21話 急行
『ドール、流血樹が襲われたらしい。格納庫内の鎧を下ろしてから救出に向かうぞ。それとここから流血樹までの往復できるぶん以外の物資を全て下せ』
『え?』
伝えてもすぐには行動しないドールに葎は苛つきを覚える。梻とのやり取りは分からない言語でしていた為すぐには理解できないことは分かっている。しかし伝えても即座に対応しないことに、気が急いている葎は額に青筋を立てる。
『何をしている。早くしないと死人が出るぞ!』
『はっ、はい!』
ようやく状況を理解したドールは艦橋内の人員へ素早く命令する。その命令は伝声管によって即座に各所へと伝えられ、飛行艇内は一気に慌ただしくなった。適当な窓から私物や寝具、果ては調理用器具などが放り出され散乱していく。
顔を青くして狼狽える梻に、葎は内心焦りつつも表に出さずに指示を出す。
「梻、今から格納庫の扉を開ける。中の鎧を全部下ろしたらさっさと流血樹に戻る」
その言葉に梻はハッとして葎を見て、そして飛行艇を見上げる。ここ下鉄保から流血樹までは休まず走っても陽が傾く程の時間が経ってしまう。それは何十回も村が灰燼に帰すのに十分な時間だ。
しかしこの飛行艇ならば話が違ってくる。梻が通信石からの連絡を受け取ってからそれほどの時間はたっておらず、この飛行艇はかなりの高速性を持っていることを目の前で証明したのだ。それだけ早ければ、もしかしたら艦隊の本格的な攻撃の前に到着出来るかもしれないと梻の心に光明が見えてきた。
「そ、そうか。この飛行艇なら…頼む、下ろすのは後にして今から柊を助けに向かってくれ!ワシも行く!」
今この時にも村が焼かれるのかもしれないと焦燥感に駆られた梻は懇願する。慕う柊のためなら命をも投げ出す心持ちだ。しかし、それを葎は一蹴する。
「ダメだ。鎧を下ろさないと重くて助けられるもんも助けられん。同じ理由で梻を連れて行くのもダメだ。確かに長老一人ならなんとかなるかもしれないが、お前は他の人を見捨てる気か?」
より多くの人を助けるためにはより多くの積載量が必要だ。鎧を二つ下ろせば1人の大人を乗せることができる。逆に言うと二十着程の鎧を乗せているこの状態では10人を乗せることができないのだ。
葎に諭された梻はその言葉に胸を打たれた。梻は葎のことを武士だと当たりをつけていた。それは目的のためならば手段を選ばない生き物であり、人の生き死には無関心で、どれだけ自分がより多くの手柄を取得したかを自慢する異常者だと思っていた。特に葎くらいの若者はそれが顕著であり、歳を重ねても変わらない者は多数いる。
しかし、葎の口から出てきたのは圧倒的な義からくる言葉。真剣な目で救い出そうとこちらを言い聞かせてくる葎に、慕う柊に通じるものを感じたのだ。
「お前さん、そんな人情があったのか…おい、聞いてたな野郎ども!この船から荷物を下ろして助けに行ってもらう!さっさとこっちに来い!」
梻は遠目から探るように眺めていた村人達に喝を入れ、自らも開きつつある船の扉へと駆け寄った。開き切る前の扉に体を捩じ込んだ梻は、これから商品になるはずの鎧に傷がつくことも厭わずに、投げ出すように放り出している。これならば出発は早く出来るだろう。
実際のところ、葎が本当に救出したいのは長老ではなかった。最も助け出したかったのは、いま飛行艇に乗っていない流血樹においてきたグレイソン人達。飛行艇を動かすための最低の人員ならここにいるが、だとしてもその他のグレイソン人達の価値が下がったわけではない。彼ら一人一人が持つ知識や技術がなんの役に立つのかもわからないのだ。できるだけ多くを確保して、これからの糧として使いたかったのだ。
そんな葎の胸中は梻には分からない。それを葎も認識しているが、あえて伝えることもないだろうと口をつぐむ。そのまま勘違いしておいてくれたら迅速に仕事をしてくれるのだから。指示をするだけした葎は膝の上のズイを撫でて待機する。自らも荷下ろしの作業に従事すれば確かに早く終わるだろう。しかし格納庫内は村人たちで埋まっているだろうし、出発する時にはこの座席に戻らねばならないので、ここから動いてしまったら結局遅くなってしまうのだ。
