53.この手は……。
ドォォォォォォォンッ‼︎
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」
「「‼︎」」
耳を塞ぎたくなるような咆哮を上げ、テレーズが周囲の霧水を一気に消滅させる!
濛々と立ち昇る大量の湯気で、彼の姿は見えなくなる。だが、すぐに煙がゆらりと揺らめいた……次の瞬間、白い霞の奥から、グンッと腕が前方に伸びてきた!
それは、本当に『あっ!』という間だった。
彼の右手がライザの左胸を掴み、真新しい傷口に指先が触れたかと思うと、そのまま指が創部に押し込まれる。見ると、テレーズの人差し指、第一関節までが、ぶすりとライザの胸に突き刺さっていた。
「えっ? お……お兄様……?」
「泥棒猫を火に焚べろ」
ドンッ!
魔物のような瞳で、テレーズがそう言い放つと同時に、ライザの身体は一気に燃え上がった。傷口から直接体内に『火』魔力を注ぎ込まれ、人為的に引き起こされた……人体炎上。
ゴォォォォォォォォォォォォッ‼︎
全身が炎に包まれ、ライザお気に入りなドレスも瞬く間に燃えていく。美しいブルーの光沢な布地は黒い灰となり、ボロボロと呆気なく崩れていった。
目の前で『標的』が焼け消えていくのを薄ら笑いで眺めていたテレーズだった……が、急にふっと、暗く血走っていた瞳に光が戻る。
「……え? あぁぁぁぁぁっ! ラ、ライザッ! お、俺はなんてことを!」
正気に戻った彼が叫び、咄嗟に炎へ手を伸ばす。だが、火の勢いは止まるどころかフィナーレとばかりに燃え上がり……そして、ライザの身体は……跡形もなく焼き尽くされてしまった。
………………
………………
トサッ……
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
膝から床に崩れ落ちた兄は、地面に這い蹲り発狂する。操られていたとはいえ、最愛の妹を自らの手で燃やしたのだ。
このままでは、彼の精神は完全に壊れてしまう。
私は白いドレスの裾をさばいて兄の隣にしゃがみ、そっと声を掛けた。
「お兄様……お兄様ってば……」
「ライザァァァァァァ……俺は、俺は、俺は……」
「お兄様ってば……」
「あぁぁぁぁぁぁ……ライザの声が……幻聴が聞こえるぅぅぅ……」
「んもう、お兄様ーーーーっ‼︎」
彼の左耳を摘んで、私は大声を張り上げた!
すると、ようやく、兄が泣くのを止め、オバケにでも遭遇したかのような目で私を見つめる。
………………
数秒間の沈黙後、鼻水ぐずぐず顔の兄が情けない声を発した。
「ラ、ライザ? え? は? へ? だ、だって、今燃えて……ええっ⁉︎」
混乱する彼の両手を引っ張り、床からゆっくり立ち上がらせた。猫背になっていてもまだ私より背が高い兄に、ニコッと笑顔を向ける。
「あれは私のニセモノですわ! お気に入りのドレスと連結杖に残された私の魔力粒子を使って、ヴォレーク様があの短時間でパパッと作って下さったんです!」
先の宣言通り、犠牲になったのは、彼の瞳の色とお揃いなアイスブルーのドレスが一着。
確かに大切なモノだけど、唯一血の繋がった兄とは比べるまでもない。
「魔力にはそれぞれ、個人パターンが決まっている。そこで、ライザ嬢の残留魔力を使った水人形を作った。さっき見せた幻惑魔法の妖精は、これの応用みたいなもんだな。で、本物そっくりなダミーライザ嬢に直で接触すれば、テレーズ殿の身体がそれを本人と誤認する。そこで『指令』をこなせば罠魔法による精神支配は解ける……ってわけだ」
「なるほど……そういうことだったのか。解いて頂き、本当にありがとうございます。ヴォレーク殿……」
徐々に冷静さを取り戻し、顔の血色が良くなってきた兄。でも、ふと何かが引っ掛かるのか、急に神妙な顔つきになる。
「どうした、テレーズ殿。まだ気になることでも?」
「いや……一瞬だったが……あれは随分とよくできたニセモノだったな。本物と見紛うばかりの……胸の傷までしっかりと再現されていて……」
そう言って、じとっとした視線を返す。
「……。はっ!」
彼が何を言いたいのかを察したヴォレーク様が、急に真っ赤になり、慌てて手を振る。
「ご、誤解だ! テレーズ殿! あれは鏡魔法で、ライザ嬢そっくりに写しただけだ! ジロジロと彼女の全身を観察したわけじゃないぞ!」
「へぇ〜〜〜〜」
「むしろ、お兄様こそ、ニセモノとはいえ私の胸をよく観察してるんじゃない? しかも、がっつり触った、いえ、握ったわ。えっち。破廉恥。最低!」
「ぐはっ! ブーメラン‼︎」
私の反撃で大ダメージを喰らった兄が、その場に撃沈した。
「坊ちゃま! ライザ様! テレーズ様!」
そこへ、ヴォレーク様の指示で待機していたターニャが駆け寄ってきた……と思ったら、私達の前でいきなり片膝をついた。
ザッ!
