第20話 楽し気な光景
最初の入場口をくぐった瞬間、俺のテンションは一気に跳ね上がる。チケットの段階からすでに宇宙を意識したデザインが施されていている。なにより、チェックインをして入場。というのが、まるで近未来の宇宙旅行を体験しているみたいで思わずテンションが上がる。
足を踏み入れた先、最初に目に飛び込んできたのは、宇宙に関する展示が並ぶコーナーだった。
宇宙の基礎知識から、未来に実現するかもしれない宇宙体験まで。ARを取り入れた展示になっている。視覚的にも直感的にも楽しみながら学べるようになっていて、思わず足を止めて見入ってしまう。
角度を変えるたびに印象が変わるのも面白く、ただ"読む"だけじゃなく、体験ベースで作れらており、自然と引き込まれていく。
そうして少し進んだ先に、瑠璃が知っていた"宇宙の音"を体験できるコーナーが現れた。
『火星の風の音』や『太陽の5分振動』。地球で聞く音とはどこか違う、不思議な響き。それを耳にした瞬間、その遠い世界が、ほんの少しだけ身近になった気がして、胸の奥がくすぐられるようにわくわくする。
(そっか、太陽って……こんな音がするんだ)
耳に流れ込んでくるのは、荒れ狂う風のような轟音。その音はどこか甲高い、まるで誰かの叫び声のような音が混じっている。
生命の唸り声、F1の機体が上げる悲鳴にも似た音。それが収まり、徐々に収まりボー―っという汽笛のような低い音程に変わる。
「……おもしろっ」
思わず口元がにやけながら、そう呟いてしまう。律花たちはどう思っているのだろうか?
気になって、ふと、律花たちの方を見る。……が、二人とも完全に意識を音に沈めていて、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
周囲を見ると、いつの間にか人だかりも増えてきている。少し名残惜しさを感じながらも、俺は二人に声をかけ、次のエリアへと足を進めた。
次に訪れたのは、VR体験エリア。そこには何台かの機器が並んでいて、来場者たちがタッチパネルを操作していた。
「ここっ、服選べるらしいぞ」
色々とカスタマイズできるのだろう。来場者たちも、それぞれ画面を覗き込みながら、少し悩むようにタッチパネルを操作しているのが見て取れた。思わず身を乗り出しながら指さすと、律花が呆れたように言う。
「はしゃぎすぎでしょ、湊」
「仕方ないだろ、宇宙だよ宇宙!! ロマンの塊じゃん!!」
自分でも子どもっぽいとは思う。それでも、この高揚はどうしようもなかった。そんな俺の様子に、律花は苦笑しつつ、瑠璃は同意を示してくれたのか、こくこくと頷いてくれる。
自分が着る服装を選んで、VRゴーグルをつける。そして宇宙へとダイブした。
実際に歩き回りながら体験できるからだろう。気がつけば、本当に月面を歩いているような錯覚に陥っていた。それにしても、一人ひとりに専用のスペースが用意されていて、足元の地面自体が動く仕組みになっているのは驚きだ。
歩く位置に合わせて、地面の形状が細かく調整されているのだろう。わずかな凹凸まで再現されていて、踏み出すたびに感触が変わる。
もちろん、転ぶ危険性もあるため、平坦な地面に設定することも可能だ。でもさ、やっぱ、よりリアルを体験したいんじゃん!!ということで、迷わず地面が変化する設定を選んでいた。
足裏に伝わるざらついた感触。じゃり、じゃりと乾いた音が重なって、現実との境界が曖昧になっていく。
(まるで、本当に月に降り立ったみたいだ!)
