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19話 再び下鉄保へ

「と言うわけで納得してくれたところで」

「いやしてないんだが?」

「取り敢えず君たち三人は安静にしておけ。その傷じゃ何もできないからな」


 割り当てる仕事がなく、仕事をするにしても傷の度合いからまともに仕事はできないと判断した葎は休養を促す。この捕虜達はこれより葎の監視下であり保護下に置かれることになった。


捕虜をぞんざいに扱うことは不名誉であり汚名を被ることになる。それは葎の目的にそぐわない為そのような扱いをすることはない。世間にはそう言うことをして利益を得ている者がいると耳にしたことはあるが、葎はそういった輩を毛嫌いしていた。


「そういえば縦ロールは黒田家の娘だとかいってたな。お前らはなんか由緒ある家の出なのか?」


 名字に色が入っている者はその地における有力者の家系であることを示している。つまり、ただいまカガリに睨みつけられて萎縮しているドールの予想は当たっていたのだ。縦ロールという髪型が確立していないので偶々であるが。


葎も遠雷という苗字を持っているが、それは戦場で積み上げた戦果が由来となった後天的なもので、継承することはできずに一世一代の代物だ。それでも多大な功績を残した結果なので隅に置かない扱いとなり、平民だろうと下級の豪族や貴族とも対等の身分となれた。

浪人に質問攻めにされてしどろもどろになっている凛を横目に、葎は葛とカガリに問う。


「俺は豪族でも貴族でもない。ただの雇われだ」

「だろうな」

「…そう言われるとなんか釈然としないんだが」


葛の見た目は無精髭を生やした中年のおっさんだ。力を鼓舞させるような猛々しい雰囲気も、高貴さを匂わせるような所作もない。現場で叩き上げられた玄人の人相をしていた。


「…あたしもそうじゃない。元々は漁民だった」

「ん?そうなのか?」

「おい、俺にはあっさりと納得したくせにカガリには懐疑的なんだよ」


 カガリの身から溢れ出る殺意は豪族のそれだと思っていた葎だったが、違うと知って意外に思っていた。カガリは女性としてはかなり体格が良く、男と比較しても遜色無い。そして一瞬の戦闘の中でも高い練度を見たことから、幼い頃から豪族式の鍛錬を積んでいたと思っていたのだ。


「つまり、帰れる場所がありそうなのは縦ロールだけか」


 戦場に出てくるのは大抵の場合、身寄りが無く食い逸れた者か錬成所の出身の者ぐらいだ。例外としては自分の領地を守るために戦う豪族や、実績を積むために一時的に戦場に身を置く貴族がいる。凛は由緒ある家の出らしいので豪族か貴族なのは間違い無いだろう。


「………」


 葎の言葉を聞いてより一層険しい顔をしたカガリに気づく事なく、葎は控えている氷川へと話しかける。


「そうだ氷川、前に俺の治療をしてくれた時に焼酎か何かで消毒してくれてただろ?」

「ええ、そうですね。それがどうかしましたか?」

「ドールがその度数の高い酒が欲しいって言っていたんだ。治療用だろうから無理にとは言わない」


 グレイソン人達をまとめるのに度数の高い酒が必要なら欲しいが、治療行為ができなくなるのならいらない。葎の中ではその程度の優先度合いだった。まとめることができたところで怪我の治療ができないのならそのまま腐って死ぬのだから。


「うーん。あれはここで製造しているわけではなく、たまにしか来ない行商から高値で仕入れてる物なので渡せませんね。この時勢だとまたくるかもわからないので…すみません」

「いや、一か八かの頼み事だったから気にしなくて良い。それじゃあ普通の酒は何処に頼めば買える?ドールは自分で蒸留して作ると言っていたのでな」

「へぇ、自分で作れるのであれば私も欲しいです。私から連絡しておきましょう。何処に届けさせれば良いです?」

「ああ、飛行艇に届けてくれ」

「わかりました」


 蒸留は設備を作らせる下鉄保で行う予定だ。そのため、酒はあらかじめ飛行艇に積み込むことで迅速な対応ができるようにしようと指示する。


『ドール、酒は手に入りそうだ。向こうに持って良いったら好きに使うといい』

『はい、ありがとうございます。…あの、私は彼女に何かしてしまったのでしょうか?』

『いや、なんもしていないぞ。カガリは大陸人に恨みがあるらしいから、強いていうなら体が小さいことかな』

『…それは少し理不尽です』


 大陸人はドール達からしても体が小さい相手であり、文明もない野蛮人だと思っている。葎達からしたら同じ体が小さい人間として見えるかも知れないが、勘違いによる全く謂れのない理由で背筋が凍えるほどの視線を浴びせられるのはたまったもんではなかった。


