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11話 負傷者の確認

「浪人、葛の出血が多いようだから手当てしてやってくれ」

「おう、任せとけ!…こう、か?」

「あいデデでっ!!?ぎゃああぁぁ!!」


 口をへの字にしながら、葛が持っていた芋がら縄で手当てをする浪人。拳から流れる血が縄を滲ませながら、手加減が分からないまま傷口をきつく絞る。血管どころか骨までもがミシミシっと圧迫される激痛で泣きながら悲鳴をあげる葛。しかも必要以上に絞っていたため、芋がら縄から味噌が出て塩分が傷口に染みる。断末魔と区別のつかない悲鳴には似つかわしくない味噌の香りが立ち込めた。それでも、本来の目的である止血は達成し、出血はぴたりと止まった。


「拳の傷がひどいな。あとで氷川に手当てしてもらえよ。あと矢が刺さったままだ」

「ん?あっ!皮が全部めくれてる!」


 自分の拳を見て、たった今知ったかのように驚く浪人。拳面の皮が全て無くなり、真っ赤な肉が見えていた痛々しい。そんな状態の浪人は最初は驚いたのの、すぐに興味を失って体に刺さっている矢をスポスポと引き抜き始める。一本引き抜くごとに鮮血が飛び、穴から血が流れるが、気にせずに全ての矢を引き抜いた。血の紋様を体に流している浪人は痛覚がないかのように振る舞い、そのまま切られた葛の腕を拾ってきた。


「これ、くっつくと思うか?」

「ん〜まあ、氷川に頼めばいいだろう」

「そうだな。…自分のは自分で持たせるか」


 浪人は腕を葛の鎧の隙間へ強引に差し込む。せっかくの綺麗な断面が崩れないか心配だ。


「俺の腕をそんな雑に扱わないでくれないかねぇ!?」


 グニュっとした肉の感触に不快感を覚える葛。しかもそれが自分の肉のものだからより一層気持ちが悪い。出血の影響もあって気絶してしまいそうだ。


「よし、じゃあ行くぞ」

「おう。ほら、立てよ」

「ふ、ふらふらで立てねぇよぉ」


 葛は立とうと足に力を込めるが、膝が笑うばかりで一向に高さが変わらない。


「しゃあねえな、ほらよっと」

「はぁ!?ちょっあの……もうなんかいいや」


 無造作に首元を掴んで引きずり始める浪人。着ている鎧のおかげでなんともないが、余りにぞんざいな扱いに愕然とする葛。しかし体調が悪いのもあって、なんかどうでも良くなり揺られる感覚に身を任せて気絶をするように眠りについた。


葎は葛を引きずる浪人と共に、目当ての武士の元へ歩く。途中、浪人がボコした弓兵を通りかかる。あちこちが凹んで血まみれの鎧を見て、どれだけしこたま殴ったんだろうと思う葎。


「完全武装の弓兵相手によく生身でやりに行ったな」

「へへっ、それほどでもねぇぜ」


 浪人は指を鼻に当て、少し誇らしげにする。


「それだけの戦闘能力がありながら、なんで上級になっていないんだ?」


 鉄の鎧を見に纏い、離れた場所から致命的な連続攻撃を繰り出してくる弓兵はとても手強い者だ。それも防御する手段がなく、また攻撃手段もない生身では、ほぼ勝ち目はない。全てを力でねじ伏せる上級武士ならば可能ではあるが、引撃ちをされたら苦戦は必至だろう。それなのにも関わらず、浪人はたった5本の被弾のみで短時間で戦闘を終わらせている。葎の見立てでは、浪人は上級武士と比較しても上澄みの実力であると確信している。


「あ〜…その、なんだ…俺は人を使うことが苦手でな……あと文字を見ると気分が悪い」

「…なるほど」


 歯切れの悪い浪人から出た内容は、葎の疑問を払拭させるのに十分だった。人の上に立つ上級武士は戦闘能力だけでなく、統率や事務も相応にこなせなくてはならないが、浪人はそれが足りなかったらしい。


「…俺はこいつを埋葬してくるから!先に行っててくれ!」

「ん?そうか、ついでに俺が切り捨てた死体も埋めておいてくれ。…寝てる葛を間違えて埋めるなよ」

「俺をなんだと思っているんだ?」


 わざとらしく切り替えた浪人の耳は若干赤い。追求する気もないので、そのまま別れた葎は目当ての武士の元に辿り着く。戦闘の時に記憶したものと違った位置に居た。うつ伏せで気絶している武士の後ろには、点々と続く血の跡がある。葎に射抜かれた後、飛行艇へと向かっていたようだ。そして、何かに突き動かされているかのように手を飛行艇へと向けて気絶している。


「なぜそこまでして動いた?」


 片腕が二度と動かなくなるかもしれない状況で、しかも反撃に出るわけでもなく、初見であるはずの飛行艇へ無理やり動いた心境が葎には分からない。


 ともかく、このままうつ伏せでは呼吸が止まるかもしれない。刺さったままの矢も危険ではあるが、下手に抜くと出血がひどくなるかもしれない。氷川が来るまではそのままにしておく事にした。貫いている矢に気を付けながら、近くの岩場に慎重に持たせ掛ける。


