16話 輜重隊との戦闘
夜になった。先遣隊の襲撃を受けて一日と少し。葛の話からすると、明日に輜重隊の本隊が到着するだろう。正面切っての戦いになると小人達や村人への損害が大きくなるため、こちらからの奇襲によって決着をつけるつもりだ。本来、夜での行動は障害物・動物が暗闇で見えづらく、移動時に使う松明で察知されやすく危険極まりない。だが、上空という遮るものがない飛行艇なら可能だ。
この地の者からすれば空は盲点。山よりも高い場所への警戒は常識の範囲外だ。たとえ空にポツンと黒光りする異物であろうと、夜ならば関係がなかった。
幸いにして空は程々に曇っており、月光は限定的で暗い。これで飛行艇が発見される確率は低くなり、奇襲が容易になるだろう。輜重隊の正確な現在位置はわからないが、流血樹から伸びる道は3つしかなく、方位の特定は容易だった。風を切る音だけ聞こえる静かな行軍。その道に沿って進むんでいくと、それなりの距離のところに灯り火が見えた。
しかし葎にはそれが輜重隊かどうかは分からなかった。もしかしたら、ただの通りすがりの商隊かも知れない。
『ドール、あれが目標かもしれないから近くまで行ってくれ』
『あの距離でしたら望遠鏡を使えば判別できると思います』
『望遠鏡?』
『あそこにある筒のことです』
そう言ってドールが示すその先にあるのはそれなりに大きな筒。それと同じものがここには3本あった。柱に固定され、それぞれ別の方向へと向けられている。
『あれは銃か砲じゃないのか?』
『いいえ、あれは遠くを見るためのものです。この筒の端から覗くのですよ』
『ふむ、眼鏡の様なものか』
そう言われ覗こうとするが、位置が悪く使えない。もう少しこっちに来ないかと引っ張るとバキンと音を立てて取れてしまった。片手で持てなくもない望遠鏡を見て、思わずバツが悪そうな顔になる葎。
『…それはもう葎様が持っていていいですよ。一応予備が一本だけあるので』
若干気まずくなりながら望遠鏡を覗く。だが、真っ暗で何も見えない。なぜだろうかと覗きながらあちこちを見てみる。
『ちょ、振り回さないでください!』
ドールからの小言を聞き流し、葎はあるものが視界に入った。淡く黄色く光る少し欠けた丸。所々シミで覆われ、ウサギなど居ないではないかと思った。それはちょうど雲の隙間から顔を出した月だった。しばらく見惚れていると、すぐにまた雲の陰に隠れてしまった。もう一度見たいと思いながらも、望遠鏡が使えることが確認できた葎は、改めて地上の灯へと向ける。
そして映ったのは複数の焚き火とそれを囲む多数の人。ほとんど全員が鎧を着ており、傍には武器が置いてある。この時点で一般人ではないことが確定した。少し離れたところには馬と荷車がある。普通はより運べる牛を使うが、軍は本当に兵糧に余裕がないのだろう。足の速さを重視した輜重隊のようだ。
それにしてもここで見つけられたのは僥倖だった。予想よりも近い場所にいたのは速さを重視した部隊だったからだろう。この距離だと、こちらから奇襲してなかったら日の出と同時にこちらが奇襲されていただろう。
『うし、目標だ。叩き潰すぞ』
『では、近い場所へ降りましょうか』
『いや、ここからでいい』
葎は席から立ち上がり、矢を番えて開いた窓から狙いを定める。使う破砕矢は2号。1番威力が高いのは3号だが、一本しか無いので出し惜しみをしている。それに奇襲で用いるなら十分な威力ではある。
張った弓からキリキリと限界の悲鳴が聞こえてくる。溜まった爆発的な原動力を矢を進ませる力へと一瞬で変換され、音の近い速度で打ち出された。長年培った経験をもとに定められた軌道に従い、寸分違わず命中して灯を一つかき消した。数秒遅れて、パンッと乾いた音が着弾地点から届いてきた。着弾を確認すると間髪入れずに再び2号を射る。それも同じ場所に命中し、また一つの灯をかき消した。
