第17話 最高のチーム
そして迎えた、次の休みの日。待ち合わせ場所には、すでに二人の姿があった。
瑠璃は……淡い色合いのワンピースを着ていて、良く似合っていた。
(たしかに、可愛いけど……)
どうしても、その小柄な体格のせいか。中学生というより、少し背伸びした小学生に見えてしまう。……本人に言ったら流石に怒られるかな。
すると、対照的な存在が目に入る。
シンプルな白のインナーにチェック柄のジャケット。それが少しオーバーサイズの物にすることで、こなれた感がある。
さらに、黒のスカートは縦のシルエットを強調し、余裕のある大人っぽさ演出していた。なにより、黒のブーツがコーデ全体を締まる印象を与えている。
「慣れてるな……」
なんて思わず声が零れる。俺が二人を交互に見つめながら確かめるように見ていたからだろう。律花が不思議そうにこちらを見つめてくる。
「……どうかしたの?」
「いや、なんでもない」
軽く首を振って誤魔化すと、「そう」といって頷いた。どこか納得していなそうだけど。そんな彼女の追求を避けるように俺は口を開く。
「今日のデートは楽器店に行くってことでいいんだよな?」
「うん。そのつもり」
瑠璃がこくりと頷く。そのやり取りを見て、律花は俺達に対して呆れたような視線を送る。
「……ほんと、ブレないわね、あんたたち」
「うん?」
「なにが?」
ぴたりと同時に首をかしげる。そのあまりにも自然な動きに、律花は一瞬だけ言葉を失い——やがて、諦めたように肩を落とした。
「……もういいわ。行きましょうか」
そう言って、くるりと背を向ける。その背中に導かれるように、俺たちは歩き出した。
***
楽器店につけば当然の如くテンションのタガなんて外れてしまうわけで。
「やっぱりアナログもいいな」
「分かる、特に」
『同じ音がでるとは限らないとこ』
なんて俺と瑠璃の声が重なって告げる。瑠璃の方は相変わらず無表情だけど、ふんすふんすと言いそうな程興奮しているのが分かる。
そんな俺達の方を、まぁ気持ちが分かるけど、なんて少し呆れたように若干微笑まし気に見守っていた。
「作曲するときに微妙に詰まった時とかアナログ使うんだよね」
「温度や湿度、弾き方で別物になるから、いい刺激になる」
「そうなんだよ!!
「「そうなんだよ!! 今求めてる音じゃないなってなってさ、じゃあこうしたらって試せる」
「それがアナログらしさ」
言葉が重なる。間も、熱も、全部が噛み合っていく。気づけば、互いの顔を見て小さく頷いていた。言葉にしなくても分かる、みたいな。そんな妙な一体感が二人の間にできる。
「はいはい。盛り上がるのはいいけれど、他のお客さんに迷惑をかけないようにね」
そこでようやく、周りの視線に気づいた。
「あっ……すみません」
軽く頭を下げる。隣を見ると、瑠璃も同じように頭を下げている。ただし、少し首を傾げながら行っている。たぶん、何に対して謝っているのか、完全には分かっていなそうだった。
「……ほんと、似てるわね、あなたたち」
呆れたように肩をすくめながらも、その声色はどこか柔らかかった。
それからも店内を見て回る。壁一面に並ぶギターや、整然と並べられたエフェクターの列。時折、誰かが試し弾きをする音が、空気を震わせていた。
ふと、律花がこちらを振り向く。
「御手洗いに行ってくるわ。ここ、店内にないみたいだから、少し時間かかるけど」
「分かった」「了解」
軽く手を挙げてそう返すと、律花はひらりと反転し、そのまま人混みの中へ消えていった。その背中を見送って、ふと気づく。
そういえば、瑠璃と二人きりになるのって初めてだなと。思い返せば、付き合いはもう一年半ほどになるけれど、二人で話したことはなかった。
基本的に四人で集まった時以外は話さなかったし、作曲のやり取りもメールですることが多い。そういえば律花とも、入学するまでは二人で話すことなんてなかったな、とぼんやり考える。
他のことに気を取られていたからだろう、瑠璃がこちらをじっと見ていた。
「……どうかしたの、湊?」
少しだけ首を傾げながら、不思議そうに問いかけてくる。
「いや……こうして二人で話すのって、初めてだなって思ってさ」
そう言うと、瑠璃は一瞬だけ目を伏せて、それからわずかに表情を曇らせた。
「……ごめんなさい」
ぽつり、と落ちるような声で告げられる。俺はその言葉に戸惑いつつ、少し慎重になりながら問い返す。
「……えっと、ごめん。何に謝っているか聞いてもいい?」
瑠璃は少しだけ視線を彷徨わせながら、それでも俺の目をしっかり捉えて伝えてくれる。
「私は話しずらい人だから」
消え入りそうな声で、ぽつりと呟く。その声音は小さいのに、不思議と誤魔化しのない響きに聞こえた。けれど、俺はその言葉に大きく首を傾げてしまう。
(……話しずらい?)
