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アンチノイズ ―それでも音は僕らをつなぐ―  作者: 夢見る冒険者


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第18話 戸惑い

「にしても、あんたたち本当にぶれないわね」


またもや律花が、呆れたようにそんな言葉を投げてくる。


「何が?」


そう問い返すと、彼女は肩をすくめた。


「全部よ。行く先々、ぜんぶ音楽関連じゃない」


言われて、少しだけ考える。頭の中で、今日一日の行動を順にたどってみる。……確かに、そうかもしれない。


でも、それの何が問題なんだろうか?


作曲をしている以上、音に触れている時間が長くなるのは当然だし、むしろその方が落ち着く。そんな風に考えていると、律花がじとっとした視線を向けてきた。


「昼食の場所だってそう。いろんな曲が流れてるからって理由で選んでるでしょ?」

「……まあ、そうだな」


それは確かに、否定はできない。むしろ、無意識のうちにそうしていた気がする。


「それに、次に訪れたオーディオの専門店。そこで自分の曲を試聴して……」


そこで一度言葉を切り、律花はじっとこちらを見てくる。その視線には、わずかに咎めるような色が混じっていた。


「次の曲、どうするか考えてたでしょ?」


図星だった。 思わず言葉が詰まりかけるが、ごまかす理由もない。俺は小さくうなずいた。その瞬間、律花は「やっぱり」とでも言いたげに、軽く息を吐く。


「普通はね、みんなで出かけてるんだから、気分転換とかも兼ねて、もっとこう……単純に楽しむものじゃないの?」

「気分転換にはなってるけど」


そう返してから、隣を見る。


「なあ、瑠璃?」

「うん。気分転換になってる。だって今、作曲してないし」


当たり前のことを言うみたいに、瑠璃はあっさりとうなずく。その表情にも声にも、迷いは一切ない。その返答に、律花は一瞬ぽかんと口を開ける。 まるで、想定していた答えと少しだけ違った、そんな顔だった。


「……ああ、なるほどね」


 やがて、何かに納得したように小さく息を吐く。 その声音には、さっきまでの呆れとは違う、どこか諦めにも似た柔らかさが混じっている。


「言い方が悪かったわ」


律花はそう言って、ほんの少しだけ視線を落とした。そして言葉を選び直すように、短く間を置く。


「じゃあさ、"みんなが普通にするお出かけ"ってやつ、してみない?」


軽い調子で言っているようでいて、その実、こちらの反応を確かめるような響きがあった。だから俺は、深く考えることもなく、あっさりとうなずく。


「律花がしたいなら、いいんじゃないか」

「そうだね」


隣で、瑠璃も迷いなく同意する。あまりにも抵抗のない返答に、律花は一瞬だけ言葉を失ったように目を瞬かせる。


「……なんで二人ともそっち側なのよ」


納得がいかない、と言いたげに目を細めながら、じっとこちらを見てくる。やがて、小さくため息をつくと、気持ちを切り替えるように肩の力を抜いた。そしてこちらに笑顔で振り返ると


「まあいいわ。行きましょ」


そう言って、俺たちの手をぐいっと引いた。不意を突かれて、一歩踏み出した。律花の手は、思っていたよりも温かくて同時に、しっかりとした力強さも感じられた。


そのまま引かれるように歩きながら、思う。こういうのも悪くないなと。そんな気持ちが、自然と胸の奥に浮かんでいた。俺は自然と笑みを浮かべつつ、ついて行くのだった。



***


彼女に手を引かれて連れられた先。 視界に飛び込んできたのは、巨大な白いドームと、その周囲を取り囲むように並ぶいくつもの施設だった。


思わず足が止まり、視線を上げれば、空を切り裂くようにレールを駆け抜けるジェットコースターが見えた。少し離れた場所には、太陽よりも大きく聳え立つ観覧車がある。


そして、視界の端では、色とりどりの看板が太陽を反射して煌き、人のざわめきが絶え間なく耳に流れ込んでくる。そこに、店先から漏れ出す音楽が重なる。


落ち着いた旋律にいくつもの音が混ざり合っているのに、不思議と不快ではなくて。まるで、この空間そのものが、一つの曲を奏でているみたいだった。


クラシック、というよりはもっと自由で、雑多で、それでもどこかまとまりのある音の塊。そんなことをぼんやり考えながらも、口から出たのは結局、ひどく単純な言葉だった。


「すっげーー」


結局は、その一言に集約される。


小学生の時に何度か遊園地には訪れたことがある。それでも、数年ぶりに来たアミューズメント施設に、テンションが上がらずにはいられない。


「えっ、あのドーム状の物も遊べるの!!」


思わず、はしゃぐような声で律花に尋ねていた。自分でも、少し驚くくらいにテンションが上がっている。


「いや、ドーム内は見学くらいじゃないかしら?周辺であれば、シューティングゲームとかお化け屋敷、珍しいのだと宇宙旅行のVR体験なんかも出来るわね」

「えっ……すっご。この場所だけで」

「えぇ、この場所だけで」


そう伝える律花の表情には、どこか誇らしげな色が浮かんでいた。他にもまだあるのよね、そう言いたげな余裕のある笑み。その表情につられるように、胸の高鳴りがさらに強くなる。


