第19話 似たり寄ったり
そうして俺たちがたどり着いたのは、宇宙旅行を体験できる施設だった。
白を基調にした外観はどこか近未来的で、入り口付近には星や惑星を模したオブジェが浮かんでいる。足を踏み入れる前から、日常とは切り離された空間だと分かる。
中では、宇宙について学べる展示コーナーに、VRを使った宇宙旅行体験。さらに、アートとして宇宙を表現したギャラリーなど——
"宇宙"というテーマを、さまざまな角度から味わえるらしい。
宇宙といえば——ブラックホール、ガンマ線バースト、プロミネンス。言葉にするだけで、どこか胸が熱くなるような、そんなロマンが詰まっている。そんなカッコいいの宝庫に心躍らずにはいられない!
(やっばい、楽しみすぎる……)
静かに、けれど確かに期待が膨らんでいく。そんな中、不意に律花が思い出したように口を開いた。
「そういえば、どうして瑠璃は宇宙体験をしたいって思ったの?」
首をかしげながらの問いかけ。それに対して、瑠璃はいつものように淡々とした口調で答える。
「宇宙は基本的に音が聞こえない。でも、特定の条件では音が聞こえる。私たちの音楽もまた、人との出会いや、これまでの経験によって音が成り立つ。そこが似てて面白いと思ったから」
静かに、言い切る彼女に感心させられる。
(どうしよう俺、カッコいいなんてすっごい浅い理由だったんだけど……)
もしかして、そんな考えなしは俺だけなのだろうか。そんな不安がよぎって、そっと律花の方を見る。すると彼女は、どこか引きつったような笑みを浮かべていた。
あっ、これ律花も対した理由ない奴だな。そう分かって分かって少し安心する。にしても……
(宇宙って、音……聞こえるのか?)
俺のイメージだと、真空で何も伝わらないという印象がある。あっでも、探索期とかが他の惑星にたどり着いて音が聞こえるとか?
それでも確信とか持てなくて、瑠璃に聞いてみることにした。
「宇宙って……音とか聞こえたりするの? 真空とかで何も聞こえないイメージなんだけど……」
そう問いかけると、
「基本的には湊の言う通り聞こえない」
瑠璃は同意するようにこくりと頷く。
「けど……惑星が放つ電磁波を音に変換したり、望遠鏡が捉えた可視光やX線、赤外線を、楽器に割り当てて"音楽"にしたりすることができる」
淡々と話しているのに、内容だけはやけにスケールが大きくて、一瞬、理解が追いつかない。
(電磁波を音に変換!? っていうか赤外線を音楽に割り当てるってなに!?)
すっげーー興味惹かれるんだけど。自分でも心臓の鼓動が早くなるくらい興味が惹かれる内容に、思わず前のめりになって聞いてしまう。
「え、どういうこと? ピアノとかギターとかに置き換えるってこと!?」
俺の様子に、瑠璃は少しだけ驚いたようにこちらを見る。けれどすぐに、小さく頷いて説明してくれる。
「そう。可視光はピアノ、赤外線はチェロっていうふうに対応させる。宇宙を目で見るんじゃなくて、音で聞いても理解できるようにする感じ」
「へえ、すごいなそれ。 ちょっと聞いてみたいかも」
素直に感心して、そう言葉を漏らすと。瑠璃は小さく首を傾げながら、こちらを見つめてきた。
「聞いてみる?」
「えっ……いいのか?」
「うん」
そう言って差し出されたのは、彼女が普段使いしていると思われるイヤホンだった。自分が使用している物よりも少し小さくて華奢なつくりをしている。色はパステルピンクで、ころんとしたキュートなフォルムをしいてる。
(これ、瑠璃がいつも使ってるやつだよな……)
さっきまで、彼女の耳に触れていたもの。そう思った途端、意識がそちらに引っ張られてしまう。なにより、耳に入れるって、なんか妙に距離が近い気がして……思わず、手が止まった。
彼女がこれまで出来たことない自分には少しハードルが高いような。というか
(これ、俺が使っても気にならないのか……?)
