39.【念には念を……】
今まで重ねてきた罪を強制的に全て吐かされたデイドロワ卿。落ち窪んだ表情と小さく丸めた弱々しい背中……その姿から過去の威光はすっかりと消え失せていた。
そして、ありとあらゆるモノを搾り取られ、カッサカサな枯れ木のようになった軽い身体を、両側から屈強な刑務官に抱えられ、ほぼ宙吊り状態で独房へと連行されていった。
キィィ……バタン……
「「……」」
遠ざかる老人の背中から目を逸らさず、重厚な扉が閉まり切るのを複雑な胸中で見届けていたヴォレークとテルディウス。
だが、そんなシリアスな二人の様子にまるで気付かない書記官が、場違いなレベルの音量で声を張り上げる。
「長官殿ーー! どうかこちらをーーーー!」
バッ!
そう言って彼は、とびきり分厚い調書を上司の目の前に差し出した。
「え……あぁ、ご苦労。言わなくてもわかっていると思うが……ここで見聞きしたこと、お前には守秘義務がある。その扉を開けたら、己の記憶を封じ、けして口外することなく、秘密は墓場まで持っていけ。いいな?」
キィン!
「はっ! 承知致しました! では失礼致しますっ!」
ヴォレークは片手でヒョイっと調書を受け取ると、書記官は直角に身体を曲げ一礼し、先程の刑務官達を追うように素早くこの場から立ち去った。
まだこの後も、他の捕縛者達の取り調べは続く。この書記官、速やかに別な職員と切り替わろうする職務に真摯な姿勢は見事……だが、『事件の黒幕デイドロワ卿の調書、俺が取ったんだぜーー!』という興奮は隠しきれておらず、頭を上げた瞬間はなかなかのドヤ顔であった。
バタンッ!
彼の挙動により緊張の糸が切れたのか、ヴォレークはようやく深い深い溜息を吐き出した。
「はぁ……書記官たる者、もっと冷静でいてもらわないと困るんだが……」
「難攻不落な最重要人物からこれだけ証言がバカスカ取れたら、そりゃテンションだっておかしくなるさ。だからって……なにも彼に『記憶封印』魔法を掛けなくても……」
テルディウスは、ヴォレークが背中側に回していた右手にちらりと視線を向ける。その手には彼愛用の魔法杖がしっかりと握られていた。
「人材がまだ育ちきっていないから、念には念を……の情報統制さ。そんなことより……これで王女への令状が発行できる。デイドロワ卿は書類作成が完了次第、伯爵領地は全て没収、牢獄迷宮へ堕として……終わりだ」
言葉と共にすさまじい殺気がぶわっと放たれ、周囲の空気が一瞬にして凍りつく。
友人がその身に孕む狂気……それを垣間見たテルディウスは、本能的に軽く身震いをし、そして、そっと労いの言葉を口にした。
「お前ってヤツは……本当……よく、頑張ったな」
バンッ!
「ぐはっ! おい、少しは力加減をしろよ!」
「あぁ、悪い悪い」
またしてもヴォレークの背中を馬鹿力で叩いてしまったテルディウスが軽い謝罪を口にする。
それから二人揃って、ゆっくり執務室へと戻っていった。
◇◇◇◇
執務室の扉が閉まるなり、ヴォレークはソファにドサッと背面から身を投げ出した。その勢いで部屋の片隅にまで、ぽーーんと片方の靴が吹っ飛ぶ。
転がる靴を横目で見つつ、テルディウスは檻での一部始終を思い返しながら言葉を吐き出した。
「それにしても、先程のデイドロワ卿の自白……あまりに情報量が多過ぎて、頭が追いついてないんだが……なぁ、ヴォレークお前が卿に向けて言った最後のあれ……『知ってるのはそこまでか?』って……」
「……俺に問われ、ヤツから返しがなかったってことは、本当にそれ以上を知らないってことさ」
「?」
そう言うとヴォレークは、懐から魔法杖を取り出し、それを天井に向け、くるりと軽く手首を返した。
キィィン!
軽い高音の金属音が鳴り響く。
「……防音魔法か」
「秘匿しておきたい情報がほとんどだからな」
「俺はいいのか?」
「当たり前だろ? テディの実家のお陰で俺はここまで来れたんだから……」
外部に漏れないのをいいことに、またテルディウスの呼び方が愛称に戻っている。
「いくらケタ違いな魔力量があるからといって、20そこそこの若造が国家の重要な役職に就くなんて、公爵家という後ろ盾がなきゃ絶対にあり得ない。まぁ、他にも俺への賛同者は多数いてね。大切な身内を亡くした由緒ある貴族家の方々さ。腐った老害共を排除し、俺達の為にと空席を作ってくれた……」
キッカケはやはり、六年前の第一王子による冤罪事件。血で血を洗う争いにはならなかったが、実質クーデターに近い王位継承と政変がここ数年で起こった。
冤罪事件に関与した近衛騎士団員達は左遷、降格、解雇等、相応の処罰を受け、無能な官吏達も汚職、不正、怠慢……次々と罪を暴かれ、クビを切られていった。
そうして、当然、王宮は慢性的な人材不足に陥った。そこへ、新卒勤めとなった者達が実力相応以上の役職に収まった……というわけだ。
「これでも最初は苦労したさ。デイドロワ卿が失脚しても、元々補佐官だった若輩が長官になるのを苦々しく思うヤツらはまだ残っていたからな。まぁ、その中にはヤツの息が掛かった者もいた。廻風迷宮を調べようとして、幾度となく妨害されたっけ」
「流石のヴォレークも迷宮の外観だけじゃわからなかったのか?」
テルディウスに問われて、ヴォレークは自分の左手の親指と人差し指で丸を作り、そっと己の目にあてた。
「迷宮内に入れていたら、属性申告の虚偽なんて秒で見抜けただろうが、長官という立場上、手順を踏まずに閉鎖迷宮へ踏み入るわけにはいかなかった。王宮内は伏魔殿、油断すれば足を掬われる」
「お前のその目は役に立たなかったのか?」
「あぁ……濁った魔力オーラの持ち主があまりに多くてな。怪しいヤツだらけで犯人を絞り込めなかった。それに……俺の『視えたモノ』では証拠にはならない」
「そうか。それは仕方ないな」
テルディウスが静かに頷いた。
「でも、ヴォレーク。檻で語られなかったことで、一つ気になったんだが……ヤツはなんで帳簿ミスなんていう罪状で、あっさり長官職を辞したんだ?」
「軽微な罪状の方が、ヤツにとって都合が良かったんだよ。長官職は多忙だ。ボロが出る前に領地へ隠居した方が得策、自由に動けるからな。そして、証拠がなければ、王女の幽閉はいずれ解かれる。その時に『悲劇の王女』とでも持ち上げ、王位継承者として擁立し、なんらかの方法で俺を排除した後、また長官に返り咲く算段だったんだろう」
「そこまで考えてるとは……しかも、ヤツは尻尾を出さないどころか、生えていることすら感じさせないよう、味方の如く振る舞っていたんだから本当、感心するよ」
「そうだな……」
カタンッ!
その時、微かな音が机上から鳴る。咄嗟に二人は、揃ってそちらをパッと向いた。
視線の先……そこには、檻へ向かう前まで置かれていなかった小さな箱とその下に敷かれた一枚の紙。
「ヴォレーク、あれは……」
テルディウスが言いかけると、突然、小箱がカタカタと小刻みに震え出した。




