12話 下鉄保へ
『一体、どういうことだ?』
『…それは私にも分かりません』
ドールは、和多流がグレイソンの言葉を喋ったと言った。しかしそれはあり得ないはずだ。村人というのは、商人でもない限り村から出る事なく一生を終える。和多流は村人であり、商人として働くこともない年齢のはずだ。
「伊佐那、流血樹には変な言葉を使う人は来るのか?」
「え?他の村から人が来ることはあるけど、変な言葉を使ったのは、そこにいる小人達が初めてさ」
全く予想通りの返答が返ってくる。葎はまさかと思いつつ、トーマスからの言葉も理解していそうな和多流に話しかける。
「和多流、お前はこの小人達に会うのは初めてだよな?」
「え?そうだよ」
「もしかしてグレイソンの言葉がわかるのか?」
「うん。まだわからないのもあるけど、トーマスは簡単な言葉で話してくれるよ」
予想していたがあり得ないと切り捨てていたことを肯定され、葎は俄然とする。まだ二日しか経っていないのに簡単な言葉ならわかるというのだ。その習得の速さに、葎は戦場の強者とは別次元の恐ろしさを感じる。
才能の片鱗を見せた和多流に、親である伊佐那は素直に喜んだ。
「すごいじゃないか!あたしなんか方言ですらわかんないのに他言語とはね!」
喜びのあまり伊佐那は和多流に抱きつき、頭を豪快に撫でまくる。
「く、苦しい…」
「ハッ!」
衝動で動いた伊佐那であるが、和多流の声で葎からの言葉を思い出し、慌てて離れる。喜びから一転、和多流の心配をして冷や汗をかいている。そんなやりとりをしていると、遠くから声が聞こえてくる。
「葎さま〜〜!!大丈夫ですか〜!」
大きな声を出して走って来るのは氷川。その後ろには貫弦と結弦に抱えられた長老の姿もある。
「でかい爆発音が聞こえましたけれど、お怪我は?」
「俺は大丈夫だが、和多流が頭を打ったらしい。見てやってくれ」
「はい、分かりました。和多流ちゃん、こっちにおいで」
和多流を呼び寄せ氷川は検査を開始した。世の横で、葎は長老へと話しかける。
「さっき飛行艇への襲撃があった。対処はしたが、一人逃げられた」
「そうですか。…やはり輜重隊でしたか?」
「ああ、そうだ」
深刻な顔を浮かべる長老。過去の凄惨な光景を思い出している長老に対し、葎は無慈悲に告げる。
「俺が赤の軍の上級武士だったことがバレた。もう所属はしていないが、自軍の領地の中にいる五体満足の敵。よくわからない金属の塊。そして連れの中には明らかに村人の女性が協力している姿…どんな報告をするだろうな?」
「…むぅ」
おそらく、あの逃げた武士は流血樹が既に陥落したと報告するだろう。たった二人で五人を制圧し、巨大な金属の塊で何かを画策している…と。
もはや長老に選択肢はなかった。たとえ葎が無関係だと明言してくれたとしても、誰がそれを信じるだろうか。
「…分かりました…このままでは村が危ない。葎殿に協力させていただきます。元々、踏ん切りが付かないだけで、価値がある話と思っていました。父上と母上を奪うだけでなく、ワシの孫たちからもワシらを奪おうとしておる。...それは決してあってはならぬのだじゃ…だからどうか、我々をお救いください…」
思い詰めた表情で頭を下げる長老。それを葎はあっけらかんとした態度で了承した。
「尻に火がつけられただけでやることは何も変わらない。…いや、やれることがこれ以外にないと言うべきだな。後がないもの同士、頑張ろうか」
力強く握手を交わす二人。ここで正式に村との協力体制を取り付けることに成功した葎。さっさと次の村に行かねば期限が来てしまう。
「氷川、和多流の様子は?」
「特に問題ありませんよ。打撲跡はなし、体の反応や応答にも問題なし。あとは経過観察ですね」
「そうか。村の外に連れて行ってもいいか?」
「…え?」
予想外の質問に反応が遅れる氷川。その内容に反応したのは和多流だ。
「村の外に行ってもいいの?でも、みんなから離れたくない」
「そうか…トーマスの通訳で欲しかったんだけどな」
武士からの襲撃によって小人達は再び不安定になっていた。一人や二人を失ったところで、重要な何人かを確保できれば飛行艇を動かすことはできる。しかし、それに呼応して全員を失っては計画が根底から崩れてしまう。
それを避けるためにドールにはもう一度掌握を頼みたい。そうすると、修理のための技術者として連れていきたいトーマスの通訳が居なくなってしまう。そこでトーマスとの会話が出来ると判明した和多流を連れて行くことで解決を図った。しかし拒否されてしまい、葎はどうしてたものかと悩む。
「え!トーマスも行くの?なら行きたい!」
「ん?そうか、じゃあよろしく」
何か心変わりが早いなと思いつつ、ついて来てくれるならと疑問を流す。
「伊佐那もそれでいいよな?」
「ええ、あたしはそれでいいさ。武士様が強いことは知っていたけど、これほどとは思っていなかったからね。今じゃ武士様の側が一番の安全地帯さ。旦那にはあたしから言っておくから、連れて行ってもいいよ」
「ありがとう」
親からの許可も取り付けたところで、葎はドールへと向きなおる。
『トーマスを連れて行くぞ。明日には帰ってくるから、最低でも飛行艇を動かすための人数は引き留めておいてくれ』
