第16話 デートの約束
迎えた放課後。教室からいつものようにカフェに移動をする。
「それで話というのは?」
不思議そうに見つめてくるその視線に、少しだけ言葉を選びながら口を開く。
「そのですね……」
俺は、これまでの経緯をかいつまんで説明した。年齢を偽ったこと。のあの信頼の重さに、それを話せないでいることを。話し終えると、ほんの短い沈黙が落ちる。
「そうなんだ?……じゃあ、のあにはまだ秘密にした方がいい?」
俺の事を特に咎めることもなく、単純に確認するように問いかけてくる。俺はそれに驚きつつ、頷く。
「うん。そうしてくれるとありがたいかな」
瑠璃はじっとこちらを見つめてから、静かに頷いた。
「湊が秘密したいならその意志は尊重する」
「……ありがとう」
戸惑いを覚えながらも、素直に礼を返す。そのやり取りは見ていた、律花の方はそんな俺に少し呆れたように、小さく息を吐いた。
「でも、いつかはちゃんとのあにも言うのよ。仲間外れにしてるみたいで、よくないし」
「……そうだな」
その言葉に、ゆっくりと頷く。結局のところ俺は、怖いだけなんだ。のあに軽蔑されるのが。
小学校の卒業後に開かれた、あの集まり。あのとき向けられた視線と、距離を置かれる感覚。それを、今でもどこかで引きずっている。人を信じることに臆病で。失望されることを、何よりも怖れている。
……だからこそ。このまま隠し続ければ、きっと同じことを繰り返す。目の前にいる二人にだって、いずれ——。
そこまで考えて、息を吐く。逃げ続ける理由には、もうならない。
「夏休み入る前には伝えるよ」
そう口にする。それが一つの区切りだと思ったから。
病院にいた頃と違って、今は作曲の時間に制限はない。自然と、彼女たちと過ごす時間が増えていく。だからこそ——隠し続けるのは、やっぱり違う。
社会人として活動している以上、どうしても齟齬は生まれるし、言えていないことへの罪悪感も、ずっとどこかに残っている。だから、一度に全部じゃなくても、少しずつでもちゃんと伝えていけばいい。そう自分の中で折り合いをつける。
冷静になって目の前に座る瑠璃を見て、疑問に思う。
「そういえば、のあには一緒の学校に通っていることは言っていないのか?」
遠目から瑠璃のことを見たことがあるが、いつも一人でいる印象が強かった。だからこそ生まれた疑問だった。
「うん。まだいっていない。いつも友達と話しているから、伝えるタイミングを逃してる」
「あぁ〜……」
思わず頷いて納得する。確かに、彼女の周りにはいつも人がいる。誰かに声をかけられていて、自然と会話の中心にいるような存在だ。
なんというか————
「クラスの人気者って感じだな」
「うん、本当にそう」
いつも笑顔で、楽しそうに笑う彼女にみんな惹きつけられるような気がした。可愛らしいという言葉を体現したような女の子で、普通にアイドルとして活動してますって言われてもそうだよねと納得できるような感じの女の子だった。
ふと、目の前にいる二人に視線を戻す。……うん、やっぱり二人とも容姿が整っているよな。
律花が人気なのも分かるし、瑠璃だって身長が低くなければかなり人気だったのではなかろうか?
お人形さんみたいに整った顔立ち。あどけない表情にはどこか守りたくなる気持ちが湧いてくる。まぁ、感情が表に出ない分、どこか触れづらい印象もあるんだけどね。
そんなことを考えながら、視線を律花へと向ける。
「ちなみに律花は篠原さんのことを、知っているのか?」
中高一貫なら、どこかで同じクラスになっていてもおかしくない。そう思って聞いたのだが……律花は、ふいっと視線を逸らした。
あ、これ知らなかったやつですね。というか彼女の場合は、友人と呼べるような人がいるのかもしれない。そんなことを一瞬考えてしまったが、さすがに口には出さない。
律花は小さく息を吐いて、どこか苦笑まじりに口を開いた。
「にしても、ちょっと出来すぎてる気がするわね。全員が同じ高校に進学するなんて」
「私の場合は意図した。他は運命」
「いや、その選択を取る瑠璃が俺達のメンバーだったのも含めて、運命でしょ?」
軽く返したその言葉に、瑠璃が、ぱちりと目を丸くした。そして、ほんのわずかに、口元が緩む。
「……そう、だね」
口元に小さく笑みを浮かべた彼女に、驚いて俺と律花は顔を見合わせる。
(今の、笑った……よな?)
