48.【氷の少女】
引き続き過去回です。
コンコンッ!
「入るぞ!」
そう扉外から声を掛け、返事を待たずに妹君の部屋へと勝手に入るヴォレーク。そんな彼の背後には、先程の木箱がふよふよと空中に浮いていた。飼い主の後ろを従順に従う犬のように、ヴォレークにくっついている。
この部屋の幼い主人は、上半身をベッドから起こし、窓の外をぼんやりと眺めていた。
「セレナ……」
手術後、ようやくセレスティーナ嬢が目を覚ましたのは、ライザ嬢とヴォレークが視線を交わした、あの日だった。
それから五日が経過。食事も粥食から普通食へと変更になっており、身体の方は比較的安定しているようだ。
名前を呼ばれた彼女は、兄君の方にゆっくりと顔を向けた。浮世離れした美しさを持つ少女。間近から見ても、精巧な人形と見紛うばかりなのは、その容姿のせいだけじゃなく、彼女から他の人間のような生気をまるで感じないからだろう。
ゴトッ!
ヴォレークは、サイドテーブル上に木箱を下ろすと、それを操っていた魔法杖をさっと懐にしまった。
そして、ソワソワと木箱の蓋に手を掛ける。だが、届いた品物を早く妹君に見せたいと気が急いたのか、誤って蓋を床に落としてしまった。
ガタンッ!
「あぁ、悪い」
「……」
大きな音が部屋に響いても、セレスティーナ嬢はぴくりとも動かない。
ガゴッ!
「セレナ! もう大丈夫だ! ほら、見てみろ!」
「……」
木箱を傾け、ギチギチに詰められた『火』の魔石を見せつけても、妹君の反応は素っ気ない。
魔臓症を発症してから、セレスティーナ嬢は感情を動かすことを医師から禁止されていた。気持ちの昂りで魔臓が活発化すると、全身の栄養を魔力生成に取られ、身体に大きく障るからだ。
自らの情動で己の命を削らぬよう、無感情に生きることを強いられた、賢くも、まだたった五歳の少女。
そんな彼女も『手術後はまた人並みの生活が送れるようになる』と、聞かされていたからか、けして表に出さずとも、明るい希望を胸に抱き、泣き叫びそうな心を隠して手術を受けた。
だが、当初の説明とは異なり、目覚めた彼女の身体には別な魔石が埋め込まれていた。信頼していた医師に裏切られたのだ。
しかし、不幸中の幸いか、これがミュード伯爵の策略だったかは不明だが、空の魔石に逆属性である『火』の魔力を補充することで、結果的に身体状態のコントロールが可能となった。
「定期的な魔力供給は今後も必要だが、よほど激しくなければ、以前のように感情を素直に出して生活していい」
診察した現主治医のラグナット侯爵から、セレスティーナ嬢に許可が下りた。
それを聞いた瞬間、彼女は嬉しさのあまりベッドから飛び跳ね……るようなことはしなかった。無反応。
普通の暮らし……当たり前の生活……簡単なように聞こえるが、死の恐怖と隣り合わせだった少女が、すぐにそれらを取り戻すことはけして容易ではない。
それどころか、喜びを表現することも、泣くことすらなく、ただ今まで通り、変わることのない安静で最低限な日常を続けていた。
それでも焦らず、少しずつでいいから、元のような天真爛漫さを取り戻して欲しい。それが屋敷中、皆の願いであった。
「まぁ、そんなすぐには無理だよな」
ボソッとそう呟き、ヴォレークが悲しげにふっと微笑んだ。
どんなに妹の力になってやりたくても、外部からの魔力が、病に侵された身体にどんな影響を及ぼすかわからない以上、彼にできることはとても少なかった。いくら魔法の天才でも、大切な妹一人救えない。ただただ、無力。
それでも、何かできることはないかと、常に考える。彼の生活の中心は、いつもセレスティーナ嬢だった。
「よっ、と……」
傾けた木箱を水平に戻した拍子に、箱の中から小さな魔石が一つ飛び出し、コロコロと床に転がった。
小粒で形はやや歪だが、キラキラと強い輝きを放つ赤い結晶石。今、セレスティーナ嬢に供給している『火』魔石よりも透明度が高いのか、窓から入る光が反射し、真紅の輝きを周囲に広げた。
それを見て、ヴォレークが怪訝そうな表情を浮かべる。
妹君の身体に供給用として急遽使用することになった『火』魔石は、屋敷内にあった最高等級の代物。一般流通している大量生産型の加工石ではなく、魔物から産出される天然結晶石から選別された逸品。もちろん検品済みだ。
だがそれよりも、今、床に転がっている小さな結晶石の方が、魔力の量も質も格段上に見える。
「フレイブ伯爵家の二人を疑う訳じゃないが……」
そう言って彼は、転がり出た一石をそっと指先で摘み上げた。
信じていた人間に裏切られたばかりでは、疑り深くなるのは自然な流れ。結晶石の作成中、無意識的に考えていたことが呪詛として石に込められた事案もゼロではない。
悪意あるモノはこちらに寄越さないはずだと信じたいが……念の為に魔石の鑑定を試みようと、ヴォレークは掌に赤い小石を握り締めた。
そっと目を瞑ると、手から伝わる思念が脳内へと流れ込む。
「こ、これは……」
それは、何気ないライザ嬢の日常だった。
『あぁ、これ作るとすっごくお腹空くのよね。帰ったらお菓子食べたいわ!』
『アイリスに今週末おでかけ誘われたけど、何着て行こうかしら?』
『先生のブローチ素敵だわ! あんな形に魔石が作れたら、きっと楽しいだろうな』
「……」
結晶石から次々と流れてくるライザ嬢の明るい感情。相当な集中力を必要とする結晶石作りの最中に、よくもまあここまで思考が脱線するとは……それだけでも希少なことだが、彼女は魔力制御されている身。その状況下で成せるほど、人工結晶石の作成は簡単な作業ではない。
「はははっ! 本当に予想外な子だなぁ……」
「……おにいさま?」
堪らずに笑い出したヴォレークへ、セレスティーナ嬢が抑揚のない声を掛ける。だが、彼の様子に珍しく興味を示したようだ。
まぁ突然、兄君が壁の方を向いて一人で笑い出したら、そりゃあ気にもなるだろう。
「あぁ、悪い悪い。実はな、この魔石を作ってくれたのは、なんとこの春、中等部に入学したばかりの女の子なんだ。お前よりも少しお姉さんだな」
「……うん」
「でも、ちょっとだけ注意散漫なのか、作成時の感情が色々と流れてくるんだよ。お菓子、リボン、ぬいぐるみ、果実、肉、魚、パン……ん? 可愛いモノと食べ物の話が多いな。きっと、どちらも好きなんだろう」
「……わたしも……ちょっと……それ、みてみたいな」
そう言って、微かだが、セレスティーナ嬢が微笑むように目を細めた。




