40.【有給申請】
ようやく説明回が終わります。
執務机上でカタカタとなにやら動く小箱。蓋を開けなくても、何かの生物が閉じ込められているのは一目瞭然だ。
カチャッ!
テルディウスは腰に下げた剣の柄に手を掛け、さっと身構える。だが、それとは対照的に、ヴォレークは焦ることなくソファから上半身を起こした。
「そこまで心配ないから斬るなよ、テディ。あれは証拠品だ」
「証拠品?」
「しかし、孵るのが予想より早かったな。いくらケージによる魔力拘束があるとはいえ、断りなしに提出していくのは、少々マナーがなっていないというかなんというか……鑑識部に後で注意しておかないと……」
ブツブツと呟きながら、ヴォレークは立ち上がり、魔法杖をさっと振った。
シャッ! ポワッ……
分厚いカーテンを閉め、小さな光球を浮かせて、室内に薄明かりを灯す。そのまま手首を捻り、小箱の下に敷かれていた紙をふわりと手元に引き寄せた。ついでに、先程脱げた片靴も。
「それが、近衛騎士の体内から取り出した魔物の卵か?」
「あぁ。檻と鑑定によって魔力を浴び、ある基準値に達したことで卵が孵化したんだろう」
靴をトントンと履き直し、そう言ってヴォレークは机に近づいた。
蓋の隙間からそっと中を覗くと、魔法ケージの中では、土蜘蛛がカサカサと漆黒の手足を動かしていた。
「日光に当たると、地下迷宮に生息する魔物は死滅する。それも利用していたんだから……もはや人間の所業ではないな」
「想像しただけで胸クソ悪い」
テルディウスが忌々しげにそう吐き捨てた。
檻でのデイドロワ卿の自白は、聞くに耐えないものだった。廻風迷宮の悪用、純血系血統者からの結晶石採取、人身売買、裏取引、人体実験を用いた研究……どれも、人の命をモノとして扱う、非人道的な行いの数々。
行方不明者の捜索過程で、偶然、ロッテン伯爵家が所有する廻風迷宮の『秘密』を知り、若き伯爵を利用することで、デイドロワ卿の悪事はさらに加速していった。
そのうちの一つ、捕らわれた際の証言回避の為だと、土蜘蛛の卵を丸薬と偽り、手下達に飲み込ませていた。皆、捨て駒だ。
捕縛され迷宮刑となった者は、時間が経てば土蜘蛛が腹を食い破り、命を奪う。さながら時限爆弾。
用済みとなった者には、魔力を照射して強制的に体内の卵を孵化させる、逃げようがない状況。そして宿主を殺し、身体から這い出た土蜘蛛は、陽の下で消滅……こうして証拠は勝手に消える。ザックスの父親、ミュード伯爵もそうして始末された者の一人だ。
そうやってデイドロワ卿は、関わった者達の口をその都度封じ、己まで捜査の手が及ばないようにしてきたのだった。
険しい表情を浮かべて鑑定結果を目で追うヴォレークに、テルディウスが声を掛ける。
「で、それには一体、何が書いてあるんだ?」
「土蜘蛛の身体から……キャニバス伯爵家の魔力が検出された」
「キャニバス伯爵家? 由緒正しい『土』属性の……確かあそこも純血系貴族だったな。それが?」
「失踪したロッテン前伯爵夫人の生家だ」
「何? じゃあ夫人は……その土蜘蛛に食べられたってことか⁉︎ いや……でも、それではおかしいな。彼女はかなり昔に行方不明になったはず」
「あぁ、そして前伯爵も数年前に突如、消息不明。子息がその伯爵家を継いだ。しかし、この鑑定結果は……キャニバル伯爵家に報告しづらいな」
ふぅっと溜息を吐き出してから、天井を仰ぐヴォレーク。彼の手中に握られた結果用紙がグシャッと音を立てた。
「廻風迷宮の土蜘蛛は、ロッテン前伯爵夫人だ」
……………
「は? 今……なんて?」
戸惑うテルディウスがヴォレークに聞き返す。
「この魔物の母体である迷宮の土蜘蛛は、夫人が人間ではなくなった姿だ。鑑定結果がその証拠。どうやらデイドロワ卿も知らなかったようだな。『ロッテン伯爵家は土蜘蛛の魔物を迷宮内で飼い慣らしている』……ヤツはその程度の認識だった」
そう言って彼は、また別な調書を机の引き出しから取り出した。
「それは?」
「虚偽申告が発覚した際のロッテン伯爵の薄っぺらい調書だ。だが、伯爵家が取り潰された後、彼もまた行方知れずになっている。ほれ」
テルディウスは書面を渡されると、ざっと中身を一読する。
「罪状は『階級詐称』か。この段階ではまだ『風』迷宮としての登録なんだな。ん? 現当主だったロッテン伯爵自身は『風』属性か」
「彼は養子だ。夫妻に子供はいなかった……いや、成せなかったんだよ」
