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62・☆シリウス、ちょっと怒る

 

 


 城を訪れたバナードは、到着するなり、服を買いに街へ出かけたいから案内してほしいと言われ、シリウスの後ろに従う三名を見て思わず微妙な笑みを浮かべてしまった。


「案内するのはいいけど……」


 ……目立つなあ、と心の中で付け加える。

それに見たことのない人物が混じっていた。

黒竜公と赤竜公は、もちろんわかる。

しかし、おとなしげな雰囲気の、蒼い髪の青年は知らなかった。

知らなかったがしかし、バナードは竜人の特徴なら黒竜公から聞いて知っていた。

もう今更あえて突っ込んだりはしないけれど、良く見ると淡く複雑な色に輝く美しい蒼の髪は、間違いなく竜人特有のものだ。


「バナードは初めてだよね、フォウルっていうんだ。仲良くしてあげて」


 自分の親戚の子供を紹介するかのような気軽さで、当たり前のように、仲良くしてあげて、などと言われたが、さすがのバナードも初対面の竜人にむかって、よし、仲良しになろう、とは言えない。


「は、はじめまして、バナードです」


 せめてあたりさわりのない挨拶をすると、フォウルと呼ばれた青年は静かに会釈をして結局一度も口を開かなかった。




 歩いて出かけたいと主張したシリウスだったが、竜人たちは了承しなかった。

帰りは荷物が増えるし、非常に目立つ一行なので、可能な限り店の近くまで馬車で乗りつけなければいけないと言う。

いつもだったら、もっと粘るシリウスだったけれど、いろんな店を回る予定だったし、確かに荷物も増えるので、今回はあっさりと引き下がった。


 バナードが最初に案内した店は、一般庶民よりも少々金銭に余裕のある人の行く店だった。

バナードも親戚の結婚式に着ていく服を買うために、一度だけ入ったことがある。

もっと庶民的な服の店がいい、と言われるかとも思ったが、どうやらシリウスには違いがわかっていないようで、店内に入ると目を輝かせて服を見て回っている。


 広い店内には三名の店員と数名の客がいたが、みんな突然のVIP登場に気づいて目を見開いたまま固まっている。

以前と違い、シリウスも、常に一緒にいる黒竜公も赤竜公も、すっかり容姿が知れ渡ってしまっていて、姿を見られればたちまち正体が露見してしまう。

シリウスはもう他人の視線をほとんど気にしなくなっていたが、護衛の竜人たちは違う。

主人に向けられる視線を遮って立ち、大事な主をさりげなく、だが完璧に守っていた。


「これなんか似合うんじゃない?」


 シリウスは白いシャツをフォウルの胸に当てる。

襟元に波のような美しいブルーの刺繍が入っていた。

おとなしくされるがままになっているフォウルは差し出された服を受け取ると、無言のままギュッと抱きしめた。


「どう?」


「……」


「他のも見てみようね」


「……」


 フォウルが黙ったままなので、バナードはいろいろと心配になったのだけれど、シリウスは気にせず次々と他の衣類を見て回っている。


「お、おい、シリウス、いいのか? 蒼竜公様、あの服、気に入ってないんじゃ……」


「えっ?! そう?! だって、あんなに嬉しそうなのに」


 コソコソ話しかけられた言葉が、いかにも意外だったかのようにシリウスは驚いて、バナードにはまったく理解しがたいことをいう。


「嬉しそうかなあ……」


「うん。――フォウル、その服、嫌い?」


 シリウスが聞くと、フォウルは受け取ったシャツを胸に抱いたまま、すごい勢いで首を振った。

なるほど、確かに気に入っているようだ。


「このお店、靴もあるんだね。靴も買おうか」


 フォウルはシリウスのいうがまま、されるがままについて歩き、選んでもらった品物は、どれも全部抱きしめて離さない。

誕生日にたくさんのプレゼントをもらい、その全部を離さない子供のようだ。



挿絵(By みてみん)


