13話 掴んだ飛空艇修復の目処
怒声を上げながら村の方からやってきたのは、ガタイの良い老人。どうやら怒りの感情は浪人に向けられているようだ。そんな浪人は渋い顔をしていた。
「誰だ?あの爺さん」
「ああ、あのジジイは…」
「あ!梻爺ちゃん!」
浪人が答える前に、倒れていたはずの貫弦が勢いよく駆け寄っていく。後ろ姿からもわかるほどに嬉しそうな雰囲気を出している。
「おおっ、貫弦じゃないか。息災か?」
梻と呼ばれた老人は腕を広げて貫弦を迎える。そしてそのまま二人は熱い抱擁を交わした。その様子はまるでおじいちゃんっ子な孫と、そんな孫を可愛がる爺のようだ。
「結弦も元気かい?」
「うん。結弦も元気。村に残ってる」
あの様子だと話しかけても意味はないだろう。二人だけの世界を作られて取り残されてしまった。
「…あの梻っていうジジイが俺の鎧を人質にしてこの村に引き留めている悪人…なんだが、あんなのは初めて見た」
貫弦と梻はお互いに近況を交換しているようだ。少しの間、雑談が続く。
「――ーでなぁ。……ん?……うぉっほん」
ようやくこちらのことを思い出した梻は、仕切り直すように咳払いをして佇まいを戻す。気を引き締めた表情は精悍な顔つきだが、脳裏から孫にデレデレな様子が離れない。
「浪人、どういう了見で警護の任から離れたのか聞かせてもらおうか?あ?」
温容な雰囲気から一変。梻の目付きは鋭くなり、その奥から窺える熱量は一つの村を率いる立場としての重みを感じる。
「ちょっくら隣の村に行ってたんだよ。ほら、こいつに会いに」
「ふん、友人だか何だか知らんが、そんな理由でフラフラされては…ん!?赤の軍!?」
梻は俺の鎧を見て、すぐにどこに所属をしていたかを見抜くとは驚いた。戦うことしか能がないとも言える武士は滅多に戦場から離れない。一般の村人が所属まで見抜くのは至難であるのに。博識だな。
まさか敵軍の者に会いに行っていたとは予想外のようで、警戒するように一歩後ろへ飛び抜き、こちらを観察してくる。
「…子供二人と犬っころを連れて、ここに何をしにきた?」
「それを説明するには見てもらったほうが早いな。お前は設計図を読めるか?」
「俺をどこの村長だと思っている。鉄の村、下鉄保の村長だぞ。設計図を見れなくては仕事ができん」
「そうか、じゃあこれを見てみろ」
懐から取り出すのは丸められた紙。あらかじめドールから貰った飛空挺の設計図を差し出す。警戒するように慎重に受け取った梻は懐疑的な目でマジマジと見つめ始めた。
「やけに小さい紙じゃのう、これを書いたやつはケチじゃな…なんだこれは。構造からして船?…いや、船にしては帆も外輪もない。どうやって動いているんじゃ?…倉庫とも違う訳のわからない部屋が多数…皆目見当も付かん……」
グレイソンの大きさに合わせられた小さな設計図に釘付けになる梻。俺も一読してみたが、梻のいう通りわけもわからないものがいっぱいあった。そんな全くの未知の内容に、梻は目を血走らせながら読み解こうとしている。しかしやはり見当もつけられずこちらに聞いてきた。
「……お前さん、これは一体何なんだ?」
もはや梻の目には警戒の色はなく、ただそこに図示されている物への興味でいっぱいだ。
「そいつは飛空挺という空を飛ぶ船の設計図だ」
「空を飛ぶ…船?」
「今は故障しているそいつを修理するために此処、製作所のある下鉄保にやってきた。下鉄保には、足りない部品を作ってもらいたい」
今の俺の状況は崖っぷちに立たされている。もしここで断られでもしたら飛空挺の修理に大幅な遅延が起きてしまう。この村以外にも部品を作れるだろう場所はあるが、それでは先に黒の軍の部隊が先に来訪し、切り札を切る機会を永遠に失うだろう。
そんな心配をよそに梻はニヤリと笑う。
「面白そうなことをしているじゃないか。ワシもこいつが飛んでいるのを一目見てみたいもんじゃ。で?欲しい部品はどんな形だ?納期は?」
「その言葉を待っていた」
すぐに別の設計図を取り出し、地面に広げる。先の設計図よりもより拡大された精巧な設計図だ。
「和多流、トーマスに必要な部品を聞いてくれ」
「うん。…ergiufh――」
和多流の言葉に、トーマスは設計図に身を乗り出し、指差ししながら答える。
「ほう、これほどに綿密な図は見たことないのう。…何じゃ?この一丁前に髭を生やした餓鬼は?」
「こいつはトーマス。海の向こうから来た、飛空挺の専門家だ」
「ほーん、海の向こうから来た、ねぇ」
梻にジロジロと見られてトーマスは冷や汗を流しながらも、与えられた仕事をこなしていく。