「成せなかった?」
ヴォレークは一瞬、間を置いてから、また語り出した。
「長い年月、同属性同士の婚姻を繰り返した純血系貴族の身体は……魔物と同じか、それに匹敵する魔力の組成となる」
「なっ⁉︎」
短く驚きの声を上げたテルディウスだが、すぐに納得がいったといわんばかりに首を縦に動かす。
「そうか……なるほど、だから結晶石が……なぁ、ヴォレーク。お前の方こそ、どこまで知っていたんだ?」
「我がグラシース侯爵家も当て嵌まるからか、純血系の危険性については、以前からレイの父上、ラグナット卿から聞かされていた。血の歴史において『魔力量が人間を超越している者が出始めた』と……そしてそれは、破裂寸前の風船と同じ……で、そこに……子、子作りで……あの……その……そういう行為で……た、体内に魔力が入って……」
話途中で、ヴォレークが急に顔を真っ赤にし、なんだか言いにくそうにゴニョゴニョと口籠った話し方になる。
それで察したテルディウスが、呆れた声を上げた。
「……おいおい、ヴォレーク。恥ずかしがりながら言われると、余計に気まずいだろうが。で…………えっと要するに、子を孕ませる過程において、男性側の魔力が女体に流入することで、保有する魔力量が閾値を超え、夫人は魔物へと変貌してしまった……そう言いたいのか?」
「お、おう!」
テルディウスの言葉に、ヴォレークがこくこくと頷く。
「ロッテン前伯爵は、元々B級だった廻風迷宮にS級魔物と化した奥方を放り込み、匿っていたんだろう。当時、行方不明となった探索者は皆、彼女の『餌』というわけだ」
「純血系でさらなる『土』属性同士……あぁ、だから魔力の相性で、ライザ嬢の婚約者がお前なのか」
「……それだけじゃないがな。なぁ、テディ」
「なんだ?」
「もしも……俺が化け物になったら……その時は……お前が俺を殺してくれ」
ヴォレークはテルディウスを真っ直ぐに見つめ、静かにそう告げた。
だが、彼からの返答は意外なものだった。
「嫌なこった」
「なっ⁉︎」
「お前は死ぬまで人間で、俺の友人として生きるんだよ」
そう言うとテルディウスは、拳でヴォレークの胸をコンッと軽く叩いた。流石に今度は力加減を覚えたようだ。
「……あぁ、そうだな。悪い。変なことを言った」
苦笑いをしてから、ふっとまた真面目な顔へと戻り、ヴォレークが話を続ける。
「貴族なら血統がはっきりしているし、所在もわかるからデイドロワ卿も狙いやすかったんだろう。平民でも、魔力量の多い者の中にはごく稀に純血者もいる。上位ランカーの中には餌としてだけでなく、実験的に殺された者も多数いたはずだ」
ターニャの仲間達はそうして迷宮内で殺された。唯一、レジェの心臓部が綺麗に抉り取られていたのは、身体から結晶石が出来たのが彼だけだったからだろう。
「しかし、あの魔石埋没法という手術方法の裏で研究されていたのが、不老不死や死者蘇生だったとは……」
「馬鹿馬鹿しい話だ。永遠などないし、一度失われた命が戻ることは二度とない。どこかの国では、首を斬られたのに死に戻った令嬢がいるという噂もあるが……そんな御伽話みたいなこと、現実にはありえない」
太い腕を組み、大きく溜息を吐き出すと、今度はテルディウスがヴォレークをじっと見つめる。
「デイドロワ卿の証拠品は順に押収させるが、量が多いだろうから、完了するには時間がかかるだろう。王女の所有物の方がまだ先に終わりそうだ。お前なら……その結晶石達を、家族の元に帰してやれるのか?」
「貴族家は魔力パターンが登記されているからな。鑑定すれば元が誰かわかるだろう。探索者については、俺の能力を使って全力を尽くそう。どこまで出来るかは分からないが、やれるだけのことはやるさ。ただ……」
「ん? なんだ?」
「明日は有給休暇を申請する。セレナの手術があるからな。セレナの身体から無事に魔石が取り外せ次第、証拠品としてこっちに送るから、後はよろしく」
ヴォレークの言葉に、テルディウスが怪訝そうに首を傾げた。
「『よろしく』って、お前……王女の断罪に立ち会わないつもりか⁉︎」
「あぁ。俺が行ったら、アレを無駄に喜ばせるだけだ。それに……俺の記憶にこれっぽっちもアレの存在を残したくはないんでね」
そう言うと、ヴォレークはヒュッと杖を振り、カーテンを勢いよく開けたのだった。
次話で久しぶりに主人公が戻ってきます。




