41.ゴンドラ。
ようやく主人公が戻ってきました。
「……ぇ……さま……おねぇさま……」
小鳥の囀りのような可愛らしい声が、どこかから耳の奥へと響いてくる。
侍女のユノじゃないわね。彼女よりももっと幼くて、聞き覚えのある……遠くのような近くのような……もしかして……私、また寝坊したのかしら?
ゔっ、まずいわね。朝になって、いつまで経っても食堂に起きてこないから、誰かがベッドサイドまでわさわざ呼びに来てくれたの? お兄様にバレるとまた朝食タイムにチクチクお小言を言われてしまう。さっさと起きなきゃ……って、あら? 私……昨日、何時頃ベッドに入ったんだっけ⁇ う〜〜ん⁇⁇
軽く身じろぎし、重たい瞼をそっと開けると……ぼやけた視界一面に広がるのは、自分の部屋ではなく、目も眩むようなお花畑。
………………
………………
「へ?」
驚きのあまり、間抜けな声が漏れ出てしまった。
「えっと、ここは……」
自分が今どこにいるかもわからずに、ただパチパチと反射的にまばたきを繰り返す。その度に目の周りに小さな星が瞬いた。
それにしても、光り輝く空間に色とりどりな花達……なんて美しい光景なのだろう。この世のものとは思えない。
えっと、それってつまり……ここ……天国⁉︎
そう思った途端に、輝いて見えた世界が一瞬にして暗く陰る。眩暈を覚えて、身体がぐらりと傾きバランスを崩した。
「きゃっ!」
倒れまいと、咄嗟に手を着いた瞬間、掌が何かをぐにゃりと潰し、大きな破裂音が辺りに鳴り響いた。
パァァァァァァーーーーンッ!
「⁉︎」
その音と振動に自分で驚き、ひん剥いた目玉をキョロキョロと上下左右に動かす。
一瞬、何が起こったかよくわからなかった。どうも私が何かを潰し割ったらしく、その衝撃で周囲に細かな水滴が散らばったらしい。
え……これ、スライムとかだったらどうしよう。嫌だな。ベトベトしそう……と思ったが、どうやらただの水のようだ、助かった。
キラキラと散った細かな水玉は飛び出した初速の勢いを失うと、重力を無視して、そのまま空中をふよふよと漂い始めた。
現実離れしたその景色をぼんやり見つめていると、浮かぶ水玉達の表面に誰かの影が一斉にパッと映る。
「⁉︎」
視線を遠くに向け焦点を結ぶと、そこには真っ白な衣を纏った少女が、麗しい花畑の中に一人立っていた。
て……天使?
「お、お、お、お義姉様〜〜〜〜!」
………………
「えっ⁉︎ セ、セレスティーナ嬢⁉︎」
びっくりしたぁぁぁぁぁぁーーーー‼︎
花畑へと舞い降りた天使が、死者となった私をお迎えに来たのかと思ったわ。
そのくらい、シンプルな白いドレスを着た彼女が、人外レベルの美しさを放っているんだから、まぁ仕方ないか。セレスティーナ嬢と認識した後ですら、なんだか輝いて見える。
あぁ……そうだ。思い出したわ。ここは彼女の中で、今の私は魂だか精神体だかの状態なんだった。少し休もうと思い目を閉じて、そのままどれくらいの時間が経過していたのだろう?
ん? でも、なんで私は彼女と会話できているの? 本当はこれ、まだ夢の延長⁇
そんなことを考えつつ、ふいっと視線を彼女に向ける。
セレスティーナ嬢は今にも泣き出しそうな顔をぐっと堪えていた。だが、私と目が合うと、それをくるりと笑顔に変え、綺麗なお辞儀を披露した。
「あ、改めまして。私、セレスティーナ・グラシースですわ! よ、よろしければ『セレナ』とお呼び下さい、お義姉様!」
「ふふっ、こちらこそ。不思議なものですが、こうして顔を合わせるのは初めてですね。ライザ・フレイブです。では……お言葉に甘えて、『セレナちゃん』と呼ばせて頂きます。私のことは、どうぞ『ライザ』と気軽にお呼……」
話している途中で、ボンッと彼女の顔が真っ赤になる。もじもじガール爆誕。やだ、劇的に可愛い! でも、私なんかを相手で緊張しているの? もしかして、人見知りなのだろうか?
あぁそうそう、呼び方は修正してもらわないとね。彼女の未来の義姉はレイ様なんだから。
「め、め、め……」
「め?」
「女神様ーーーー‼︎」
「め、女神⁉︎」
突然、私にはまるっきり似合わない言葉がセレナちゃんのお口から飛び出した。それこそ、レイ様だったらピッタリなのに……そういえば、彼女はあの美麗なお顔をなぜあんな大きな眼鏡で隠しているのかしら?
私が首を傾げていると、目の前のセレナちゃんが急に自身の口元に手を当て、声を震わす。
「お、お義姉様が神々しいですわ! お身体がビカビカに輝いてますわーー‼︎」
「だからセレナちゃん、その呼び方は……あ、本当だ。光ってる」
「えぇ! バッチリ、これでもかってほどに光ってますわ‼︎」
否定の為に振ろうと上げた手を、ピタリと止め、まじまじと見つめる。私の手が……発光してる⁉︎ え? 嘘、なんで⁇ しかも全身⁉︎
さっきのは、セレナちゃんが光っていたんじゃなくて、私の謎の光が彼女の白い服に反射していたのか、なるほど……って、納得していいの? ってかこれ、元に戻るの?
