42.傷。
すっ……
自然と瞼が上がり、室内へと差し込む光が私の目に突き刺さる。眩しさで思わず顔を顰めた。暗闇にどっぷり浸かっていた私には、直射日光でないこの光すら刺激が強過ぎるみたいね。
光……あぁ、そうか私……自分の身体に戻ってこられたのね!
「っ!」
喜びが内から湧き上がり、全身がぐっと熱くなる。不安から解き放たれた反動か、両目から涙が溢れ、静かに頬を濡らしていった。
本当なら両手をバンザイし、声高に狂喜乱舞したかったが……泥濘にはまったように手足の自由は効かないし、全身の脱力感が酷くて声を出すのも億劫な状態だ。
これは……もしかして、魔力流動の副作用なのだろうか? セレナちゃんが身体の自由を取り戻していった過程のように、魂と身体がまだ乖離しているとか……それとも、急流ゴンドラから振り落とされないよう全力で船の縁にしがみついていたアレの後遺症⁇
………………
ま、考えても仕方ないことは、ひとまず置いておくとして……私が刺されたあの日から、何日間この身体は眠っていたのだろう?
身体とは違い、思考は徐々に冴えてきた。目も慣れてきたのか、潤んだ視界に見知らぬ天井が映る。細やかな装飾がなんとも美しい。どうやら私の身体はベッドに寝かされているようだ。すべすべ滑らかで触り心地のいい寝具、流石はグラシース侯爵家ね。
そのままゆっくりと重たい首を左右に振り、周囲を見回す。転移してきたあの薄暗い部屋ではなさそうだから、誰かがここまで移動してくれたのだろう。
『誰か』なんて……一人しか思いつかない。
見上げていた視線を真っ直ぐに下ろしていくと、自分の二つの丸い胸が目に入る。あの時、ヴォレーク様に刺された杖はもうどこにも見当たらない。セレナちゃんが連結杖って言ってたっけ。無事にこの胸から引き抜いてくださったんだわ。
私はじいっと、自分の左胸のある一点を凝視する。特に違和感も無いし痛みも感じない。だけど、この皮膚に残されたものが、今まで私の身に起きたことが全て現実なのだと物語っていた。
特殊な杖の形状によるのか、青いハートマークのような傷痕が、白い肌の上でくっきりと浮き上がっている。
そっか、私……文字通りな『傷モノ令嬢』になったんだ。でも『責任取ってください!』なぁんて、ヴォレーク様に言うつもりは全くない。むしろ『ハズレ』な私の魔力でセレナちゃんを助けられたことを、今は誇りに思っている。
もし他の強気なご令嬢だったら、ここぞとばかりに脅迫まがいな婚姻をヴォレーク様に迫るかもしれないが……そんな風にして掴んだ妻の座なんて……果たして幸せなのだろうか?
私も、王命による彼との婚約を能天気に喜んでいたけれど……ヴォレーク様が抱えていた事情を知ってしまった以上、彼には心から愛するお相手と結ばれ、幸せになって欲しい。
まぁ、レイ様が結婚式の準備に取り掛かっているようだから、私との婚約解消の用意もヴォレーク様の中では同時に進んでいることだろう。
私が目覚めた今、切り出すにはベストなタイミングね。
大切な妹君のことで悩み、苦しみ、葛藤し、様々なことを諦めざるを得なかった彼と、何も知らずにのうのうと暮らしていた愚かな私。
三ヶ月という短い間だったけれど、内密とはいえ憧れていたヴォレーク様の婚約者という、素敵な夢を見られたんだから……良き思い出として、心に刻もう。
どうか数多の幸せが、ヴォレーク様に降り注ぎますように……。
両手を胸の前で祈る形に握ろうと、鉛のように重たい腕に意識を向けた。
ガタンッ!
「いい加減にしなさーーーーーーーーいっ‼︎」
「⁉︎」
その時、ものすごく聞き覚えのある怒声が、部屋の中に響き渡ったのだった。




