37.【四つの魔石】
王都で捕らわれた罪人は皆、この監獄へと収監される……が、例外はある。王族だ。
大池の中央に立つ幽閉塔は、元々、ネルトワーグの開祖である初代国王の霊廟塔であった。
彼を神格化し、崇める為にと建立された建造物は、先祖を敬う心を忘れた王家に放置され、時の流れと共に、外壁も内装もボロボロに傷んでしまった。
そんなバチ当たりな旧霊廟は、いつの代かに小さな離宮へと改築され……今は、何の因果か、子孫を幽閉する為に利用されている。
「あの王女こそ、檻に入れて口を割らせれば、一発で無期の迷宮刑確定だろうに……」
「それが出来てたら、こんな苦労してないさ。あ〜〜腹立つ〜〜!」
ドサッ!
そうぼやきながらソファへ身を投げ出すと、ヴォレークは頭を背もたれに預けて天井を仰いだ。
「証言だけでは不十分。証拠なく王族をあの中にぶち込めないし、任意で引っ張ったところで『私の為に家臣達が勝手にやりましたわ』なんて言い逃れされたら、罪に問えない。隠蔽したい王家側も、今は大人しくしているが、積極的にはこちらへ手を貸してこない。でも……ようやくここまで来た。あれから……五年か」
「ん? 証拠がなくはないだろ? 決定的なのがセレナ嬢の中にあるって……」
するとヴォレークは身体をゴロンと反転させ、ソファの肘当て部分に腕を掛けると、その上に顎を乗せた。
せっかく整えた正装がシワになりそうな、なんともだらけた格好だが、テルディウスは見慣れているのか、さして気にも留めていない。
「あの魔石は、セレナの身体から取り外さなければ、証拠品として取扱えない。王女を挟撃するのは、早くても明日以降だ」
「そうか。それなら近衛騎士の証言を元に、ヤツから先に崩していく方が良さそうだな。お前に頼まれてた件も今、調べさせてい……」
コンコンッ!
その時、執務室の扉をノックする音が鳴る。ヴォレークは慌てて、倒していた身体を真っ直ぐに起こした。
「失礼します! 長官、よろしいでしょうか?」
「入れ」
ガチャ!
「どうした?」
「はっ! ご報告です! デイドロワ卿が長官との面会を希望されております!」
「何? そうか……すぐに行く」
部下へ短くそれだけ告げると、凛とした態度でヴォレークはソファから立ち上がった。
◇◇◇◇
「お久しぶりです、デイドロワ卿」
「おぉ、いつ以来かな? ヴォレーク殿……いや、今はヴォレーク長官と呼んだ方がよいかな?」
「どちらでも構いませんよ」
デイドロワ卿と呼ばれた小柄な老齢の男は、彼の返答に顎髭を撫でながら柔らかな笑顔を返した。目尻に刻まれた皺がさらに深くなる。
卿のことは、ヴォレーク自身が王宮門までわざわざ出迎えに行き、応接室へと丁重に案内した。
「卿には若い頃、大変お世話になりましたからね。まさか、あんな形でお別れするとは思いませんでしたが……」
「あれは……仕方ないことだ。事務作業を疎かにしとった儂が悪い」
「あの時は、王宮内で人事の大改変期。多くの貴族が容赦なく配置転換や降格、失職を余儀なくされましたからね……」
このデイドロワ卿もそのうちの一人。帳簿に不記載があったことが発覚し、重要な役職から下ろされたのだ。
それを機に伯爵領地へと戻って専任領主となったが、それ以前は長いこと王宮勤めをしており、当時、ヴォレークに色々と教える立場にあった。
「今日は一体どうされましたか?」
「ん? なんで、遠路はるばるジジイが田舎の領地から出てきたかって?」
そう言って、老人は出された紅茶を静かに啜った。
「昨晩、随分と派手な大捕物があったという話が儂の耳にも入ってな。あそこはうちの領地からも近い。事情を聞くには、ここへ来るのが手っ取り早いかと思ってな」
「あぁ、お恥ずかしい話です。本来はもっと穏便に遂行できたと思うのですが……『よっしゃ! いけすかねぇ近衛騎士団を捕縛できるぜ!』と警備隊が息巻いてしまい……」
テルディウスが副団長を務める王国騎士団は、都市の警護をする警備隊もその傘下に収める。
貴族のみで構成され、王族の護衛を任される近衛騎士団とは組織が異なり、両者は非常に仲が悪い。今回の逮捕劇には、そういった私情も絡んでいたらしい。
「それにしても近衛騎士か…… 元ロッテン伯領には閉鎖した迷宮があったな。そいつらは不法侵入罪か?」
「それが……捕らえた数名は今、『檻』に入れて尋問中ですが、なかなか口を割らないようでして……」
ヴォレークが浮かない顔でそう告げる。
「そうか……」
「私も……卿と是非、お話したいと思っていたことがありまして……」
コトッ、コトッ、コトッ、コトッ……
そう言うと彼は、懐からそっと小さな布包みを取り出した。中を開き、テーブル上に魔石を一つずつ置いていく。
色も形もバラバラ、並べられた四種類の石を見て、卿が首を傾げた。
「これは?」
「ここに四つの魔石がありますが、全部種類が異なります。卿は違いがおわかりになりますか?」
「ふむ……どれどれ?」
そう言って、デイドロワ卿が端の一つを摘み上げ、上にかざして中を覗き込む。澄んだ空色に輝く小さな魔石だ。
「これは加工石だな。中に高密度な『水』魔力が込められている。で、こっちは『土』の人工結晶石か。これもなかなかに見事……問題は、残りの二つか……」
サイズはほぼ同じくらいの緑色と赤色の魔石をそれぞれ右手と左手に持ち、左右交互に見比べる。
「どちらも……高純度の天然結晶石……だよな? 属性以外で何が違うんだ?」
「おや? デイドロワ卿ならすぐにお答え頂けるかと思いましたのに……」
「……」
己が若造に試されていることに気付き、デイドロワ卿がその顔に不快感をあらわにする。そんな相手をじいっと見つめ……ヴォレークが感嘆の言葉を漏らした。
「すごいな……卿は真っ黒だ」
「は? ヴォレーク殿、一体なんのつもりかね?」
「この二つは卿がおっしゃる通り、天然結晶石です。でも採取先が異なりますね。一つは魔物の体内から……そして、もう一つは……」
言いながらヴォレークは、デイドロワ卿の手から赤い魔石をそっと大切そうに取り上げた。
「お前らが人の命を奪って集めていた結晶石だよ」
「‼︎」
カシャン、カシャン! カシャン、カシャン!
次の瞬間、デイドロワ卿の両手両足は、椅子から飛び出した金属製の輪枷に拘束された。
「な、なんだ、これは⁉︎」
「デイドロワ前迷宮管理長官殿、ようこそ『檻』の中へ……」
そう言って、ヴォレークはすうっと目を細めた。