「カイルとアルファはどうする? 普段着がいい? 正装?」


「お、俺は、選んでいただけるのでしたらなんでも……!」


 黒竜公らしからぬ食いつきっぷり。

バナードが見れば赤竜公も一生懸命首肯している。

目立ちすぎな一行にまぎれて案内して歩くなんて、非常にやっかいな役割だと思っていたけれど、彼ら三人の喜びぶりは相当だ。

素直に大喜びする竜人たちなど、めったにみられない光景だったから、バナードも嬉しくなってくる。


「そうだ、バナードも、あとで好きな服を選んで」


「えっ?! オレ?!」


意外な事を言われてバナードは自分を指差した。


「案内のお礼だよ。ちゃんとぼくがお給料としてもらったお金だから、心配しないでね」



 シリウスは、塔をまるごと直したとき、兵士たちの給料に換算して相応の金額をもらっていた。

とはいえ、実際にかかる費用よりはずっとずっと少なかったけれど。

塔の建設には30名から40名の兵士があたり、3年かけて完成させる予定だった。

その一人が三年働いたのと同等の給料をもらったのだ。

他にも、公式行事に出席するときは相応の「給料」が支給された。

ウェスタリアでは国王一家とはいえ、徴収した税金を自由に使うことは許されておらず、国政に関わる事以外の私的な金銭に関しては、市民と同じように給料という形で支払われていた。


 たとえば国王ライオネルの趣味である骨董集めや、王妃であるジュディスが息子たちのために作る刺繍に関する費用などは国庫から落とされることがない。

そうは言っても、衣服や食器などのほとんどは王族として威厳を保つための必要経費として計上されるため、彼らの私財が使われることはあまりなかったが。

 

 一方シリウスは、常に軍務についているルークや、国王や王妃として日々国政に携わっている両親と違い、定期的に給料を貰う事はできなかったけれど、城を出ることすらままならないシリウスに個人的な金を使う機会などなく、今まで一度も貯金が目減りすることはなかった。

溜め込んだお金をようやく使える日が来てシリウスも嬉しかったのだ。





 普段着用のフォウルの服を何着か選んだあと、一行は買い込んだ荷物を馬車に乗せ、次にスーツや正装を専門に扱う店に入った。


「アルファはやっぱり黒がいいのかな。シャツはいつも白だよね」


「は。ですが我が君が選んでくださるのであれば、何色でも……」


「そう?」


 シリウスは、じゃあ、ためしに、と、カイルの髪のように赤いジャケットを差し出した。

その光景を見たバナードは片眉を上げ、唇をゆがめてなんとも言いがたい表情だ。

似合わないわけではない。けれど、なんというか、違和感がものすごい。

シリウスは背の高い友人の胸に服をあてがい、しばし考えてから、


「うーん、カッコイイんだけど、いつも黒で見慣れてるから、なんか落ち着かないね。カイルとアルファの上着の色を取り替えたら、名前を間違えて呼んじゃうかも」


 あはは、と、声に出して笑い、やっぱり黒にしよう、と今度はベルベットのように滑らかな黒の上下を手に取った。

真っ黒に見えた上着には、袖や襟の部分にさりげなく、黒銀の糸で蔓草の模様の複雑な刺繍が描かれていた。


「バナード、どう思う?」


「うん、それならすごく黒竜公様に似合いそう」


 バナードが見る限り、シリウスからスーツを受け取った黒竜公の手は、気のせいでなければかすかに震えていた。

さっき蒼竜公がシリウスにシャツを選んでもらって、見た目には静かだったのに、内面で熱く激しく大喜びしていた様子とかわらないなと思ってしまった。

クールな黒竜公だが、喜びを隠しきれていない。


「ありがとうございます、我が君……」


「試着してから決めてね。ほかのを見て変えてもいいんだから」


 ニコニコとそう言って、次にカイルの服を探しに行った主人を、アルファは愛情のこもった視線で見つめ、少し離れた場所で緊張した面持ちのまま珍客たちを礼儀正しく見守っている店主に、シリウスが選んだ服を渡した。


