50.氷の耳飾り。
過去回が終わりまして、内容は44.の続きから。
「あ……」
ふと我に返り、周囲を見回すと、燃え盛る炎が魔物のように、激しい唸りをあげて室内を蠢いていた。
ベッドの天蓋布は見る間に焼け落ち、この身は業火に包囲されている。火の回りがあまりにも早い。『火』属性持ちに多少の耐火性があったところで、これでは何の役にも立ちそうにない。
「あぁ……私は……今度こそ、死んでしまうの?」
人間は死の淵に立つと、頭がかえって冷静に働くと、どこかで聞いたことがある。今がきっと、そうなのだろうか。
「ライザ嬢ーーーーーー‼︎」
「‼︎」
その時、ヴォレーク様の叫びが、激しい燃焼音を突き破って私の耳に届く。
パッと顔を上げると、揺らめく炎の壁の向こう、こちらに両手を突き出す彼の姿が目に飛び込んできた。
パキィィィィーーーーンッ‼︎
それは、一瞬のできごと。
部屋中を焼き尽くそうとしていた赤黒い炎は、ヴォレーク様の氷魔法によって瞬時に消し去られていた。代わりに、室内の所々が見事に凍結している。
先程とはガラリと変わった光景を、ただ呆然と見つめていると……
「お義姉様!」
「ライザッ!」
「ライザ嬢!」
炭化し、煤さえも氷に閉じ込められたベッドに、三人が声を上げながら一斉に駆け寄ってきた。
セレナちゃん、兄テレーズ、そして……ヴォレーク様の美しいお顔を至近距離で認め、私の顔が不意に赤くなるのを感じる。
冷静な対応を頭の中でイメージしていたのに、いざ本人を目の前にすると、どうにもうまくいかない。
すると、彼に目が釘付けとなっていた私の頬を、兄が両手でガシッと挟む。
むぎゅーーっ!
「ライザァァァァーーーッ! 良かったぁぁぁぁーー‼︎」
「お……おひぃはま……ご、ごふぇんなふぁい……」
「どどど、どこか、ケガはしてないかぁぁぁーーーー⁇」
「い……いたひでふわ……」
「何ぃっ⁉︎ どこが痛いんだーーーー⁉︎⁉︎」
「……おひぃはま……はお、ふぶれへるはら……」
「あぁ! 可哀想に! 喋れないほどにつらいのかぁぁぁぁーー!」
「……」
心配をかけてしまったことを謝罪したかったが、頬を押し潰されているせいで、うまく話せない。
その上、大泣きしている兄が人の話をまるで聞かないのだが……この場合、どうすればいいのだろう。
スパーーーーンッ‼︎
「お義姉様からその手を離しなさい! このすっとこどっこいがぁぁぁっ!」
「ぎゃっ!」
突如、絶叫少女が兄の後頭部を室内履きでフルスイング! 彼女に引っ叩かれた拍子に、私の頬から兄の手がようやく離れた。
そしてそのまま、ベッドに突っ伏す兄の背中を踏み台にして、セレナちゃんが前のめりに私へご挨拶。
「お、お、お、お帰りなさいませ、お義姉様!」
「あ……ありがとう、セレナちゃん。お陰で助かったわ」
お礼を言うと、ボンッと彼女の顔が耳まで赤くなる。もじもじガール再来。
すると頭上が静かになったのを見計らい、下の土台……じゃなくって、兄が恐る恐る言葉を発する。
「と、ところでライザ……お、お前、耳飾りは一体どうしたんだ?」
「えっ⁉︎ え、あ……そ、それは……」
兄に言われてハッとした。
ヴォレーク様からの手紙にあった『金属・鉱石類の装飾不可』の文言。その約束を守ったことで、『耳飾りは外さないように!』との言いつけをすっかり忘れて、破ってしまった。
私が身につけている物の効果効能なんて全然知らなかったが、それらのお陰で今日まで護られ、魔力を暴走させずに生きてこられたのね。
『暴走』……その言葉を改めて認識した瞬間、急に現実感が大波のように押し寄せてくる。
感情の昂揚で魔力の制御が効かなかったんです……なんていうのは、ただの言い訳だ。これは過失以外のナニモノでもない。
ドクンッ!
心臓が大きく脈を打つ。不安と後悔で胸が押し潰されそうだ。なにせ、フレイブ伯爵家より家格が上、グラシース侯爵邸内で私は小火を出したのだ。失火の罪は、この国ではとても重い。警備隊に突き出されても仕方ない罪業。
俯く私を、三人が見つめている。それを視界の端に認めるが……怖くて、顔が上げられない。
それでも、喉の奥からなんとか謝罪の言葉を絞り出す。
「も……申し訳……ありません……」
バッ!
「すまない!」
すると突然、ヴォレーク様が私に向かって勢いよく頭を下げた。驚いた私は、彼とは反対に顔を上げる。
「全ては私のせいだ。ライザ嬢は何も悪くない! 妹の容態に焦り、貴女の魔力制御の件を完全に失念していた」
「……」
「……ライザ嬢?」
「あ……い、いえ……私が迂闊だったばかりに……このような……」
不謹慎な私は、彼からの謝罪の言葉より、別なことに気を取られてしまった。
ヴォレーク様……ご自分のことを『私』って……貴方の一人称が『俺』なのは、もう知っている。
やはり、私には心を見せてはくれないのですね。
「大丈夫か? 顔色が優れない」
「あ……いえ……」
優しい言葉を掛けられると、かえって気持ちが暗く沈んでいく。それはまだ、私の中に彼を諦められていない自分がいるということ。
ヴォレーク様のことが、本当にもうどうでもよければ、こんなにいちいち傷つかないのに……。
でも、レイ様とのご結婚を笑顔で祝福するって……そう決めたはずでしょ? それなのにこんな……こんな惨めな……何度、私は己に失望すれば気が済むのだろう。本当、嫌になる。負の感情の堂々巡りだ。暴走の覆轍は絶対に避けたいのに……。
ねぇ……この恋心は、どうやって殺せばいいの?
