第23話 二人の関係ってなに?
教室に戻ると、相変わらずのあは女子たちに囲まれていた。彼女なりの気遣いなのだろう。休み時間のたびに、わざわざ端の席へ移って会話をしている。そういう気遣いは流石だなと感じる。
「のあを見てるの?」
「——うわっ」
不意に声をかけられ、思わず肩が跳ねた。振り返ると、瑠璃がこちらを不思議そうに見つめてくる。
「そうだな。夏休み前に話すといったけど、あの状態だと話しかけずらいなと」
「そうだね。……でも、メッセージ送れば教室に残ってくれる?」
「あぁ、確かにそうだな」
言われてみれば、それだけの話だ。気づかなかった自分に、内心で苦笑する。……いや、気づかなかったというより、最初から選択肢から外していた気もするが。
「そういえば律花はまだなのか?」
「お手洗いに行くって言ってた」
「そっか」
「うん。そう」
短いやり取りのあと、ふと気づく。こうして、瑠璃と教室で話すのって、なんだか新鮮だなと。そんなことを考えていると、不意に視線を感じた。
そちらに視線をやると、何かを探すようにきょろきょろしていた女子三人組と目が合う。すると、彼女たちが、迷いのない足取りでこちらへ近づいてきた。
そうして、俺たちを見つめて口を開く。
「二人って仲良いの?」
唐突な問いかけに、少し戸惑いながらも答える。
「そうだな、親友と呼べるくらいに仲いい」
そう言うと、三人は一斉に驚いたような顔でこちらを見る。……なんだ?そう怪訝に思っていると、彼女たちは瑠璃の方に向いて、少しかがんで尋ねる。
「月城さんもそう思ってるの?」
「うん」
瑠璃がこくりと頷くと彼女達は、なぜか手を取り合ってぴょんぴょん跳ねる。あまりにも予想外の反応に、思わず目を瞬かせる。けれど、その表情を見て察した。
「もしかして、八重樫さんも瑠璃と仲良くなりたかったとか?」
そう問いかけると、彼女は勢いよく前のめりになって頷いた。
「そりゃそうでしょ!! こんなかわいい子とお話ししたいって思うの普通でしょ!?」
あまりの勢いに圧され、「お、おう……」と曖昧に返すことしかできない。
「逆にどうやって、白瀬くんは仲良くなったの?」
その回答に迷いつつ。俺は素直に答えることにした。
「実は、オンライン上で関わりがあったんだよね。音楽好きのコミュニティがあって。最近いつも話していた相手だって気付いた感じ」
そう説明すると、彼女はどこか納得したように頷く。
「へぇ~、そうなんだ。じゃ柊さんも同じ理由か」
彼女の言葉にどう返答していいか迷いつつ、俺は頷くことにする。
「そうだな」
そう呟くと、「やっぱりそうなんだ」と確信を持ったように頷いた。
……まあ、普通に考えればそういう結論になるか。
律花が音楽好きなのは最初から分かっていたことだし、それ以外にあまり興味を示さないのも事実だ。そうなれば、出会いのきっかけが音楽だと思われるのも無理はない。本人には俺たち以外に、友人らしき人が見当たらないし。
下手に誤魔化して話をややこしくするよりはマシだろう。その判断はどうやら間違っていなかったらしい。……まぁ、結果論だけど。
彼女たちの関心は、律花よりも目の前の瑠璃に向いているようで、じわじわと距離を詰めながら質問を投げかけていく。
「じゃあ、瑠璃ちゃんも音楽に結構詳しいんだ」
「私? 私は普通」
「へぇ~、そうなんだ。意外」
そう答える瑠璃のことを、思わず、目を見開いて見つめてしまう。いやいや、瑠璃程詳しい人は早々いない気がする。まぁ、同学年ならという括りではあるが、"普通"は絶対にない。
というか瑠璃で普通だったら、俺はどうなってしまうんだ。
同じ質問が来た時にどう返答しようかと焦る。その質問を俺にしないでくれと思うが。彼女達の関心は瑠璃にしか向いておらず、俺に質問が飛んでくることはない。
(……まぁ、普通にそうだよね)
……別に残念だとは思っていないが、興味を持たれないのは少し寂しい。いや、ほんと。可愛い女子に興味を持ってほしいと思ってないよ。うん、本当に……。本当にね。
「にしても月城さんを下の名前呼びって、白瀬君も随分積極的だね」
少し拗ねたような気持ちを抱いていると、本当に答えずらい質問が飛んでくる。彼女達は、にやにやしながら俺の方を向く。……ごめんなさい、俺に質問をしなくていいです。答えづらさに口を閉ざしていると……
「湊に、下の名前で呼んでって言ったのは私」
そう彼女達が食いつきそうな、ことを言う。
「えっ、それってどういうこと?」
案の定、八重樫さん達がぐっと身を乗り出しながら、瑠璃へと距離を詰める。ちかい、ちかいって。
「普通に、距離を感じて寂しいと思ったから」
さらりとした口調でそう言い切る。それを聞いた彼女達はにや~っとした意味深な笑みを浮かべる。隅に置けないですな~といいたげな視線が今は若干鬱陶しい。
「ってことは付き合ってたり」
「いや、付き合ってはいないよ」
これ以上の火傷はごめんだと思い、食い気味に否定する。
