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残酷"桃"太郎物語  作者: 尾崎 友美
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四.旅立ち(一)


 太郎は数え十二になった。この頃から太郎はぶらりと散歩しては思索に耽るようになった。

 引き籠って以降、長く太郎を見ていなかった村人たちは、久しぶりに見た太郎の姿に驚いた。籠っていたので肌は白かったが、顔つきは精悍さを備え、太郎の年を知らぬ者が彼を見れば、十七、八の若者と見間違えてしまう程に、躰付きは既に青年のそれであった。

 そんな村人たちの視線をよそに、太郎は誰に声を掛けることもなく、ずんずん歩いていた。己の進むべき道とは――。太郎の思考を占めるのはその事ばかりであった。

 太郎にはお気に入りの場所があった。道を逸れて、今は踏み入る人間がほとんどいない山道を半刻ほど登っていくと、少し開けた場所がある。そこからは村全体を見渡すことができた。

 小さい、と太郎は思った。自分が幼少から悪目立ちしていて、どことなく村人に忌避される様になってから、村人は養父母にも奇異な眼を向けるようになった。生き辛さが身に沁みた太郎は、いつしか思うようになった。何と小さな村なのだ、ここは。俺には狭すぎる――。

 外に出たい――。太郎はここへ来ると必ずそう思わずにおれなかった。だが、年老いた養父母を置いて村を出るのも忍びない――。

 己の衝動と養父母への未練がいつもせめぎ合い、太郎は叫び出したくなった。ここはそうした葛藤を晴らす場所になっていた。太郎は葛藤のすべてを腹の底に集めては叫んだ。その声は大きく、田畑に出ている村人にの耳に届いた。そうした太郎の雄叫びが時折聞こえる度に、「太郎は遂におかしくなってしまったのか」と、村人たちは囁いた。

 その恐れを帯びた囁きは、太郎自身ではなく、養父母の耳に入ってくるのであった。


「やはり間違いであった」喜八郎は溜息を吐いた。「あのまま川に押し戻していれば良かったのだ」

 そう言って、喜八郎は庭を見た。三十尺程に成長した桜が、新緑の葉を風に靡かせている。わかの墓標だった。

 太郎が生まれた日、喜八郎は夜を待ってわかの遺骸を運び出し、人眼につかない所で焼いた後、再び家に持ち帰って骨を細かく砕いた。て庭先に埋めた。一人で行った悪行であった。そしてその上に、桜の苗木を植えたのである。せめてもの供養のつもりだったが、五年程で咲き始めた綺麗な薄桃色の花弁は、喜八郎にわかが包まれていた膜の色を思い起こさせた。さとには、この桜は太郎を授かった祝いだと嘘を吐いた。さとは単純に喜んだ。遺骸にはどうしたのかと訊いてはこなかった。今でもそれは変わらない。さとにとってはどうでもよいことなのか。女の躰は知り尽くしても、その心について理解するのは喜八郎には難しかった。世の男とはそういうものである。

 とにかく、全くあの時はどうかしていた、と喜八郎はまた溜息を吐いた。

 そうしてぼんやり突っ立っている喜八郎に声を掛ける者があった。

「先生」

 そう言って深々と頭を下げたのは、百川家に出入りする行商であった。

「また書物かね?」

「はい。きっと今回も太郎さんのお眼に適う物があるかと」

 ふむ、と頷く喜八郎に、「それから、これを先生にと預かって参りました」と、行商は書状を差し出した。

 喜八郎が受け取った書状をばさりと開くと、それは医者仲間の一人からだった。

 そこには自身の近況と併せて、喜八郎がここのところ町で姿を見掛けぬ事を案じる、内容としては当たり障りの無いものであった。

 何となしに書状を読んでいた喜八郎であったが、「そうじゃ」と呟き顔を上げると、思わず書状を握り締めた。その眼は思いがけないものを探り当てたように、喜びに満ちているようでもある。

「そなた。少し待っていてくれぬか。返事を渡してもらいたい」

 不思議そうに喜八郎を見ていた行商に早口にそう言うと、さとに直ぐ茶を出すように告げ、喜八郎は軽やかな足取りで自室に戻って行った。







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