第19話 入学式は昨日のこと
課外授業が終わる夕暮。日差しが弱まり少しだけ過ごしやすくなる。
何をするでもなく、安田のいる屋上を訪れることが日課になっていた。
「それ、ここでする意味ある?」
「だってテンパイだし」
夏の終わりの日没は遅く、セーラー服の中に熱がこもる。けれど炎天下ではないから、汗は流れない。炎天下のシーズンを過ぎ、屋上は着実に秋に向けて進み始めている。
肌触りの悪いレジャーシートに並んで座り、スマホに目を落とす。校門から一斉に流れ出る生徒たちを眺め、目的もなく暇を貪ることの優越感と焦燥感を噛み締める。
「テンパイって何?」暇潰しがてら、安田の使う麻雀用語を質問してみる。
「ゲームの終盤の、最高の一歩前みたいな状態」
「あー」
「一番楽しい瞬間。高校3年生の夏みたいな、今の私たちみたいな」
「なにそれ。ロマンチストかよ」
私の質問には、ずれた返答しか返ってこない。聞きたかったのは、わざわざ屋上で麻雀ゲームをする意義。
安田はスマホにかぶりつき、胡坐をかいて東場二局に熱中している。左手に持つ煙草が徐々に短くなっていく。隣に座る私も、だらだらとスマホをいじる。
途切れ途切れの無意味な会話の羅列に、どうしようもなく居心地の良さを感じている。
「加藤はどうなの?」
思いついたように、安田が口を開く。
安田のスマホを覗き込む。彼女はテンパイだったけど、下家が先にツモって負けた。煙草を携帯灰皿に押し付けながら、安田は運の無さと戦略ミスを悔しがっている。
それが一目で分かる程度には、私も麻雀が理解できるようになったし、楽しいと思えるようにもなっていた。今朝の物理の授業中も暇を持て余し、麻雀の役を思い出していたほど。
スカートのポケットの中でスマホが振動し、取り出してSNSのアプリを開く。
〝これから映画を見に行こー〟という、唯からのメッセージが届いている。能天気な友人が候補に挙げているのは、私が半年ほど前から、公開が待ち遠しくて仕方がなかった海外のミュージカル映画。公開して何週間か経過していることに、今更気づいた。
断りの文言を打ち込み、安田と同じ麻雀アプリを開く。
「どうって?」スマホに視線を落としたまま、私は安田に尋ねる。
「進路についてだよ」と安田が失笑し、額にじんわり浮かぶ汗を拭った。
「指定校推薦の無難なところ」
そう言って、私は学校名を告げる。安田が顔をこちらに向け、顎を引く。視線が左右に動き、安田は所在なさそうにショートカットの髪を弄んだ。
「すごいじゃん、優秀なんだ」
「たまたまだよ」
安田の飾り気のない賞賛を聞き流すように、負け越している麻雀のアプリに熱中しているふりをする。
課外授業って、今でも現存する制度なのでしょうか。
そもそも全国的な制度なのでしょうか。
概念が伝わるのか、少し心配になりました。