「へえ、そうなんだ。結構仲良さげだったから。あるかなって思ったんだけど……」
少し残念そうに肩を落とした彼女は、そのまま瑠璃の方へ向き直る。
「ねえねえ、月城さんは白瀬君のこと、どう思ってんの?」
「普通に好き」
瞬間的にきゃーという甲高い音が教室中に響き渡り、教室中の視線が一気にこちらへ集まる。やめてほしい、めっちゃ注目されるので、本当に勘弁してほしい。
「じゃあ、付き合ったりしても?」
「別に問題ない。それに、前にも言った」
「そ、それって告白!?」
待て待て待て。これ以上はマジで変な方向に進む。背中に嫌な汗がにじみ、俺は焦りながらも言葉を紡いだ。
「勘違いしているようだけど、瑠璃の好きはライクの方だから! 仮に律花が告白したら、受けるでしょ?」
「それは、そう」
淡々と答える瑠璃。その様子に女性たちは、「なんだぁ~」といって少し残念そうに肩を落とす。……変にかき回さないでくれ。気づけば、内心でため息をついていた。
一気に疲労感が押しよせてくる。そんな俺の様子などお構いなしに、にやりとした視線をこちらに向けてくる。なんだ?と少し警戒をしていると。
「にしても律花ちゃん呼びか」
今度は俺の方がターゲットにされる。……勘弁してくれません?潤んだ瞳で彼女達を見つめるが効果はない。
「下の名前呼びって、柊さんが許可したの?」
「えっ……と。そうだけど?」
「そっか、珍しいね」
少し気だるげに答えるが、彼女たちはそんな様子を一切見ていない。何かを考える様に小さく頷いている。
「ちなみに白瀬君は、どっちの方が好きなの?」
「好きって、恋愛的な意味で?」
「それしかないでしょ?」
なんて言って、叩かれる。……普通に痛い。
「同じくらいというか、まだそこまで考えてないというか」
「えー? でもあるでしょ、好みとかは」
「好み?」
そう問いかけられて考え出すが、思い浮かばない。俺はどういう人が好きなんだろう?カノンのような才能あふれる人? それ以外で考えるなら、優しい人?う~ん。と頭を捻って考えるがどれもしっくりこない。そんな俺を、不思議そうに八重樫さんたちが見つめている。
でも、一つだけはっきりしていることがある。それは、
「俺が好きなのは、きっと……努力する人、なんだと思う」
「努力?」
「うん、何かに向かって一生懸命で、そのために、自分が持てる全てを出し尽くしてでも、頑張ろうって行動してる人。そう言う人を見てると、勇気を貰えるから」
それは当然、律花や瑠璃にも当てはまる部分があって、そういう部分で言うと、気になっているのかもしれない。でも、それが"恋愛"かと問われると、まだはっきりとは分からない。
「意外にしっかりしてるんだね、白瀬君って」
「ひどくない?」
思わず口をついて出る。
「というか、俺のことどんな風に思ってたの?」
「いやだってさ」
くすっと笑いながら、彼女は軽く肩をすくめる。
「いきなり柊さんにナンパする感じで、話しかけてるし」
「それで、普通に会話してる男子って、見たことなかったしね」
「ね~?」
なんて三人とも同意するように話している。というか……
「そもそもナンパしてないし、普通に知り合いだっただけなんだけど……」
「分かってる分かってる」
手をひらひらさせながら、でも楽しそうに続ける。
「今は分かってるよ。でも最初に見たときは、ちょっと軽いっていうか……」
「ね、なんか裏ありそうな感じだったよね」
「それ、フォローしてないだろ!」
思わず突っ込むと、彼女たちはくすくすと笑い始める。そのやり取りに、さっきまであった妙な緊張が、少しずつほどけていくのが分かった。
「でも、安心したな~」
「……何が?」
「なんていうかさ、二人ともさ、ちょっとオーラあるっていうか……」
言葉を探すように、視線が揺れる。
「近寄りがたい感じ、あったんだよね。だから、話しかけづらいなって思ってた」
苦笑まじりの表情でそう続ける。
「でも、こうやって話してみたら、意外と普通に話せるんだなって思って。ちょっと肩の力、抜けたかも」
——ああ。そういう風に見えてたのか。自分では意識したことのない評価に、少しだけ戸惑う。でも、こうして話しかけてもらえたことが嬉しくて、気づけば、口元にやわらかな笑みが浮かんでいた。
「……それなら、よかった」
軽く笑って返すと、彼女たちは驚いたように目を丸くして、俺の方をじっと見つめる。
「白瀬くんって、そういう顔もするんだね」
「……どういう顔?」
「なんか、ちゃんと笑うんだなって」
「いや、笑うだろ普通に」
少し苦笑しながら、そう返す。そんな話しかけずらい雰囲気を出していたのかな?と少し反省してしまう。そんな俺の内心を気にすることなく、彼女たちは会話を続ける。
「じゃあさ、また話しかけてもいい?」
「もちろん」
「やった」
満足そうに頷いて、
「じゃ、またね。二人とも」
軽やかに手を振って、そのまま去っていった。その背中を見送りながら、ふっと息を吐く。どこか安心しているのに、少しだけ寂しい気持ちも感じるのだった。




