70・☆ウェスタリアからの留学生
シリウスの担任教師に任命されたのは、まだ教師になって三年目で、ショーンと言う名の若くやる気にあふれたごく普通の青年だった。
ショーンは校長から事前に、今度来る転校生がウェスタリアからの留学生だということを教えてもらっていたが、実際にその留学生を校長に紹介してもらったとき衝撃のあまり固まってしまった。
学園で何百人もの子供たちを日々見ているが、こんなに美しい少年を見たことがなかったからだ。
「はじめまして、先生。今日からよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げたシリウスを見て、ショーンもあわてて頭を下げる。
「はじめまして。僕は担任のショーン・ケイレブです。ええと、それで、こちらの方は……」
シリウスの傍らに立っていたのは黒衣黒髪の青年アルファだった。
担任教師をひたと睨み据え、
「従者だ」
とだけ答える。
アルファの短すぎる自己紹介に言葉を添えたのは校長だった。
「こちらはシリウス君の従者兼、保護者代理のジーンさん。ウェスタリアから、ご両親の代わりに付き添ってこられた方ですよ。とても優秀な魔法の研究家でいらっしゃるので、シリウス君がここに滞在する間、大学で臨時講師をやってもらうことになりました」
「は、はあ。従者の方……」
従者にしては迫力がありすぎると思ったショーンだったが、とりあえず疑問はあとで校長に問うことにして今は黙っていた。
「それと、校門のところにいるオオカミはシリウス君の個人的な使役獣なのですが、学園の警備を手伝ってくれるとの事なので門番をお願いしました」
「フォウルっていうんです。すごく賢くてかわいいから、あとで先生にも紹介しますね」
ニコニコとうれしそうにシリウスが答え、見た目の神々しさとは違い、子供らしい屈託のない話し方を見てショーンもホッとしていた。
じっとしていると天使のようだが、生き生きと瞳を輝かせる様子は普通の子供と変わらない。
「シリウスは動物が好きなのかな?」
「はい!」
『シリウス』と、少年を呼び捨てにした瞬間、アルファの眉がピクリと上がったが、口に出しては何も言わなかった。
幸運なショーンは黒髪の青年の威圧感が増加したことには気づいていない。
最初から迫力マックスだったので、その後多少変動したところでショーンには違いがわからなかったようだ。
「じゃあ、さっそく教室にいこうか。クラスのみんなに紹介するよ。今ちょうど、使役できる動物や召還獣について学んでいるから、動物好きならきっと楽しいよ。君のオオカミもよかったら今度みんなに見せてあげてくれるかい?」
「はい。フォウルも教室に入れたらきっと喜びます。――じゃあ、えっと、……ジーン、行ってきます。先生のお仕事楽しんできてね」
「はっ、お気をつけて」
アルファはまるで戦場に行く主人を見送るように、深々と礼をした。
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校長室から教室までは廊下を歩いて数分だったけれど、シリウスはその数分間を心から楽しんだ。
ピカピカの床や白い壁、通り過ぎる教室から聞こえる子供達と教師の声。
これからここで毎日を過ごすのだと思うと胸が躍る。
そもそもシリウスは竜人たち公認で彼らから離れて行動すること自体が初めての経験だった。
非公認だったら一度だけだけれど経験がある。
城から抜け出したときのことだが、あの時のドキドキやワクワクが蘇るようだった。
「今日からこのクラスの仲間になる転校生のシリウスくんだ。みんな、なかよくしてあげるんだぞ」
20名ほど生徒のいる教室で先生に紹介され、シリウスは生まれて初めての同級生たちの前で、ペコリと頭を下げた。
全員から興味津々に見つめられたが、それ以上に好奇心いっぱいの目でシリウスは教室を眺める。
「シリウスの席はあそこにひとつ空席を用意しておいた。窓際だし、気持ちいいぞ」
担任のショーンが、窓際の列の中ほどにある空席を示す。
教科書のつまった鞄を抱えて、シリウスは自分の席に座った。
「わあ……」
一人用のシンプルな机。
城の中で勉強するときは、もっと巨大で重々しい机を使っていたので、たったこれだけのことなのに、なんだかとても嬉しかった。
隣の席の少女が話しかけてくる。
「こんにちは、私オリエ。よろしくね」
まっすぐでつややかな黒髪を肩のあたりで切りそろえた東洋系の女の子だった。
少し緊張した面持ちだったし、握手しようと手を伸ばしてきたりはしなかったけれど、同じ黒髪黒目のアルファより何万倍もおっとりとした雰囲気の女の子だ。
「うん、よろしく」
同年代の子供から話しかけられるなどというごく普通のことも、シリウスには初めての体験だった。
今では街に出ただけでシリウスはかなり注目の的だったし、誰とは言わないがどこにいくにも護衛がぴったりついてきているせいで、話しかけて来る勇気のある人物などまったくの皆無だったから。
バナード以外に友達もいないし、他の子供としゃべったことはほとんどない。
なんとなくしみじみ感動していると、今度は後ろから、つんつんと髪をひっぱられた。
「お前、すげー髪長いのな。邪魔じゃないのか?」
今度話しかけてきたのは、後ろの席の少年だった。
短髪がウニのようにつくつくと立ち上がっている、いかにもヤンチャ坊主だ。
シリウスの身近にはまったく見ないタイプでもある。
「すごく邪魔だよ。早く切りたいんだ」
「ふうん、うちのかーちゃん髪切るの得意だぜ」
「! 君のお母さん、ぼくの髪、切ってくれるかな?!」
思わず身を乗り出しそうになったとき、
「やめときなよシリウスくん、こんなに綺麗な髪、もったいない。マイクもよしなよ」