「……これと、これと、これがあれば動くって」
「ふむ、形はわかったが…文字が読めんから大きさがわからん」
「……えーと、これが10cm、これが150cm……」
「わからんわからん」
和多流の繰り返す単語は大きさの単位だろうが、海外の指標で伝えられても誰にもわからない。トーマスが何とか指で大きさを表現しているが、これは察するに精密部品。そんな曖昧な伝え方で何とかなる物ではないだろう。しかも、そのトーマスが伝えようとしている大きさはかなり小さい。150cmと言われた部品なら作れるかもしれないが、10cmと言われた部品は俺の小指一本分の長さもない小さな部品だ。
全員がどうしたものかと思案していると、トーマスが思い出したかのように慌てて懐から一本の細長い鉄板を取り出した。よく見ると目印のような線が細かく入っている。
「これは…定規か?」
少し曲がって入るが、それは間違いなく長さの指標になる定規であった。
「これがあれば作れるか?」
「うむ。これだけ具体的な物があれば合わせられる」
30cmと書かれた手のひらにも満たない大きさの定規を手に、梻は自信たっぷりに応える。
「ただ、すまんが小さい方の部品はワシでは作れるかわからん。やってはみるが、これは鍛冶師ではなく金工師の仕事じゃな」
「そうか、それじゃあ作れる部品だけで良いから作ってくれ。納期は明日の朝な」
「わかった。この簡単な構造ならすぐにでも…明日の朝!?」
「無理だ無理だ。他の仕事もあるのにこれだけにかかってはいられん」
差し迫る事情があるとはいえ、やはりこの納期は短過ぎる。それは俺も分かってはいるが、なんとしても早くに部品をもらわねばならん。説得しようと、俺の計画を話した。
「ふむ、貫弦がいることから柊が関わっていることはわかるが…あの慎重な柊がそんな大胆なことをするとは思えん。何か証明できるものは?」
「あるぞ」
長老って柊っていうんだな。それはともかく、長老から託された金の判子を見せた。そして判子を見た梻の反応は顕著で、目を丸くしていた。
「まさかそれがくるのか」
「これでわかると言っていたが?」
「本当に本物なのか?それを手放すなんて…いや、まだわからんな、確認してみよう」
梻は着物に仕舞っていた首飾りを取り出す。首飾りには金の判子と、金の小槌が付いている。梻は手に持った小槌をコツンと軽く判子に打ちつけた。透き通った綺麗な音を響かせ、その振動は俺の手に持つ判子を共鳴させ小さく振るわせた。
「これは…まさか、これは通信石なのか?」
「うむ。それはちゃんと柊の物らしいな」
遠くにいる者と連絡を取ることが出来る通信石。同時に製造された物同士でしか連絡は取れないが、移動手段が徒歩か船しかないこの時世、たとえ山の向こうだろうと一瞬で通信できる価値は計り知れない。その効果からかなりの高額で、本来なら一村長程度が持てる者ではない。
どうやって手に入れたのだろうと不思議に思っていると、梻がニヤリとしながら話しかけてくる。
「あの柊が信用したのなら俺も乗っかろう。あいつのことだ。勝算があるんじゃろうな」
口調から梻は長老へかなりの信頼を寄せているらしい。一番に考えられるのは、武士であった頃に何かがあったと考えられるが…今聞くことではないだろう。
「それじゃあ、すぐに取り掛かってくれ。輜重隊が来る前には帰らねばならん」
「あいわかった。…それはともかく、浪人はあとでこい」
「え〜」
凄みを含ませながら梻は浪人を睨みつける。怒れる強面の老人は結構な迫力を放つが、浪人は嫌そうにするだけで悪びれる様子もない。軽く捉えているのか、はたまた単純に脅しに動じていないのか。…おそらく両方だろう。おそらく最終的にはその腕力でぶっ飛ばせばいいと考えているのだ。ぐちぐち言ってくる文官と対面している時と同じだ。
そうして村に入ることができた。鉄の村という名称に驕りはなく、ほとんどすべての建物に鉄が使われている。すでに日が落ちているのにも関わらず、村中が明るく、そして熱気を放っていた。
「鉄工所は眠らない場所じゃからな。いっときでも止めると炉が使い物にならなくなる」
そういう梻が案内してくれたのは食堂だった。巨大な鉄骨で組まれた頑丈な建物だ。流石にこれを自分一人で壊すのは骨が折れるだろうな。そんなことを考えていると、鼻にとても良い匂いが漂ってきた。
夜番の職人たちが大きな長机を囲んで食事をしている。その中心にあるのは大きな鍋。濃厚な出汁の香りが、疾走による疲れが、胃袋を刺激して空腹を自覚した。
