49.【魔石の記憶】
ここまでが過去回となります。
「え……?」
セレスティーナ嬢の久方ぶりな反応。驚いたヴォレークの口から、小さく声が漏れた。
「セ、セレナ……お前、凍結してた表情筋が……よし、わかった!」
そう言うやいなや、素早く床に魔法陣を描き、その上に、握っていた魔石をそっと置いた。
ピカッ!
光と共に大きな水鏡が壁側に展開され、先程、彼の見ていたイメージがパッとそこへ映写される。魔石の記憶の再上映。
それをセレスティーナ嬢が瞬きを忘れたかのように、じぃーーっと見入る。そして、映像が途切れると同時に、兄君の方を振り向いた。
「ねぇ! ほかには?」
「え? あ、あぁ! ちょ、ちょっと待ってろよ」
慌てて彼は、木箱から魔石を取り出し、魔法陣の上のモノと置き換える。
ピカッ!
『学食、初めてだったけど美味しかったな。日替わりランチは神!』
『あら、雨だわ。新しく買ってもらった傘を差す絶好のチャ〜〜ンス!』
『さぁ、これが終われば帰れるわ! あと少し頑張れ、私!』
映像が次々と映し出される度に、セレスティーナ嬢の瞳に光が宿る。ライザ嬢にとって普通の日常が、屋敷の中だけで暮らす彼女にとっては眩しく、とても煌びやかに映るのかもしれない。
「がっこう、か……いいなぁ……たのしそう……」
「あぁ……んんっ、そうだな」
彼女の呟きに、言葉少なめに応じるヴォレーク。だが、彼の顔は静かな声とは違い、喜びでくしゃくしゃとなっていた。涙声なのを妹君に気づかれまいと、必死に平静を装っているからだろう。
そう、さっきまで人形のようだったセレスティーナ嬢の顔には、いつの間にか柔らかな笑みが浮かんでいたのだ。
大切な妹君の病が、彼の心に暗い影を落とした。手術の失敗を知らされ、絶望を味わった。そこへまた、明るい光が差したのだ。
ヴォレークの目にじわりと涙が浮かんでくる。それを手の甲でさっと拭うと、彼は優しい笑顔を妹君に向けた。
「ふふっ。あんまり一気に見ると、今後のお楽しみが少なくなってしまうぞ? 身体もまだまだ心配だし、今日はこの辺にしておこうか」
そう言って、今、上映していた魔石を指先で摘み上げた。それと同時に、水鏡の映像がふっと消え、室内の明るさが一段階下がる。
「えぇ〜〜? じゃあ、さいご! あとひとつみたい!」
「ははっ、しょうがないなぁ……」
可愛い妹君にせがまれて、ヴォレークは木箱の中をじっと見つめる。すると、一番大きな魔石が彼にアピールするかのように、キラリと光った。
セレスティーナ嬢もそれを見て、嬉しそうに声を上げる。
「あ! その、おおきいやつがいいな!」
「これか? これだけデカい結晶石を作ってる最中は、流石に他のことを考えている余裕はないかもしれないが……まぁ、いいか。試してみよう、よっ!」
彼自身もライザ嬢の魔石に興味深々なのだろう。掛け声を発しながら重たいそれを両手で取り出すと、魔法陣の上へ慎重に置いた。
ゴトッ……ピカッ!
次の瞬間、水鏡へ映し出されたのは……二人がよく知る人物だった。それを見た兄妹が、ピタリと動きを止める。
………………
「……なんで、俺?」
「え? おにいさま?」
水鏡いっぱいに投影されていたのは、ヴォレークが見下ろすような角度で、目線をこちらに向けている顔だった。
だが、二人の疑問にその映像が答えてくれるわけもなく、そのまま魔石の記憶が流れていく。
『はぁ……昨日はとても素敵な方をお見かけしたわ。この世のモノとは思えない、なんて麗しい……あの後、アイリスが色々と教えてくれたけど、全然、頭に入らなかったな……』
「っ‼︎」
溜息混じりな映像内の言葉を聞き、ヴォレークの顔がさぁっと青褪める。この美しい見た目のせいで、数多のご令嬢達によって散々、迷惑を掛けられてきたからだ。
過去のトラブルの記憶が、頭の中へと甦る。
このライザ嬢も他の令嬢と同じ、か……そんな考えがヴォレークの脳裏を過り、彼の内側が急速に冷えていく……かと、思われた。
『はぁ……眼福でしたわ〜〜! きっと神が地上に賜りし、至宝! 誠に勝手ながら、どうぞ推させて頂きたい! あぁ〜〜っ、尊みが過ぎます〜〜!』
「「……は?」」
ヴォレークもセレスティーナ嬢も、予想外な映像内容に、二人仲良くポカンとした顔となる。血の繋がった兄妹だから元々、顔立ちは似ているが、今の表情も瓜二つだ。
『ただそこに存在していて下さるだけで、こんなに元気を頂けるなんて……同じ学院いえ、同じ時代に生きられる私は、なんて幸せ者なのかしら〜〜』
「〜〜っ‼︎」
ゴトッ!
