第15話 告白?
一旦昼食を購買で購入した俺たちは、パンと飲み物を手に中庭へ出た。校舎の影を抜けると、春の日差しがやわらかく降り注いでくる。
昼休みだというのに、人通りはまばらだった。その中でもひときわ日当たりのいいベンチを見つけ、俺たちはそこに腰を下ろす。
ほんのり温まった木の感触が、じわりと背中に伝わった。
「……それで、どうして俺と律花が、『m1nase』と『凜』だって気づいたんだ?」
問いかけると、彼女はわずかに首を傾げた。
「……?普通に話し声で分かった。まさかのあ以外のみんな揃っていると知ってびっくり」
あまりにもあっさりとした答え。その一言で、思考がぴたりと止まる。
——のあのことを知っている?
そこに引っかかりを覚えてしまう。だってそれは、のあも俺の正体について知っている可能性が高いということだから。その可能性に思わず心臓が速くなる。何で泳がされてるんだ?とかバレてるとしたらどうして話しかけてこないのかなんて疑問が湧いてくる。
……いや、まだ決まったわけじゃない。一旦探りを入れてみようと、彼女に問いかける。
「……のあがこの学校にいる事も知ってるんだな?」
「……?同じ教室にいるから気づいてるでしょ?」
なんてことの無いようにノアが告げる。……やっぱり知っていたのか。と自身で納得する傍ら、隣から、じっとりとした視線が突き刺さる。
言葉にはなっていないのに、はっきりと伝わってくる。——あんた、知ってて黙ってたわね?そんな無言の圧にを感じる。
いや、知ってるも何も彼女の声そのまんまなんだし……というか俺の隣の席だから気付いてもおかしくない気がする。逆に何で律花は未だに気付いてないことの方が不思議なくらいだ。
どっちにしろ、彼女がクラスメイトを探り出したらいずれバレるだろうな……。俺は観念して、彼女の名前を口にする。
「篠原さんだよね? 俺の隣に座る」
「……そう。のあがこの学校にいるって知ったから入学した」
「それ、本人がうっかり漏らしたとかじゃなくて?」
「……? 同い年ってこともあって、普通に話してくれた」
相変わらずのあは人を信用しやすいと感じる。今時、ボイチェンなんて違和感なくできるし、オンラインでやり取りが完結することが多くなった。中には女性と偽る人もいる人がいるんだから、もっと警戒した方がいい。
……まぁ、俺たちだから信用してくれてるんだろうけどね。少し笑みを浮かべながら納得してしまう。律花の方も、どこか納得したように頷いていた。
ようやく状況は把握することはできた。だが、このままだと彼女は教室でもm1naseとか凜とか普通に呼びそうで怖い。今のままの無表情でそのまま告げそうだし。
だから念のために伝えておこう。そう口を開きかけ、そのまま固まってしまう。
その前に、彼女のことを何て呼べばいいんだ?ふと浮かんだ疑問に、そのまま問いかける。
「あらためて、よろしくノア。それで呼び方だけど、月城さんって呼べばいい?それとも瑠璃さん?」
「……? 好きに読んでいいよ。ノアでも瑠璃でも月城でも」
「なら、月城さんって感じかな」
「…………」
彼女の名前を呼ぶと、何かを考えるように、少しだけ視線を宙に泳がせたあと、ゆっくりとこちらへ視線を戻してくる。
じーっと、こちらを見つめて何かを確認すると、ようやく彼女は口を開いた。
「距離を感じるから。やっぱり、瑠璃にして」
「……わかった」
……どうしよう。全く持って瑠璃の感情というか、考えが読めないんだけど。え?今どうして名前呼びに変更されたのだろうか。ごめん、全然分からない。
相変わらず俺の事をじーっと伺うように見ているし、瞬きすらする様子が見えない。彼女にしか見えない何かでも見えているのだろうか。……正直、ちょっと怖い。
それでも、このまま黙っているわけにもいかない。う、うん。と小さく咳払いをして、気持ちを整える。
「俺のことは、白瀬か湊って呼んでくれると嬉しい。m1naseは、秘密にしておきたいから」
「分かった。湊。それと、律花って呼べばいい?」
「……うん。そう呼んで」
律花も、小さく頷く。その様子はどこかぎこちなくて、俺と同じように戸惑っているのが伝わってきた。
分かる。全然、分からないもんな。
「にしても、同じ学校は分かるけど……同じクラスって、さすがに偶然すぎない?」
