再び出発した。


 一度成功させてしまえば、あとは消化試合だ。同じ手順で往復し、陽が地平線で半分埋まる頃には終えることができたのだった。

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