(えぇ、笑ってた)
互いに確認し、こくりと頷く。改めて瑠璃を見ると、既にいつも通りの無表情に戻っていて、ただ不思議そうに、こちらを見つめていた。
こてんと首を傾げながら。
「どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」「うん、なんでもないわ」
俺たちは揃って首を振る。
……にしても、今のは少し反則だろ。あんなふうに、ふっと花が咲くみたいに笑うなんて。それも、あの優しげな目で、ほんのわずかに口元を緩めるなんて、可愛すぎる。というか、愛おしいという感じだった。あの表情で何かをねだられたら、たぶん即座に膝をついて「喜んで」と答える自信しかない。
……いや、我ながらちょろすぎるだろ。そんな余韻を引きずりながら、俺たちはどこか照れたように視線を逸らす。
それから少し話をしながら、目の前の頼んだデザートを平らげる。そろそろお開きにした方がいいかもしれない。二人にも予定があるかもしれないし——
そう思って口を開こうとした、その時だった。瑠璃が、ふっと視線を落とす。珍しく、迷うように。……?
「瑠璃、何か言いたいことあるのか?」
そう声をかけると、彼女は一瞬だけ驚いたようにこちらを見て——それから、小さく頷いた。何かを決心したように。
「二人にお願いがあるの」
不意にそう切り出されて、俺と律花は顔を見合わせる。
「ん?……なんだ?」
「なぁに?」
視線を向けると、瑠璃はまっすぐこちらを見返してきた。
「今度、二人と一緒にデートをしたい」
「え……デート?」
思わず聞き返してしまう。けれど瑠璃は、いつも通りの無表情のまま、こくりと頷いた。
「そう、デート」
——デート。その言葉だけが、やけに重く胸に落ちてくる。デートってあれだよね。男女二人で出かけるやつ。ショッピングしたり、ランチにいったりして、互いの関係を進めるやつだよね。
……とういか、待って。二人一緒にって言ったよな?そこに引っかかっているのは、どうやら俺だけじゃなかったらしい。律花の方が瑠璃をしっかりと目で捉えながら確認する。
「……もしかして、瑠璃のいうデートって、仲がいい友達と一緒に出掛けるってこと?」
「うん、そうだよ」
あっさりと頷く瑠璃。……うん、分かっていましたよ。分かっていましたとも。俺は内心で小さくため息を吐きながら思う。心臓に悪いと。
そんな俺の様子を気にするでもなく、瑠璃は首をかしげた。
「湊は、一緒にデートするの嫌?」
少し心配そうに見つめる瑠璃に、俺はふっと表情を緩めて首を振る。そして安心させるように、できるだえけ優し気な声で伝える。
「俺も一緒にデートしたいよ、瑠璃と」
「……そう。よかった」
嬉しそうな声で満足そうにしている。……無表情だけど、少しずつ彼女の感情が分かるようになってきたような気がする。……主に声色からだけど。
「律花はどう?」
同じ様に不安げに尋ねると
「もちろん、私も瑠璃と一緒にお出かけしたいわ。……そうねぇ、今週の土曜日なんてどう?」
「うん、大丈夫。湊は?」
「もちろん、問題ないよ」
「……ありがと」
小さく返されたその一言に、ほんの少しだけ嬉しさを覚えた。それからの時間は、どこか肩の力が抜けたように、自然と言葉が続いていく。
気づけば、さっきまでのぎこちなさはすっかり消えていた。律花が門限の時間だと告げるまで、俺たちは他愛もない話を続けていた。




