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【02】違和感

 

 その日は、チャイムの音で目が覚めた。


「……ん」


 眠い目を擦りのそりと起き上がる。

 カーテンから漏れる光は明るく、サイドテーブルの時計を見れば、とっくに正午は過ぎていた。


「……仕事?」


 ぐちゃぐちゃの三つ編みを解きながら、ベッドから這い出ると、髪を撫で付け玄関まで向かった。


「はぁい……」


 ドアを開ければ――

 サマーニットとスラックスのパンツを着こなす、見るからにオフの処刑人さんがそこにいた。


 ……驚いてる。


 この時間まで寝てたのが予想外だったのかな?

 軍帽を被っていないからか、表情は前より分かりやすかった。


「……寝起きですみません。どうされました?」

「この前のお礼に来たんだ。地図も借りてたし。甘い物、好き? ケーキ買って来たんだ」


 白い箱を見せるようにひょいと持ち上げ、

「とりあえず、中入ってもいいかな?」

 そう言った。


 仕事しただけだよね?

 お礼ってなに?

 これも仕事?

 どうしよう……。どうして良いか分からない。


「あ、ごめん。……突然来て、迷惑だったよね……?」

 眉尻を下げた処刑人さんの姿に、

「え? あ、別に……。どうぞ」

 口が勝手にそう言ってた。


 今回も、処刑人さんは脱いだ靴を綺麗に並べていた。


「膝の痣、どうしたの?」


 膝? 見れば、左の膝には真っ青な痣が広がっていた。


 いつの間に……。


 それに、またしても寝巻き代わりのオーバーシャツ一枚しか着ていない事に気がついた。

 あー……。着替えないと。


「最近転びまして、多分その時に。……どうぞ」

 前回同様、ダイニングに処刑人さんを案内する。

「転んだの? 他に怪我はしなかった?」

 目尻を下げる彼の声音は、驚く程に柔らかかった。

「家の中です。大丈夫です。すみません、着替えてきます」


 処刑人さんをダイニングに残し、足早に寝室へ逃げ込んだ。状況が理解できなくて、頭が混乱した。


 人が、家にいる……。


 とりあえず、シャツを脱いで下着に腕を通しながら思案する。


 ……あの人、本当に同じ人? 


 まだ寝ぼけていて、別人に見えた可能性も否めない。外行き用のゆったりとしたガーゼシャツに、黒のカーゴパンツを履くと、洗面所に向かう。


 顔を洗って鏡を見ると、紅玉色の瞳と目が合った。

 どこか気だるげで眠そうなそれは、虚な目で鏡に映る女を見ていた。


 未だに慣れないな……、この髪も、瞳の色も。


 顔を拭き、処刑人さんの待つリビングダイニングへ戻る。


「お待たせしました」

 ダイニングテーブルにはケーキの箱がでん! と置かれ、彼の肩に下がっていた鞄は下ろされていた。

「急に来ちゃってごめんね。あとこれ、ありがとう」

「いえ」


 返却された地図を受け取りチェストへ戻し、キッチンに立った。


「なに飲まれますか?」

「コーヒーがいいな」

「了」


 反射的に出たその返事に、彼はクツクツと笑った。


「それ、三厨(みくりや)部長に教え込まれたの?」

「……そんな感じです」

 ちょっと気まずい。誤魔化すように咳払いしておいた。

「僕も手伝うよ」

 処刑人さんはそう言いながら、キッチンに来ると隣に立った。

「リクは何飲むの?」

「キャラメルラテです」

「甘いの好きなんだ。良かった」


 処刑人さんがふわりと笑った。やっぱり夢じゃなかったらしい。オンとオフの差が凄いな……。


 ホットコーヒーと、氷がたっぷり入ったキャラメルラテを用意し、テーブルを挟んで処刑人さんと席に着く。人と食事するなんて、いつぶりだろう。


「リクは何が好き?」


 開かれた箱の中には、チョコやいちごが乗ったケーキなど沢山の種類がぎゅうぎゅうに詰められていた。


 ケーキって、……こんなに種類があるんだ。

 どんな味がするんだろ?