「それはきっと、みんな優秀だったから。一応、一番上のクラスだし」
「えっ……そうなの!!」
思わず声が裏返る。試験の手応えはあった。けど——そこまでだとは、思っていなかった。けれど、俺が驚いている以上に律花の方が驚いた目で俺を見つめている。
「なんであんたが知らないのよ。通知来たでしょ」
「いやぁ……合格って文字にしか目がいってなかったってかんじかな」
呆れたような視線が、容赦なく突き刺さる。ホントにⅢ類の生徒なの?という疑いの視線が俺に注がれる。にしても、直樹の実力おそるべし、というか今も俺は直樹にお世話になってるんだけどね。
にしてもと改めて、目の前の少女を見つめる。幼い顔立ちに、145cmくらいの小さな背丈。抱いた印象は小学生という風貌だった。この子があの多才な『ルナ』なのかと驚いてしまう。
あまりにもじーっと彼女のことを見てしまったからだろう。隣にいる律花から咎めるような言葉を告げられる。
「なに、いやらしい目でルナのこと見てるの」
じとりとした視線が、横から突き刺さる。逃がす気のないその目線に俺は焦りつつ答える。
「いや、違うって。その……失礼だけど、飛び級したのかってくらいの見た目だから……同級生に見えないというか」
「ホントに失礼なやつね。謝りなさい」
「……ごめん、瑠璃」
謝ると、瑠璃は特に表情を変えることもなく、淡々と口を開いた。
「気にしてない。もともとそいう言う性格だって分かっているから」
……いや、それはそれでどうなんだ。内心で引っかかりつつも、頭を上げて彼女の方を見る。その表情からは何も読み取れない。
ホントに気にしていないのかな?そう考えてしまう。だって、会ってから一切表情が変化してないんだもん。
そんな俺の考えを見透かしたみたいに、瑠璃が続ける。
「表情があまり出ないだけ。本当に気にしてないよ。それに、私は湊の裏表ないところ好きだよ」
なんて、告白をしてくる。
「……え?」
思わず、彼女のことをじーっと見つめてしまう。けれど、そこにあるのはやっぱり無表情で。声も、いつも通り落ち着いていて。
——だから余計に、言葉だけが浮いて聞こえた。
「月城さん、男子に"好き"なんて軽々しく言わない方がいいわよ。ほら、早速いやらしい目であなたのことを見てるもの」
「見てないって!」
即座に否定する。そう即座に否定するも、
「……? 別に湊なら構わないよ?」
などと、何でもないことのように言われて、今度こそ言葉に詰まる。驚きのあまり目を瞬かせながら彼女を見つめる。俺達っていつの間にそんなに関係が進展していましたっけ?
戸惑っているなら、横からは軽蔑の眼差しが向けられていた。あんた裏で彼女にどんな対応を取っていたの?弱みでも握ってるんでしょ、という訝し気な視線をひしひしと感じる。
いや、ほんとに何もしてないんだって!!
流石に誤解を解かないとマズいような気がする。俺は覚悟を決めて問いかける。
「えっと……いつの間に俺たち、そんなに仲良くなってたっけ?」
そう聞くと、瑠璃は少しだけ首を傾げてから、
「私達はいつも一緒にいる……それだけじゃ、だめ?」
と可愛らしく、問いかけて来る。……あぶねぇー。危うく勘違いするところでしたよコレ。
どうやら、彼女にとって恋愛という部分がまだ分かっていないようだった。LikeとLoveは違うのだ。人として「いいな人だな」と思う気持ちと、「付き合いたい」と思う気持ちが別なように……。
……いや、別に残念とか、そういうんじゃない。ほんとに。
「そうよね、びっくりした。てっきり付き合いたいのかと勘違いした」
律花も、少し安堵したように肩を落とす。
……だよな。ほんと、それ。
「湊は私と付き合いたい? 別にいいけれど」
「…………うぇっ!?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
付き合ってもいいって言った!?。いや……ちょっと待て。本当に良いのか?罠とかじゃない。というか、本気で言っているのか。改めて彼女を窺うが——
無表情すぎて、分かんねーー。でも、付き合いたいかどうかで言えば……
「そりゃ、付き合いたいけど」
思わず、声が漏れた。その瞬間、律花からひやりとした視線が突き刺さる。あんた、なに意識してんのよ的な視線を感じるが、意識するでしょ、普通!!
