新たな一日(中編)(千世)
食事後……「いってきます」
あらためて『玉座の間(広間)』を出ていく私の前に……一階から三階まで吹き抜けの、さらなる空間が。
正面には一階広間への広い階段が、屋根には巨大なシャンデリア……まさに絵にかいた宮殿といった感じです。
廊下を掃除する数人エルフや、荷物を運ぶ獣人、薄暗い調理場には人間と……広いわりに人影が少なく、閉まっている扉(二階向かい側)の向こうからも人の気配がしなく……ひっそりとしている。
一階の大きな扉を開け、建物を出ると……広い中庭の中央には噴水と、それを囲むように花壇が並んでいて……「きれい」思わず声が出る。
(ミドルニア城ってどんな建物だろう)
噴水の手前で振り向くと、それは城というよりも王宮といったイメージ。
見入っていると、どこからか『ゴー』と低い地響きのような音とともに暗くなり(雨雲か)と目線を上げると……城の後方には火山がそびえ、雲のような太い煙を吐き続けている、どうやら音はそこからのようです。
そして、この城は火山の中腹にあり……考えるに多分、土石流から城下を守る役割を果たしているように思る。
(すごいな……って関心している場合じゃなかった! 早くいかなきゃ)
私は駆け足で開け放たれている城門を出て……城下への広い石床の坂道をくだって行く。
(ひとかげが少ない……城下の町も、城内と同じに寂しいのだろうか)
少し不安な気持ちで石床の坂道を下ると……
(あれ視界が白っぽい……なにこの臭い、鼻の奥が痛い)
軽く鼻を突く鉄と工業油の臭いに、煙を立てる建物からはカンカンと鉄を打つ音が……私より早くみなさん出勤しているようです。
大通りを行き交う人は少ないぶん、仕事をしている職人は多いようだ……工業都市とまではいかずとも、かんさんとした寂しい城下町ではないようで安心した。
そして……左側に、両側を石垣で頑丈に整備にされた運河が見えてきた
(後はこれを下れば)と、日光を反射し輝く水面を見ながら下って行く。
下流に進むたび、鉄や工業油の臭いは弱くなる代わりに……酒や肉の焼ける油の匂いが漂い……あらためて周囲を見た私は驚いた。
(え⁈ べリハ様⁈)
通行人も増え、全体的にエルフや人間などスマートな体形の種族が目立ち、向こうの壁や掲示板に、べリハ様の肖像画が貼られている。
もっとよく見ると……土産屋だろうか、箱入りの食べ物や工芸品にまざり、べリハ様の肖像画や、果ては人形までもが売られているのだ。
(愛されているのか、おだてられているのか……彼女につかえる身として前者であってほしい)
そう土産屋を横目で通過して、再び運河に視線をやると……先端に、灯のともった石造りの灯台がたつ、立派な岩のとっていが、見えてきたが……どうやら運搬船は出港しているようだ……。
(大きな倉庫はどこだろう)と数棟並ぶ倉庫街に目をやるだけですぐ分かった。
外観は新しく、大きな出入り口の扉では、多くの人が出入りして、繁盛しているようでなにより……だから、昔から続く『闇の組織』などという言葉からは、縁遠くみえた。
(本当にここが?とにかく裏口に行かなきゃ)
倉庫の間、細い路地をいくと……裏口に近付くにつれ壁は苔むし、これこそ何かの隠れ家と言える雰囲気になっていき……空き地に出た。
「あった、これかな」
私は、ところどころ錆付いている鉄のドアの前に立つ。
「……あった」
ドアのプレートには、クサビ形文字とも、アルファベット、ともとれる、見たことのない文字が書かれている。
「なぜ読めるんだろう?」
そのつぶやきに、業を煮やしたさんだゆうが、突っ込みを入れる。
『今頃気付いたんかい! そや、異世界の字が普通に読めたり、何不自由なくしゃべれたり出来るのは、全部わいの機能や、どや、凄いやろ!』
「はい、とても助かいます……有難うごさいます」
『マスターはんに感謝されるなんて、何やくすぐったいな……目的地はこの中やで……まあ用事が有ったらまた呼んでや、ほなな』
一呼吸おいて、ドアノブに手をかけた時、何者かに肩を掴まれ、殺気に似たするどい気配に身動きが出来ない。
「そこまでだ! 出入り口で独り言なんざ、怪しい奴め……って、振り向くんじゃねぇ! お前ここに何し来た⁈」
「ここで働かせてください」
「面白いこと言うね……本気かい?」
「はい」
「見たところ、まだガキじゃねぇか……理由は⁈ 親は!」
「異世界から来て、お金がないので……その」