「首の角度が危ういな」


 兜の重量に引っ張られて首に負担がかかっているため、首紐を解いて外してやる。重量物から解放された兜の中から、結ばれた髪がふわっと出てきた。さらっとした髪質の長い髪だ。影で隠れていた目元は柔らかく、閉じられた瞼には長いまつ毛が伸びている。続いて取り外した面具の下には薄い唇があった。そう、凄腕の武士は女性だった。


「鎧ごと貫いている、胴は取り外せないな。…それにしても丈夫な武士だ。半分以下の威力とはいえ、俺の鋼鉄の矢が完全には貫き通せないとは」


 葎は目前の武士が女性であることを認識しても、変わらずに武士として分析し続けている。葎は性別を全く重要視していない。戦場で女子供が出てきても、相応の実力さえあれば自分が殺されるからだ。唯一性別を気にするのは上位の地位にいる者だけだろう。


 ここで出来ることを処置し終わった葎は、後で氷川に丸投げすることを決め、小人達の集う場所へと向かった。


「和多流!和多流!しっかりしな!」


 そこには和多流を抱え、今にも泣き出しそうになっている伊佐那の姿があった。周りではトーマスが慌てた様子で何かを必死に訴えかけているが、伊佐那は耳にも入っていない。それも仕方ないだろう。和多流の顔にはベッタリと血がついているのだから。


「伊佐那、落ち着け。気絶している奴を揺らしても碌な事にならん」

「そ、そうなのかい?…なあ武士さま、和多流は…和多流は大丈夫なのかい?」


 そっと和多流を地面に降ろす伊佐那。その目には決壊寸前の涙が溜められている。


「見てみない事には分からん。あの爆発で氷川もすっ飛んできてくれると思うが、先に診ておこう」

『ドール、トーマスが何か言っているがなんと言っている?』

『すみません、きつい方言と早口で言っているので聞き取れないです。もう少し落ち着かせないと』

『そうか、なんとしてでも聞き出してくれ。何か知っていそうだったからな』


 そばに来ていたドールに聞いてみるが何も収穫はなかった。トーマスの様子から和多流が倒れた原因を知っていると思うが、トーマスは泣いている伊佐那に申し訳なさそうに何かを言っていて落ち着きが無い。


 埒が明かないと、葎は和多流を診る事にする。専門知識はないが、戦場で身につけた程度の即席な治療は出来る。血の付いている頬や額を極力刺激しないように触診する。しかし、出血源の傷が見当たらない。血が広範囲にある事から傷は相応に広い筈だが、何も見当たらない。


「何処から出血している?」


 小さくぼやく葎。それを聞いてしまった伊佐那の目から涙がポロポロと溢れ出してしまった。失言したと思いながら葎はある事に気がつく。額や頬についてる血痕が心なしか指紋のようなものが見える。どういうことだ?と疑問に思っていると、ドールが話しかけてきた。


『どうやら、その子はトーマスにぶつかって気絶しているだけだそうです。血は庇ったトーマスの物のようです』

『でかした』


 よく見るとトーマスの手は表皮が無くなり血を垂らしている。指紋はかろうじて数本だけ残っているようだ。周りを見渡すと、血のついた石と手袋の残骸があった。あれを手袋と身体のみで受け止めたのだろう。


「伊佐那、和多流は気絶しているだけのようだ。このトーマスが、あそこにある石から和多流を守ったようだぞ」

「よ、よかった!トーマスと言ったね、ありがとう!ありがとう!!」


 その事実に感極まった伊佐那は衝動的にトーマスをガバッと抱きしめる。その豊満な胸元に包み隠されたトーマスは息苦しそうだが、手の血をつけないように気を配っているため振り解けない。もっとも、トーマスの筋力では二倍の体格差のある伊佐那をどうやっても振り解けないが。


 この時世、伊佐那は戦場においての投石は強力な物だと知っている。そこに落ちている大きな石が頭にぶつかりでもしたら命に関わる。子供の命の恩人に精一杯の感謝を伝えようとしているが、恩人は気持ちで押しつぶされそうだ。


「そこまでにしてやれ。死にそうだぞ」

「ハッ!す、すまないね。大丈夫かい?」


 トーマスは酸素が足りなくなりかなり息苦しいが、目の前の女性を心配させまいと、苦しさと呼吸の荒さを表に出さないよう努める。言葉は伝わらなくとも気遣う気持ちは伝わったようで、トーマスのその態度に伊佐那は、安心したようにホッと息をつく。


「ん…うーん?」


 そうこうしている間に、和多流が寝ぼけながら起きた。


「!和多流、大丈夫かい?」


 伊佐那は我が子が目覚めた事に安堵を覚える。しかし、先の葎からの忠告で抱き抱えることができず、前に出した腕が手持ち無沙汰にフラフラとしている。


 そんな母親の様子を気にかけない和多流は、体を起こし半分ほど閉じたままの眼で周りを見渡す。そしてその視線がトーマスに留まると、にへらっと柔らかい笑みを浮かべながら言った。


「serlg」


 その言葉を葎は聞き取れなかった。ただ、その言葉を受け取ったトーマスは、何やら照れている様子だ。自分の耳が悪かったのかと伊佐那を見るが、こちらも頭に?を浮かべている。どういうことだと思いながらドールを見ると、こちらはひどく驚いている。何か異常で意外なものを見るように目をガン開き、和多流を凝視している。


『どうしたんだ?ドール』

『…今その子が言ったのは、ありがとう。…我々、グレイソンの言葉です』

「…は?」

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