『はい、分かりました。もっとも逃げたところで野垂れ死ぬのがオチですから、そこを強く言含めておきます』
『頼んだぞ』
離れた場所からこちらの様子を伺っている小人達の顔には、疑念の色が強く現れている。修理の部品を取りに離れたら、すぐに逃げてしまいそうなほどだ。そんな彼らを取りまとめてみせると、ドールは自信満々に言い放つ。
「葎〜埋めてきたぞ〜」
帰ってきた浪人は手に持っていた二人を置き、疲れたように座り込む。
「なんか増えてないか?」
「おう、俺がボコした奴が生きてたんだよ。鎧を剥がすのに苦労したぜ」
新しく取り出された人は身体中には大量のアザがある。しかし葎が思っていたほど血まみれではなかった。死んだと勘違いしたほどに鎧についていた血は全て浪人の拳から生まれたらしい。
「氷川、そこの二人と向こうにいる一人の治療をしてやってくれ」
「分かりました。葎さまにお怪我は?」
複数人と戦闘し、爆弾との格闘も行った葎であるが、被弾はしていないため怪我はしていない。代わりに、浪人は身体中に射創で穴ボコだ。そして拳は骨折こそしていないが、見るも無惨な姿になっている。
「ない。浪人が少し負傷したぐらいだ。…浪人、すまんがすぐにでも出発せにゃならん。手当は後でもいいか?」
「おう、このくらいだったら勝手に治るぜ」
射創はともかく拳はそのままで治るか疑問だが、今は時間が惜しい。早速出発しようとすると、長老が何かを渡してきた。それは指でつまめる大きさの金の判子だ。
「これはなんだ?」
「隣の村、下鉄保の村長はワシの知り合いなのです。この判子を見せれば、流血樹が葎殿に協力している印となりますゆえ、素早く説得ができるはずじゃ」
「そうなのか、ありがたく利用させて貰おう。貫玄は道案内でついてきてくれるか?」
「はい、お供させてもらいます」
「ありがとう、では行ってくる」
「お早いお戻りをお祈り申し上げます」
準備の整った葎は居残り組からの見送りを背に、走り出す。貫玄を先頭に、葎は和多流を抱え、ズイとトーマスを抱えた浪人と共に、下鉄保までの一路を走る。
「貫玄、下鉄保まではどのくらいだ?」
「えーと、それはーー」
「全力で走れば火が落ちる前には着くな!」
貫玄が答える前に、浪人が言葉を遮って答えてしまう。
「ち、違います!日が落ちて、朝一に到着します!」
必死に訂正しようと首を振りながら叫ぶ貫玄。
「浪人、その根拠は?」
「おん?それは来る時はそんぐらいだったからだ!」
「ほう、じゃあ決まりだな」
「ひぃ。そんな速度で走ったら死んじゃいますぅ」
現在、一行は先頭の貫玄に合わせて、貫玄が下鉄保まで持久できる程度の速度で走っている。葎と浪人にとっては物足りない。
「遅れてたとはいえ、ちゃんと浪人についてきていたじゃないか。いけるいける」
「ひぃぃぃ」
貫玄も急がねばならないことは知っている。しかし、案内役の自分が潰れてしまっては余計に時間が掛かってしまう。だから往復分も考えた配分で走っているが、自分よりも大きい男二人がケツを蹴り上げんとする勢いで近づいてくるため、恐怖に駆られて増速する。
こうして一行は、上り坂にもかかわらず後方に砂埃を上げながら走ってゆく。並走しているズイは久々の疾走で気分上々だ。和多流も初めての村の外への期待でワクワクしている。
一方で、担がれているトーマスは車に乗っていると錯覚する速さで目を開けることさえ億劫になっている。それも激しく上下に揺さぶられ、早くも吐き気を催してしまう。そうしてしばらく揺さぶられていると、一瞬、浮遊感を感じた。上り坂が終わったことを知ったトーマスは久しぶりに目を開ける。そして飛び込んできた光景は圧巻の一言だ。
果てしなく続く、青々と茂った山脈。後ろにある海を除いて、どこを見ても緑が世界を支配している。短く生い茂る草だけでは無い、高く聳え立つ木々が無数にある広大な樹海をトーマスは見たことがなかった。
そして遅れて認識した、壁。いや、壁と錯覚するほどに巨大な岩の塊とも称すべき天を穿つ山。もはや頂上は雲に隠れて見えていない。初めて見るトーマスには距離感が掴めないが、山全体が空と同じ青みがかっていることから、相当に距離が離れていると辛うじてわかる。
そんなトーマスの驚嘆をよそに、他の面々は当たり前のことを無視してどんどんと進む。流血樹と下鉄保をつなぐ細い道には木、木、木以外には新しいものは見えない。葎は遠くに野生動物の気配を検知したりしたが、この爆走する一行に向かってくる者はなく、手持ち無沙汰になってしまった。
必死な貫玄を除いて、暇な道中に交流すること数刻。土が赤く染まり、空気に鉄臭さと煙が混じる頃、一行は陽が落ちる前には下鉄保にたどり着いた。
「ゼェゼェ…武士ってヤツは化け物か?」
貫玄は息も絶え絶えに地面へ倒れ込む。朝と合わせて2回、数刻の間ぶっ通しで走ったのだから当然の結果ではある。しかし鎧や子供を担ぎながら走っていた葎と浪人は、汗をかいてはいるが息は切らしていない。ズイに至っては、まだ走りたりなさそうに興奮している。絶望的なまでの身体能力の格差を感じた。
呼吸を整えている一行に対して、唐突に怒声が響く。
「ゴォルゥアァ浪人!一日中どこに行っておった!このワシとの契約を反故にするなら、鎧がどうなるかわかっているんだろうな!」