「ゼェ…ゼェ。お前さん、頼んだぞ」
「分かっている。たとえ間に合わなかったとしても最大限努力しよう」
それからはそう時間が掛からずに飛行艇は出発することができた。本来なら慎重に行わないと体を壊してしまう荷下ろしの作業を超特急で終わらせてくれたからだ。飛び立つ時の蒸気が近くにいた村人を少し炙ってしまう不測の事態もあったが、飛行艇は問題なく出発した。
『お、おおう。これは凄いな』
『ええ、私もこの加速力は初めてです。ここまで軽量化したことはなかったもので』
圧倒的に軽量化された飛行艇は加速性にて葎を驚愕させた。上昇そして最高速度までの加速が、体にかかる負荷を圧倒的に大きくなっているのだ。何度かの乗船を経て幾分か慣れてきたと慢心していた葎とズイだったが、その体を潰さんとするような負荷に、初めて乗った時のような恐怖を思い出しお互いを抱きしめ合っていた。加速が終わってしまったあとは今までとは変わらない速度で飛行する。
『重さが変わったのにあまり速くなった気がしないな』
『そうですね。加速力はあっても荷物の量は最高速度にはあまり関係ありませんから』
ドールからの返答が葎には不思議でたまらない。馬車から荷物を下ろせばそれだけ速く走るのに、飛行艇ではそうではないと言うのだから。
『どうしてだ?』
『空気抵抗が変わったわけではないからです。重さをチャンバーで相殺する飛行艇にとって、妨げる物は空気だけなのです』
『?…そうなのか?いやでも……?』
葎は今までの経験から、ドールが言っていることをそのまま受け入れることができない。軽ければ早い、重ければ遅い。これは人、馬、船のどれにおいても適用される絶対の法則だったからだ。ただしその常識は異国の技術によって一蹴されてしまい、葎は頭が真っ白になってしまう。
『葎様は物理学を学んだわけではないので驚かれるのも無理はありません。解説が必要ならばいつでもいたします』
『…まあ、機会があったらな。それよりもグレイソンの言葉の方が先決だ』
『承知しました。力の限り尽力いたします』
物理学というのにも興味はあるが、現在の優先すべき事項はそもそものやり取りを円滑にすること。確かに飛行艇を十全に発揮させるためには必要な知識なのかも知れない。しかし、葎は鉄の作り方は知らないがそこから作られた弓矢は十分に扱うことができる。ある程度使えるなら葎が物理学を身につけるのは技術者の後で良いのだ。
話している間も最高速度で駆けつける飛行艇。行きの時と違うことは飛行艇が飛んでいる高度。船底を木々に擦り付けてしまいそうな程にかなり低い位置で飛んでいる。梻は流血樹が艦隊に襲われていると言っていた。ならば高い位置で飛んでいたらすぐに見つかって蜂の巣にされてしまうだろう。だからできるだけ見つからないよう、山を隠れ蓑にして進んでいる。
こちらと海を隔てる最後の山。その向こうから夥しい量の白い煙が、まるで火山から吹き出しているように局所的に立ち昇っていた。葎はそれがなにか知っている。自らも生み出したこともある破砕矢での絨毯爆撃の跡だ。その威力を知っていることから見える光景に冷や汗を流していると、山の下り坂に人がいるのを発見する。その人数は数十では効かない、数百人が一塊となってこちらへ向かっていた。まだ距離がある為、その集団が何者なのかを推して知ることができない。
そして昨夜のことを思い出した葎はそばに置いていた望遠鏡を手に取って覗き込む。鮮明に見えた集団の殆どは無手であることが分かる。もし行商や旅の者であれば、長距離を移動するための荷物を持っているはずだ。しかし、近くには殆ど満載にされた馬車があった。馬車に全ての荷物を乗せていると考えれば、少し不自然だがまだ理解できた。だからまだ確信が持てない。
さらに全体を見渡してみると、統一された服装を身に纏った集団が集まって歩いているのが見えた。そして葎はその服装に見覚えがあった。
「間違いない。小人達が混ざっている。じゃあ、あれは村のみんなか!」