「なるほど、文無しか……しかし異世界人とは、大きく出たね……その紋章は。なるほど……で、親はどうした一緒じゃないのかい⁈」
「母は死にました、父は……」
「おっと、話したくないならまあいいさ……それに第一、決めるのはオヤカタだ……こっち向いていいよ」
『カチン』金属音に納めるナイフと、消える殺気に。私は『ほっ』と胸をなでおろし一安心………振り向くと、そこには、ほほや腕などに刀傷を負った、背の高い褐色の肌をした女性が私を見ている。
「女の人?」
「おいおい、こんな色っぽい声した男がどこに居るかよ、気持ち悪い……とりあえず自己紹介だ、あたいの名前はイツキ……で、あんたは?」
「初めまして、私は暗木千世」
「暗木……もしかして現世の爺さんの?」
「はい、娘です」
「むっ娘だって! ……いや、まあいいや……あの爺さんの、なら頼もしいな、即戦力じゃねえか! ……まあ入んな」
鉄のドアを開けると、地下へと延びる階段と、それを照らす松明と通風孔以外何もない、四畳半ほどの、さっぷうけいな密室が。
地下へと延びる階段の先は当然暗く
(この松明を使う以外どうすれば良いか)と考えている私のそばで
「光れ」
イツキが自分の腕輪に向けて声を出すと、腕輪の水晶が光りだした
「魔法……」
「まほう? 何だそれ……あ前に、現世の爺さんが言ってた『アストラル・ワークス』の親戚みたいなやつか」
「イツキさんは、他にどんな『アストラル・ワークス』を使えるのですか?」
「ははは、学校すら行った事のないあたしみたいな人間が、使えるわけないじゃん」
「ではどうして?」
「そんなの、これの基本機能に決まってる……って千世も、そんな立派なデバイス(小手)持って、なに言ってんだ」
「私、まだ使い慣れてなくて」
「簡単だから、教えてやるよ……こう腕の水晶に向かって、したいことを話しかければいいだけ……無理な時は水晶が赤く点滅するから、買い替えるしかないね」
「これって、売ってるんですか」
「そりゃまあ、少し値ははるけどね、それは爺さんからの貰いもんかい?」
「はい……試してみます……光って周囲を照らして」
千世の声に『おやすい御用や』と小手の水晶が光る。
「よし、で、消したいときは光よ消えろと言えばいいだけさ……それじゃ行くよ」
「はい」
……と、私達は階段を照らしながら降りる。
「そういえば、イツキさんの下の名前は何というのですか?」
「そんなもん無いよ」
「えっ?」
「あたい、孤児なんだ……というより、ここに居るほとんどの奴が、過去にどこかしら傷を負ってるから、興味本位にせんさくしないほうが、身のためだよ」
不意に向けられた冷たい視線と声に、思わず足がすくんだ。
「はい」
「わるい、怖がらせちまったか? 『我らは、集にして個、個にして集』……だから、さんなんて付けず、気軽にイツキって呼んでくれていいよ、あたいもあんたを千世と呼ばせてもらうから」
「はい、イツキ。さん」
「ははっ、そりゃ癖かい、まいいや……で、着いたぜ」
イツキが木のドアを開けると……そこはレンガで造られた半円型のトンネルがのび……両サイドには扉と、それを照らす松明が並び、突き当りにはいかにも『リーダーの部屋』と言わんばかりの立派な扉が見える。
「「光りよ消えろ」」私たちは、水晶の光を消した。
「あの突き当たりの扉が、オヤカタさんの部屋ですか?」
「いや……あれは、その昔使われてた、外への出入り口で、今じゃ錆びて動かないし、直したところで不便だろうからね……って、ここがオヤカタの部屋だ」
「オヤカタ……イツキです。 新人を連れてきました……入ります」
と彼女はノックするなり、返事を待たず、扉を開けて部屋へと入った。
「返事を待たなくていいんですか」
「いいさ、そんなの待ってたら、日が暮れちまう」
向かい側の壁には、紋章のししゅうが入った旗っと、それを囲むように手入れされた武器や防具がかざられ……。
それらを背に……震える手でスプーンを持った、よぼよぼな老人が一人、食卓を前に座っている。
(見た目からして、現世より年上……八十歳ぜんご)
などと考えていると……彼が私達を見て、口を開く
「……あっあ、イツキか、おかえり。ところで……わしの飯はまだかの?」
「相変わらずですねオヤカタ、いま目の前にあるのがそうです」
「ああ、そうじゃった……で」
「…………」
(いろいろ大丈夫だろうか)
思いが顔に出ていたのか、イツキがひじで私をこづく
