14話 帰宅
翌朝、葎はカンッカンッと鐘を打ち鳴らす音で目覚めた。夜番と日番の交代らしい。まだ寝ている面々を起こし、待ち合わせ場所を決めていないことに気づいた。
「まあ、あそこ以外は案内されてないしな…」
というわけで昨晩食事をした食堂に入る。すると、昨晩食事した席にすでに梻と樫野の姿があった。
「おう、ちょうど来たか」
「………」
歳なのにも関わらず元気いっぱいの梻と疲労困憊な様子の樫野。年齢で言ったら普通逆じゃないか?と思いながら一行は席についた。
「ギリギリの作業にはなったが、無事に出来上がったぞ」
そう言って梻が袋から取り出したのは大小様々な部品。葎はそれらをトーマスに確認させると、問題なしとの返事が。
「そりゃあよかった。慣れねぇ定規で測りながらだったからどうなるもんかとヒヤヒヤしたぜ。なぁ?」
「う〜ん。お、おう」
半分寝落ちている樫野が覇気のない声で返事をする。それからハッとするように目を開かせ、慌てて自分の持ってきた荷物を机の上に広げた。
「昨晩は途中で連れてかれたが…商談に戻ろう。これが俺の持ってきた破砕矢だ」
机に置かれた複数の矢を見て、葎はこれまでにないほど食いつくように身を乗り出してそれを見つめる。
そこにあるのは、もともと葎が持っていた鉛筆のように鋭く尖った矢が3本。普通の矢を鋼鉄製に変えたような矢が2本。そして特に、喉から手が出てきそうな程に食い入るように見つめているのは、たった一本しか無い矢。先端が大きく膨らんだ、ぱっと見では均衡が取れているのか疑問になるような形状をしている。
「全部だ。全部くれ!」
今までに無い物欲を見せている葎。しかし、手持ちの金銭がない。抵当に出せるようなものは鎧と弓、そして返してもらった飛行艇の設計図…とても今手放せるようなものではない。どうしたものかと思案する葎に梻が話しかける。
「ここはワシが立て替えておこう。利息はふんだくるが…構わないな?」
葎にとっては願ってもない話だ。即座に了承すると、樫野の手にあった破砕矢は葎のものになった。破砕矢の先端に秘める圧倒的な破壊力。それに取り憑かれてやまない危ない目をしながら、その品質を確かめるべく丁寧に手を這わせた。
そして葎はふと思い出す、腑に落ちない点。それを解決するべく梻と向き合う。
「梻、どうして俺をこんなに信用してくれるんだ?」
初対面にも関わらず仕事を引き受けてくれ、さらには代金の建て替えもしてくれるのだ。しかも葎は赤の軍の武士だった。つまりこの地域の人々からすると敵のはずだ。やむを得ない事情のある長老と違い、梻は葎をつっぱね、黒の軍へと引き渡すことも可能だ。当初の長老と同じ手段が取れるのにも関わらずそれをしない梻に対して、葎は疑問に思った。
「何、簡単なことじゃ。それは柊がお前を信用したからじゃ。あいつの事じゃ。危ない橋は渡らせまいとワシらに逃げる余地を残そうとしてくれている。全く水臭いとこじゃ。あの時からワシらは血縁よりも強く結束されたのにのう」
そう語る梻の目には揺るがない信頼の色が伺えた。頼ってくれないことに寂しさを覚えつつも、一人で背負わせないという覚悟を感じる。
「それに、このまましておいたら村の子達が危ない。…どうせ死ぬのはワシらだろうが、あの時の思いは感じてほしくない…」
長老と同じことをいう梻。その視線の先には村の子供達の姿があった。職人たちについていき、熱心に勉強し、将来は一緒に働くことを信じて疑わない。来るかもしれない食料の危機を夢想だにしない純粋な子供達に、梻はそのままでいてほしいと切に願っていた。
葎は此処が勝機だと思った。長老と梻の繋がりは葎の想定よりも強固だった。そしてその繋がりは梻の口ぶりから察するに、まだ葎の知らない他の人も含まれているだろう。より深く交渉する事で他の村々との人脈を引き出そうと口を開く。が、その前に勢いよく視線を葎に戻した梻により閉口した。
「じゃからワシらは決断した。あの時の再来を跳ね除けるかもしれないお前に託すと…いいか?こういう生きるか死ぬかの選択は、ドガーっと盛大にやるもんだ」
「…は?」
悲壮感を漂わせていた雰囲気から一変、梻はイタズラ小僧のように笑う。
「もう知り合いのところには通信しておいた。この後すぐにとはいかないが、それなりの戦力が揃うはずじゃ。その飛行艇とやらの真価を発揮すれば、戦力は何倍にもなろう」