調達に行く氷川を見送り、凛と話が弾んでいそうな浪人に捕虜達を任せ、葎はズイやドールと共にその場を後にして飛行艇へと向かった。着水している飛行艇の近くでは馴染みの光景と化している炊き出しが行われていた。配り終えて片付けに入っている伊佐那がいた。近づいて行くとこちらに気付いて手を振ってくる。


「おっ!おはよう武士さま。今朝はすまなかったね、あたしに力があれば起こさずに済んだのに。よく眠れたかい?」

「おはよう。今朝のことについては感謝こそあるが、詫びられる訳はないな。被害が出る前に止めてくれてありがとう」


 苦労したのは伊佐那の筈なのに気遣って来る態度に、葎は頭を下げて敬意を払う。実際、伊佐那が居なければカガリはグレイソン人達がいる此処に辿り着いて、圧倒的な猛威を奮って何人かの犠牲が出ていたことだろう。そんな態度を取られた伊佐那は頬をかいて照れている。


「やめておくれよ。そんなに深く考えていたわけじゃないさ。ただあの人を見ていられなくて…そうだ!寝ていた三人の分をあとで持って行くんだ。武士さまの分もあるよ」


 大したことはしていないと謙遜する伊佐那は、感謝の気持ちに耐えきれなくなり強引に話題を変える。その手には白くドロドロとした液体、雑炊が入っている器が握られていた。受け取った葎は見た目以上にずっしりとした感覚に驚く。一緒に受け取った匙を使って口に運ぶと野菜の出汁が広がり、塩っ気の強い肉と薄い味付けの米がちょうど良い塩梅で美味かった。一つ、気になった葎は質問をする。


「前の宴会で出たのはもっと肉が入っていたが、これは少ないな?」

「あれが特別なだけさ。普通は塩漬けした肉が少し入っているだけで殆ど米だよ」

「そうなのか。これも美味いぞ」


 ドールもご飯をハフハフしながら美味そうに頬張っている。葎はズイに分けながら食べ進む。火傷をしてはいけないのでフーフーと息を吹きかけて冷ましながら与えていた。その仕草はやけに手慣れていた。


「ご馳走様。小人達50人と合わせて捕虜達の分の食事を用意させるのは苦労させると思うが、頼りにしている」

「お粗末さん。50人と聞いたら大人数みたいに思えるけれど、あたしらよりうんと少ない量しか食わないから、実質は10人程度さ。それにあそこに居るみたいに手伝ってくれるからね。うちの野郎ども相手の方が苦労するよ」


 伊佐那の後ろでは白い服装をした複数人のグレイソン人が回収した50人分の皿や匙を片付ける様子があった。


「そうなのか。体は半分なのにそんなに少ないのか」


 グレイソン人達が思っていたよりも少食であることに、葎は有用性を見出す。普通の人を5人養う量でグレイソン人を大体5人も養えるのだ。より少ない資源でより多くの働き手を揃えられるのは大きな力となる。力の面では頼りないが、細々とした作業をさせる分には問題ない。


葎は破砕矢への火薬の装填に苦労した記憶が過っていた。手の震えが命取りとなりかねない作業は、体の小さいグレイソン人からすれば適当にしても溢す心配のない作業となる。安全性が高くなり生産数も増やせるとなれば、これはかなりの優位性となれるだろう。問題点としては、此処にいるグレイソン人には飛行艇に関する仕事から離れられないことだろう。そして女性が見当たらない為、海の向こうから新しく連れてこないと数も増えない。


「そうだ、昨夜の戦闘で資金の調達に目処がたった。報酬面でも期待しておいてくれ」

「そうなのかい?なら期待しておくよ。弾んでくれたらもっと良いもんを食わせてやれるよ」

「じゃあ高く売ってこないとな」


 そうして別れた葎達は飛行艇へと繋がる埠頭へと向かう。そこには停泊している飛行艇を指差しながら楽しく話しているトーマスと和多流。そしてその様子を興味深そうに見ている長老の姿があった。村まで行く手間が省けたと思った葎は話しかける。


