ギルド入隊・新人の一日(後編)(狂子)
(え?)
残されたあたしは一瞬唖然とするが、ゲイルの言葉を思い出し
(皿洗いに掃除、といえばキッチンだ)
旨そうな匂いをたよりに階段を降り、正午前の慌ただしい厨房へと入っていく。
調理をしながら、大きな声で周囲に指示をしている、いかにも料理長と思える恰幅の良い女性に声をかける
「すみません。何か手伝えることは、ありませんか?」
「おぉ、さっきゲイル……マスターが言ってた新人さんだね」
「鬼道狂子です、よろしくお願いします!」
「元気でよろしい……で、静江の娘なんだって、期待してるよ! 私はここの料理長してる、サラ・ブレイカーだ……『サラお姉さん』でも、『料理長』でも気軽に呼びな」
「はい、サラ料理長……あたしは何をすればいいですか?」
「そうだったね……だったら、そこの隅で座ってるビギナと一緒に、野菜の皮むきでも頼めるかい」
「はい!」
厨房の隅、山盛りの野菜に囲まれ、黙々と野菜の皮をむいている少年の背中。
(肩幅からして、どう見たって年上だよね)
「ビギナさん……料理長から、あたしも皮むき頼まれたんですが、隣いいですか?」
集中しているところに声をかけられた驚きに、肩をゆらした少年は、おずおずと上目づかいで、あたしを見上げる。
ゲイルや、ギルドの男達とは明らかに違う、眼鏡をかけたもやしっ子、典型的ないじめられっ子タイプ……。
(はらわれても頭頂部に手をのせたり、理由なく頬をつついたり……ちょっかいを出したくなる)
「はい……ど、どうぞ」
すぐさま横にスライドしたビギナは『ちょっかいを出したい』と無意識に伸びるあたしの手を見るなり、壁のナイフスタンドから、包丁を手渡す。
「ありがとう、鬼道狂子です、よろしくお願いします」
「あっはい、さっきマスターが言ってた……こちらこそ、よろしくお願いします」
もう一つの設定
「え鬼道」と目を丸くして驚きナイフを落とす「ちなみに静江さんという女性」
「あたしのママだけど」それを聞いてもっとおどおどし始める
(嫌な事……嫌がらせやちょっかいでもされたのか……この子の外見なら仕方ないけど)
「じゃあ、あたしも、このジャガイモ? をむけば良いでしょうか」
「はい」
そして、あたしたち二人は黙々と、ジャガイモの皮をむき続け…………やっとのことで終えたあたしは、震える手を見ながら
「一生分のジャガイモをむいた気分だわ……でもこれが毎日、ビギナ、さんは大丈夫ですか?」
「はい、最初はつらかったですが、もう慣れっこです……それに、これもナイフを使う基礎訓練と思えば」
「そう言われると確かに、ビギナ、さん。先輩、良い事言いますね」
「ははは……それに僕達もう仲間なんですから、慣れない敬語なんてつかわず、友達感覚で『ビギナ』と呼んで下さい」
「うんビギナ、じゃああたしも狂子って呼んで」
「はい狂子……さん」
さん付けせずにはいられない、もやしっ子タイプ独特の返事
「ま、いいか……じゃあ」(次は何をすれば)
「ちょっと待っていてください、次の指示聞いてきます」
周囲を見渡すあたしに、ビギナが手をかざし……サラ料理長の方へ走り出す。
「ありがと、お願い」
(異世界厨房か……どんな変わった形や色の食材が有るのかな?)
