最終話.私の心は貴方のモノです。
天窓から淡い光の降り注ぐ大聖堂では、白い正装を身に纏った青年が壇上で目を閉じたまま、静かにその時を待っていた。
カタンッ! ギィィッ……
木製の扉が左右へとゆっくり開かれ、最初に指輪を運ぶリングガールが入場する。緊張した面持ちの少女は、セレナちゃん。クリーム色のドレスがとてもよく似合っている。
その小さな肩の上には、これまた小っちゃい生き物が乗っていた。アグウィの相棒、モモンガのメープルだ。同じ屋敷内で暮らしているからか、彼女にもすっかり懐いているみたい。
でも相棒って……てっきり人間だとばかり思っていたわ。小動物までも診察できるなんて……レイ様、ちょっと万能すぎません?
カタンッ! ギィィッ……
一度閉じられた扉が再度開かれ、神々しい光と共に、今度は純白のベールで顔を覆われた新婦が現れ、一礼する。
参列者からの暖かな拍手の中を、愛する新郎の元へ真っ直ぐに進んでいく。一歩、また一歩……。
私は目の前を通り過ぎていった二人と一匹を見て、手を叩きながら感嘆の声を漏らした。
「はぁ……本当に綺麗ですね、レイ様。セレナちゃんも天使のように愛くるしい。メープルもちゃっかりお澄まし顔で可愛いわ」
「ライザも……すごく素敵だよ」
「えっ! あ、あ、あ、ありがとうございます」
隣のヴォレーク様がはにかみながら褒め言葉を私にくれるので、思わず顔が熱くなる。
今日はテルディウス様とレイ様の結婚式。私は彼女の友人、兼、ヴォレーク様の婚約者としてこの式に参列していた。
実は私、結婚式に出席するのは、人生でこれが初めてのこと。すごく嬉しいのと、粗相しやしないか不安なのとで、気持ちがドキマギしている。
それにしても、レイ様……いつも以上に輝いていて、すごく幸せそう。
美人過ぎるせいで、対面した患者の心拍数や血圧が急上昇して仕事にならないから、いつもはあの格好なのだと、セレナちゃんに教えてもらった。美人さんには美人さんなりの、凡人には発生しない苦労があるのね。
ちらりと前方を見遣ると、最前列にラグナット侯爵夫妻、その隣にザックス。二列目には、グラシース侯爵夫妻のお姿も見える。
すると、ヴォレーク様がそっと私に耳打ちしてきた。
「うちの両親もライザと早く一緒に暮らしたいって。会う度にいつも話しているんだよ」
「あ、う、う、嬉しいです」
甘い声で囁かれ、私の鼓動がドドドッと早鳴る。はぁ……ドキドキし過ぎて、寿命が縮みそうです!
グラシース侯爵家において、私はセレナちゃんの命の大恩人……ということになっているらしい。
なんでも今回の手術は、魔石を取り外した後に、魔臓の異常反応を引き起こしている細胞部位を焼き、正常な信号に戻すという『焼却術式』という新しい術式が採用されたそうなのだが、安全性の観点から、連結していた私の『火』魔力を活用した……との説明を受けた、が……医療の話は難しくって……ごめんなさい。半分くらい、よくわからなかったです!