グレイソン人を確認できた葎は安堵する。パッと見たところ、歩いている人集りは流血樹の規模に見合った人数だ。大部分が避難できたようだった。固まって歩いているグレイソン人達も目減りした様子はなかった。
『ドール、前方に村のみんなが歩いているのを確認。すぐに向かってくれ』
『え?どこに…あっ、本当ですね。わかりました直ぐに向かいます』
葎とドールでは視力に大きな格差が存在するらしい。ドールが望遠鏡を覗き込んでも集団がいることが朧げに分かる程度だったのに、それを葎は裸眼でやってのけたのだ。葎はそれを気にすることはないが、実感してしまったドールはこれが葎の身体能力が特別高いのか、それとも種族差なのかを推測していた。できれば後者であることを願いつつ、操舵者への指示を出す。
集団の少し前に着陸した飛行艇。降りた葎の正面へと進み出てきたのは長老と貫弦・結弦の双子だ。それぞれの顔には疲労の跡が見えるものの、誰も怪我をしていないようだ。
「長老、無事で何よりだ。よく艦隊の攻撃から免れたな。あれは相当な打撃力を持った艦隊だったらしいが」
長老の後方、葎の正面に聳え立つ山の向こうからは未だに夥しい量の白煙が立ち上っている。その量から逆算するに、村には破砕矢が数百本打ち込まれたのだと葎は予想していた。村一つを落とすだけにしては殺意溢れる攻撃だ。あれだけの規模の攻撃から逃げおおせたことに葎は疑問を抱いた。
「ええ、いくつかの伝手がありまして。そのうちのいくつからか連絡があったのです」
そう言って見せてくるのは金の判子。
「なるほど、通信石による事前察知か」
葎は納得する。通信石ならば距離を無視したやり取りが可能となる。事前に知らせがあれば、艦隊を視認する前に避難することが可能だろう。
「梻が心配していたぞ。乗せていくが、先に連絡して安心させてやれ」
「そうですな。先ほどまではバタバタとしていましたが、今なら。皆のもの、ワシが連絡する間に少し休憩しとれ」
そう村人達に告げた柊は判子を指で弾くようにして一定の間隔で鳴らす。石であるからにはそれなりの硬度を誇る通信石を連続して指で弾いたら痛いはずなのに平気な顔で弾き続ける柊に、葎は柊からのデコピンは受けたくないなと頭をよぎった。
柊が連絡している間に、その横から貫弦・結弦の双子が申し訳なさそうな顔で寄ってきた。艦隊の攻撃に関しては個人でどうにかできる範囲を軽く逸脱している為、護衛といえども二人に過失は無いはずである。それなのににがり切った様子の二人に葎は不思議に思った。
「すみません葎様。献上するに相応しい鯨を吹き飛ばされてしまいました。滅多に見かけないマッコウだったのに…申し訳ありません」
結弦はひどく申し訳なさそうに言ながら貫弦と共に頭を下げる。まさかの方向性の謝罪に葎は面食らう。結弦の言葉から察するに、先ほどから少し感じる肉の焦げた匂いは鯨の肉によるものだと判明し、一旦は安心だ。柊の護衛であり漁師でもある彼らからすれば、上質な獲物を横取りされたこの事態は誇りを傷つけられてしまった。そして上物をとってくると豪語しておきながら直前にして灰なってしまったことが、何よりも矜持を踏み躙られる想いだった。そう考えると腑に落ちた葎は頭を下げ続ける二人に声をかける。
「黙ってりゃバレないものを馬鹿正直に言うものだな。…とにかく、今は無事だったことが一番だ」
その言葉に、結弦と貫弦は頭を上げ、こちらを窺うように見てくる。その目をしっかりと見つめ返しながら葎は続ける。
「今回は残念だったが、獲物にはまだ期待している。次はしっかり持ってきてくれよ?」
「!はい、必ず!」
「次はもっと大きいのを持ってきます!」
気合い十分といった様子の二人に、葎は仰々しく頷いてやる。士気が行動する上で重要なものだと、葎は今までの戦の経験で知っていた。気持ちが沈んだままでは最低限の成果すら見込めない。再起した二人に葎は内心ほくそ笑んだ。
とりあえずの無事を確認できたところで、葎にとっては本題のグレイソン人達に欠員や怪我がないかの確認をしようとする。すると、追いついてきた避難民の後方から大きな声が響いてきた。
「まあ!空飛ぶ鯨がいるなんて、すんげぇ〜ですの!」