「お前さんは好き嫌いはあるか?あっても食わせてやるからそこに座って待っとけ」
手近な席に座らされた葎がしばらく待っていると、大きな椀が置かれた。根菜や葉物、きのこがたっぷり入っている。
「ほい、召し上がれ」
「ありがたく頂こう」
一口啜って感じるのは魚の出汁と強い塩気。その塩気すら走ってきた疲労の前では染みるように美味い。日夜、火に当たって汗をかく職人たちにはちょうど良いのだろう。ほろほろと崩れるほどに煮込まれた野菜と、豪快にぶつ切りにされている川魚がとても美味しい。
「久しぶりの職人鍋はやっぱりおいしい!」
「あ〜昨日ぶりなのに懐かしく感じるな」
「おいしいね!」
ワンッ
「………」
梻との接し方で何度か訪れているとわかる貫弦と浪人はいつもの味に安堵をついてた。初めての長旅に疲れを見せていた和多流も満足げに頬張っている。ズイは野菜クズや魚の骨を与えられて嬉しそうだ。恐縮していた様子のトーマスは今の状況を忘れるように、美味しい鍋を掻き込んでいた。
「そうかそうか。よかったのう」
美味しそうに食べている面々を見て梻は嬉しそうに目尻を下げた。孫を見るような温かい目でいた梻は、いきなりキリッとした表情に変わりこちらに顔を向けてきた。
「して葎。あの飛空挺というのがどうやって飛ぶのじゃ?察するに、ワシにはわからなかった大きな部屋が関係すると思うのじゃが」
「詳しくは俺にもわからん。和多流、トーマスに聞いてくれ」
「えーと…カルデライトっていう鉱石で飛ぶんだって。固くて、青くて、温めたら浮くみたいだよ」
「青い鉱石ね。梻、そんな鉱石知ってるか?俺は知らないんだが」
「いや、ワシも知らん。青い鉱石自体はいくつかあるが、飛ぶなんてものは聞いた事がない」
「まあ、そうだよな」
食事を終えた後は、しばらく雑談をしていた。トーマスの話に聞き入っていると、、もう一つ俺にとって重要な要件があったことを思い出した。
「この村に破砕矢はあるか?一号でも二号でもいいが、できれば三号が欲しい」
「破砕矢か。すまんが、生産のほとんどが建築資材。軍事的なものは…」
「今、破砕矢と言ったか?」
急に話に割り込んできたのは少し小太りの男。「破砕矢」という単語に素早く反応してやってきた男の目は、何やら必死さを伺えた。
「誰だ?お前?」
「おっと失礼。俺の名前は樫野。あんた、破砕矢が欲しいんだって?今なら特価で売ってやるぜ?」
樫野と名乗った男はかなりの早口で売りつけてくる。そんな樫野を梻は胡散臭いものを見るようにして話す。
「こいつは最近ウチに金属を買いに来ているやつなんだが、いきなり来て出世払いで済ませようと言ってくる阿呆だ。金工だろうと、得体の知れないやつにウチの鉄をやるわけには…あ」
梻は自分で言った言葉に反応して樫野に指をさす。
見つかった。金工を生業としているからには細かい金属の加工ができるはずだ。
「樫野。破砕矢も欲しいが、10cm…このくらいの小さな部品の加工はできるか?こんな形なんだが」
慌てて設計図を取り出し、指をさす。それを見た樫野は思案する様子もなく答える。
「ああ、この程度だったら作れるが」
「そうか、よかった。じゃあ明日の朝にはできるか?」
「朝までに!?いやいや、仕事道具は持ってきてるが、鉄がないんじゃできねぇよ」
予想通りの至極尤もな反応だ。
「頼んだ部品と、樫野が使う鉄の代金をまとめてこれで払えるか?」
懐から出した、長老に渡したものよりも小さな銀の延棒。これが最後の金銭だったが、ここで惜しむ必要もない。
「これじゃあちょっと足りないが…よかろう。足りない分は出世払いということで」
「ちょ!?俺にはそれ使わせてもらえなかったのに!?」
樫野の反応を無視して銀の延棒を受け取る梻。それならと、梻は席を立つ。
「期限が明日の朝じゃあ今から作業せんと間に合わん。早速行ってくる。ほらお前もじゃ」
「え!?…拒否権は?」
「ワシが金を受け取ったからそんなものはない」
有無を言わさずに樫野の首根っこを掴んで食堂を出ていってしまった。
「…嵐のように行ったな」
「あのジジイは歳のくせに結構早いんだよな」
「…あの、お代は?」
「あ」
幸い食事代はすでに梻が払っていてくれた。すでに船を漕いでいた和多流を背負って食堂を出る。無一文だから寝床も取れず野宿するしかない。道の真ん中で寝るのも迷惑だろうと、村から出て適当な木に身を倒して目を閉じた。
夢への第一歩。それを確かに感じた達成感を胸に、心地良い夜風にあたりながら眠りにつくのだった。




