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69・☆校長先生VS竜人

 

 

 

 「ご到着を心待ちにしておりました。お話はガーラント様から伺っております」


 アレスタの首都にある聖エドアルド学園小等部、その校長は自分の部屋で三人の来客を迎え、穏やかな笑みを浮かべた。

内側にカールした美しい白髪を肩の上で揃え、若いころはさぞかし美人だったと思われる初老の女性だ。

かつての聖人、エドアルドが設立したこの学園は、身分の区別なく、試験にさえ合格すれば誰でも入学できる、アレスタではあまりない形式の学校だった。


 誰でも入れるとはいえ、学生の大部分は貴族ではなく、少しだけ裕福でごく平凡な家庭の学生たちだ。

中には大商人の金持ち息子や、家の方針で市民の学校に通わせられている貴族の子供もいたけれど、ほとんどは首都に住む一般市民だった。


 シリウスの希望では、平民のみの学校に通いたいという話だったのだけれど、留学の手配をまかされたカイルの父、ガーラントは、シリウスを一般市民だと偽るのは無理があると言って、身分の別なく通える学園を紹介した。


「それで殿下は、偽名を使わず本名で通学なさるおつもりですか?」


「はい。偽名はなんとなく落ち着かないので、シリウス・オヴェリウス、とだけ名乗ろうと思っています」


ウェスタリア、の部分を省略したわけだ。


「ご身分のほうは?」


「ええと、できたら一般家庭の子供、という事にしていただきたかったんですけれど……」


「……」


 校長も、つきそってきていたカイルとアルファも思わず黙ってしまったので、シリウスは若干不機嫌になった。

しかし、以前城を抜け出して街に出たとき、バナードにも街の人たちにも、一般家庭の子供と見てもらえなかったのは事実なので、シリウス本人もその件はすでにあきらめていた。

本人にはさっぱり理由がわからないのだけれど、出会った人みんなに、平民ではないとすぐにバレてしまうのだった。


 言葉を途中で濁したシリウスの代わりに、隣に立っていたアルファが答える。


「ウェスタリアからきた下級貴族の次男、という事にしてもらおうと思っている。可能ならば教師の方々にも我が君の素性は明かさないでほしい」


「それで、竜人のお二人も護衛として勤務なさりたいとの事でしたが……」


 校長は、尋常でない雰囲気の二人をチラリと見上げ、言いにくそうに一度言葉を切った。

彼らの素性はすでにカイルの父、ガーラントから聞き及んでいる。

前もって心構えをして表情には出さないよう気をつけていたけれど、彼らを間近にするとどうしても緊張してしまう。

国の重要人物とも何度か対面したことのある彼女だったが、竜人と会話をするのは初めてだった。

姿勢をただし、背を伸ばしてから、あらためて恐るべき二人と向かいあう。


「殿下に当学園へ入学していただくからには、身分に関係なく他の生徒と同じ扱いをさせて頂きます。生徒のための護衛は、すでに優秀な人員が必要数以上に勤務しておりますので、殿下個人の護衛の方に、当学園で勤務していただくわけには参りません」


「!?」


 この答えにカイルとアルファは目を見開いた。

アレスタでも当然のように、シリウスにつきっきりでいるつもりだったのだ。


「俺が我が君のお傍を離れるなどありえぬ。校内が無理なら、塀の外の警備でもかまわぬので付近にいることを許可願いたい」


「目立たないようしておりますゆえ!」


 目立たない、などありえない二人が必死で訴える。

彼らが終日学校付近をうろついていたら、たちまち市民たちの注目の的になるだろう。

シリウスは二人の袖を引いて苦笑した。


「二人とも、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ぼくが学校にいる間、二人は家でのんびりしてればいいじゃない」