 夢のような光景に、思わず目を見開いてケーキを見つめた。


「いちごのやつ、いただいていいですか?」

「もちろん。むしろ、嫌いなケーキあった?」

「全部美味しそう、です」

「それは良かった。僕、チョコが好きなんだ。食べてもいいかな?」

「もちろんです」


 処刑人さんは慣れた手つきでケーキを取り出し、それぞれのお皿に乗せた。


「いただきます」

「どうぞ召し上がれ」


 甘い物なんて人生で数える程しか食べた事がない。

 端っこをフォークで刺す。下の方固いな。フォークを持つ手に力が入って、ガツッと、フォークが皿を穿った。


「……すみません」

 切り分けたケーキが飛ばなくて良かった。

「気にしなくていいよ。タルトって食べるのちょっと難しいよね」


 処刑人さんの優しさに安堵する。これは『たると』って言うのか。慎重にフォークを刺し直して、恐る恐る一口頬張る。


 いちごの甘酸っぱさにクリームの甘さ。サクサクした食感とか。なんか色々と口の中に広がって、手で頬を包みこんでいた。


「美味しい?」

「おいひいでふ」

 こくこくと頷いて、「美味しい」を目一杯肯定した。

「よかった。チョコも食べる?」

「……いいんですか?」

 聞き返せば、処刑人さんは自分のフォークでケーキを一掬いして、

「どうぞ」

 と差し出して来た。


 フォークの先はこっちに向いてる。

 ……これって、このまま食べるの?


 戸惑ってると、

「食べないの?」

 彼はどこか困ったように眉を下げた。


「い、いただきます」


 テーブルに乗り出す勢いで上体を近づけ、パクっとフォークのケーキにかぶりつく。今度はチョコの甘くて苦い味が口に広がる。


 美味しい……!


 処刑人さんはどこか満足そうに笑って、それからチョコケーキを食べていた。


「そういえば、リクは特務隊勤務なんだよね?」

「そうでふ」

 またこくこくと頷いて見せれば、

「いつから軍にいるの? どこの班?」

「十四の時に練習生として入って、今……十八? です。班の割り当てはなくて。えっと、名無し(ネムレス)ってやつです」

 特務隊の班は十あるらしいけど、そこに属せなければ名無し(ネムレス)となる。要は『使い勝手のいい捨て駒ってやつだ』って、訓練生の時に同期が言ってたっけか。


「へぇ。名無し(ネムレス)……」

「しょ……、水無瀬さんは長いんですか?」

「僕もリクと似たようなものかな。リクに比べれば長いだろうけど、そこまでかな」

「そうなんですか」

「休みの時はいつも何してるの?」


 その質問に、フォークを持つ手が止まる。

 なんとなく、リビングの先に広がる空へ視線を逃した。



「なんですかね」



 昼過ぎの空は快晴で、雲一つ見当たらない。憎たらしいほどの晴天だった。



「何したらいいか、よくわからなくて……」



 乾いた声が出た。

 グラスを掴み、甘いキャラメルラテを喉に流し込んだ。


「ここのケーキ店さ」


 その声に視線が戻る。


「パフェも美味しいんだ。よかったら今度、一緒に食べよ?」


 処刑人さんはにこりと笑ってて、私の脳はフリーズしてた。


 ……ぱふぇって、なに?


 初めて聞く単語だった。


 ――んなことも知らねえの? おまえマジで田舎者じゃん。ウケんだけど!


 訓練生の時のことを思い出した。

 周りとの常識の差に笑われた、懐かしい記憶。

「それはなんですか?」って言葉は、出てこなかった。それを聞くと、場の空気が変わる事だけは知ってる。


 ケーキ店にあるなら、きっと甘い物だよね?


 それがなにかは分からない。

 なんとなく、その日は来ない気がして、


「はい、是非」


 とりあえずそう答えていた。


「――っ、」


 ズキンと刺す痛みが頭に走る。

 群青の瞳が弧を描いて、処刑人さんの顔がぐにゃりと歪んだ。


 あ、まずい……。


 そう思った次の瞬間、私の視界は天井を写したかと思えば、また意識を飛ばした。












 ……ん。


 浮上した感覚。

 ボヤけた視界に、白い天井が見えた。


 あれ? あのあと結局寝たんだっけ?