そんなことを鬱々と考えていると、セレナちゃんがいきなり挙手をした。
「はい! お義姉様! どうか発言をお許しください!」
「えっと……お許しもなにも、セレナちゃんの方が私よりも位が高いのだから、お気になさらず。どうぞ」
「ありがとうございます! では!」
そう言って、彼女は優美なお辞儀を披露して……そこからくるりと回り、流れるような動作で……ヴォレーク様の膝裏を蹴り飛ばした!
ゲシッ!
「うぉっ!」
「えーーっ⁉︎」
完全に油断していた彼は、妹ちゃんの攻撃でカクンッと垂直に落下し、地面に膝をつく。
「お前、いきなり何を⁉︎」
「お兄様のその態度がお義姉様を不安にさせてるのが、なぜわからないのよ⁉︎ ただ素直にありのままを……そして、最大級の誠意を見せなさーーい‼︎」
「‼︎」
セレナちゃんに謎の喝を入れられたヴォレーク様は、意を決したように、スクッと床から立ち上がった。
「セレナ……あぁ、そうだったな。ライザ嬢。俺から、どうか君に贈らせて欲しい」
「?」
そう言うとヴォレーク様は、左の掌を上向きにして、魔力を込め始めた。冷気が圧縮されていくのが、見ていてもわかる。
右手に握った魔法杖の先をそこに向けると、その杖を小さく振り動かした。
キィンッ……
甲高い音が鳴った途端、彼の掌から細かな星のような光が一斉に飛散し、その後を追うように妖精が二体、ひらりと飛び立つ。
「‼︎」
これは……セレナちゃんの中から見た、あの幻想魔法⁉︎
妖精達は魔力粒子の星屑を振り撒きながら、中空をひらひらと舞い……そして、二体は私の左右の両肩にそっと止まった。その直後、耳にヒヤリとした感触。
「冷たっ!」
次の瞬間、部屋はパッと元の光景に戻っていた。
「⁇⁇」
「はいどうぞ、お義姉様!」
「あ……ありがとう」
困惑する私に、セレナちゃんが可愛い手鏡を貸してくれた。鏡面を自分に向けると、両耳には見たことのない装飾品が付いている。
「これは……氷の結晶の……耳飾り? 素敵。もしや、私の魔力制御の為に? あら? でも、ヴォレーク様は私に贈り物をしないって……あっ!」
思わず口を滑らせてしまった。セレナちゃんの中から盗み聞きしていたのがバレてしまう……って、私の魂が彼女の中にいたことは、もう知られているのよね。何を、どこまでご存知なのだろう?
すると私の発言を受け、焦ったようにヴォレーク様が弁明する。
「お、贈り物をしないだなんて、とんでもない! た、確かにこれを見せるつもりはなかった。だってこんな……セレナに『子供騙しだ!』なんて言われているお遊戯会な魔法、貴女に披露できるわけない! 恥ずかしいじゃないか! だけど、貴女が望んでいると知ったから……」
真っ赤になって、そう言うヴォレーク様。砕けた物言いは、本来の彼の話し方だ。
年齢よりも少し幼い、まるで少年のような……そうだ。これが、私が今まで見たことのない……見たかった、彼の真の姿。
私の両目からは自然と、涙がポロポロ零れ落ちていた。
「えっ! ライザ嬢⁉︎」
「あ……す、すみません。これは、その……嬉しいんです。ヴォレーク様が私に『素』のお姿を見せてくれたこと……そして、こんな可愛い……初めての贈り物……」
さっきまでの暗い気持ちが、嘘のようにすっかり吹き飛んでいた。我ながら、なんて単純。
喜びのあまり、そっと耳たぶを触る……と、セレナちゃんが素っ頓狂な声を上げる!
「は、は、初めて? お兄様、魔石のお礼だといって、定期的に贈り物してたんじゃないの? ちょっとどういうこと⁇」
「うぐっ……お、お礼はちゃんとしていたさ。た、ただ……何を贈るのが正解かわからず……」
ヴォレーク様が気まずそうに、なにやらゴモゴモと口籠る。それを見たセレナちゃんがギロリと彼を睨みつけた。
「で? ちゃんと、はっきり言いなさいよ! お義姉様に一体何を贈っていたの? どうせ『宝飾品は俺には分からないんだぁーー!』とか言って、当たり障りのない消え物なんでしょうけど。お花? お菓子?」
「いや……その……花や菓子や本人が好きな物が、気兼ねなく買えたら嬉しいんじゃないかと思って……」
「……ま、まさか」
「『金貨が一番喜ぶ』って、聞いたからそれを……」
ヴォレーク様の言う通り、転送していた魔石のお礼として、私の手元にはその都度、金貨がどっさり送られてきた。あれ、贈り物のつもりだったのね。
「そんなん、誰に聞いたのよーー⁉︎ それ、贈り物じゃなくって、ただの支払いだろうがぁーーーー‼︎ ったく、女ゴコロが全くわかってないわね、このポンコツーーーー‼︎」
セレナちゃんの怒声が部屋中に響き渡り、そのビリビリとした振動で、壁に掛かっていた半コゲの額縁が、ガタッと傾いたのだった。
ちなみに、ヴォレークが贈り物アンケートを取った相手は、侯爵邸の使用人達です。