全く感じたことがないからこそ、戸惑いを感じずにはいられない。そんな俺の反応が意外だったのか、瑠璃もまた小さく目を瞬かせる。
どう受け取られたのかを測りかねているような、そんな迷いが滲んでいた。その誤解を解くように俺は口を開く。
「俺は瑠璃とは自然と会話ができて楽しいけど」
「……? 楽しい?」
瑠璃が、確かめるように聞き返す。ゆっくりと顔を上げて、俺の表情を探るようにじーっと見つめてくる。それに応えるように俺は深く頷いた。
「うん。曲について語り合えるし、いつも真っすぐな気持ちを伝えてくれる。だから、気を遣わなくていいし、話しやすい」
言葉にしてみると、不思議とすとんと胸に落ちた。
俺の気持ちを汲み取ってくれるし、興味があることを先回りして教えてくれる。一緒にいて心地いいと感じられる。俺にとってはそんな存在だった。
「初めて言われた、そんなこと。いつもは気持ち悪いって言われることしかなかったから」
瑠璃は目を丸くしたまま、信じられないものを見るように、じっとこちらを見つめている。
「それはどうして?」
思わず、怪訝な表情のまま問い返してしまう。瑠璃は少し困ったように少しだけ視線を揺らして、それから言葉を選ぶように間を置いた。
迷いを押し殺すように、わずかに目に力がこもる。そして、決心したように頷いてから口を開いた。
「……先回りして話すのが、嫌だって言われる」
静かに、言葉を紡ぐ。
「気持ちとか、相手が好きなことを考えて話すから……心を読まれてるみたいで、気味が悪いって」
言い終えたあと、少しだけしょんぼりしたように、彼女は肩を落とした。俺の表情を見ないように、少し俯く。
その仕草が、思っていたよりもずっと——胸に刺さる。
ふと、病室で独り、鏡に映る自分を見つめていたあの時間がよぎった。誰にも届かないまま、言葉を飲み込んでいたあの感覚と、どこか重なって見えてしまう。ぎゅっと、心臓を掴まれたみたいに、息が詰まる。
だからこそ——そんな彼女を安心させられるように、胸の奥に込み上げた感情を押し込めて、できるだけ穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「俺は、助かってるよ、瑠璃のそういうところ」
一つひとつ、確かめるように続ける。
「気づけない自分の気持ちに気づかせてくれるし、見落としそうなところも拾ってくれる。……そんな瑠璃に何度も、助けられてる」
それは偽りのない気持ちだった。作曲のことはもちろん。没頭しすぎて見落としていたやり取りを、さりげなく教えてくれたり。気づかないうちに滞っていた連絡を、自然な形で繋いでくれたり。思い返せば、細かいところで、何度も救われてきた。
——けれど。
瑠璃は、まだ俯いたままだった。視線を落としたまま、わずかに肩が強張っている。その横顔には、消えきらない不安の色が残っているように見えた。
まだ彼女の不安を拭いきれていない。だから、もう一歩踏み込むように、自分の気持ちを伝える。
「俺は、瑠璃といて楽しいことしかなかった」
口にしてみて、その言葉が思った以上に自分の中でしっくりくるのが分かった。
「実際に出会ってから、こうして二人で話すようになって——その気持ちは、前よりもずっと強くなってる」
言えば言うほど、胸の奥にあった想いが形になっていくような気がした。気まずさも、気遣いもない。ただ一緒にいて心地いいという感覚が、確かに自分の中に根を張っている。だからこそ——