戦果確認に望遠鏡を覗き込むと、突然の攻撃に右往左往する輜重隊の姿があった。命中した焚き火のあった場所には倒れて動かない人の姿が複数。その他では慌てつつも武装と状況把握に努めている者の姿があった。
『焚き火に集まっていたのが良かったな。5人くらいやった。どうやら根無し草の傭兵ではなく正規の軍のようだ。馬ですら落ち着いている』
『あ、当たったのですか?あんなに遠くの目標に、しかもその構え方で』
この飛行艇はもちろんグレイソン人に合わせて作られているため艦橋内は葎にとっては狭い。そのため弓を横にして射っていた。
『隠れながらだったらこんな構え方もするさ。それよりもどこか近い場所で降ろしてくれ。向こうに俺と同じ破砕射手がいないとも限らん。いたら撃墜されるぞ』
『ヒェ…はい』
葎は輜重隊に破砕射手がいることは無いと思っている。軍の打撃力の要をわざわざ敵のいない自分の領内を周る部隊に配置するとは思えないからだ。
葎の忠告に従い、飛行艇は高度を下げ、輜重隊からそれなりに離れた場所へと降下していく。降下途中、望遠鏡越しに激しく揺れ動く木々が映った。その揺れは輜重隊へと向かっていっている。どうやら手筈通り浪人が爆発音に従って向かっていっているようだ。
木々を薙ぎ倒しながら、飛行艇は少し浮いて止まる。葎も加勢するため降りようとするが、その前に逃げないようにする為のあと一押しをする。葎は艦橋にいる人々に対し、これ見よがしに先ほど放った矢と同じものをフリフリと見せびらかす。葎の一挙一動を注視していた小人達はそれに釘付けになる。そして念押しに破砕矢3号も見せびらかした。2号と比べて何倍も大きく膨らんだ先端部分には大量の火薬が詰まっている。もしこれが飛行艇に当たったら良くて航行不能、最悪撃墜されるだろう。
同じことを考えた小人たちの顔色は悪い。逃げようものなら目の当たりにした精確無比の射撃力によってぶち当てられることは間違いない。しかも直したとはいえ応急処置。操縦系統は万全ではなく本来の性能と比べて鈍くなっている。
言葉は伝わらなくとも、葎がこうした理由は伝わり、その場にいる全員が頭を縦に振る。その様子に満足した葎は開けられた窓から飛び降りた。さらにダメ押しとばかりに予め村人たちに取り付けさせていた松明に火を灯す。これで運悪く月明かりが全くなくなっても補足できる。結構な勢いで光を撒き散らしているので敵にバレそうではあるが、飛行艇に敵を近付かせるつもりもないし、火を小人たちに消された時の保険として割り切った。
葎は飛行艇に背を向けて走り出す。夜の森は危険がいっぱいだが、葎は夜間の作戦行動を何度か経験している。突き出た木の根や滑りやすい落ち葉など何のその、軽快な足取りで駆け抜ける。程なくして、木々の向こうから喧騒が聞こえてきた。ワッサワサと揺れる葉の音と鉄が打ち鳴らされる音だ。
森を抜けた先で見たのは、一人の悪鬼が大暴れしている戦場…いや殺戮の場だった。
「ぬわはは!なんだそんなもんか、かかってこい!」
浪人が両手で構えた薙刀を振るうたびにゴォォォと重低音を鳴らしている。その勢いに怖気付いた武士達は近寄れないようだ。というか、薙刀だろうと刃物な為しっかりと振ればシュンッと鋭い高音を響かせるはずだが、何故だろう?と考えながら近くの武士の後ろに回り込み、そのままサクッと脇差を突き立て命を絶つ。
ドサッと音を立てながら倒れ、その音を察知した武士達の視線が葎に集まる。その隙を見逃さない浪人は近くの武士に向かって薙刀を振りかぶる。
「くらえ!波濤断ち(はとうだち)!」
何かの技名を叫びながら薙刀を叩きつける。その気迫に引けを取らない威力を発揮した薙刀は技名の割に断つことは無く、直撃した兜を変形させ、胴と一体化させてしまう。よく見ると周りには同じ末路を辿った死体がいくつか転がっている。
攻撃した直後の隙を狙った武士が後背から全体重を乗せた突きを繰り出すも、あえなくポキッと刀が折れてしまう。その鎧の装甲は、先遣隊に硬いと言わしめた葎の鎧よりも分厚いだろう。
