17話 回心
『首尾はどうでした?』
『とても満足だ。これを元手に戦力の拡充を狙うぞ』
馬と鎧を格納庫へ押し込んだ帰り道。輜重隊を撃破した葎の機嫌はすこぶる良かった。それは撃退できたことではなく戦利品によるものだ。より正確に言えば、その戦利品で得られるだろう物への期待だった。中古といえども鎧の価値は高い。凹んでいても適当に修繕すればそれなりの価値に戻るし、完全に鎧として再利用できなくとも金属として考えれば十分に価値のあるものだからだ。
そしてその価値の使い道はもちろん破砕矢だ。飛行艇のうち船体はともかく、要であるサーマル・ポテンシャル・チャンバー、ひいては動力源であるカルデライトを手にいれる算段が全くない。よって趣味と実益を兼ねて破砕矢を補充することには大きな利があった。
さて、葎はこれからのことを考えて気分上々であるが、ここ艦橋内にいるドールをはじめとするグレイソン達にはそんなことは知る由もない。ドール達が把握していることは、出撃前は冷静沈着であったはずの巨人が戦いから帰ってくるなり笑顔でいっぱいであること。ドール達にしてみれば、葎は同族殺しをしたことによって昂っているのではないか、人を殺すことで快楽を得た結果なのではないかと怯えていた。
『その様子ですと、戦闘自体は容易でしたか?』
『ああ、あのぐらいだったら余裕だ』
なんでもない事のように放った回答にドールは不安が一つ消えた。やはり葎はこの地でも強者の部類であったと。持ち込まれた鎧の数から分かる圧倒的な数的不利の中、全くの無傷で帰ってきたのだから。国交もない未詳の土地で葎以外に庇護を求めるのはリスクでしかないと実感する。
ここでドールは人生を賭けた勝負に出る。これによって反感を買ってしまうかもしれないが、むしろこの程度で機嫌を損ねるなら適当な時に処理されるだろうと腹を括って問う。
『葎様…一つ伺ってもよろしいでしょうか?』
『うん?なんだ?』
今までにない機嫌の良さを感じさせる視線が向けられたことで喉が詰まってしまうが、なんとか抑えて言葉に出す。
『あなたにとって…人を殺すことってなんですか?』
『ん?そりゃあ戦果を挙げるってことだ』
葎の持つ理由は月並みで、ドールを拍子抜けさせるほどに平凡な物だった。むしろ予想していなかったことで、何か狂気的な内容が飛び出すかと構えていたのがバカらしくなるほどだった。軍人として生きてきたドールも同じ理由で人を殺してきた。改めて今までの葎の行動を振り返ってみると、その行為に嗜虐的なものは感じなかった。少々殺すことに傾倒した発言が多かったが、ひたすら武勲を積もうと没入していたと考えると、ドールは納得が行った。案外巨人も俗物なのであると腑に落ちたドールは張り詰められた心が緩んでいく。
『そうですか、私も同じ理由で人を殺します。うん、私は葎様のことを少し勘違いしていたのかもしれません。まるで人を殺すことに躊躇いがなかったのですから、神に供物でも捧げているのかと思いましたよ。よかったです。私も葎様も同じ人間のようです』
だから、ドールにとっては何気ない親交を深めるためのただの雑談。ほんの少しの冗談を交えた言葉は、予想だにしない反応を招いた。
『……神に……捧げる?』
葎はこの言葉が何かに引っかかり、火薬の衝撃などとは比にならない激震で揺らいだ。頭の中で同じ言葉が反芻し、胸の鼓動が早くなっていくのを感じる。自分でもなぜそのような感情を抱いたのかもわからなくて思わず黙って考え込んでしまう。今まで意味も分からず撒いてきた点々が繋がって道となったような、培ってきた経験がいきなり輝き出したような、未知の閃きが浮いてきては沈んでいき困惑する。