「……瑠璃のことを大して知らないやつに、そんなこと言われたくない」
言葉にした瞬間、自分でも少し驚くくらい、声に熱がこもった。胸の奥で、じわりと怒りに似た感情が滲んでくる。
「もしそんなやつがいたら殴って……いや、それはさすがに捕まるか」
口にしてから、さすがに言いすぎたと思った。感情のままに言葉を出してしまったことが、少しだけ恥ずかしい。
視線を逸らしかけた、その時、戸惑うように、ぱちりと目を瞬かせている、瑠璃と目が合った。
「いや、……その」
言い直すように、言葉を探す。
「瑠璃が大切なのは本当で、俺は助かってるってこと、ちゃんと伝えたくて……それを、分かってほしくて」
どこか言い訳するみたいな言葉に、彼女はふっと笑って返してくれる。
「私も、湊と一緒にいるのは心地いい。安心する」
その言葉と同時に、窓から差し込んだ光が、彼女の横顔をやわらかく照らした。まるで、狙ったみたいに。きらきらとした光の中で浮かぶその表情に、思わず息を呑む。どくんと心臓が跳ねるのを感じる。
その柔らかな笑みに、視線が離せない。胸の奥に生まれた、まだ名前のつけられない感情に戸惑いながら、ただ彼女を見つめてしまう。息をするのも忘れたみたいに、時間だけが静かに過ぎていく。
そんな俺をよそに——瑠璃は、柔らかな笑みを浮かべたまま、静かに口を開いた。
「初めてデートしたのが湊達でよかった」
言われて嬉しい言葉を彼女は伝えてくれる。それが俺の気持ちを汲んでのものなのか、それとも自然と漏れ出た言葉なのか一向に分からなかった。ただ、嬉しいと感じる。
目の前で優しげに微笑む彼女に、思わず見入ってしまう。
——抱きしめたい。
そんな衝動が、不意に胸の奥から込み上げてくる。それを押し留めて、なんとか言葉を返す。
「それは良かった」
短い一言に、収まりきらない想いを押し込めながら伝えた。それともう一つ、伝えたいと思った。勝手な推測だけど、それでもどこか確信があったから。
「あと、律花も……それに、のあも。きっと一緒にいて楽しいと思っている。じゃなきゃ、こんなに長い間、一緒にいない」
彼女は、はっとしたように目を見開き。それから、力が抜けるように表情を緩めた。
「それも……そうだね」
少しだけ声を弾ませながら、瑠璃が頷く。その表情は、さっきまでの不安が嘘みたいにやわらいでいて、俺も肩の力を抜く。
ちょうどそのタイミングで、律花が戻ってきて、こちらの様子を俺達を不思議そうに見つめてくる。
「何かあった?」
「いや、特に何も。ただ……」
「ただ……?」
「瑠璃と話してて、楽しいなって思っただけ」
「なに、当然のこと言ってんの?」
訝しむような視線を向けられて、思わず苦笑する。そんな様子に瑠璃もまた楽しそうに笑っていた。
「うん。ただ、楽しく話していただけ」
律花は、その様子に一瞬だけ目を丸くする。けれどすぐに、何かを察したように、やわらかな視線を向けてきた。
「……そう」
短く頷くその声には、どこか安心したような響きが混じっていた。そんな二人のやり取りを見て、俺も自然と表情が緩む。
……やっぱり、いいな。
胸の奥に、静かにその言葉が浮かぶ。こうして、何気なく笑い合える時間があること。それが、どれだけ大切で、かけがえのないものなのか。
改めて噛みしめながら、俺は二人の姿を眺めていた。