葎が知らぬところで事が早く進んでいた。通信石を使っていることから、その知り合いは通信石を使えるほど財力があり、それなりの戦力と言っているから一村や二村どころではないだろう。もし規模が大きくなり過ぎれば、黒の軍は赤の軍に向けていた主力を引き返し、領地内の治安改善に全力を出してしまうかも知れない。いや、主力ほどでなくとも一軍団さえも向けられてしまえば、アリを踏み潰すよりも簡単にすり潰されることは想像に難くない。
ただ、葎は黒の軍に一軍団の派遣さえも難しいだろうと踏んでいる。何故なら反感を買うことが必須の兵糧の接収を行っているのだ。200年前と同じく限界の直前まで疲弊していることだろう。なれば梻の行動は渡りに船であり、葎は想定よりも早く行動することができる。
嬉しい方向への誤算に葎の機嫌が良くなっていると、足音が聞こえてきた。まるで大きな岩石を地面に打ちつけているような足音の方向へ目線を向けると、そこには人の形をした真っ黒な鉄の塊が自立していた。脛当て、胴、籠手、面具、兜。その全てが光を拒絶するかのような漆黒だ。一目で重厚であると分かる威圧感を放つ鎧。葎でも貫くことが容易でないと確信させた。
そしてその背中には身長よりも長い薙刀。もはや刃物の形をしているだけの鈍器の如く異彩を放っている。
いきなり現れた武士に葎が警戒していると、その武者から声がする。
「いや〜久しぶりの重みで気分上がる〜」
「?…お前、浪人か?」
「うん?そうか顔が見えないもんな」
そう言って面具を外したその下から、いつの間にかいなくなっていた浪人の顔が現れた。久しぶりに愛用の鎧が帰ってきた喜びでいっぱいな満面の笑みだ。
「浪人、わかっていると思うが…」
「わかってるぜジジイ…借金は2割増し、な」
苦々しい顔をした浪人と、地獄の果てまで取り立てにきそうな目をしている梻の間で取引があったようだ。葎は浪人の借金の金額を知らないが、浪人の苦悶の具合から一朝一夕でなんとかなる金額ではないのだろう。
「浪人。ことが終われば金が手に入る。そうすればそんな借金は…」
「気ままに流離って勝負を仕掛ける生活は遠いな」
「………」
葎は浪人との初邂逅のことを思い出した。あの対応はてっきり自分が赤の軍だったことからの反応だと思っていたが、浪人はあの対応が標準で常習だったらしい。
ただ今では、鎧はその硬さで強くする道具ではなく、鎧の重みで縛り付けるしがらみへと成り果てている。
夢を叶えるための道具に足を引っ張られるなんて…と哀れに思っていた葎はふとある重要な点を考えつく。
「浪人、それ重いよな?」
「おう、この俺を倒すには破砕矢か近接戦でないとな!」
「…流血樹までどのくらいかかる?」
「……ふぅん」
全く考えていなかったと言わんばかりに真顔になる浪人。体重の半分以上もの重量を身に纏いながら走れば速度の激減は免れない。しかも、浪人の鎧は一般的なものよりも分厚くて重そうだ。
葎の見立てでは、一日近く走ってようやく辿り着く。しかも戦うための体力を温存することを考えると、一日と半日以上と見積もった。輜重隊が流血樹に着くかつかないか微妙なところだ。武装することで戦力が何倍にもなるのは明白だが、戦場に間に合わなければただの木偶の坊だ。
「そうだな…浪人はそのまま歩いてきてくれ」
「いいのか?間に合わんかもしれんぞ」
「大丈夫だ。飛行艇を直したらそのまま迎えに行くからな」
葎は飛行艇の速度をおおよそドールからの説明で知っている。飛行艇なら流血樹と下鉄保の間を四半刻もせずに辿り着ける。浪人も同時に走って近づいて途中で合流できたなら充分間に合うはずだ。
「それに、破砕矢を手に入れた。最悪間に合わなくとも撃退はできる」
流石の葎も30人近くの人数を全滅させることはできない。しかし、破砕矢を用いれば戦闘継続不能状態にまでは行けると考えている。なお残弾が残り少ないことには変わらないので、温存する方針で浪人を迎えに行くことはほぼ決定事項だ。
「そう言うわけだ。また後でな」
「おう、こっちもできるだけ急ぐぜ」
「梻、片付いたらまた来る」
「たっぷり金持ってこいよ」
「梻爺ちゃんまた今度!」
「貫弦、次は結弦も連れてこい」