あたしは、腹をならし目を輝かせながら周囲を見渡すが……少し色が違うだけで、どれも元の世界と同じ食材ばかり(ま、味とか、すぐ慣れそうだから良いか)
かるく興覚めしていると、ビギナが戻ってきた。
「お待たせしました……隣の物置部屋にある小麦粉の袋を運ぶ、だそうです」
「案内お願いします」
大工道具や、木箱が並ぶ、少し埃っぽい物置部屋。
ビギナが小麦粉を探してる間、あたしは『ナビ』に問いかけた。
「ねえナビ」
『お呼びでしょうか、わが主』
「うん、今更だけど……ここは異世界……全く見たことない字なんだけど、普通に読めるんだよね……それに会話も通じるし」
はは、今更……とばかりため息交じりにナビが答える
『は~……はい。ふっ、これぞ我々に備えられし基本システム『ワールド・ビドレクション……』で』
「長い!」
『申し訳ありません、前主もおない意見で『ご都合主義機能』と呼んでいました……不便でしたか?』
「とんでもない、とても助かってるから、そのままで……他には何が出来るの」
『それはもう……っと、ビギナ殿が来ます……ではこれにて』
「向こうに有りました」と二人は麻袋の前に立つ「これを、一袋づつだそうです」
(麻袋。見た目からして、十から十五キロかな)
「そんなひょろひょろな体で、こんなの持てるの?」
「馬鹿にしないで下さい僕だって男です、持ち上げるだけなら出来ます」
小馬鹿に鼻で笑うあたしに腹を立てたのか、ビギナは「ふん!」気合一発、一気に持ち上げた! ……まではいいが、案の定限界なのか足がプルプル震えている
(まるで小鹿)必死なビギナを尻目に
「で、これをどこに運べばいいの」
袋を軽々と抱え上げる姿に、唖然とした顔で敬語がこぼれる
「厨房の入り口まで、入り口まで運んで下さい」
小麦粉を運び終え……そして、厨房前のテーブルを拭いていると、サラ料理長がハンドベルを鳴らしながら
「さぁ皆! 昼飯の時間だよ!」と何度も声を上げながらロビーへと歩いていき……数分後。
ゾロゾロと、ギルドメンバーを引き連れ厨房に戻って来た、サラ料理長が、あたしの肩に手をのせ
「狂子ちゃんは初日だ、むさくるしく騒がしい所は嫌だろ、静かになるまで裏の訓練場でも、少し散歩して来なさい」
「はい」
「ビギナ、案内してやんな」
「はい。狂子さん、こっちです」
てまねきするビギナに案内されるまま、裏の訓練場に出る……砂や砂利、芝生のグラウンドを……目隠しの様に高く積まれたの即席の石壁がかこんでいる
「ざつな積み方」
思わず出たつぶやきに、ビギナが苦笑いしてこたえる。
「ははっ確かに……戦争なんてする必要のなくなった今、暇なんだから、まぁもう少しちゃんと積んだり、簡単な木の柵にすべきだろうけど、面倒くさい……ただ、いざという時の訓練とはいえ、木剣で切りあう姿を、人々に見せて怖がらせたくはないからって、父さ、ギルドマスターが」
その言葉で、思い出したあたしはすぐさまビギナに質問する。
「そういえばビギナの下の名前って、まだ聞いてなかった、なんていうの?」
「あ、ごめん。あらためて自己紹介します僕の名前は、ビギナ・スター。十八歳、大人の男さ」
「大人ね……スター? どこかで聞いたような」
「僕の父さん、ギルドマスターなんだ」
「嘘!」
「本当……ほら目の形とか似てるって言われるよ」
「そう言われると、確かに……」
(でも、あの、ギルドマスターの息子って……ふつうは筋肉質で、戦士っぽい……とにかくこんな、もやし男子じゃない)
疑惑で顔をしかめて苦笑い。
訓練場を回ると、壁には使い込まれた木刀。すり減った鉄棒に、よく見ればグラウンドもデコボコだ。
(数えきれないほどの模擬戦や訓練……確かに汗臭いけどみんないい体してたわ)
「いい訓練所ね……ここ、あたしも使っていいのよね」
満足気なあたしを見て、笑みを浮かべるビギナ
「もちろん……気に入ってくれて何よりです……そろそろ戻りましょう」
厨房に戻ると、サラ料理長が、テーブルに昼食を用意して待っていてくれ……一緒に食事を楽しみ……(念のため)と今度は料理長に質問する。
「サラ料理長、このビギナが、ギルドマスターの息子って!」
「本当さ……ははは、やっぱりおどろくよな……だけど狂子ちゃん、世の中ってのはそうゆうもんさね……あと、食べ終わったらあそこに積み上げてる食器、全部洗う事」
「「はい」」
と、こころよく言ったものの……
(つくづく、やすうけあいとはすべきではない)
想像以上の皿に呆然とするあたしは『毎日してるから慣れっこだ』というビギナに、アドバイスをもらいながら……
(異世界か……初日から、冒険が出来るといった夢の異世界生活を想像してたのに……これは少し違う……やてる事、家の手伝いとあまり変わらないんじゃ……だがいづれは!)