「気持ちはわかる……が、こう見えてもその昔、現役時代は『闇と死を体現する最強のアサシン』と言われていた……らしい、からな」
「で……そこに居るのは」
スプーンで、指された私は一歩前に出る。
「はい、初めまして」
「あぁ、現世の娘だね、気配で分かる」
「はい、暗木千世といいます、よろしくお願いします」
「ようこそ……『影の一団……アボティラン』へ、入団を許可する……イツキよ、千世のめんどうを任せる……以上だ、下がるがよい」
「「はい、失礼いたしました」」
一礼して退室し、扉を閉めて、私達は顔を見合わせる。
「あらためて入団おめでとう……オヤカタはああだが大丈夫だ……あとは、あたいを信じてついてこい」
「はい!」
「良い返事だ。とりあえず、あたいら『影の一団、アボティラン』に関して簡単に説明しておくか……その昔」
「すいません……その説明ですが、マスターから……いえその……私をこの世界に呼び出した? ベリハ・ミドルニア・イルネス様から教わって」
「くそぉ、あのおしゃべり『なんちゃって魔王』め……まぁ、そういうこった」
先輩風を吹かせるチャンスを取られた怒りに、壁を、というよりもべリハ様の肖像画のすぐ横を殴り、ひきつった笑顔を私に向けるイツキ。
「あの、一国の女王に失礼では」
「ははは、あいつが女王ね……(失礼って?)別に、あたい、あいつとは同い年だし、第一……ガキの頃、迷子になって路地裏でベソかいてあいつを城に送り返してからの『腐れ縁』で……あの城にも何度か遊びに行くうち『気楽に呼んでよいぞ』なんて、上から目線で『友達認定』受けてるからな……で、他に何か質問は有るか?」
イツキの質問に、私は周囲の扉を見回しながら、質問で返す。
「ここには、他にどんな部屋があるのですか?」
「オヤカタの部屋の向かいが、あたいらの仮眠室で……そこが装備の簡単な修理する工作室に……各種倉庫が何部屋かと……とまあ他にも数部屋あるといったところかな」
「個人の空間や、食堂はないんですか?」
「調理場なら、ほらそこ『あった』というのが正解かな……ベリハ(あいつ)から聞いてたと思うけど、あたいらは元来傭兵稼業だったし、今でも国内外問わず屋外を飛び回るのが仕事だから、野宿が基本だ……て、もうそろそろ昼か……入団祝いだ、給料が出るまで昼はあたいがおごってやるよ……野宿の練習だ……千世あんた、昆虫はいける口かい?」
「いいえ無理です! ……でも以前コオロギなら二匹ほど」
「初心者さんだね……まぁ初日だから、今日は安くてうまい『ラムの串焼き』にするか……でもそのうち、虫も食わなきゃダメな時が来るかもな」
「こない事を祈ってます」
「ははは……意外にうまいぞ」
等と話しながら倉庫を出て……町を歩き、ランチタイムで賑わう屋台『くちなし亭』の前に。
「買ってきてやるから、そこで待ってな」
「はい」
イツキは店員と、何やら楽し気に話しながら、ラムの串焼数本とは別に、白い小袋を数個を受け取ると腰巻に付けているケースにしまった。
「倉庫裏(アジトの近く)の資材置き場で食べようか」
「はい」
私は腹をすかした野良犬の様に、紙袋からから漂うスパイシーな匂いに生唾を飲み込みながら大人しくついていく。
木材やレンガなど(建設材料)が積まれた空き地。
「ここなら、人が居ないから落ち着いて食えるうえ……腹ごなしの運動もできる」
「そうですね」
食べ終わり、初めて食べたラムのスパイシーな味の余韻にひたっていると
「どうだ異世界の味は……美味かったか?」
「はいとても、ラム(ひつじ)の肉なんて、初めて食べました。ごちそうさまでした」
「気にすんなって……美味いなら、給料出るまで毎日食わせてやるからな」
(毎日はちょっと)反対できず苦笑いしていると。
「そんじゃ早速、腹ごなしがてら、千世がどんだけ運動出来るか、見せてもらおうか……とりあえずこの空き地で、思い切り自由に走ってみて」
「はい!」
私は、言われるがまま、楕円状に何周かダッシュするが
「わぁ、早い早い」と鼻で笑いながら気の抜けた拍手をしたイツキは、立ち上がり「でも、あたいの見たいのはそんな普通の走りじゃないんだよね……そうだね……こんなの!」
そう言うなりイツキは、壁に向かいダッシュ、駆け上がっるように宙返りしたかと思えば、高く積み上げられたブロックへ一気に飛び乗り、そのまま十メートルちかく離れている納屋の屋根へ飛び移り、私の前に向かって回転しながら着地した!