「そんな!」


二人同時に叫んだが、シリウスは首をふった。


「それに外にはフォウルがいてくれるし」


 オオカミの姿のフォウルは、今も門番よろしく、学園の入り口で銅像のようにまっすぐな姿勢で座っている。

警備の任に使役獣を使うことは一般的だったので、校長もフォウルの事だけはすでに許可済みだった。

もっとも、校長はフォウルが蒼竜であることは知らなかったが。


 納得のいかない竜人二人は、なおも校長に食い下がろうとしたのだが、校長が両手で二人に落ち着くようにと示したので、一応口を閉ざした。


「お二人がそれほどシリウス殿下のお傍を離れたくないとお考えとは、まったく予想しておりませんでした……」


ため息をついて、


「では、こういうのはいかがでしょう、たとえばカイル様を臨時講師として、ときどき学園にお招きするというのは」


「私を?」


カイルが途端に喜色を浮かべる。


「カイル様はアレスタで良く知られたお方ですし、そんな方が学園に来てお話をしてくださったら、子供たちも喜びましょう」


「毎日伺う!」


「毎日では不自然ですよ。カイル様は気安いご身分ではございませんし、生徒や教師の中にお姿を見知っているものもおりましょから、ご身分をお隠しになることもできません」


勢い付いているカイルをなだめ、校長は次にアルファを見た。


「黒竜公閣下には……、そうですね、大学のほうをお手伝いいただきましょうか。小等部の校舎とは少々距離がありますが、それでも同じ敷地内です。お顔は知られていないでしょうし、黒竜公閣下だということをお伏せ頂けるなら、こちらは毎日でもかまいません」


 時々なら、と言われてカイルはまだ不満そうだったが、来てはいけないと言われていたさっきよりはましだ。

アルファもとりあえず敷地内にいられるということで、しぶしぶといった様子ながらうなずいている。

逆にシリウスは心配そうだった。


「二人とも、学校でぼくを見かけても、気づかないふりをしなきゃだめだよ。もし話す機会があっても、敬語なんか使っちゃだめだし、他の子と同じように接してくれないと」


「!?」


驚愕の表情になった二人を見て、シリウスは内心危機感を募らせていた。


「ちょっとためしに、よびすてにしてみてよ」


「不可能です」


 試みにアルファに視線をやると、即座に、だが威厳たっぷりに堂々と、返事が返ってきたので、思わずシリウスは笑ってしまった。

自信満々に、不可能です、と言うところがアルファらしい。


「挑戦ぐらいしてほしかったな……。じゃあ、カイルは?」


「……そんな、呼び捨てなどと、絶対無理です……」


 こちらは、切実に、そんなことはさせないでほしいと訴える声音だ。

シリウスは二人の返答を聞いて困惑顔。


「じゃあ、二人と学校で会っても話はできないね……、ちょっと寂しいけど、そのほうが正体もバレないだろうし、いいかもしれない」


校長もうなずく。


「お二人のご様子を伺った感じだとその方がよろしいでしょう。他の子らと殿下とで、接するときの態度が違いすぎれば不審に思われますし」


しかしそんな事であっさりと納得する竜人たちではなかった。


「シリウス様! で、では、私は生徒全員に対して敬語で話します。ですからどうか……!」


まずカイルが必死に懇願し、


「俺は我が君の従者兼、保護者、という立場にしてはもらえないか。それならば敬語を使っても不自然ではなかろう」


 と、アルファも校長へ訴え譲らない。

竜人たちの提案に、シリウスは顎に手をあて考えた。


挿絵(By みてみん)


「アルファは竜人だって知られてないからそれで行けるかもしれないけど、カイルはぼくを呼び捨てにするか、せめて『シリウス君』って呼ばないと。そうじゃなきゃ生徒全員を「様」付けで呼ぶことになる」