だってこんなにも可愛くて。音楽の話ができて、互いに刺激し合って、同じ方向を向いて進める相手で。そんな人と、付き合ってもいいなんて言われて。
……意識しない方が無理だ。
一度、深く息を吐く。浮ついた思考を、無理やり押し下げる。
——落ち着け。
このまま、チームで作曲を続けていくとしたら。もし俺たちが付き合った場合、どうなる?
デートする時間は勿論のこと、俺には体調の問題もある。そこまで考えて、ふと後遺症のことを思い出す。筋力低下は勿論のこと、他にも2つほど懸念点が残っている。
そこまで考えて、浮かれていた気持ちはサッと引いた。
こんな中途半端な状態で、相手の気持ちに乗るなんて、それこそ瑠璃に失礼だろ。ぎり、と奥歯を噛みしめ、さっきまでの自分の気持ちを押し潰す。
分かってる。正直に言えば、彼女の申し出を受けたい自分が確かにいる。それでも、
「お互い、ちゃんと好きになったら、そのときに告白してもいい?」
なんとか絞り出すように伝えた。
「ん。わかった」
彼女は俺の言葉を気にすることなく、あっさりと頷く。……これ、ホントに付き合うって言われた後なんだよね。そう考えてしまう。
心なしか、律花が俺を見つめる視線が少し憐れんでいるように感じて、なんだかやるせない。
(これどういうことですかね?)
(さぁ、私に聞かれても?)
(いやいや、こういうのって女子の方が分かるだろ)
(無責任すぎない?)
なんて無言でやり取りをする。そんな俺たちを、瑠璃は不思議そうに見つめていた。
「二人とも付き合ってる?」
その言葉に律花は驚いたように目を見開き、容赦なく否定する。
「付き合ってるわけないでしょ!こんな男」
「……普通に傷つくんだけど」
反射的に口にした彼女の言葉に、かなりのダメージを追った。天国の次は地獄ですか。
「……あっ……ごめん」
申し訳なさそうに、彼女は視線を逸らす。……いや、分かってたよ。俺が誰かと付き合える可能性なんて、限りなくゼロに近いってことくらい。
わずかに肩を落とす。そんな俺の様子に気づいたのか、律花が少しだけ慌てたように口を開く。
「ほ、ほら……湊は顔はいいんだから、誰かから好かれたりはするって」
そう遠回しにたらいましにされる。そうだよね、他の人に押しつけたいよね。フォローしているようで、止めをさしてくる。小さく息を吐いた、そのとき。
「私は湊の顔、好き。いつも笑っているから、好き」
唐突に、瑠璃がそう言った。空気を読むでもなく、慰めるでもなく。ただ、思ったことをそのまま口にした。そんな声音だった。
「それは……ありがとう」
あまりにも真っ直ぐで、変に照れることもできず、素直にそう返す。俺は改めて瑠璃の事を見つめていると、校舎の方からチャイムが聞こえてくる。
「とりあえず、続きは放課後でもいいかな?」
そう伝えると、瑠璃はこちらをジッと見つめて尋ねる。
「のあは呼ぶ?」
「できれば呼ばないで下さい。それについても理由を説明しますので」
「ん。わかった」
あっさりと頷く瑠璃に、ほっと胸を撫で下ろす。ひとまずは助かった、と思いながら、俺たちは自分の席へと戻っていくのだった。