「分かった?」
そう、イツキが千世に求めていたもの、それは、『フリーラン』『バルクール』と呼ばれる忍者のような走り方だった。
「はい、出来ます」(これなら。お爺さんと日課の訓練の一つにある)
自信満々に笑みを浮かべ頷いた私は、先にイツキが行った技術をそっくりそのまま、やってみせた。
「おおやるね……でも『闇の一団』じゃ、それ程度出来ないと話にならないからね……そんじゃ次は、あたいと実践的な追いかけっこだ……実践的からな」
「はい」(二回言った)
うなずく私に、イツキは『ニヤリ』と笑い正面の建物(二階建て)を指さす。
「よし……じゃ早速、あたいが二十数えるまでに、あの赤い屋根に上ってもらおうか……はい一……二」
待った無しに数えだすイツキ。
私は壁へとダッシュしながら、目を動かし、ルートを検索……すぐに、下半分が朽ち落ちた雨どい、壁と窓枠のへこみ、を見つけ迷うことなく上ってみせた。
「出来ました」
「十五か、まあまあだな……よし、手本を見せてやるから、数えろ」
と言うなりイツキは、一階の窓枠に足をかけ、飛び上がり二階の窓枠に手をかけ次の瞬間そこに足が来て、手は屋根を狙い、飛び上がり……私の横に立ち肩をたたく。
「どうだ、あたいはいくつで登れた?」
「すみません、見事で、数えるのを忘れてました」
「ぼーっとしてんじゃねぇ。今だって仕事中だぞ……ま、誉め言葉と取っておくよ……じゃ、追いかけっこだ『あたいをつかまえて』みな……はじめ!」
言うなりイツキは、瓦が割れんばかりに、地面をけりつけ、屋根から屋根へと飛び移り、遠ざかる彼女……すぐに私も屋根をけり、全力でその背中を追いかける。
屋根を飛び越え、飛び移り、物干し台、テーブル、煙を吐く煙突、いくつもの障害物を、難なくクリアーしていく彼女に付いて行こうと動きを……時にはバランスも崩すけど真似する私。
「これなら、ついて行ける」
動きになれ……じょじょに差がつまっていくことに油断し、言葉を漏らした。
それを聞き逃さなかったのか、飛び移り中の彼女は(空中で)振り向き『ニヤリ』と笑う。
(バカにされた!)むきになってペースを上げた瞬間!
イツキは空中で体をひねり、弾丸の様に回転しては、腰巻に付いたケースの底が開き、白い袋が不規則に飛び出した!
「あっ屋台の!」
それは屋根に落ちた途端、白煙を上げ、私の視界を奪った。
(このにおいと、肌につく感じ……小麦粉⁈)
着地し、とにかく落ち着けと、焦りに荒くなりかけた呼吸を止め、足を止め……ただ目と首を動かし、イツキの存在と、足音を探る。
……と風もなく煙幕が動いた
(居る!)
次の瞬間、正面斜め上に影が!
すかさず左後方に避けると、入れ替わり様にイツキが眼前を横切り、木製の警棒で、さっきまで私が立っていた地面を叩きつけた。
正に間一髪!
(これは追いかけっこなんだから……つかまえないと、いつまでもつづく)
私は、立ち上がろうとするイツキの背後に回って、その両肩を抑えた。
「捕まえました……私の勝ちでいいですか?」
「ああ、やるねえ、流石は爺さんの娘……しかし煙幕の中なら、ふつうは後ろを気にするだろ!」
「はい確かに……人は混乱すると眼前の事しか見えなくなり、手を伸ばせば届く簡単な答えに頼ってしまい、大抵が失敗します……そんな時こそ、落ち着いて、一歩前の状況を、広い視野で思い出すと……あの時、私の後ろに回り込める隙間はなく、左右は斜面しかし、前には煙突が有るうえ、その煙を薄れゆく煙幕の足しにして奇襲する」
「良い観察眼だ……これなら意外と早く……他の地域でも働けるな」
まだ少し漂う煙幕に、千世がくしゃみするとイツキが笑いながら
「ははは、互いに小麦粉だらけじゃないか……それと意外に汗かいたね、暗くならないうちに、運河の上流で、水浴びでもするか」
「はい」
「ついて来な」