ただ、セレナちゃんが元気いっぱい『普通』な生活を送っていける、その手助けができたことが、私はとても誇らしかった。
リングガールのお役目を終えた彼女が、壇から下がり、皆が並ぶ席へと戻る。目が合うと、セレナちゃんは満面の笑みを返してくれた。
式は順調に進み、そして……
「互いに愛することを誓いますか?」
「「誓います」」
レイ様達、二人の声が聖堂内に凛と響き渡ったのだった。
◇◇◇◇
ザワザワ……ザワザワ……
「参列者の皆様はこちらへ移動をお願いしまーーす!」
誘導に従い、聖堂内から表へとゾロゾロ移動する。
「ヴォレーク様。これから、何があるんですの?」
「二人の門出を祝福する、両家それぞれの伝統みたいなものがあるんだよ。テディは『土』属性だから花びらを……レイは『水』属性だから、氷の結晶を空高く舞い上がらせるんだ。ライザは……」
「えっ? それなら……私も……えいっ!」
私は掛け声と共に、氷の結晶達を掌分だけ出現させた。
「お、お義姉様⁉︎」
「えへへへ……」
驚くセレナちゃんとは対照的に、ヴォレーク様は納得いったとばかりに頷く。
「最近、ライザのワルキューレが小さな水瓶を抱えていると思ったら、そういうことだったのか」
「え〜〜? ビックリさせたかったのに……」
「いや、驚いたぞ! すごい驚いたぞ‼︎」
私が少しだけガッカリすると、フォローしようと焦るヴォレーク様。それを見て、セレナちゃんが呆れたように溜息を吐き出した。
あれから、多数の証言やセレナちゃんの身体から外された証拠品が決め手となり、王女様は有罪が確定。無期の迷宮刑が執行され、一連の騒動は幕を閉じた……と、ヴォレーク様から教えてもらった。
流石に、一介の伯爵令嬢が王女様断罪の現場に居合わせる……なぁんて、物語の主人公みたいなことは起こらなかった。
でも、あの一件を契機に変わったことがいくつかある。
そのうちの一つが、これ。セレナちゃんの身体から戻る時に乗ったゴンドラの影響なのか、私はカップ1杯分くらいの『水』魔法が使えるようになったのだ。お陰でちょっと手を洗いたい時なんかはとっても便利。
しかし、私は純粋な『火』属性の体質では無くなった。由緒正しきフレイブ伯爵家の娘なのに……悩んだが、意を決して家族に話したら……ものすごく喜ばれてしまった。私がいつか暴走してしまわないか、ずっと憂いていたそうだ。私は、ちゃんと愛されていたのね。
そして、もう一つ……ヴォレーク様は一生懸命、私に言葉で想いを伝えようとしてくれるようになった。もう互いを誤解して、傷つけあわないために、と。
でも……甘々な言葉を掛けられるの、すごく嬉しいんだけれど、まだ全然慣れないわ!
「大変、お兄様!」
突然、セレナちゃんがヴォレーク様の腕をガシッと掴んで、ブンブン揺する。
「ど、どうした、セレナ⁉︎」
「お義姉様が二属性持ちになったってことは、ザックスが……」
「私がどうかしましたか?」
後ろから声を掛けられ、皆揃ってそちらを振り向く。
「ザックス。本日はおめでとうございます」
「ありがとう、ライザ。義姉さん達が幸せそうでなによりだよ。ところでセレスティーナ様、今、何か言いかけてませんでした?」
話を振られたセレナちゃんが、厳しい表情をヴォレーク様に向ける。
「ザックスは『風』と『火』の二属性持ち。以前のお義姉様とは、結ばれない運命だった……」
『純血系である身体に、さらに同属性の魔力が加わると魔物に変身してしまう可能性が高い』ということを、後から教えてもらった。おそらく、セレナちゃんはそのことを言っているのだろう。
そして、ザックスは……どこかの段階で、それを知っていたようだった。彼はどんな想いだったのか。
「けど、お兄様! うかうかしてたら、ザックスにお義姉様を掻っ攫われるわよ!」
「は?」
「私、ザックスにだって幸せになって欲しいの! 『親が罪を犯したから、自分は幸せになっちゃいけない』って言ってたけど……私は許すわ!」
「いや、それって……」
「ライザが不幸になりそうなら、もちろん喜んで攫いにいくよ、ヴォレーク殿」
「そ、そんなことは絶対にさせない!」
バサッ!
「きゃっ!」
いきなり、ヴォレーク様が私の身体をその腕に抱き上げた。
リンゴォォーーンッ‼︎
突如、聖堂の上にある鐘が鳴り響き、新郎新婦が姿を現した。主役の二人へ向けて、参列者達が一斉に花びらと氷の結晶を空へと放つ。
私も掌を開き、氷の結晶達を風に乗せた。
「ライザ嬢ーーーー!」
すると、私の存在に気付いたレイ様がニッと笑いながら、腕を振った。
ひゅーーん、ポスッ!
「ん?」
なんと、レイ様が投げたフラワーブーケを私が見事にキャッチ。思わず、ヴォレーク様と顔を見合わせた。
「次は俺達の番だ。ライザは誰にも渡さないからな」
そう言って、私のことをぎゅっと抱き締めてくれた。嬉しさのあまり、何か熱いモノが内から湧き上がってくるような感覚。好きな人と想いが通じている。それは、なんて幸せなことなのだろう。
「大丈夫ですよ。私の心は貴方のモノです、ヴォレーク様!」
「ライザ……」
見つめ合った私達は、そっと唇を重ねたのだった。
おしまい
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