「大変申し訳ございません! こちらの不手際でこのようなことに……首を差し出す覚悟なら、しかとできております! さぁ、いっそ一思いに、さぁさぁ‼︎」
「無事だから大丈夫です! 差し出さなくて結構です‼︎」
「ははぁ! ありがたきお言葉‼︎」
私がはっきりお断りすると、深々、頭を下げるターニャ。そんな彼女にヴォレーク様が尋ねる。
「なぁ、ターニャ。テレーズ殿宛の手紙、差出人は?」
「はっ! イェンゴード伯爵家の名前でした! グラシース侯爵家との交流はありませんが、『火』属性同士、フレイブ伯爵家とは繋がりがあるのかと思い、深く考えずにお渡ししてしまいました」
「あの伯爵家は王女擁立派ではない。こちらがテレーズ殿に渡すことを見越して、名を語ったのだろう」
「ですが、坊ちゃま。怪しげな郵便物は、屋敷内に転送できないんじゃ……」
「そのはずなんだが……きっと、アレ自身に悪意がないんだろう」
「えっ? 王国一、最悪なクソ王女様なのに⁇」
「アレは……自分のしていることが、悪いことだと微塵も思っていないんだよ。むしろ、正しいとさえ信じて疑わないのかも……心底、タチが悪い」
そう言って、ヴォレーク様は今まで見たことのないような冷酷な瞳で、ふいっと窓の外を仰いだ。
バタバタバタバタバタバタッ‼︎
「ヴォレーク! 一体、何事だーー⁉︎」
今度は、賑やかな足音を立てて、レイ様が部屋へ駆け込んできた。今日は珍しく丸眼鏡ではなく、麗しいご令嬢スタイル……なのに、全力疾走なさったからか、長い髪がボサボサになってしまっている。あのヒール靴で廊下を走れるなんて、凄い身体機能だわ!
「この焼け焦げた匂い……ライザに何かあったのですか⁇」
「だ、だ、大丈夫ですか⁉︎」
彼女より少し遅れて、ザックスとアグウィも部屋に到着する。レイ様に付き添って王宮に行き、戻ってきたのだろう。
すると、彼の姿を見て、兄が驚きの声を上げる。
「お、お前、ジャックか⁉︎」
「テレーズ⁇ なんでまだここにいるんだよ⁉︎」
感動の再会のはずなのだが、まるで幼い少年同士のような会話だ。一瞬にして、あの頃の感覚に引き戻されたのかもしれない。
でも心なしか、二人とも嬉しそうに見える。本当に良かった……そんなことを考えていると、すっと私の両手をレイ様が取った。
「ライザ嬢! 辛い目に合わせてすまなかった! そして……どうやら貴女が誤解しているそうだが、私にはテディという愛しい婚約者がいる! もうすぐ結婚するんだ! 私にとって、ヴォレークは弟みたいなものだ! だから貴女の心配するようなことは何も……」
レイ様の弁明の仕方があまりにヴォレーク様とそっくりで、なんだか笑ってしまった。
「ふふっ、大丈夫ですよ、レイ様。その件につきましては、ヴォレーク様から既に伺っております」
「なっ! お前、ちゃんと一人で説明できたのか?」
「レイ……俺をなんだと思ってるんだよ」
「ポンコツ野郎」
「……」
レイ様の返答にヴォレーク様が絶句する。そんな彼をほっといて、彼女はキョロキョロと周囲を見回した。
「しかし、どうしたんだこの部屋。ボロボロじゃないか! 敵襲か⁉︎」
「いや……まぁな。でも、もう終わったよ。アレの仕業だ。アレはライザ嬢とテレーズ殿を憎く思った、だけじゃない。婚約者を消せば、俺が怒り狂って自分の元へと乗り込んでくると思ったんだろう」
「セレナの誘拐のみならず、そうまでしてヴォレークに会いたいとは……とんだサイコパス女め」
二人の会話を聞いていた私は、無意識のうちに口を挟んでいた。
「ヴォレーク様……お、王女様との決着をつけに行くんですか?」
「ライザ嬢……」
王女様の所へなんて……行って欲しくない!
その気持ちが強くて、思わずヴォレーク様の上着の裾をぎゅっと摘んでしまった。
それを見て、彼が柔らかく微笑む。
「大丈夫。アレには二度と会わないよ。あの面を見たら、怒りでうっかり殺してしまいそうだからね。この手は……人を殺す為の手ではない。ようやく、もう、終わったんだよ」
そう言ってヴォレーク様は、魔法杖を動かし、中空で手紙を書き上げると、それを白鳩の姿に変え空へと飛ばす。
そして、空いた右手をそっと、私の手に絡ませた。
「私の身も心も貴女のモノですよ、ライザ嬢。いえ……ライザ」
「は、はひーーっ!」
突然、ヴォレーク様に呼び捨てられた私は、嬉しさのあまり、またしても間抜けな声を上げたのだった。
次が最終話となります。