そうして葎達は下鉄保を出発した。帰りには浪人がいないため、葎が和多流とトーマスを肩で支え、部品は貫弦が背負っている。
「ゼェ、ゼェ、辛い。この重いのを捨てたい…」
「そんくらいで文句言うな。俺は二人背負ってるんだぞ」
「それは葎様がおかしいだけ…ゼェ」
荷物が多くなり速度は落ちているが、依然として高速で走っており、貫弦は死にそうになっている。そんな貫弦を除いた三人は暇なので勉強中だ。
「えっとねー。こう、ベロと喉を震わせるの。ほらやってみて」
「eriu」
「喉が枯れそうな発音だな」
一応ドールを介した大陸の言葉でやり取りはできるが、それでは足りない。海の向こうの技術を素早く取り込むためにはより円滑な交流は重要だ。その第一歩として、葎はグレイソンの言葉を習得しようとしている。ただ、片手間に習得しようとしているのもあるが、全く系統の違う言語を習得するのは容易ではない。未知の発音の仕方に困惑している。
そう考えると、和多流の異質さが際立つ。葎があれやこれやしている間に、グレイソン人達に囲まれて密接な交流をしていたとはいえ、こんな短時間で拙いながらも日常会話ができる段階まで到達したその才能に舌を巻かざるおえない。将来、海の向こうとの交流が始まった時、その中心にいるのは間違いなく和多流だろう。百人の武士にも引けを取らない葎は、和多流の小さな舌に翻弄されていた。
そう葎が考えているとあっという間に時間は過ぎ、昼前には流血樹に到着した。途中バテかけた貫弦が部品をズイに持たせても全く走る勢いが落ちないことから、早く持たせれば良かったと後悔したこと以外は平和なものであった。
「おかえりなさいませ、葎殿。部品は作れましたかな?」
「戻ってきたぞ。部品は作れた。俺でも無茶な注文だったと思うが、梻はそれを叶えてくれた。いい腕をしている」
「ほっほっ。梻は商人になったワシと違って鍛治一直線だったからのぉ。梻は元気そうじゃな」
「それと長老、これは役に立った。ありがとう」
そう言って葎は長老から借りた判子を返す。
「役に立ったのなら何より。では、そこで潰れている貫弦はこちらで回収しますので、葎殿はそのまま飛行艇へ。今、伊佐那が食事を振る舞っているところですじゃ」
「わかった」
貫弦を長老に渡した葎達は飛行艇へと向かう。丘を越え、飛行艇が見えてくると、鍋のいい匂いが漂ってきた。そして飛行艇の元には一つの大きな鍋を囲んだ小人達と伊佐那が見えた。
「あっ、母ちゃん!」
そう叫んだ和多流が葎の肩から飛び降り、伊佐那へと駆け寄っていく。初めて離れた夜を過ごした二人は熱い抱擁を交わしていた。その様子を横目に、葎はトーマスを飛行艇へと連れていく。そしてズイに預けていた部品と設計図を返す。
ここまでくれば言葉は不要だ。意図を理解しているトーマスは小人達へと呼びかける。そして何人かを引き連れて飛行艇へと入っていき、しばらくするとカンッコンッと打ち付ける音が響いてきた。
『葎様、お早いお戻りお疲れ様です。その様子ですと、飛行艇の修理ができそうですね』
若干やつれたドールがそばに来ていた。
『ああドール。他の奴らの手綱を握れたか?』
『ええ、おおよそは。ただ、実際に飛行艇が飛べるとなったら心変わりするかも知れません』
今は恐怖と手段がないことから抵抗していないが、手段という希望を見てしまえば恐怖を糧に暴れ出す心配がある。そこを承知している葎は希望を塗りつぶす恐怖で縛り上げるつもりである。
『そうだな。だから飛行艇が飛ぶ時は必ず俺も一緒に乗る。その空間を確保するように言っといてくれ』
『承知しました』
『…そういや失念していたが、村の人たちとはうまくやっていたか?』
部品調達のために技術者を連れていき、飛行艇には小人達の統率を両立させるための配分だったが、小人達と流血樹の村人の交流のことを考えていなかった。
『ええ、ええ。なんとか身振り手振りで』
やつれていることから交流は難儀を極めたのだろう。それでも伊佐那と小人達の様子を見ると良好に見える。恐怖だけで縛り上げても限界はある。胃袋から意思を掴み上げる伊佐那の存在は小人達との交流において重要だ。
かくして、葎はようやく飛行艇を飛ばす用意ができる。予定よりも順調に事が運び上機嫌な葎。トーマス達が金槌を打ち鳴らす音が夢への一歩を刻む音に聞こえ、空へ飛び出すことを心待ちにしていた。