それを実感して、思わず頬が緩む。
(にしても凄いな……)
改めて周囲を見渡す。不思議なことに、さっきまであったはずの人の気配がほとんど感じられない。周囲の声も入ってこず、視線を落とせば、そこに広がっているのは灰色の砂。乾いた地表は、土の表面だと分かる。
大小のクレーターが点在し、その間を小型の探査ロボットが転がるように移動している。土壌や岩石を採取している様子まで再現されていて、その精巧さに思わず笑みがこぼれた。
ふと視界の端に、カメラのアイコンが表示されていることに気づく。試しに押してみると、小気味いいシャッター音が響いた。どうやら、月面での記念撮影もできるらしい。気づけば、あちこち歩き回っては撮影を繰り返していた。
そうして、夢中になって歩き続け、気づけば息が少し上がっていた。
「はぁ、はぁ……はぁ……」
俺は軽く息を整えながら、ゴーグルを頭から外した。
「……にしても、すごかったな」
外した瞬間、現実の空気がやけに軽く感じる。思わず漏れたその声は、自分でも妙に納得のいくものだった。
ただ綺麗なだけじゃない。細部に至るまで違和感がなくて、体験そのものが"本物"のように感じられた。
ふと周囲を見渡すと、律花たちも、ちょうど体験を終えたところらしい。二人も同じようにゴーグルを外していた。
「あまりのリアルさに、ちょっと面食らったんだけどさ。律花たちはどうだった?」
「……私も驚かされたわ。特に周囲の音が静かで、一人で宇宙を歩いている気分になった」
「律花に同意。感触もリアルで、わくわくした」
瑠璃はこくこくと小さく頷きながら、言葉を重ねる。
「だよね。他の惑星も探索したくなる」
「えぇ、そうね」「うん、もっと見てみたい」
二人とも、どこか名残惜しそうに頷いていた。そうして互いにVR空間で獲った写真を見せ合いながら次の場所へと向かう。
次に訪れたのは——遊園地だ。入口をくぐった瞬間、さっきまでの静寂が嘘みたいに、音と人の気配が一気に押し寄せてくる。耳に飛び込んでくる歓声と機械音に、思わず現実へと引き戻されるような感覚がした。
最初に乗るのは、瑠璃の希望通りジェットコースター。
初めて乗るのだろう。少し不安そうにしながら、律花のそばに近付いていた。それでも、どこか待ちきれない様子で、目線だけは先を見据えている。
その横顔を見ていると、ふと、自分が初めて乗ったときの感覚が蘇る。
身体が宙に一瞬浮く感覚と、風を切り裂くようなスピード。そして、急激に落ちる感覚。それが楽しみで仕方がない。
——そう思っていたのに。
「……っ、う……」
二回連続で乗り終えた直後、ふいに足から力が抜けた。肺にうまく空気が入らず、心臓だけが、やけに速く脈打っている。視界が、ほんのわずかに揺れている気がした。
「……あんた、苦手だったでしょ」
律花の方から呆れたような声が降ってくる。
違う、と言いたかったが声にならず、俺は首を振って否定する。そんな筈はないと伝える。正直、自分でも驚くほど耐性が無くなっていた。感覚としては、車酔いに近い状況に陥っている。
それを見て、律花は小さく息を吐くように笑う。
「さすがに、ギブアップね」
肩をすくめながら、首を振って伝えてくる。
「……そう」
小さく呟いた瑠璃の表情はほんのわずかに曇っていた。ほんの一瞬。気づくか気づかないかくらいの変化だったが見てしまった。
俺は改めて、二人の方を見ながら、口を開く。
「……俺はいい。二人で行ってきて」
その言葉に、律花は心配そうにこちらを見つめるくる。俺の表情を見て、律花は安心させるように、やわらかく微笑んだ。
「こういうのはさ……みんなで楽しんだ方がいいでしょ?」
俺の目をしっかりと捉えて話してくれる。確かに通常はそれでもいいのだが、今はどうしても、二人で行ってほしい理由があった。
俺はゆっくりと律花から視線を外し、瑠璃の方を見る。この気持ちを汲み取ってくれそうな彼女に視線を向ける。
(頼む、伝わってくれ)
言葉にはせず、ただ強く見つめる。
その視線を受けて、瑠璃は一瞬だけ目を瞬かせ……やがて、小さく頷いた。そして、律花の方へ向き直る。
「湊もこう言ってることだし……もう一回、二人で乗りたい」
「え? でも、悪い気が……」
申し訳なさそうにする律花に、俺はなんとか言葉を紡いで伝える。
「……行って、くれ」
なんとか言葉する。そんな俺の表情を見た律花もまた、何かを察してくれたように、一瞬だけ目を細めて、ふっと、表情を緩めた。
「……分かったわ」
そして二人が去る背中を見つめる。やがて列に付くと、並びながら何かを話しているようだった。時折、律花が小さく肩を震わせながら、笑っている姿が目に入る。
その様子を見て、肩の力が、ふっと抜けた。
——よかった。そう思った。
俺と律花、俺と瑠璃は、それぞれ二人で話したことがある。けれど、律花と瑠璃はまだ、二人っきりで話したことがない筈だ。だからこそ、この間に交流を深めて欲しかった。
だってさ、さすがに体育の授業で、二人っきりになってください、とかもあるわけで、もしここで、交流を深めなかったら……いや、そうしなくてもきっと、もう二人一緒に合同はするのだろうけど。それでも、もっと仲良くなって欲しいと思った。
(いや、違うか)
きっと俺が本当に求めていたのは、この光景なんだと思う。二人が楽しそうに話して、笑い合っている。そんな光景を、ただ、単純に俺が見たかったんだろう。
そんなことを考えながら、俺はベンチでぐったりと横たわるのだった。