恥ずかしさで居た堪れなくなりそうな映像が、この後も流れ続けるであろうことを察した彼は、急いで魔法陣から魔石を動かすと、それを腕にガシッと抱きかかえた。
すると、すぐさまセレスティーナ嬢から抗議の声が上がる。
「あぁ! ちょっと! おにいさま! まだ、みてるのにーー!」
「こ、これは……セレナ、また今度にっ!」
焦って思わず、魔石を抱える腕にぐっと力が籠る。するとそこから直接、またヴォレークの中に魔石の記憶が一気に流れ込んだ。
『どうか……どうか……ヴォレーク様が、日々健やかにお過ごしくださることを……数多の幸せが降り注ぐことを……心よりお祈り致しますわ』
「え……?」
それはヴォレークにとって、初めての経験。ライザ嬢の無償の愛。
今まで向けられたことのない感情に触れ、彼は魔石を抱えたまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「……」
「おにいさま? どうしたの? どこか……いたいの?」
なにやら様子がおかしい兄君に向けて、セレスティーナ嬢が心配そうに声を掛ける。
「ん? なんで、そんなことを……」
「だって……おにいさま……ないてるじゃない」
「……え? 泣いてる? 俺が?」
セレスティーナ嬢に指摘された彼自身が、戸惑ったように疑問を返す。
だが、彼女の言う通り、ヴォレークの両目からは涙が溢れていた。静かにその頬を伝い、顎先から重力に従い落ちる雫が、腕の中の魔石を濡らしていく。
それをなんだか不思議な物でも見てるかのように眺め、ヴォレークがボソッと言葉を溢した。
「これは……なぜ?」
「なにか、つらいの? くるしいの?」
「いや……これはきっと……嬉しいんだよ」
「うれしい?」
「あぁ、そうだよ。何かを要求するでもなく……ただ純粋に、自分のことを案じてくれる人がいることに……」
思い返せば、侯爵家に産まれた瞬間から、貴族としての責務が発生する人生。両親である侯爵夫妻は優しいが、先代……彼の祖父母は、とても厳格な人達だった。
『侯爵家嫡男としての自覚はあるのか?』
『従姉のレイを少しは見習え!』
完璧であれ、そうでなければ価値が無い……そう教えられて育ってきた。
魔法の素質は申し分ない。だが、美しい外見に釣り合わない少年じみた彼の性格は、祖父母の神経を随分とひりつかせ、その度に優秀な従姉と比較されてきた。
そこで、考えたヴォレークは、レイの口調や作法を真似ることにしたのだ。そうしていつしか、表面を取り繕うことは完璧となっていた。
「やはり、ライザ嬢は……俺にとっての女神だ……」
そう言ってヴォレークは、愛おしそうに魔石を抱き締めたのだった。
◇◇◇◇
この頃のライザ嬢は、婚約者であるザッカリー・ミュード伯爵令息が消息不明となった時期である。
日中は、本人の知らないうちに、思考を鈍らせる効果を持つ制服を身につけさせられていた上、学院入学という環境の変化でとても忙しかった。他のことを考える余地がないほどに。
そうして色々なことで気が紛れていたからか、周囲から見れば、悩みとは無縁な明るいご令嬢に映っていただろう。周りに心配かけまいと、カラ元気な面もあったのかもしれない。
しかし夜、一人で部屋にいると、ザッカリーへの想いが自然と溢れ、涙が止まらない日もあった。人知れず悩み、彼女は苦しんでいた。
当然、陰と陽に大きく振れ幅のある、そんな精神状態のライザ嬢が作成した魔石の中には、仄暗い感情が渦巻くモノも多かった。
だが、テレーズがグラシース侯爵家へ送る魔石を選別する際に、それらを全て除外していた。その為、ライザ嬢の明るい記憶を抱えた『火』魔石だけが、ヴォレーク達の手元へと届き、それらが結果的に兄妹二人の心を救っていた。
そして、ライザ嬢もまた、ヴォレークとの出逢いで、少しずつ心に光を取り戻していったのだった。
ヴォレークはライザ嬢の推し!
次話、主人公のピンチ場面からの再開です。