(え~、マジか。この一施設で出来ることありすぎでしょ)


思わず内心でそんな声が漏れる。


「他には他には?」


気づけば、前のめりになって続きを催促していた。自分でも分かるくらい、声が弾んでいる。


「屋内のふれあい動物園に、ボウリング、ローラースケート……あとはヒーローショーなんてのもあるわね」


律花の方も、少し楽しそうに声を弾ませながら答えてくれる。その様子に、こちらの気分もさらに引き上げられていく。


(うわっ、すっげーー)


胸の内で思わず叫ぶ。視線は自然と上へ向かっていた。広がる空の向こうに、この先に待っているであろう光景を、勝手に思い描く。


次はどこに行くのか。どんな音が聞こえてくるのか。どんな景色が広がるのか。想像だけで、胸が躍る。そのまま、少し先の未来に意識が飛びかけていた、そのときだった。


「湊はそんなに楽しみ?」


不意にかけられた声に、意識が引き戻される。


「えっ…………う、うん。楽しみだよ」


視線を向けると、瑠璃が無表情のままこちらを見つめていた。その視線に、ほんの少しだけ戸惑いながらも、俺は素直に答える。


「……そう」


小さくそう返した彼女の表情は、どこか浮かない。さっきまでの空気とは、ほんのわずかに温度が違っていた。


その違和感が、胸の奥に引っかかり俺は尋ねていた。


「瑠璃は楽しみじゃない?」


そう伝えると、彼女は首を振って否定する。


「……よく分からない。こういう場所に来たこと、ないから」


首を傾げながら淡々と彼女は返す。その言葉には、嘘や誤魔化しはなく、本当に分からないという感覚がそのまま乗っているように聞こえた。


(……来たことがない?)


一瞬だけ、考える。家族と出かけたことがないのか。それとも、こういう場所自体に興味がなかったのか。頭の中でいくつか可能性が浮かんでは消えていく。もしかして、両親とはあまり仲良くないのだろうか?そんな疑問まで浮かんでくる。


けど、彼女が使っている機材等を考えると、金銭的に困った様子はない。もしかして、両親からあまり構ってもらえないタイプ。金持ちとか?その可能性もあり得そうだなと感じた。


そうして、ふと瑠璃と目が合って俺は首をふる。大事なのは、今、目の前にいる瑠璃とどう向き合うか。そして、その時間をどう過ごすかだと。


なら、俺たちにできることは、きっと一つだけだ。瑠璃が、少しでも「楽しい」と思えるようにすること。そう結論付ける。


顔を上げ、隣にいる律花へ、さりげなく目配せを送った。ほんの一瞬、視線が合う。けれど、それで十分だった。


律花も、何かを察したように小さくうなずく。


「ならさ、アトラクションの一覧見て、瑠璃がやってみたいこと選ばないか?」

「私がやってみたいこと?」

「そう。今まで一回も来たことないなら、どれも新鮮に遊べるってことだろ? ならちょっとでも、興味を持ったものを選べばいい」


そう言うと、瑠璃は少しだけ目を見開いた。


「みんなであそぶものを……私が選んでいいの?」


確かめるように、ゆっくりとした声で俺と律花を見つめてくる。その問いは、ただの確認というよりも許可を求めているようにも聞こえた。


だから俺たちは、はっきりとうなずく。


「そっか……選んで、いいんだ」


ぽつりと、噛みしめるように呟く。それからもう一度、俺たちの顔を見て。小さく、けれど確かにうなずいた。


「……わかった」


小さくそう呟く。その声には、さっきまでとは少し違う、かすかな前向きさが混じっていた。そうして、三人並んでアトラクションの一覧を眺める。


「これってどんなもの?」


そう問いかけると、律花が優しい目をしながら丁寧に教えてる。まるで小さな子供に説明するみたいに。興味をもてるように教えていた。


その様子を、俺は微笑ましく思いながら見守る。やがて律花がひと通り説明を終えると、瑠璃はぴたりと動きを止めた。どれにするか、考えているのだろう。少しの間、沈黙が流れる。そうして、決まったのだろう。


「これに行ってみたい」


瑠璃が、ひとつの項目を指さした。そのまま、俺たちの表情をうかがうように視線を向けてくる。ほんの少しだけ、不安そうにしながら。


「いいね、行こう」

「えぇ、いきましょう」


俺と律花が、ほとんど同時にうなずく。続けて、律花が進む方向を指さした。


「こっちね」


その言葉に合わせるように、俺も軽く右手を上げる。


「おー」


と言いながら。そのやり取りを、瑠璃は不思議そうに見つめていた。そうして、ほんの一拍遅れてそっと、遠慮がちに手を上げる。まるで、真似をするみたいに。


その仕草が、少し可笑しくて。けれど同時に、どこか微笑ましくもあって思わず口元が緩む。少しだけ、温かい気持ちを抱きながら、俺たちは同じ方向へと歩き出した。


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