「はっはー!その程度の攻撃でこの浪人を打ち取れるものか!白波返!」
突き出した薙刀を返す勢いのまま刃の反対にある石突を後ろの武士を突く。鈍い金属音とともにヒビが入り、その衝撃を余すことなく被った武士は地に伏した。
さらに隙を見せたところに二人が突撃してきた。両側からの攻撃は片方がやられても、もう片方が確実に攻撃を通す形だ。
「いいぞ!そう来なくてはな!渦潮大回転!」
薙刀を体の周りで縦横無尽に回し、人が生み出しているとは思えない風切り音が鳴り響く。同時に攻撃してきた武士達であったが、繰り出される攻撃で弾かれ距離を取らされてしまう。
「久しぶりに良い戦だ!次だ次ぃ!」
「…戦闘能力は高いと思っていたが、あそこまでとはな。」
浪人の暴れっぷりを目の当たりにした葎は周りに対応しながら感心する。こちらでも何人かの武士が襲いかかってきている。後方を除いた三方向からの絶え間ない攻撃に対し、葎は両手にある脇差と鋼鉄の弓で対応する。大したことのない攻撃は装甲に物を言わせて受け止め、致命的になり得る攻撃は受け流したり躱したりする。浪人ほどの豪快さはないが、隙を見て繰り出す反撃の積み重ねにより、着実に傷を与え続けている。
そうして四半刻が過ぎた頃、輜重隊の休憩場所として開けていた広場には22人の死体が転がることになった。何人かを捕縛しようともしたが、生け取りできそうな者は皆自害し、最後まで戦えるものは口を割ることなく、その命を燃やし尽くしてしまった。
「お疲れ、浪人」
「おう、いい戦だった。ちょうど良い運動量になったな」
「そうだな、俺は後方射撃が主だったからこんなに歯応えがあったのは久しぶりだ」
浪人の真っ黒な鎧には傷らしい傷もなく健在で、息切れによるものかもしくは興奮によるものかわからない息遣いをしている。達成感により声が弾んでいた。
対して葎は全身を血の赤色で染め上がっている。打撲による殺生が主だった浪人に対し、葎は出血を狙った剣戟が主だったため返り血を浴びやすいのだ。
「…というか、お前のそれは刃物である必要はあるのか?棍棒ではダメなのか?」
浪人の持つ薙刀を指差しながら言う。薙刀は刃物であるはずだが、先の戦闘では一切何も断ち切っていない。まるで棍棒を振り回しているかのような使い方をしていた。
「何を言う!薙刀は伝統ある武士の得物だ!最強の武士を目指す俺に相応しいじゃないか!」
「う、うん。そうだな…」
浪人の迫力に気押された葎は肯定するしかなかった。憧れのみで薙刀を使い続ける浪人に何を言っても響かないだろう。
「うし、じゃあ事後処理をやるか。身包みを剥いで死体は埋めておけ」
「わかった。20人以上となると重すぎるが、どうやって持って帰るんだ?」
「そこに馬がつなげられているからそれを使おう。近くまで運べばあとは飛行艇でまとめて持っていける」
輜重隊に連れて来られた馬たちはよく調教されているようで、目の前で主人たちがなすすべなく殺されてもなお、背中に乗せられているだけの手綱が落ちてすらいない。
そんな馬たちが引く馬車に死体から剥ぎ取った鎧を積み込んでいく。刀や槍などの武器はもちろん、鎧は高級品だ。綺麗に残った鎧は洗浄すればそのまま使いまわせるし、売っても高値がつく。ひしゃげて使い物にならなくなった鎧でも、鉄塊としてみればかなり使い道がある。
そんな資源の山である鎧を馬車に積み上げると乗せきれない。何着かは自分で持つ必要がありそうだ。
「埋め終わったぞ」
「わかった。向こうのほうに飛行艇を停めてあるから、浪人もいくつか持って向かってくれ」
「おう、これを持てば良いんだな。よいしょっと」
「やっぱり浪人は俺よりも力があるな」
「ガハハ、この筋肉は伊達ではないということよ!」
葎よりも多くの鎧を持った浪人はドシンドシンと重い足音を鳴らしながら進む。度々あらぬ方向へと行こうとする浪人を制しながら、満載の馬車を引き連れ、飛行艇へと向かうのだった。




