46.【生徒会室での密約】
引き続き、過去回です。
翌日ーー
高等部の生徒会室には、四人の生徒が集まっていた。ヴォレークの反対側のソファに座っているのは、教諭経由で呼び出しを掛けた相手、中等部三年のテレーズ・フレイブ伯爵令息だ。
近くの席から、テルディウスとレイが二人を静かに見守る。脇に控えてはいるが、基本のやり取りはヴォレークに一任し、必要ならばフォローに回ろうというつもりなのだろう。
それでも、構図としては三対一。高等部の三人からは、高位貴族特有の目に見えない圧を感じる。平民や低位貴族だったら間違いなく震え上がるほどだ。
しかしテレーズは、こんな状況下でも顔色ひとつ変えず、綺麗な姿勢を崩してはいない。フレイブ伯爵家の教育が行き届いているのか、この男が貴族家嫡男としての責務を正しく理解しているからか……どちらにしても、年下だからといって容易く懐柔できる相手ではなさそうだ。
「「……」」
向かい合い座る二人が互いにじっと見つめ合い、暫しの静寂が部屋を支配する。だが、序列の関係性から、上位のヴォレークが口火を切らなければ何も始まらない。
そう、これは交渉。結果如何に、セレスティーナ嬢の命が掛かっているのだ。
「テレーズ殿……」
「はい」
初対面の相手に、一体どう話を切り出すのか……と思いきや、ヴォレークはいきなり立ち上がった。
ガタンッ! ガバッ!
「頼む! 俺の妹を助けてくれーーーーっ‼︎」
貴族学院始まって以来の天才、氷の貴公子グラシース侯爵令息。そんな彼が勢いよくテーブルに手を着き、天板スレスレに額がくっつきそうなほど、深く頭を下げたのだ。
「なっ⁉︎」
どんな理不尽な要求を突きつけられるか、そう身構えていたテレーズの想像斜め上なヴォレークの行動。驚きのあまり、思わず彼が声を上げた。張り詰めていた警戒心も、ふい打ちとばかりに砕かれる。
ヴォレーク自身、別に奇をてらったわけではない。相手を視て、自分に有利な条件を引き出すではなく、『ただ、誠実であれ』と……そう判断しただけだ。
そして、グラシース侯爵家が抱える事情を、バカ正直にヴォレークがテレーズに話し始めたのだった。
◇◇◇◇
「……と、いうわけなんだ」
「なるほど。わかりました。お受けしましょう」
「無理を承知でどうか……って、え?」
「「は?」」
自分が大筋を語り終えた後に、さらりと発せられたテレーズの言葉。それを聞き、ヴォレークは下げていた頭をガバッと上げる。
拍子抜けするほどあっさりとした返答に、側で聞いていたテルディウスとレイも唖然としている。
「い、いいのか?」
「いいもなにも……公爵家と侯爵家、我が家より高位な家々を敵に回すほど、私も愚かではありません。それに……もし仮に妹君の噂が広がれば、発生源は間違いなく私だと疑われる。生徒会室に呼ばれ、話を聞かされた時点で、こちらに協力以外の選択肢はないんですよ」
「「「……」」」
テレーズのド正論に、皆、揃って沈黙する。ヴォレークとテレーズ、どうやら二人とも、自分の方が相手より立場が弱いと考えていたようだ。
「た、確かに……それもその通りだな」
「それに、私にも妹がおります。ヴォレーク殿の気持ちは、痛い程わかりますからね」
「テレーズ殿……」
「でも一つ、不思議なんですが……なぜ、よく知りもしない私に、そんな大切なことを話して下さったのですか?」
曇りなき赤い瞳で、テレーズがじっとヴォレークを見つめると、彼もまた、逸らすことなく見つめ返す。
「貴方が信頼に足る男だと……一目視てわかったからですよ」
「?」
ヴォレークは嘘は言っていない。本当に彼には視えたのだ。テレーズの背後に、首輪をつけた巨大な火蜥蜴…… 輝かしい光に満ちた赤い炎の魔力オーラを。
どうやら彼も妹のライザ嬢と同じく、魔力制御アイテムを身につけているようだ。
余談だが、テルディウスの背後にいる屈強な体躯のマンドラゴラが、レイのクラーケンに思い切りうねうねと絡まれている……が、何も視なかったことにして、ヴォレークは真正面の彼に視線を戻す。
テレーズはイマイチ納得していないように眉を顰めたが、すぐにそれを消し去り、いつもの無表情へと変わる。
そして、深々と一礼してから、静かに口を開いた。
「何も、立場上不可避だからとか、同情でお受けするわけではありません。此度のお話は、こちらとしても都合が良いんです」
「どういうことだ?」
「私の愛する妹は、可愛いだけじゃなく、とてつもなく優秀なんです! そりゃもう本当に素晴らしいんです! しかし、魔力量が桁違いでして……暴走を防ぐ為に、制御アイテムを身に付けさせ、本来の力を押さえつけております。そして、身体に魔力が溜まりすぎないよう、定期的に放出させなければなりません」
「あぁ……なるほどね」
ヴォレークの脳裏には、昨日視たライザ嬢の美しきワルキューレがくっきりと焼き付いていた。
「子供の頃は皆、魔力コントロールがどうしても不安定です。『水』なら相手の服を濡らしたり、『風』なら帽子を飛ばしたり、『土』なら真下に落とし穴を作ってしまったりとか……だが『火』は……確実に、相手に怪我を負わせる。意図せずも、もし誰かを傷つけてしまえば、優しい妹は必ず心を痛めてしまう」
ぐっと眉間に皺を寄せ、項垂れるテレーズ。揺れる赤い髪の隙間から、耳たぶの耳飾りがきらりと光った。魔力制御アイテムだ。もしかしたら、さりげなく妹とお揃いにしているのかもしれない。
「学院長と事前に相談してあるんですが、ライザには課題と称した結晶石作りを今後居残りでさせる予定です。そして、この件を内密にするのと引き換えに、作成した魔石は学院への寄付にするって。その一部くらいをヴォレーク殿の妹君へ送ることは、なんら問題ないです。その代わりと言ってはなんですが、こちらからもお願いが……」
「お願い?」
「えぇ。どうか、ヴォレーク殿の腕を見込んで……強力な魔力制御や防護のアイテムを、何点か作成して頂きたいのです。妹が日常的に身につける……可愛い髪留めとかがいいですね。いきなり贈ると怪しまれるので、侍女に渡して、毎日必ず身に付けさせるように……」
「テレーズ殿が直接渡さないのか?」
ヴォレークの問いかけで、彼の顔に悲壮感が漂う。
「私は……妹にものすごく嫌われているんです。今回も、ひどく落ち込んでいたので、なんとか励まそうと色々、声を掛けたのですが……どうにもまた失敗しまして……」
「わかるぞ、テレーズ殿! その気持ち! 俺も散々やらかして、セレナに叱られている!」
「ヴォレーク殿……」
見つめ合い、ガシッと硬く握手を交わす二人。どうやら可愛い妹を持つ兄同士、完全に意気投合したらしい。
その様子を見て、テルディウスが安堵したように笑った。
「ははっ。とりあえず、セレナ嬢の件はこれでどうにかなりそうだな。良かったな、レイ!」
「えぇ……そ、そ、そうね、テディ……」
爽やかな笑顔の彼から急に名を呼ばれ、レイは顔を真っ赤に染めたのだった。