 起き上がると、リビングのソファにいた。

 紙が捲られる音に隣を見ると、処刑人さんがゆったりとソファに体を沈めて、


 ――本を読んでいた。



「おはよう」

「お、はようございます」


 そうだ。ケーキ、食べてて……それで……。


 慌ててリビングの外に見える空を確認する。真っ青だった空は、すっかり宵闇に染まり始めていた。


 やってしまった。


「……すみません。お時間を取らせました」

「全然。気にしないで。体調はどう? 急に倒れたからびっくりしたよ」


 優しい声だった。


「最近、電源が切れたように倒れる事があって。でも、体調は特に問題なくて……」

「それは大変だね。ちゃんと部長とか医療班に報告してる?」

「え? いえ……。してません、けど」


 え? するのが普通なのかな?

 今のところ任務にも支障出てないし……。


「急に倒れるなら、頭打ったりもするんじゃない? さっきは僕が受け止めれたから良かったけど」


 そう言われてみれば、どこも痛くない。

 思わず両腕を確認するも、痣は見当たらなかった。


「仕事中に倒れたら命に関わるから、ちゃんとメディカルチェックはした方がいいよ。天音さんに言えば対応してくれるから」


 その名前に、ビクッと小さく肩が跳ねた。


「あ……、そう、ですね。そうします」

「リクは晩ご飯はどうするの?」

「へ? 晩ご飯、ですか? まだ何も……」


 そんな急に聞かれても……。

 なんで急に、晩ご飯の話し?

 会話が飛び過ぎてついていけない。


「なら、晩ご飯なにか買って来てあげる。何がいい?」

「そこまでしていただくのは、……っ、」


 ズキリと鋭い痛みが頭に走って、頭に手を添える。俯くと、ソファに血が垂れた。


「リク!?」

「あー……。びっくりしましたよね、驚かせてすみません。最近たまに出るんです」


 鼻を指で押さえて、ティッシュを取ろうとすれば、処刑人さんが既に取ってくれていた。


「そのまま、下向いて」


 ティッシュを渡され、大人しく受け取り鼻を押さえた。じわりとティッシュが濡れていく。

 ソファの血は、処刑人さんの手によって拭い取られていた。仕事早いな。


「この状況でリクを一人には出来ないよ。一緒にいてもいい?」


 いつの間にか、床に両膝をついた処刑人さんがすぐ前にいて、まるで悲しげに鳴く大型犬のように、こちらを見上げていた。


 聞かれると困ってしまう。判断出来ない事を決めるのは、どうにも苦手だった。


「水無瀬さんが、それでいいなら……」

 ぱっと顔を明るく綻ばせ、

「ならいいね。家の鍵は?」

 そう言って立ち上がった。

 え? 鍵? えっと鍵は、

「玄関に……」

「玄関ね。何か食べたいものある? というか、食欲はちゃんとある?」

「あり、ます。えと、なんでもいいです……」

「嫌いなものとか、アレルギーある?」

「特には、ないと思います」

 一通りの話をすると、

「しばらく一人にしちゃうけど、なるべく早く帰ってくるからね」


 処刑人さんの手が頬に添えられた。反射的に体が小さく跳ねた。


 大きな手が頬を軽く撫で、

「大人しく待ってるんだよ」

 するりと離れていった。


「は……い」


 彼は何事もなかったかのように、鞄を手に出掛けて行った。


 いつも通り一人になった室内は、なんだか酷く静かに感じた。……変なの。


「あ、ケーキ……」


 テーブルは綺麗に片付いていて、キッチンの水切り台には、二人分の食器が並んでいた。

 空っぽの冷蔵庫も見たんだろうな。


「……手、洗お」


 鼻血はすっかり止まっていて、ソファには血の染みが残っていた。

 ハウスキーパーさんに心の中で謝罪した。





 どれくらいの時間が経ったのか。

 夜空の月を眺めていると、玄関の鍵が回る音がした。


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