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20話 流血樹が燃える日

 太陽が真上で輝き、爽やかな風と波も穏やかな日。ゆったりと過ごすには最高な好日和、流血樹にとっては最悪の日となる。


 水平線の向こうからやってきたのは複数の黒い船。反射を許さない黒く塗装された船体と、風に揺らめく大きな白い帆をはためかせ、波を強引にかき分けながら船とは思えない速さでやってくる。その力の源は、船の側舷に取り付けられた水車。回転によって水を後方へと追いやり、その反作用で強力な推進力を生み出していた。そして旗艦と思われる一際大きい船には複数のそれが取り付けられ、その巨体にもかかわらずかなりの速度を出している。

 玄海衆・滅翠隊・旗艦黒夜叉に乗る提督 黒木慈水(くろきじすい)はだんだんと見えてくる流血樹の姿に嫌気がさしていた。


「なんだって俺がこんな任務をしなきゃいけないんだ。こう言うのは浄黒守護隊の役目だろうが」


 艦隊の補給と修繕を終え次の任地へと向かっている途中、ついでの様に領内に突如現れた上級武士の始末を言い渡された慈水は気が進まなかった。なぜなら、その上級武士に対して村人が協力していたこと、万が一にでも取り逃がしてはならないことを理由に村丸ごと滅ぼすように言い渡されていたのだ。慈水は上層部の狙いが流血樹の村長の始末することにあると見抜いていた。しかし、任務として発令されてしまった以上、感情を置いて冷徹に遂行しようとする。


 村には各所から立ち昇る炊煙と、外で干されている衣服がなびく様子が見える。昼ごはんの支度をする家族がそこで生きていることを思い知らされるが、努めて冷静に振る舞う。そして湾内には多数の船と一際異彩を放つ大きな黒い物体。見たことの無いそれを見た慈水は顔を顰める。


「あれが報告にあった謎の船か…無かったら良かったのにな」


 報告では波際に鎮座した謎の黒い船を上級武士が必死に守っていたとあった。それが何かはわからないが、敵が気にかけていたとあれば見逃せない。だが、慈水はむしろあって欲しくなかった。仮にそれらしいものが無ければ村人に関与していないと証言させることもできた。しかし現実にはそれが湾内に存在している。流血樹は既に占領されているものと考えられた。


 目標の存在を確認した慈水は機先を制するように打って出る。号令がかけられた艦隊は流血樹を半包囲するようにして陣取った。全ての艦が腹を見せ、包囲の隙間を少しでも埋めるように布陣する。まるで一人たりとも脱走者を許さない網のようだ。


 そして流血樹の湾から正対した位置にいる旗艦を始めとする複数の大きな艦。その甲板状に弓を持った多数の人が整列している。


「破砕衆、構えい!」


 全員が同じ構えを取る。その弓に番られた矢の先端は異様に膨らんでいた。


「放て!」


 号令と共に一斉に矢が放たれる。放たれてしまった矢を慈水は決して目を逸さず目に焼き付けようとする。その攻撃がどういった結果になるかを知っているから。


 複数の船から放たれた矢は収束して次第に密度を増し始め、到達する頃にはユスリカの群体の様に目ではっきりと見えるようになってきた。


 放物線を描きながらピューと音を立て、まるで雨のように湾内に降り注いだそれは、海や地面と接触して激しく爆発した。立て続けに弾着し、炎と煙と、浜辺の深部にある黒い土が撒き散らされる。連続した爆発音は途切れない轟音と化し、生み出された揺れは高い波を作り出して船を揺らした。


 そうして爆発が収まった場所には火薬が燃えた白い煙と、掘り返され掘削された大きな穴と、そこに流れ込む小さな滝が残った。猛威を奮った正体は破砕矢の3号。葎が愛してやまない、敵を粉微塵に吹き飛ばす破壊の権化だ。葎の手元にはたったの一本しかない物が、数十本解き放たれた結果は壮絶なものだ。


 初撃での被害は流血樹の湾と一部と消滅した船だけ。黒い物体は半壊程度で、未だ村自体は健在だ。しかし、葎が下鉄保で滞在している今、流血樹には反撃する術はなく、避難する施設もない。あの射撃に人が晒されたときにどうなるかは議論の余地もないだろう。


「再度構え!次は…村全体を焼け!……放て!」


 そして再び放たれた修正射は、村全体を覆うように広がりながら飛来してきた。そして、矢は浜辺から一列に、流血樹の奥まで順番に着弾し爆発していく。押し寄せる絨毯爆撃は進行上の一切合切を粉砕していく。ただの木材でしかない建物は、直撃すれば跡形もなくなり、至近弾でも倒壊させる。満遍なく爆撃され、栄えていた漁村には墨をたらしたかのように転々と黒い穴が出来上がっていた。


 爆発には衝撃だけでなく熱も伴う。飛び散った火はそのまま木材へと引火し、あたりを炎で包み込む。破壊だけでなく火災による被害も広がり、流血樹は壊滅と言っていい状態へと変わった。モクモクと出てきた煙によって細かくは見えないが、この煙幕の向こうでは人々が逃げ惑っていると考えると、慈水は心が曇っていく。