意識しすぎだとは分かっているのに、どうしても気になってしまう。
目の前の瑠璃は、そんな邪な気持ちとは違い、ただまっすぐな視線を向けてくる。余計な含みなんて一切ない、澄んだ目で。
「聞かないの?」
その一言に背中を押されるように、俺は彼女が差し出したイヤホンを手に取った。耳にしっかり入れるのは少し気が引けて、軽く当てるようにして音を聞く。流れてきたのは、静かで広がりのある音だった。
それは環境音楽やヒーリングミュージックに近いもので。はっきりとしたメロディはない。それでも、規則性があったり、けどゆらぎがあって、不思議と意識が引き込まれていく。没入感のある音だった。
と。それに押されるように俺は彼女が差し出したイヤホンを手にして聞いてみる。落ちそうなので、耳に当てる形で聞いた。
それは、環境音楽やヒーリングミュージックに近い音楽だった。規則性はあるけれどメロディではない、けれど不思議と没入感がある音楽だ。
いくつかサンプルを流してくれているのか、音色も少しずつ変わっていく。ピアノのように澄んだ音になったかと思えば、次は弦楽器のような、ゆるやかに揺れる響きへ。
同じ"宇宙"でも、表現の仕方でこんなにも印象が変わるのかと、思わず感心してしまう。
「なんというか……没入感があっていいな、これ」
イヤホンを少し外しながら、素直な感想を口にする。
「うん、長く続く持続音とか、浮遊感のある音が好き」
「めっちゃ分かる。境界があいまいで、たまに予測できない変化が入るのもいいよな」」
それに対して、瑠璃も深く頷いていてくれる。自然と会話が弾む。同じものを聞いて、同じ感覚を共有しているそんな実感があった。
だからだろうか。少し離れた場所にいた律花が、落ち着かない様子でこちらを見ているのが目に入る。視線を向けると、ぱちりと目が合った。
「ねぇ、私も聞かせてもらってもいい?」
少しだけ遠慮がちに、けれど興味を隠しきれない様子でそう言う。それに瑠璃は、こくりとうなずき、もう片方のイヤホンを律花に差し出した。
音楽が再び流れる。律花は目を閉じて、その場でじっと耳を澄ませた。さっきまでの軽い調子は消えて、すっと集中する気配。
……結局、律花も音楽になると周りが見えなくなるんだな。周りのことなど気にしない様子に、思わず苦笑してしまう。
一応端っこにいるとはいえ、人の往来があるわけで。彼女の整った容姿も相まって、ちらちらと視線が集まっているのがわかる。……まあ、当の本人はまったく気にしていないみたいだけどな。
そんなことを思いながら、俺も意識を音へと戻す。やがて音楽が流れ終わると、律花がゆっくりと目を開ける。
「確かにすごいわね。音の広がりとか、不協和音の使い方とか。なんというかホラー映画とかに使えそうな音響だったりするわね」
「そうなんだよ!!」
同意するように強く頷く。なんというか、不穏で、じわりと不安を煽るような曲もあって、まさに言う通り、映像と組み合わされば一層映えそうな曲だった。
(なんだよ……律花も、ちゃんと作曲目線で考えてるじゃん)
そんなことに気づいて、ついつい嬉しくなる。その感情が顔に出てしまっていたのだろう。律花は一瞬こちらを見て、何かを察したように小さく眉を動かすと、
「……こほん」
わざとらしく咳払いをした。そこで少し冷静になったのだろう、ようやく自分に集まっている視線に気づいたらしい。ほんのりと頬を染めながら、口を開く。
「瑠璃、素敵な音楽を聞かせてくれてありがとう」
「うん。どういたしまして」
「それじゃ、さっさと、いきましょうか」
そう言いながら、こちらへちらりと視線を向ける。にやけていたのがバレていたのだろう。一瞬だけ鋭い視線が飛んできた。
その視線に思わず背筋が帯びる。颯爽と歩き出す彼女の背中を確認して、ふっと肩の力を抜きながら、俺もその後を追うのだった。