とギャップに不満をおぼえながらも、もくもくと皿を洗っていると、それを察してくれたのか、サラ料理長が
「ビギナ……狂子は、ここが初めてなんだ、だから夕飯まで、この町とか色々、教えてやんな……それと……夕ご飯の後、また皿洗いをしてもらうからね!」
「はい」
皿を洗い終えた達成感と疲れに、椅子にもたれ休んでいると
「さ、さっそく町を案内してあげるよ」
まるで見せ場とばかり、強引にあたしの手をつかみ引くビギナにうなずき、ギルドの正面玄関へ……ドアを開けると、昼間のまぶしさと、行きかう人々が目に飛び込んできた。
商店街なのか、人が出入りする建物が並ぶが……木造、石壁、レンガ等々、造りに一貫性が無いぶん、、店の個性が光る。
中世ヨーロッパのように、石畳で整備された道と、沿って流れる運河をたどった先には……『城』と思われる大きく堅牢な建物が見える。
が、おとぎ話挿絵によく描かれる、とがった屋根の、きらびやかなものではなく
無骨なまでの重厚感……城と言うより、まるで要塞だ。
「あれって城? そう言えば、この町、この国って何て名前なの?」
「はい。ここはイージス王国……この運河は、ずっと向こうのミルドニアの火山から流れてくるウイークポイントリバー。で、この一帯はリバーサイドシティーと呼ばれています」
「イージス、王国……どこかで聞いたような」
「そうです……狂子さんをギルドに運び込んだ、ブロンドの髪をした人こそ、チャラ・イージス王子です」
「王子ね……あれが⁈ あんな軽い奴が王子⁈」
ビギナも、少し同感したのか、かるく噴き出しながらもこたえる
「あれなんて、失礼ですよ……それに彼は僕と同じ、十八歳の大人ですよ」
「ううん……でもさっきから大人、大人って……十八歳で大人ってどういう事?」
「あ……狂子さんの世界では何歳から大人とみなされるのですか?」
「二十歳から……」
「きびしい(おそい)ですね……この世界では十五歳からです」
当然あたしは、驚いた!
あとで教えてもらった話だけど、異世界では十五歳から大人とみなされ……大半を閉める平民はその頃から働き始める。
例外として貴族や、一部の学者や役職希望の(つまり賢い)人が、ハイエンドスクールに通う……早い話、高等学校が無い世界とやくせば分かりやすいと思う。
夕方を知らせる鐘で、狂子たちは、ギルドに戻ると、予想通りの酒盛りの如く騒がしい厨房の前
「仕方ないか」と、人のまばらになっているロビーを掃除して時間をつぶしてから食事をとり
食器洗いをして……「また明日ね」とビギナと別れ……自室(客室)のベッドで横になる
全てが初めての事に、少し疲れたので……、一時間ほど軽く一休みしてから、元の世界に戻ろうとしたが
またもや、寝落ちしてしまった
風に揺れるカーテンから漏れる朝日が、ベッドで眠っている狂子の顔にあたり、彼女は眠たそうにゆっくりと上体を起こしあくびをしながら
「あ」と寝落ちした事に気付く……そして新たな一日が始まる。
(ま。もとの世界に戻るのは……千世ちゃんと再会してから、一緒に戻ればいいか)




