43.お説教会。
大音量な怒声に驚き、眼球だけをサッと声がした方向へと動かす。もちろん、声の主は言わずもがな、セレナちゃん。
この豪華な室内には、扉側に近い位置にテーブルとソファの応接セットが置かれているのだが……彼女はそのソファ座面上に堂々と立っていた。
小さな両の拳を硬く握り、怒りで身体をわなわなと震わせている。床には、脱ぎ散らかしたのか、可愛い室内履きが真裏にひっくり返っていた。
マナー講師が見たら泡を吹いて卒倒するレベルの行動……だが、残念なことに彼女を諌められる者がこの場にいない。
セレナちゃんはお説教相手の方を向いているので、私が目覚めたことにはまだ気づいていないようだ。
というか、それどころではない雰囲気だが……生憎、この張り詰めた空気を壊せるほどの勇気を、目覚めたばかりのこの身体は持ち合わせていない。
もう少し様子を伺おうと、私はそっと息を潜めた。
それにしても、彼女の向かい席……ヴォレーク様が座っているのは、まだわかるとしても……なぜ、そこに貴方がいるのですか、お兄様⁉︎
今、セレナちゃんから現在進行形で叱られているのは、ヴォレーク様と我が兄テレーズだ。ソファ上に二人、仲良く並んで正座させられている。こちらはきちんと履き物を揃えて脱いでいるのね……って、そんなことはどうでもいいわ。
二十歳超えの令息達が十歳の侯爵令嬢に叱られ、シュンとなっている。なかなかシュールな光景だ。
まったくお兄様ったら……セレナちゃんからわざわざ呼び出されてお説教くらうなんて、一体どんな失礼なことをやらかし……ん? あれ? もしかして……アグウィが襲撃してきたあの日から、ずっとグラシース侯爵邸内で寝続けていた、なんてことは……いやいや、そんな……まさか⁇ 己より爵位が上な御方のお屋敷でぶっ通し寝てるなんて、そんな最上級に無礼なこと、いつものお兄様なら絶対に有り得ない!
………………
あぁ、そうか。ヴォレーク様に魔法で眠らされたが、うっかり存在を忘れられ、そのまま放置されたのだ!
あの時はバタバタと忙しかったものね。だが、まさか兄妹揃って寝台をお借りすることになろうとは……。
………………
いやいや、だからといって、なぜ私が寝かされていたこの部屋で、お説教会が絶賛開催中になるのだろう? 他にも空いてるお部屋は沢山あるでしょうに……とっても気まずいったらありゃしない!
もう一度、薄目でこっそり盗み見ようかと思ったら、ヴォレーク様が怒れるセレナちゃんに向け、言葉を発した。
「お、落ち着け、セレナ。お前の怒りはもっともだ。だが、さっき手術が終わって目を覚ましたばかりじゃないか。いくら無事に成功したからって、そんなに興奮したら……」
「あぁん? 一体、誰のせいよーー⁉︎」
うん。とりあえずセレナちゃんは、ドスのきいた声がしっかり出せるほど元気なようだ。でも、手術後って普通は安静なんじゃ……話をするくらいならと、レイ様から許可が下りたのかしら?
「誰のせいって……間違いなく、俺だよな……でも、なにもわざわざ今日に説教かまさなくっても……」
「『ストレスを溜めるのは健康に良くない』ってレイが言ってたんだからね!」
「……ストレスの元凶が、俺か」
「そして、そのストレスを帳消しにするどころか、私を全回復してくれる最愛の癒しは……お義姉様よ〜〜〜〜! きゃ〜〜〜〜‼︎」」
「こら! 頼むから、もう少し安静にしてろって!」
そう言って、ソファ上でぴょんぴょん飛び跳ねる妹を慌ててヴォレーク様が制止する、が、彼女は兄の言うことを聞かない。
なるほど。私が起きたら、すぐに身体状況の確認ができるよう、この部屋に待機していたのか。
でも、私に好意的なセレナちゃんと、身内の兄はともかく……ヴォレーク様、私のことを少しは気にかけてくれたのだろうか?
いや……単にセレナちゃんとを繋ぐ術式の完了を見届けたかっただけだろう。ヴォレーク様、仕事は完璧に遂行するタイプなのでしょうから……なんて……私は彼のこと何も知らないけどね。
自虐的な言葉が、意図せずに内から生まれ出てくる。
もう、勝手に期待するのはやめたい。なのに、心が都合の良い妄想を頭の中に作り上げてしまう。現実を知って、何度打ちのめされたら気が済むのか……言いようのない感情で胸がぐっと締め付けられた。
私の暗く沈んだ心とは反対に、明るく輝くような彼女の声が室内に響き渡る。
「私のお義姉様は、すぐに復活なさるはず! 無事にお身体へ戻られるようご案内し、しかとこの目で見届けたんですもの!」
ごめんなさい。もう起きてます。
それにしても、あのゴンドラは速すぎて死ぬかと思ったわ。でも、本当にありがとう。セレナちゃんこそ、私の恩人よ。
だけど私、貴女にこれだけ好かれるようなことに思い当たる節がまるでないの。なんだか、申し訳ないわ。
そんなことを考えていると、ヴォレーク様が彼女の言葉に追随した。
「あぁ、それなら俺も確認した。魂に付けた光の指標はセレナから移動し、ライザ嬢の身体へと還っている。彼女は、じきに目を覚ますはずだ」
ありがとうございます。おかげさまで、すでに目覚めております。
すると、彼の説明を受けて、兄が今まで聞いたことのない声を上げた。
「ラ……ライザァァァァ〜〜‼︎ よがっだぁぁぁぁ〜〜〜〜‼︎」
えっ⁉︎ 私、こんな兄を知らない……いや、知らなかった。あの日、応接室での会話を聞くまでは……。本当に、私のことを心配してくれていたのね。
兄の想いを受け、目頭が急に熱くなる。
ここからまた、少しずつでもお兄様と関係を築いていきたい。誤解していたこと、きちんとお話をしていきたい。
隣のヴォレーク様から、泣き顔の兄へとハンカチがすっと差し出される。それを受け取って涙を拭う彼を、セレナちゃんが向かい側から冷たい目で見下ろす。
「ねぇ、テレーズ様。お義姉様がご自身のこと『ハズレ』令嬢だとかおっしゃってたんですが、何か心当たりはございませんか? なんでそんなおかしなこと思い込むなんて……どっかの愚かな誰かさんが、幼少期から刷り込んだとしか思えないんですけど……」
「ゔっ!」
セレナちゃんの指摘で彼の涙がピタッと止まり、代わりに大量の汗が全身からブワッと吹き出した。
それは自白してるのと同義の反応だ。兄テレーズは嘘が下手なのか。何事にも動じない、いつもの姿はどこにいったのやら。
しばしの沈黙後、ようやく兄がぼそりと口を開いた。
「ライザは……歩く爆発物だ」




