38.【除外条件】
王国騎士団副団長テルディウスは、逞ましい腕を組み、不思議そうに鉄格子の外側から取調室……『檻』の中を眺めていた。
それはなんとも奇妙な光景。
「ふははははっ! そうだ! 純血種の人間から魔石を取り出し、強欲王女を唆したのは、この儂じゃーー! あぁっ! しまった! な、なぜ、こんな⁉︎」
「それは『自供』と捉えてよろしいですかね、デイドロワ卿」
カリカリカリカリカリカリ……
「えっと……『この儂じゃーー!』っと……へ、へ、へっくしょん!」
狭い檻の中には、三人の男が各々の席に着座していた。
一人は、四肢を石製の椅子に拘束され、己の罪をペラペラと暴露する老人、デイドロワ卿。自らの意思に反して動いてしまう口が信じられないとばかりに、ひどく蒼褪めた顔をしていた。
それを向かいの席で静かに聞いていたのは、彫刻のように美しい若き管理長官、ヴォレーク。感情を爆発させないように自身で精神を抑圧している影響か、周囲の空気はどんどん凍てつき、彼の座席はほぼ氷と化していた。
そして、二人の後方、壁際の座席で必死にインクペンを書面に走らせる書記官。犯人の告白を一言一句漏らすまいと、ブツブツ独り言を呟きながら手を動かしている。ヴォレークのせいで寒いのか、身体は小刻みに震え、時々、盛大なくしゃみを放っていた。
「これが、あの椅子の効果か。精神系魔法……しかし、それよりも……ヴォレークは相変わらずだな。一体、どうやったんだか……」
テルディウスは檻へと通じる廊下の最奥にある扉へ、ちらりと視線を動かし、数分前に己が見た映像を脳裏に思い起こす。
取り調べの前段階から、そもそもあり得ない情景だった。ヴォレークに連れ立ってやって来たデイドロワ卿は、ニコニコと柔和な微笑みを浮かべたまま、この檻の中へ入ってきたのだ。抵抗したり、警戒する素振りも全くみられず、促されるまま椅子へと着席した。
常識的に考えて、最高位の役職である長官自ら、来客の出迎えに門まで出て行くことはまずない。それくらい最上な歓迎の意を込めている……と油断させ、久方ぶりの再会という初手で、ヴォレークはデイドロワ卿に幻惑魔法を仕掛けたのだ。
そして、まんまと掛かった老人の目には、ここが王宮の応接室だと映っていた……というわけだ。
通常、人体の半分以上は水分で構成されている。そして大気中には、水蒸気として常に水が存在する。
魔力の四大元素の中で、人を欺くに最も適しているのは『水』魔法といえるのではないだろうか。
檻の中では、デイドロワ卿が忌々しげに言葉を吐き出した。
「くそっ! 口が勝手に……何でこんな……」
「それは一番、貴方が良くわかっているのではありませんか? 卿が座ってらっしゃるのは、あの椅子ですよ?」
「ヴォレーク、貴様……儂を騙しおって……」
「私は以前から卿に目星を付けておりまして……そもそも、王女と会話できる人間はかなり限定的ですからね。一部の学友か、高位貴族。だが、証拠を辿って末端の実行犯を捕まえても、なぜか証言が取れず、黒幕まで届かない……ずっと不思議だったんです」
一連の黒幕は、王女ではなかった。その後ろでマリオネットを操るかの如く、糸を引いていたのが、この前迷宮管理長官グレガー・デイドロワ伯爵だったのだ。
自分にまで捜査の手が及ばないという絶対的な自信が卿の中にはあったのだろう。
昨晩、多数の近衛騎士達が捕まり、連絡役との交信がぷつりと途絶えたが、この男は焦るどころか堂々と王宮へ乗り込んできた。その図太い神経は本当に恐れ入る。
「ご存知の通り、卿の今座っているその椅子には、嘘偽りを禁ずる『自白』魔法陣が施されています。ですが、貴方が管理長官だった時代の調書を一通り読ませてもらったところ、発言の曖昧な箇所や黙秘する者がいることがどうにも気になってね。『椅子の審議』に掛けられ、『知らない』と言えばそれが真実として通る……それはどうにも胡散臭い。経年劣化で魔法陣の効果が薄れたかと思って調べたら、術式の一部に書き換えられた形跡があってね。私はそれをただ、直しただけ」
「時代の流れで法律がそぐわなくなることは往々にしてある! 書き換えられた文言は間違っていたか?」
デイドロワ卿が思ったままの言葉を口にするが、その表情のどこにも余裕など存在しない。
そんな相手の心を見透かすかのように、ヴォレークは対面する卿の瞳を見据えながら返答する。
「いいえ、間違ってはいませんよ。おっしゃる通り、条件を変更することはけして珍しくはない。術式の内容も一読だけではおかしな点が見当たらない。実に巧妙だ」
「……」
「不自然ではないよう、除外条件に沿わせて仕込んでいたんですね。さて、問題です。この椅子の魔法が発動しない条件対象は何でしたっけ?」
「……妊婦だ」
ヴォレークの問い掛けに、素直に応じるデイドロワ卿。だが、この問いが相手の口から出る時点で、己の破滅は確定した未来。それを理解した老人は、皺くちゃな顔に悲壮を超えた絶望を浮かべていた。
「えぇ、正解です。罪人が妊娠中の女性だった場合、生まれ来る子に罪はないという考えにより、迷宮刑に一定期間の猶予が設けられている。そして、胎児に影響が出ぬよう、魔法が発動しないよう制約されていますね。『体内に新たな命を宿す者』……元々あったはずの言葉を書き換えた一文だ。デイドロワ卿、貴方は手の内の者に、魔物の卵を飲み込ませていたんだろう? 万が一、捕まった場合に自白させない為……」
「そうだ! だったらなんだーー⁉︎」
カランッ!
「す、すみません!」
ヴォレークの言葉か、間髪入れずに上がった卿の怒声か……それらに動揺した書記官が床にペンを落とし、慌ててそれを拾い上げる。
バンッ!
「失礼します! ご報告です! 近衛騎士の体内から例のモノが出ました! 長官の予想通りです!」
「「「「‼︎」」」」
突如、奥の扉が開き、騎士団員が早口にそう捲し立てた。
その声を聞き、とうとう観念したデイドロワ卿はガックリと項垂れたのだった。