それはどう考えても不自然だ。


「しかし、呼び捨てなど……」


「じゃあシリウス君でもいいんだよ。 ――ほら、大丈夫だから言ってみて」


「……うう……」


 どうしてもどうしても、そんな呼び方ができず、涙目になっているカイルを、アルファも心底同情のこもった視線で見ている。

無敵の黒竜にも、主人を呼び捨てにするなど、完全に不可能だったからだ。


 シリウスは苦笑を浮かべて下からカイルを見上げた。

カイルの燃えるような赤い髪までがシュンとうなだれて、叱られた子犬のようにしょげかえっている。

なんだかカイルをいじめているみたいで罪悪感が沸いてくるが、これは避けようがない議題だった。


「うーん、フォウルなら案外できそうなんだけどな……。じゃあ、カイルはぼくを呼び捨てにするか、君付けにするか、どっちかを練習しないと……」


「も、もし、できなかったら……?」


「その時は、やっぱり話しかけるのは禁止かなあ。それか、学校に来ることそのものをあきらめるか……」


「そんな!」


「我が君」


 どうしていいかわからない、と言った様子のカイルに助け舟を出したのはアルファだった。

普段ならカイルが苦境に陥っていようが大して気にもかけないアルファだったが、カイルの気持ちがわかりすぎるだけに放っておけなかったらしい。


「他の者に聞こえない程度に、小声で敬称を付け足すのではいけませんか」


「アルファ!」


思わぬ援護にカイルは同種の青年にすがりつきそうになった。


「聞こえないようにこっそり呼ぶぐらいなら、最初から敬称なんかつけなくても行ける気がするんだけど……」


と言って、チラリとカイルを見てから、彼が泣きそうになっているのを確認してしまい、


「わ、わかったよ。なんか変だけど……。でも、慣れてきたら呼び捨てにしてね」


と、アルファの案を受け入れた。





 少年と竜人らのやりとりの様子を目にした校長は、竜人二人の態度に内心かなり驚いていた。

驚愕と言っていい。

過去、それなりに竜人のことを学んだことがあったからだ。

決して誰にも膝を折らず、家族や国家にも忠誠を誓わないという、最強にして孤高の生き物。 ――の、はずだったのに。


 カイルの父、ガーラントに、首脳会議での彼らの話は聞いていたけれど、聞くのと実際に見るのとでは衝撃の度合いが違いすぎた。

そして、目の前にいる美しい少年はいったい何者なのだろうと、若き日の研究心を駆り立てられてもいた。


「あ、それと、黒竜公閣下に大学の講師をして頂くなら、お名前は伏せていただいたほうが無難かもしれません。大学で竜人を研究し、お名前を知っているものがいれば、名乗った瞬間に黒竜公ご自身だとバレてしまう可能性があります。よほど近くでじっくりと見なければ大丈夫でしょうけれど、万全を期するなら、髪や瞳の輝きも染めるなどして抑えられると良いのですが」


「名前のほうは、ジーンとだけ名乗ることにしよう。色に関しては面倒ではあるが、学園にいる間だけ魔力で髪を覆って必要なだけ光を吸収すれば頭髪の反射量を調節できる。目の方は反射をいじると視力に影響が出るのでこのまま行くが、そこまで他人を接近させるつもりはない」


「……反射を調節……。そのようなことが可能なのですか。ならばそれでよろしいかと」


 微妙に不十分な気もした校長だったが、まさか竜人が大学で講師をやっているなど誰一人思わないだろうし、二ヶ月だけのことだから、なんとかなるだろうと考えたのだった。







弱いものいじめの気分を味わってしまったシリウス。

シリウスが言っているように、たぶんフォウルはシリウスを呼び捨てできると思います。

普段から敬語もあんまりつかっていないフォウル。

赤と黒の人が「おつかえしている」のに対し、青の人は「お守りしている」意識が強いようです。

白の人はその中間でとてもバランスがよい。


次回はついに初登校。

楽しみにしていた学校で、のびのびやってくれると良いのですが。

以下は、のびのびできない赤い人の変装。


挿絵(By みてみん)

留守番してらんない。

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