 しかしその結果ではまだ足りぬと、さらに艦隊から破砕の雨が降り注ぐ。着弾するたびに新しく現れる白い煙に押されて、辺りはまるで霧に包まれたかのようになっていく。



 破滅の号令は爆発によって押し出された硝煙と焼け焦げた血肉の匂いが慈水の鼻に届くまで続いた。その悪臭に慈水は思わず顔を顰めた。この炭化した油と肉の臭い自体は幾分嗅ぎ続けた臭いではある。だが、臭いの元がさっきまで日常を営んでいた村人の末路だと考えると、気分が悪くなる。


「これで俺も浄黒守護隊と同じ穴のムジナか…夢に出てきそうだ…」


 念入りに、隅から隅まで降り注いだ後には、数百はあった家は全て跡形もなく崩壊した。あたりは炭となった黒と灰となった白で表せる単純な世界へと変貌した。もはや煙を上げるものがなくなった時、艦隊から一艘の小さな船が視察をしに向かった。


 斥候達が湾に近づくたびにメガネ越しの視界が白くぼやけていく。火薬が燃えたことによる瘴気が漂っているのだ。もし目を保護する眼鏡と肺を保護する覆面がなければ、その刺激に耐える事はできなかっただろう。地形の変わった湾に降り立つと、地面から草履越しにほのかな温かみを感じる。一歩進むたびにヒラリと灰が舞い上がって鬱陶しく思いながら、一行は進んでいく。


 この濃い瘴気が漂う世界では呼吸の回数が命取りになる。誰も喋らず、ゆっくりと息を継続させることに注意しながら、身振りで意思疎通を行なっている。一人、また一人と列を離れて別の場所へ捜索しに行く。バラバラになっていき、最後までまっすぐ進んでいた一人が辿り着いたのは山の中腹。そこは事前に聞いていた村長の家が存在していた場所だ。


 辿り着くなり背中に背負っていた大きな団扇を取り出し、思い切り振るう。一振りするたびに足首まで積もっていた灰が一気に払われ風で飛ばされない重いものが露呈する。煙で見えないが、別れた他の斥候達があちこちで同じことをしているだろう。そうして広範囲を探索していると、目当ての物を見つけた。


 それをみた瞬間、斥候は首から下げていた笛を口元に持っていき、覆面を少しずらして吹く。ピィーっと感高い音が鳴り響き、散っていた他の斥候達が集まってくる。お互いにそれが目当ての物だと確認し合うと、手分けして持ち運ぶ。中は空洞とはいえ、人間の胴体ほどもあるそれはかなり重い。そして持ち運んでいるうちに空洞のはずの中身が出てきた。べちゃっと音を鳴らしながら落ちたそれは、大部分が炭化した肉だった。それに気を取られることもなく一行は船に乗って旗艦への一路を辿った。


 斥候隊が戻ってくるまでの間、慈水は祈っていた。自分の指示で武士でもないただの民間人を手に掛けたのだ。しっかりと目標を仕留めたのだと、赤かった手を黒く汚したのは間違いではなかったのだという確信が、証拠が、心の拠り所が欲しかった。そしてしばらくして戻ってきた斥候の知らせを少しばかり急かすように報告を求める。


「生存者なし。そして何着かの原型を留めた鎧を発見、中身はありませんでした」


 目の前に並べられたのは1着の胴。埃や砂で塗れているが、少し拭えば赤の軍を示す暗い赤の色が映った。内側に張り付いた粘着質な肌の残骸が、中身を高温で蒸した様子を想起させる。下手に破片に貫かれない分、長い間苦痛を味わったことだろうと慈水は思う。主人を守ることが出来ずに自分だけが残った空っぽな鎧に、守るべき民を殺した自分を投影してしまった。


「そうか…ご苦労」


 規律を重んじる軍の長として泰然自若で厳格とした態度を取る慈水。その胸中では、これ以上の犠牲は出ないのだと安堵していた。しかし非戦闘員を手にかけた不快感は拭えない。あくまで、敵に加担していた裏切り者を始末しただけだと、そう誤魔化す。せめてもの情けとして、目を瞑り黙祷した。憐れむ心はあれど、自分の手で下した虐殺は正しいことだと信じている。もし敵の上級武士を仕留めることが出来なかったのなら、被害はたった一つの村では済まないだろうから。


 今は灰と白い瘴気に包まれたこの土地は、燃え滓と火薬により将来よく肥えた土地になるのだろう。そこから育つ穀物は栄養たっぷりに大量に実るのだろう。何を糧に成長したのかはあまり考えたくないところではあるが、…慈水は現代の生産体制を呪った。


「…この地での任務は達成された!本来の場所に戻るぞ、外輪を回せ!」


 任務を完遂した非情な艦隊は大きな帆を靡かせ、水車を力強く回しながら次の戦場へと向かうのだった。

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