第22話 のあに話しかけようとして……
翌週になって教室へと入る。当然のように律花と瑠璃の姿もあるわけで、今日は二人とも楽しそうに話しているのが見えた。
その光景に、ほんの少しだけ頬が緩む。
「おはよう、瑠璃。律花」
「おはよう、湊」
「おはよう」
二人とも、すぐに返してくれる。瑠璃はいつものように無表情で。けれど、その声はどこか柔らかい。
律花はというと、以前よりも少し表情を和らげて返してくれる。やはり実際に会うと、仲は深まってくるんだなと実感する。
一方で、別の問題が頭の片隅に浮かぶ。のあの中身である、篠原さんにどう打ち明けるのかということだ。
夏休み前には伝えると二人に話した手前、彼女に声を掛けるのは必須という状況に陥った。だからこそ、どう切り出すべきか考えてはいるのだが、ふと、視線を向けて気づく。
「篠原さんに全然近づけなくない!!」
思わず、友人になった渉の前で叫んでしまう。
あれから休み時間を含めて、彼女の方を見ていたのだが、全くといっていいほど男子と話している姿が見当たらない。というか、俺が少しでも彼女の方を見つめているだけで、警戒するような視線を周りの女性からひしひしと感じる。
(いや、ハードル高すぎだろ……)
俺が感情をいきなり露わにしたことが面白かったのか、彼が苦笑しながら俺の方を見つめてくる。
「意外にも、篠原さんの方が気になるんだ?」
その言葉の意味が分からず俺は聞いてしまう。
「……どういうこと?」
問い返すと、渉は「隠すなよ」とでも言いたげに、くすっと笑う。
「彼女のこと、女性として気になっているんでしょ?」
そう問われて、俺は首を傾げる。篠原さんのことを恋愛対象として意識しているかと問われたら、それは違うと思う。
そういった意味でいうなら、断然律花や、瑠璃の方が気になっている律花が柔らかく微笑む姿には自然と目を惹かれるし、瑠璃がイヤホンを共有してきたり、素直な気持ちを伝えてくれるたびに、どきりとさせられる。
「恋愛って意味なら、瑠璃や律花の方が気になっている。ただ……」
「ただ……?」
「なぜか、篠原さんの方を見ると、周りの女子が俺を警戒したような視線を向けてくるんだよ」
「あ~」
彼はどこか納得したように頷いた。「それは仕方ないよね」なんて言いながら理輔を説明してくれる。
「実はさ、中学の頃なんだけど……彼女に、結構しつこく言い寄ってた男子がいたんだよ」
「……マジか」
思わず眉が寄る。
「うん。そのせいでっていうか……ちょっと、男性に対して苦手意識があるみたいでね」
「なるほどね」
その言葉に、自然と視線が彼女の方へ向いていた。周りの友人たちと、楽しげに笑い合っている姿が目に入る。肩を震わせながら、楽しそうに談笑しているのが目に入った。
そんな姿を見て思うのは、たとえ、オンライン上とはいえ。俺とのやり取りはきちんとしてくれていたんだなと、尊敬の念を抱く。
渉は俺の表情を見て、少し柔らかい笑みを浮かべて続ける。
「彼女は人気があるからね。今は、いわゆる"親衛隊"みたいな子たちが、周りにいるわけなんだ」
苦笑混じりにそう言う渉とは対照的に、俺はすぐに言葉を返せなかった。視線を彼女の方へと固定したまま、思わず思考が止まる。
(それって……どう近づけばいいんだ?)
今も複数の女性に囲まれるのあに対して、俺はつい引きつった笑みを浮かべてしまう。難易度高すぎだろ、と。
そんなことを考えていた、そのときだった。彼女を囲っていた女子の一人が、不意にこちらへ振り返る。
一瞬、視線がぶつかった気がして、反射的に目を逸らす。心臓が、どくんと大きく跳ねるのを感じながら、肩で息をする。
(……鋭すぎだろ)
内心で呟きながら。未だに、心臓がバクバク言っているのを感じる。気づけば呼吸も浅くなっていて、俺は小さく息を吐いた。落ち着いて。そう自分に言い聞かせるように、一度深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
それを数回繰り返して、ようやく少しだけ平静を取り戻し、俺は渉に気になっていたことを聞く。
「にしても、今は楽しそうに会話しているようだけど、件の男子はいなくなったのか?」
「まさか、彼もこの学校にはいるよ。……ただ、運動が得意な生徒だから、違うクラスなんだけどね」
ああ、と心の中で小さく頷きつつ、それでも疑問は浮かんでくる。同じ学校に在籍しているってことは当然、学食や廊下などすれ違う場所はあるわけで。顔を合わせることなんて多々あるだろうと。
それを機になって聞いてみると。
「それ以降は、彼が近づいているということは聞かないね」
ぽつりと落ちたその言葉に、胸の奥がわずかに緩み、ほっとする。と同時に思うのは、ますます俺、話しかけづらくなっていない?ってことだった。
下手に近づけば警戒されるかもしれないし、周りの目だってある。さっきの視線を思い出して、喉の奥がわずかに詰まる。その後は、どこか上の空のまま体育の授業をこなしていく。無理をしない程度に、体力が続く範囲で。