舞い上がった雰囲気が飛散して顎に手を当て押し黙ってしまった葎に、ドール達は何か地雷を踏んでしまったのではないかと肝を冷やす。余計なことを口走ったのではないかと疑る周囲の同僚達からの視線が痛い。誰も何も言っていないのに、何かやらかしてしまったかのような息苦しさを覚える。
「なるほど、神だったのか。だから俺はこんなにも…。だとしたら首だけでは足りんな。手土産…いや供物はこんなものでは足りない……そうか、つまり、俺がやるべきことは…」
ドールのわからない言語で、顔を伏せた葎はブツブツと何かを呟いている。ドールは最後に聞き取れた発言から、何か宗教的なことでしでかしたのかも知れないと困惑する。古来より宗教の話はタブー。ドールは長いこと無神論に触れ続けそれを忘れてしまっていた。
やがて整理のついた葎は顔を上げる。そんな何気ない動作にもビクついてしまうほどに緊張感が漂っていた。葎は誰にも解けなかった謎が一瞬のひらめきで解決したかのような、天啓を得たかのような晴れやかな顔だった。
『ドールのおかげで、これからすべきことの方針が定まった。よくやってくれた』
『え?あ、はい。そうですか』
『こういう時、お前らの言葉で言うと、[ありがとう]…だったか?』
「「「『!?!!?』」」」
艦橋内から呼吸の音が消え失せ、全ての視線が葎に集まる。喉の震わせが足りず、少し拙いながらも母国の言葉が発せられたのだ。誰もが「誰が教えたのだ?」と目配せし合い、誰もが自分ではないと否定し合う。言葉は和多流とトーマスによって教えられたのだが艦橋内にいる人たちは知る由もない。ただ、教師役に和多流が入っているのも存外おかしな話だが。
グレイソン人達は恐怖していた。言語の壁で隔てられていたはずの存在が突然ぬるりとコチラに手を掛けてきて度肝を抜かれたのだ。内心では武力しかない未開の原始人だと侮っていたのに。
いつか完全にコチラと意思の疎通が出来るのか、日々の悪口が聞かれていたのではないかと怯える。それと同時に朧げな期待感も感じていた。コチラを理解しようとしている姿勢に我々を悪くする気はないのかと思い、コチラから言語を学ばなくても良いのかという怠惰な安心に。
そんな様子の小人達のことは意に介さず、葎は一人納得していた。今まで刈り取ってきた首はただの数だった。積み上げて来た武勲はただの称号だった。それがドールとのやり取りを経て今ではそれ自体に、その行為に意味が付与された。そして新しく見出した事。それは…自分の地位。今まで彼の地へ行くために数え切れないほどの命を無感情に断ち、爆ぜ、潰してきたが一向に近づけなかった。今ではわかる、ただの一兵士、使い潰されるだけの戦闘の駒では不可能だったのだと。大いなる存在への表明は、そんな矮小な立ち位置では不可能だったのだ。首と武勲を天高く積み上げても、自分の立ち位置が変わっていないのだから。惰性で戦いに臨むだけでは無意味だと気づいたのだ。
「ただの口約束では叶えられなかった、それに叶えられるものでもなかった…だから自分でやるしかない」
ほんの少し、飛行艇を赤の軍へ持ち帰った功績で海を渡れるのかもしれないと考えたこともある。たとえ主家が滅んでも将軍との約束はまだ有効だろうから。だが、それでは意味がない。それで本当に彼の地へ行けたとしても身分不相応だ。
ふと、葎は窓の外に目を向ける。遥か下に見える苔のように小さな木々がすぐに背後へと去っている光景が映る。空飛ぶ船に乗った自分は誰よりも高い場所にいるのだと思う。だが、物理的な高さはこの際意味はない。これから自分がどれだけこの高さと速さを活かすか殺すかで命運が変わるのだ。
葎は運が向いているのだと確信する。主家が滅びしがらみが無くなったこの時機に、この地にはない優位性を手にしたのだ。それも世の中にある戦術…いや戦略を二段階も三段階も引き上げる隔絶した兵器だ。これを使えば神への献上品の奪取…この地の征服は夢ではない。