シリウスを止めた少年はオリエの後ろに座っていた。
天然パーマのやわらかな髪がふわふわと顔のまわりを囲い、子羊みたいな見た目の少年だった。
「でもさリッケルト、こんなに長いと逆上がりもできないぜ? かわいそうじゃん。オレが切ってやってもいいんだけど、ヘタだからなあ」
「切ってくれるなら誰でもいいよ。きみマイクっていうの? 君でもいい、切ってくれる?」
思わず切実な声が出てしまったのだが、彼らの会話はそこで中断を余儀なくされた。
「おしゃべりはそこまで! シリウスとは休憩時間にたっぷり話せるんだからな。授業を始めるぞー」
シェーン先生の、のんびりとした宣言で、シリウスにとって人生で初めての『学校での授業』が始まった。
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「シリウス様は今頃授業の真っ最中だろうか……」
カイルは一人留守番を言い渡され、狭い自室を歩き回っていた。
こんな時こそ自分を高める勉強の続きをしなければと思うのだけれど、どうにも落ち着かない。
せめて学校の近辺を見回りたかったのだが、それはシリウスと校長に止められた。
首都なのだから、カイルを赤竜公だと知っている人がいるだろうし、そうじゃなくても学園の周りをうろうろと歩き回っている人物を誰かが見れば、きっと不審に思うだろうと言うのだ。
「……だが念入りに変装してすぐに帰れば大丈夫なはず」
つぶやくと、決意とともに顔を上げた。
他の日ならいざ知らず、今日は大事な登校一日目なのだ。
何が何でも近くにいたかった。
悔しいことに、アルファは初日から大学への登校を許可されていたし、フォウルも校門の守護を任されている。
もちろんカイルも、初日から講演する許可を願い出たのだが、せめて三日は待ってほしいと校長に言われた。
シリウスの初登校の日に赤竜公が現れたら、子供たちの意識は転校生ではなく赤竜公に向いてしまうだろうし、大興奮するのも間違いない。
初日を落ち着いた雰囲気で迎えさせてあげてほしいと懇願された。
シリウスのためといわれれば、カイルは強行に事を進めるわけにいかない。
大切な主人がアルファとフォウルを伴って、行ってきますと挨拶をして出て行くのを、せめてやさしく「いってらっしゃいませ、お気をつけて」と、送り出すしかできなかった。
平気なふりをするために、カイルは早朝から起き出して念入りに表情とセリフの練習をした。
しかし、しかし、だ。
慎重に変装をして、見知った人々にすら誰だかわからないような見た目になっていれば、学校の付近を少しだけ歩いても大丈夫なのではないだろうか。
ウェスタリアから持参した荷物を引っかきまわし、膝下まであるロングコートとサングラス、それにマフラーを取り出す。
全部を着込み髪のほとんどと顔の下半分が隠れるようにマフラーを巻いて、カイルは一人頷いた。
カイル本来の「身」の部分が見えているのは、サングラスとマフラーの隙間の、わずかな皮膚のみだ。
「ふふふ、これなら誰だかわからないだろう」
絶対の自信とともに部屋を出たときだ。
「わあ!? ど、どなたですか?!」
ほぼ同時に部屋から出てきた下宿人の魔法オタク、留学生のマイルズと出くわした。
マイルズは怪しい風体のカイルを見るなり逃げ腰だ。
変装の効果が無駄に発揮されている。
「あ、これは、マイルズ殿、私です。カイルですよ、ほら」
サングラスをはずし、片手をあげる。
「カ、カイルさん……?」
ようやく相手の正体がわかり、マイルズも安心したのか胸に手を当て息をついた。
「なんでそんな格好を……?」
ものすごく怪しい不審者にしか見えない姿だったのでマイルスは思わず聞いてしまった。
これから強盗に向かう犯罪者だって、こんなあからさまに怪しい変装はしないだろう。
「いえ、少々事情が……」
どう説明しようかとカイルが思案し始めたとき、今度は背後から、威勢のよい女性の声が響いた。
「おいおい、えらく怪しいのがいるね!」
大家の一人、女性騎士のエリカだ。
「せっかくの非番日だし、店子と茶でも飲もうかと思って誘いに来たんだけど、店子だか変態だかわかんないねこりゃ」
あははは、と豪快に笑って、カイルの腕を取る。
「どうせ、シリウスが心配で学校に行って覗きでもしようとしてたんだろ。あの子は大丈夫だから、あんたはあたしらと茶だよ」
「の、覗きなど……!」
「あれ、学校に行くつもりじゃなかったの?」
「いや行くが、私は別に……」
「別になんだい?」
「……」
黙り込んでしまったカイルを引っ掴んで、エリカはマイルズを振り返る。
「マイルズ、あんたの分もレイが茶を淹れてるからリビングに降りといで。勉強にも息抜きが必要さ」
「は、はい」
この下宿に住んで数ヶ月が経っているマイルズは、大家の面々に逆らっても無駄だということを熟知していたので、素直に頷いたのだった。
気がつけば、連載開始一周年を過ぎていました。
年中行事や記念日も常に一定速度、通常運転なので、特別な事は何もないのですが、読者の皆様には心から感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。
地道にがんばりますので、これからもよろしくお願いします。
今回は新しい人物がたくさん登場しましたが、それぞれに名前を与えるかどうか迷いました。
名無しでも行けるのですけれど、せっかくシリウスにとってはじめての担任とクラスメイトたちなので席が近い子達だけ名前をつけることに。
この子達は留学編にたびたび出てくると思います。
次回は授業を受けるシリウス。
使役できる動物について。
いまのところ順調のようにみえなくもない。




