52.泥棒猫。
ガターーンッ‼︎
激しい音を立て、突然、部屋の扉が開け放たれた。
「⁉︎」
「一体、何事だ⁉︎」
ヴォレーク様がソファから立ち上がり、私もそちらを振り返る。
「……」
戸口に佇む者は、何の返答もしてこない。その上、戸枠に手を掛け俯いているため、こちらからは表情がわからない。だが……なにやら、様子がおかしい。
私は恐る恐る、彼に声を掛けた。
「……お、お兄様?」
荒々しく扉を開けた人物は、つい数分前にこの部屋から出て行った我が兄、テレーズだった。
しかし、こんな品を欠いた行動を取るなんて、普段の兄からは考えられない。異常だ。
バタバタバタバタバタバタッ!
「テレーズ様! 勝手をされては困ります!」
焦ったように、侍女ターニャも部屋前に駆け付けた。
セレナちゃんの姿は見当たらないから、きっと他の使用人達に彼女を護らせているか、野次馬根性を出さぬよう部屋に留めているのだろう。
「ライザ……フレイブ……」
ボソッと、兄が私の名を口にする。
「⁇」
すると次の瞬間、顔を上げた兄は、私に右掌を向け、いきなり火炎の球を放ってきた!
ゴォォォォッ!
「‼︎」
「危ないっ‼︎」
キィィィィンッ‼︎
ヴォレーク様が私を庇うように肩を抱く。そして素早く身体を反転させて、氷の防御壁を展開した!
シュウゥゥゥゥッ……
火球は吸い込まれるように氷壁へめり込み、そのまま水蒸気となって消失する。
「テレーズ殿! 気でも触れたか⁉︎」
これが非常事態だと、瞬時に判断したヴォレーク様は、そのまま臨戦体勢へと切り替わる。
右手を横に振り払い、無数の水球を空中に出現させるとそれを兄に向けて一斉に放った!
「うがぁぁぁぁぁぁっ!」
兄は獣のような声を上げながら、自身にまとわりつく無数の水球達を払おうと、腕を闇雲に振り回す。だが、くにゃくにゃと動くそれらに、まんまと翻弄されている。
「これで少し時間稼ぎができるか。おい、ターニャ! テレーズ殿に何があったんだ⁉︎」
前方から視線を逸らさずに、ヴォレーク様が兄よりも奥、廊下にいるターニャへ大声で尋ねる。
「わ、わかりませんっ! 手紙をお読みになられたら、突然、唸り出して……」
「手紙?」
「郵便物の中に、テレーズ様宛があったので、それをお渡し……」
「なぜ彼がグラシース侯爵邸にいることを差出人は知っているんだ⁉︎」
「はっ! そういえば……」
「くそっ、やられた! 敵の狙いはライザ嬢だ!」
「えっ! わ、私⁉︎」
なぜ? だって、私とヴォレーク様の関係はいまだ内密の……いや、違う。バレたのだ。
このお屋敷の訪問者である兄を利用し、アグウィは侵入に成功している。彼を監視していた者が、その際の詳細な報告を、主に上げないはずがない。
そして調べた。フレイブ伯爵家とグラシース侯爵家の繋がりを。極秘の王命といえど、王女様がその内容を知るのに、そう時間は掛からなかっただろう。
幽閉されて五年も経過しているのに、なんという執念。だが、王女様のそれを『純愛』や『一途』と括るには、美化が過ぎる。到底、相応しくない。
ヴォレーク様が愛する妹君を亡き者にしてまでも彼を欲しがる、その歪んだ感情を、私は『愛』とは絶対に呼びたくない!
でも、きっと、そんな彼女からしたら『ヴォレーク様の婚約者』という存在は、相当憎らしいはず。私だけじゃない。その家族も憎悪の対象だ。
「手紙となると……初歩的な罠魔法での支配、か」
「罠魔法?」
「精神操作系魔法の一種だ。当たり前だが、学院では絶対に教えない、どちらかといえば『呪い』に近いものだな。しかも、テレーズ殿という個人特定の縛りをつけて、効きを高めていやがる。きちんと解かないと厄介な……ゲスい真似をしやがって!」
ヴォレーク様が憎々しげに、そう吐き捨てた。もしかしたら、過去に痛い目をみているのかもしれない。
よく見ると、兄はブツブツと何かを呟きながら周囲の水滴を『火』魔法で蒸発させ続けている。
一体、なんて言っているのかしら? そっと耳を研ぎ澄ますと……
「泥棒猫を火に焚べろ…… 泥棒猫を火に焚べろ……」
ゾワッ!
私の全身に鳥肌が立つ!
王女様は兄を使って、私を殺す気なのか! じゃあ……私が死ななければ、兄の洗脳は解けないってこと⁉︎
絶望感で目の前が一瞬、暗くなる。だが、ヴォレーク様に抱きかかえられているお陰で、なんとか倒れずに踏み止まれた。
私の心が負けたら、それこそ相手の思う壺だ。
「セレナちゃんを酷い目に合わせ、おじ様に罪を犯させ、兄を操り……まだヴォレーク様を苦しめる……そんな酷いこと、王女様だからって……許されていいはずがないわ」
「あぁ……アレの思うようにさせてたまるもんか。セレナから取り出した魔石は今、証拠品としてレイ達に王宮へ届けてもらっている。ミュード伯爵は亡くなったが、あの中に『魔石の記憶』は残っている。もう言い逃れはできない。今度こそ、迷宮刑送りにしてやるさ」
そう言ってヴォレーク様が、兄に向けて掌を翳すと、先程の水球よりも細かな霧状の水滴が投網のように周囲へと広がる。
「⁇⁇」
途端に兄が、キョロキョロと周囲を見回すような動きをし始めた。もしかして……目眩しの魔法?
「テレーズ殿にはもう少し、霧の中を彷徨っていてもらおうか。ターニャは廊下側で待機だ!」
「はっ!」
「その間に……すまないが、ライザ嬢!」
「はひっ⁉︎」
「兄君を救う為に……貴女の大切なモノを犠牲にさせてもらうよ」
「⁇」
ヴォレーク様はそう言って、魔法杖を兄とは反対の方向に向けて振ったのだった。




