第18話 涼しくて煩わしくて快適な教室、利己的に甘やかされた友人たち_3
「哲学だねー」唯が真顔で言う。
「つまり?」
続きを急かす私の声は笑っている。去年演劇部で校内上演した作品のヒロインが、似たようなことを言っていた。
「いい男はみんな、結婚しているか、法律に接触するほど近い身内か、同性愛者でそもそも恋愛の対象外にされているか、もしくは既に死んでいるか」
神妙な面持ちで、陳腐に偏った持論を百合谷が呟く。
一拍の間をおいて三人で笑い出す。それでも他のグループがこちらに視線を寄越さないほどには、教室は絶えず騒々しい。
そう、私たちはまだ、箸が転んでもおかしいお年頃。
なんだかんだ言っても、この無意味で繊細な華々しさとかしましさを、年相応に好きなのだ。
「じゃあ、なに? 百合谷はその男子に縋ったりしたの? 全然イメージ湧かないんだけど」
甲高い笑い声の響く教室。聡明で端正な顔立ちの百合谷に、私は訝しむ視線と軽口を投げる。百合谷は微笑み、長い黒髪を耳にかけて頷く。
「もちろん。女の子ってそういうものでしょう?」
「どうやって? 駅前で足首に縋り付いて、声が枯れるまで相手の名前を読んだとか?」
百合谷は同性から見ても、男に縋るより縋られるような典型的な美人。暇つぶしがてらの冗談だと思い、ノリのいい綾乃が笑いながらからかう。
百合谷が眉をわずかによせ、綾乃の笑い声が乾き小さくなっていく。一瞬の後に、彼女は観念したようにため息をついた。
「そんなこともあったわ」
「え? 噓でしょ? 続きが聞きたい」
スマホの麻雀アプリで再度対局を始めながら、百合谷に続きをせかす。客観的に素敵とは言い難い黒歴史な過去を話していても、美人は様になるから羨ましいと思った。
百合谷は言いづらそうに、小さく首を振る。俯きがちの睫毛さえ、艶があり洗練されていた。
「道端で縋って、しばらくして病院に行ったの。胸が痛むから、恋の病だと思って。
「そしたら?」
「肋骨が折れていたわ」
「あー、それは百パーセント恋の病だ」
綾乃が肩を揺らして笑った。その勢いで綾乃はスマホを落とし、面倒くさそうに床から拾い上げる。
「肋骨折ってでも縋った男は、どのタイプだったの?」唯が興味津々といった様子で尋ねる。か弱い小動物みたいな外見で、不躾で直球の質問を羅列する。「既婚者? 身内? 同性愛者? 死人?」
「百合谷には、面白みのない無難な好青年と付き合っていてほしいのに」
普遍的なものは存在する。真夏は毎年蒸し暑いし、美人はどの角度から見ても美人。百合谷の横顔を眺め、私は去年も同じこと考えたと思いながら、口を挟む。
「唯の質問にも答えてよー」
大げさにほっぺたを膨らましたが百合谷に顔を近づけ、百合谷が観念したようにため息をつく。
「残念だけれど、全部に該当するわ」
「あはは。それはやばいね」腹を抱えて唯が笑い、にじみ出た涙を指で拭う。「誰が見ても優等生なのに、その恋愛観はやばい」
「優等生なんて、演じるだけよ」
百合谷が机の上に置いてあったマーカーを手にとり、手遊びをしながらぽつりと呟く。
「素でそういうお嬢様な性格なのかと思ってた」
ポニーテールを結びなおしながら、私は首を傾げる。百合谷は小さく頷く。見知った清楚な笑みを、口元に浮かべている。
恋の病。
患わないに越したことはない。