「何をしているんだ?」

「トーマスとお話していたの」

「ワシはその様子を眺めていただけじゃ」

「そうか。じゃあトーマスにもう直ぐ出発すると伝えてくれるか?」

「うん」


 伝えられたトーマスは近くにいたドールへ何かを話すと、食べ終えて団欒しているグレイソン人達の方へと向かう。


『トーマスは出航のための人員に声をかけに行きました。おおよそ30分で出航できるそうです』

『わかった』


和多流もトーマスについて行ってしまい、長老が残った。


「長老、直ぐに出発する。戦利品を売り捌きたいからな。なんだか他の村からの増援も来るらしいから武具はいくらあっても良いだろう」

「そうですな、良い武具は素材としても活用出来ますからな」


 梻の思い切った行動により葎の想定よりも早く事態が進み、下鉄保には他の村からの戦力が集結しつつあるらしい。数はいても戦闘の達人である武士ではなく、元はただの農民がほとんどだ。武器は鍬や斧で、防具をつけている者はいない。葎が鹵獲したのは20組程度しかないが、それでもかなりの戦力増強を期待できる。重過ぎて使える人がいなくとも、鎧に使われている鉄の量は相当なものであり、素材としても優秀なものだった。


「それと飛行船はパッと見、空飛ぶ鯨でしか無いから、あらかじめ梻に連絡しておいてくれ」

「承知致しました」


 それからは滞りなく準備が進められ、飛行艇に乗って出発をした。蒸気を噴き出しながら飛び立つ様子を見て、葎はまるで雲に乗った鯨のようだなと思った。船倉には戦利品である鎧と刀や槍などの武器が積んである。馬と馬車は置いていった。鯨肉を各地で売るのに使いたいと長老が申し出た為、下鉄保で売らずに流血樹にて使うことにしたのだ。


 下鉄保までは一つの話題が終える前に辿り着いた。前回にこの道を辿った時は波人を回収する目的で速度を落としていたが為に時間がかかったが、そんな制約がない今回はほぼ最高速度で巡航していたのだ。その速度には膝の上で震えているズイは勿論、なれたと思っていた葎も萎縮するほどだった。


 下鉄保の離れには木々が生えない広場があった。前回訪れたときにはなかったため、わざわざこの飛行艇のために拵えたのだろう。そこへ着地させようと飛行艇は再び蒸気を噴き出しながら降下していく。噴き出す蒸気に当てられて見学しに来ていた村人達が逃げ出す様子を見ながら、葎はいまだに慣れない浮遊感に歯を食いしばりながら耐える。

 着地して飛行艇から降りた葎を迎えたのは、非常に興味深しげに飛行艇を見上げる梻だった。


「梻、久しぶりだな。要件は聞いているか?」

「ああ、柊から大体は聞いている。…にしてもこんなでけえのが本当に空を飛ぶんだな。設計図を見ていたとはいえ、まだ信じられん気分じゃ」


 梻は葎とは目を合わせず、ひたすら飛行艇をくまなく凝視している。失礼な態度ではあるが、飛行艇の初見の反応を楽しみにしていた葎からすれば期待通りの反応で満足していた。このまま放っていると埒が開かないので、その見学を中断させる。


「後で設計図を交えてみて良いから先にこっちの話を片付けてくれ」

「…ああ、わかった。積んでいる物は全て買い取るつもりだ。使えるものは修繕して使わせて、修繕できないものは屑鉄にする。んで、買取額だが…」


 話の途中で梻の胸元から透き通った綺麗な音が聞こえてきた。その音は前にも聞いた通信石のものだ。規則性を持って鳴り響き、梻はその内容を聞き取ろうと口を噤んでいる。


葎も通信石を使った事はあるが、今届けられている内容はわからない。内容は当事者間で決められた型で、つまり暗号を用いられているからだ。特性上、通信内容を傍受されることは殆どないが、こうして近くにいる者が全て聞こえる音量で鳴り響いてしまうことがあるからだ。


 内容を聞いている梻の顔が段々と青ざめてくる。信じられない様子の梻は繰り返される通信を何度も聞いてしまう。そうしてようやく内容を咀嚼し終えた梻は震えた声で葎に話す。


「流血樹が…艦隊の攻撃に晒された…ようじゃ」

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