葎は当初、大陸へ渡ることを第一に行動し、飛行艇の量産は二の次だった。しかし、向こうに渡る前に自らの身分を用意せねばならない。手っ取り早く理想の地位に最も近づけるのは、武力による征服で覇者となることだ。確かに飛行艇は一線を画した性能を誇っているが、たった一隻での支配領域は高が知れている。量産することによって広大な領域を征服し、神話の時代でしか成し得なかった出来事…統一を成せるのだ。
そのためにも葎はグレイソン人達と交誼を結び、ひいては技術を模倣して吸収せねばならない。その第一歩として意思疎通が取れるようにしたい。同じ言葉を話すというのはそれだけで親近感が湧くものだから。発音は難しくまだ数個の単語しか分からないが、先ほどの言葉が伝わっているのを見て着実に身についているのだと実感する。
『ドール、俺はこの地を支配したい。そのためはこの飛行艇が必要だ。お前達のこともそうだ』
『そ、そうですか。支配ですか…』
この飛行艇を動かした後の方針を聞くのは初めてだったドールは、やはり自分の予想は正しかったのだと確信する。そして覇道に付き合わされる自分の不幸を嘆いた。
『何か欲しいものはあるか?これでもお前達には感謝しているんだ。今は大したことはできないが、何か報いさせてくれないか?』
思いもよらない葎の言葉にドールは即答することができない。他の同僚には聞き取れないのをいいことに、自分が有利になることが頭をよぎる。だが不満が募って離反が起これば、帰還することは叶わなくなる。ここは結束を保つことが優先だ。
『では、度数の高い酒が欲しいです。キツイ酒が生き甲斐な人も多いので』
『…少し難しいな。氷川なら持っていると思うが、それは治療用で重宝しているものだからな。一応聞いてみるが、期待しないでいてくれ』
消毒に使える濃度を持つ酒は専用設備でしか製造できない貴重なものだ。治療という生死に直結する行為に使用するものは、おいそれと渡せないだろう。
『でしたら、普通の酒をお願いします。それなりの量があれば我々で蒸留いたします』
ドールは二日前の宴の様子が思い起こしていた。体の大きい村人達が消費していた量はドールからすると尋常ではなかった。蒸留すると元の量の十分の一以下になってしまうが、たとえ水で薄めた安酒だろうとあれだけの量があれば十分な量を取れると計算していた。
『わかった。長老と取り決めておこう。それと蒸留するなら設備がないと始まらないだろう。梻に発注しようか。これだけの戦利品があれば破砕矢を買ってもそれだけのお釣りはあるだろ』
『ありがとうございます。彼らは酒さえ飲めれば当分は離反など考えないでしょう』
長年連れ添ってきたグレイソン人達は酩酊させておけば大体のことが解決することをドールは知っている。だからこそ、これは必要事項であり定石なのだ。
葎は一歩歩み寄れたことを感じた。たとえ物で釣るようなマネでも、確かな手応えを感じたのだ。
『これから大変な仕事になる。だから、何か不都合があったら俺に言ってくれ。できる範囲で解決することを約束しよう。これからよろしくな』
友好を結ぶなら何事も態度が大事だ。わかりやすいものは表情。葎は精一杯の笑顔をグレイソン人達へ向ける。
「「「『ひえ…』」」」
葎は意図的に笑顔を作る機会はごく僅かだった。大きな戦果を得た時に、将軍からの褒賞をもらった時ぐらいだろう。だから葎の笑顔はどこかぎこちなく、貼り付けられたような笑顔だった。
グレイソン人達から葎に向けられる視線は恐怖が大部分を占めている。しかし、ほんの少しの興味も含まれているのだ。これをきっかけにしてどうにか友好的な関係が築ければと願う。
長年ただ戦闘に明け暮れ目的を見失いそうな時に見つけた光明。これからは首を花束のように捧げ、積み上げる武勲に乗り彼の地へと少しずつでも近づくのだと、葎は奮い立つのだった。