「それ、お義姉様の魂の所在を特定する為の措置ですから、大丈夫ですよ。安心して下さい。ここは私の身体だと、魔臓の辺りになるらしいんです」
「え? あ、そ、そうなのね」
セレナちゃんが当たり前のように言ってのける説明がうまく飲み込めず、心がなんだかそわそわする。
でも、それよりも気になったことが……。
「セレナちゃんて……私のこと、以前から知っていたの?」
「えぇ、もっちろんですわ! なんたって私の命の大恩人ですもの! それに、供給頂いていた魔石からお義姉様のことはガッツリ存じ上げておりました!」
「え? それはどういうこと?」
「ポン……お、お兄様はオーラが視える、だけじゃないんですよ?」
今、また『ポンコツ』って言おうとした?
「なんと、魔石が記憶している映像も引き出せるんです!」
「魔石の……記憶?」
「えぇ!」
そうか、だから私の部屋の内装を知っていたのね。『私もお義姉様のお部屋みたいにしたーーい!』って、模様替えのおねだりでもヴォレーク様にしたのかな? 実際見たかのような再現度だとは思ったけど、まさか残留思念の読み取りで情報を得ていたとは……ん?
「ちょ、ちょっと待って! 魔石から色々わかったってことは……」
「お義姉様がお兄様のことを想って、加工石に愛情たっぷり魔力を込めて下さってたのは、兄妹共々、余すことなく拝見させて頂いておりましたわ!」
……………
いやーーーーーー! 恥ずかしいぃぃぃーーーー‼︎
ヴォレーク様を想ってアレやコレや妄想したりしていたの……全部バレてたんですかーーーー⁉︎
恥ずかしさのあまり、顔を両手で覆いながら花畑に倒れ込み、ゴロゴロと右へ左へと転げ回る!
その勢いで、花びらが周囲にぶわっと舞い上がった。
「お、お義姉様⁉︎」
「はぁはぁはぁ……ご、ごめんなさい。取り乱したわ。わ、わ、わ、私……何か奇行を晒していなかったかしら?」
「奇行だなんてそんな……愛らしいお義姉様の日常が、どれだけ私の心を救って下さったか」
「んんん? それって……」
ピカーーーーーーーーッ‼︎
「「きゃっ!」」
突然、周囲に眩い光が広がる……って、私の身体の輝きがアップしている⁉︎
「あっ! お兄様からの合図です‼︎ もっとお話ししていたかったのですが、時間があまりありません! 今、戻らないとお義姉様の魂は私の中に完全に留まってしまいます。一心同体もそれはそれであれで嬉しいんですが、やはりお義姉様とは一緒にお茶したり、お出掛けしたりしたいですし……」
「わ、わかったわ。これからどうすればいいの?」
一瞬、不穏な言葉を聞いた気がしたが、スルーして彼女に先を促す。
「私とお義姉様は今、連結杖により互いが繋がった状態……循環するように、魔力エネルギーが行き来しています。その魔力の流れに乗り、お義姉様の魂がご自身の身体に戻ったタイミングで杖を引き抜き、連結を解除する。私はお義姉様へのいわば案内係ですわ」
「そういえば、眠る前ここは真っ暗な空間だったわね。もしかして、セレナちゃんがここを整えてくれたの?」
「はい!」
ニコッと彼女が笑うと、花畑の花がポンッと一回り大きくなった。この花畑はセレナちゃんからの脳内おもてなしだったわけね。彼女の思うがまま。
でも、それを容易くやってのけるなんて、本当に凄い才能だ。
「精神世界、心は限りなく自由ですわ。そしてこちら、お義姉様が身体へお戻りになる為の乗り物でーーす!」
そう言って、彼女は後方にパッと手を差し向けた。
「えっ?」
そこには一隻のゴンドラが接岸し、グラグラと左右に揺れていた。いつの間に……という驚きよりも、その外観に私の目が点になる。ハートやら、私の名前やらがゴッテゴテに装飾された超ド派手な小舟!
………………
このゴンドラ。もしかしなくても、セレナちゃんデザインよね? でも私も人のこと言えない。部屋のヴォレーク様祭壇も似たようなものだ。私も側からはこう見えてたのかな? むむっ、なんだか複雑だわ。
それにしても、花が咲き乱れていて気づかなかったが、川の体を成した魔力流動ラインがすぐそこにあったなんて……これも私がわかりやすいように、彼女がイメージを具現化してくれたものなのかしら?
一方向に流れる川の先を見遣ると、トンネルのような暗闇がポッカリと口を開けていた。『おいでおいで』と手招きするような真っ黒い穴。それを見つめていると、ふいに恐怖心が内側から迫り上がってくる。
だが、それに負けないよう、グッと両拳を握りしめた。
「セレナちゃんがここに来てくれているってことは……手術は無事成功したってことよね? おめでとう。次に目が覚めたら、何かお祝いしなくちゃね」
「お義姉様……」
そう言って、私は彼女の両手を包むように優しく握った。
「きゃぁぁぁぁーー! 大っっ好きです‼︎ お義姉様は私の最推しですわーー‼︎‼︎」
「あ、ありがとう。では……そろそろ行くわね」
「はい! あ、ちなみにお兄様も私と同じく、お義姉様に全力投球ですよ!」
「⁇」
いやいやいや、ヴォレーク様から何も投げられていないのだが……などと考えつつ、私はゴンドラにトンッと飛び乗った。
ガタンッ!
足が舟底に着地したのがスタートスイッチのように、ゴンドラは突如、離岸。そして、心の準備なんてする間もなく、急流にビュンと船体が押し流された!
ひいぃぃっ! これ、思ってたよりも速いぃぃっーー‼︎
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!」
「お義姉様〜〜また後ほどお会いしましょうね〜〜!」
振り返る余裕なんて全くない私の後ろ、ぐんぐん遠ざかる奥から、セレナちゃんの見送る声が、風切り音に混じって聞こえたのだった。




