44.発火。
私が……爆発物……⁇
兄の言っている言葉の意味がわからない。それとも、今のは聞き間違いだろうか……なんて、そんな私の疑念は、次の瞬間、吹き飛んだ。
ガタンッ!
「おい、こら。今なんつったーー⁉︎ お義姉様になんて失礼な! しかも、質問の答えに全然なってない! 眠り過ぎで頭が寝ぼけていらっしゃるなら、私の全力水魔法を叩き込んで、覚醒をお手伝いしてやりますわーー!」
「ぐえっ!」
「お、落ち着け、セレナ! テレーズ殿を締めるな!」
私の不名誉な呼び方に激昂したセレナちゃんが、兄に向かって飛び掛かった。ソファからテーブル上へと乗り移り、その小さな両手で兄の胸ぐらを掴んで揺すっている。
半狂乱な少女に、ブンブンと前後に振られながらも、兄は苦しげな声で話を続ける。
「ぐっ……し、失礼。言い方が悪かったかもしれないが、わかりやすく言うとそうなるんですよ! ライザの魔力はケタ違いだ!」
………………
またしても、何の冗談? 私にそんな魔力はないし、他の人達のように上手くコントロールが出来ないから、学院の成績は中の中。お兄様、私の成績表の中身、ご存知ないでしょ? 妹を贔屓目に見過ぎよ。
だが、私の頭をさらに混乱させる話が、彼の口から次々と飛び出す。
「出来損ないで狙う価値もない存在……そう周囲を欺く為には、まず本人が目立たぬよう生活してくれないと困る。ライザ達には悪いが、婚約解消で社交界と縁遠くなった点は好都合だった。学院内で流れる噂くらいが、せいぜい妹の得られる情報だったからな。下手な人間とも交流させられないから、友人やクラスメイトはこちらで選別した。学院でライザがヴォレーク殿を支持するとは想定外だったが……」
「そして、『火』属性が『ハズレ』というのは、あながち間違いではない。古くは、『忌み子』と呼ばれたこともあったそうだ。母親が『火』属性なら問題ないが、他属性だと母体を危険に晒す。出産時に『火』の胎児が産道を焼くからだ。そうなれば、次の子は望みにくいし、回復が悪ければ母親は熱傷が元で死ぬ。現在は医療の進歩で問題ないようだが……そうして『火』属性の血統者は極端に減っていった」
「なるほどな。『火』属性の家に嫁ぐとなれば、決死の覚悟を持たねばならない。まともな親ならば、婚姻を結ぶ貴族家としては外したい、か」
ヴォレーク様が納得したように頷く。
「ねぇ、テレーズ様。魔石を通して色々と拝見しておりましたけど、お義姉様の魔力、実際どれほど凄いんですの?」
「ライザの制服や身につける物に、思考を鈍らせる効果や魔力を封じる魔法を組み込んでおいて、あのレベルだ。魔力を込めて作る加工石では器の空石を割る程だし、結晶石はバカでっかいのを生み出す。規格外な魔力をごまかす為、『お前はコントロール能力が足りない』と度々叱責してきた」
「ずいぶんとまぁ、理不尽な話ね」
「それでも、妹が居残り課題で作成した魔石だけで、貴族学院内で使用する『火』魔石を全部賄っていた。その気になれば、ライザ一人で領地を潤すだけの魔石を作れるし、迷宮の一つ二つ軽く吹っ飛ばすくらいの火力はある。ただ、行方不明になったことを知られては大騒ぎになるので、学院にはすぐに欠席届を提出しておいた。そしたら即座に臨時休校が決定したから、なんというか……」
「学院はフレイブ伯爵家に……いや、ライザ嬢に依存しすぎだな。対応に問題しかない。今後、調査に入るよう伝えておこう」
「それについては、こちらとしても利があったんだ。魔石作りでライザの魔力がすっからかんになれば、暴発のリスクが低下する。まぁ、回復すればある程度戻ってしまうがな。学院長とごく一部の教員しか知らない話だ」
「それにしたって、お義姉様の身につけてた物、ほぼほぼ呪いのアイテムじゃない! あぁ、お可哀想に……」
「全てはライザの為だ。元婚約者のザッカリーが甘やかす分、俺はどんどん厳しくなっていった。これでも、俺なりに大切な妹を護ろうと……でもそれが、かえってライザを傷つけてしまった。過保護な上に優しくできない。間違った知識を植え付け支配するような形を取ってしまったんだからな。そうやって、本人の認識を歪めた。妹の自己肯定感の低さは……俺のせいだ」
「あら、自覚はあったんですね」
………………
理解が……まるで、追いつかない。
私の持つ常識は……非常識……なの? 私が見てきた世界は……用意された物だったの? どれが正しくて、どれが嘘なのか……私自身じゃ判断がつけられない。
今まで生きてきた18年分の土台が……ライザ・フレイブを構成してきた世界が……ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚に陥った。
絶望感にも似た感情がぐるぐると体内で渦を巻く。漆黒の大蛇のようなそれが、私の心臓までをもぎりぎりと締め上げ、悲鳴を上げられない臓器は、耐えきれずに大きく拍動した。
ドクンッ!
身体が……なんだか熱い。これは……何?
「はぁ〜〜まったく、お義姉様が起きたらちゃんと謝れよ、このクソ野郎……じゃなくって、その命を賭して奴隷のように一生かけて償えよ、ダメ兄貴」
「ははぁ!」
「セレナ、言葉遣いがちょっと物騒すぎる。言い換えてみてもあまり変わっていないぞ。苛立つのもわかるが、そこはもう少し抑え気味に……」
「ちっ!」
熱い……。
「というか、拝見って……ヴォレーク様、まさかうちの可愛い妹のプライベートを覗き見したんですか⁉︎」
「ゔっ! 急に矛先がこちらに……」
熱い……熱い……。
「へぇ〜〜、ヴォレーク殿はいいご趣味をお持ちなこったぁ〜〜」
「テレーズ殿、誤解だ! そ、そんなつもりは……ただ、セレナに流す逆属性魔力に異物が流れ込んだら困るから、チェックしていたんだ。そしたら……」
熱い、熱い、熱い、熱い、熱いっ‼︎‼︎
ドンッ!
突如、爆発音と共に、ベッドシーツが燃え出した。瞬く間に、燃えやすい白の布地が炎を纏い、急速に全面へと広がる。
「これは……魔力の……暴走?」
「ライザ⁉︎」
「ライザ嬢!」
「お義姉様ーーーー‼︎」
赤く揺らめく炎の向こう側から、三人の声が聞こえたような気がした。だが、パチパチと燃え盛る音にそれは掻き消されたのだった。