「俺はこれをもらう。外に馬車を待たせてあるから積んでおいてくれ」


「はい。ですが、ご試着はよろしいのですか……?」


「いい。サイズが違っていてもかまわない」


 それを聞いてしまったバナードは、やっぱそうなるよな、と、こっそり笑った。

着られないほど大きさがあわなければ、きっと黒竜公は主人に秘密のままスーツを仕立て直すだろう。

多少サイズが違っていようと、好みに遠かろうと、シリウスが選んでくれた服を、黒竜公が手放すはずがないのであった。




 「カイルは白も似合うんじゃないかな」


 そう言って、いかにもワクワクと身を乗り出しているカイルに、シリウスは白いスーツを渡した。

襟元を金の金具が縁取り、鋭角的な輝きが、カイルのまじめさを現しているようだった。


「あ、でも、ぼくの正装の服にちょっと似てるかな。おそろいだとカイルは恥ずかしい?」


「恥ずかしくなどありませんとも!」


「そう? うーん、ぼくはちょっと恥ずかしいかな」


「!?」


 ペアルックが恥ずかしいといわれたカイルはすでに若干涙目だ。

だが、改めて細身のスーツを選んでもらい、再び目を輝かせる。

何度も礼を言い、シリウスが余所見をしている隙に、最初にシリウスが選んだ白いジャケットもこっそり店主に渡した。

その場で金を支払い、馬車に積み込ませる。


 またしても竜人の素を見てしまったバナードだったが、バナードが一番最初に出会った時から彼らは常にこんな感じなので、別にガッカリしたりはしないのだった。

むしろ、そういう光景を見るたびに、シリウスのスゴさを実感し、神のごとき力を持つ竜人たちが子犬のように見えてしまうのだった。

とはいえ、バナードにとって竜人たち、とくにアルファは、心の底からあこがれる目標であったけれど。




 最後にシリウスはフォウルの正装を選びはじめた、さっきたくさんの普段着を買ってもらったフォウルは、買ったばかりの服の包みを馬車の中でも手放さず、次の店に入るときも荷物を持ったまま降りてきたのでさすがにシリウスが止めた。


 馬車には御者が一人残っていたが、大事な品物を置いていくのが不安だったようだ。

シリウスは、このお店でも服を買うんだから、持ちきれなくなっちゃうよ、と、笑ってフォウルの手を握る。

それでようやくフォウルも、ずっと抱いたままだった荷物を馬車の中に預けた。



 フォウルの正装に、シリウスは濃紺のスーツを選んだ。

ズボンの方はさらに濃い、黒に近い紺。

当然のように、フォウルは試着を断り、選んでもらった服を喜んで受け取ったが、今度はシリウスが正装のフォウルを見たがったので、店の奥で試着してくれた。


 非常に満足げな店員に連れられて出てきた蒼竜公に、バナードは目を見張った。

年季の入ったよれよれの服を着ていた蒼竜公。他の二人よりも、バナードにとっては、ずっと親しみやすい雰囲気だったのだが。

確かに美しい青年だったが、威圧感もほとんどなく、一般人のような風情だったのだけれど、正装を着た蒼竜公はさっきまでの様子とはまるで違っていた。

濃紺のスーツと清流のような透明感のある髪がとても似合っていて美しい。

知的で育ちのよい、どこかの国の王子のような貫禄だ。

大人しげに見えても、さすがは竜人、きちんとした格好をすれば、たちまち威厳が出る。


バナードは思わず感嘆のため息を漏らし、シリウスも目を輝かせた。


「すごく似合ってるよ、フォウル!」


 愛する主人にほめられて、フォウルは嬉しそうに笑った。

その笑顔がまたたまらなくさわやかだったので、近くにいた女性の店員がうっとりと瞳をとろかせている。


「せっかくだから着て帰る?」


シリウスが聞くと、フォウルは慌てて首をふった。


「汚したらいけない。元の服に着替えます」


「でも、カイルやアルファは普段そういう服を着ているし、フォウルにもスーツを何着か買ってあげるよ。それとも窮屈かな」


窮屈なんかじゃありません、とキッパリ言って、けれどフォウルはジャケットを脱いだ。


「もう服は沢山買っていただきました。もっと必要なら自分で買う。いただいた服は汚さないようにしないと……」


「汚したっていいんだよ。普段着てもらう用に買ったんだから」


「大事にとっておきます」


「……」


 ことここに至って、シリウスも、バナードも、なんとなく事態を察した。

振り返ってみれば、カイルもアルファも、買ってもらった服は試着もしていない。


シリウスは、嬉しそうに後ろについている、黒と赤の青年たちを見上げた。


「もしかして、二人も今日買った服を着ないでしまっておくつもり?」


「は、我が君から賜った服です。生涯大事にしまっておきます」


アルファが答えると、カイルも胸を押さえて頷いている。


「染みひとつ、皺ひとつ付けるわけにはいきません」


 それからシリウスは、再びフォウルを見た。

フォウルは、シリウスがアルファとカイルと会話している間にいつのまにか着替え、もうすでにいつもの格好だ。


「……」


「シリウス?」


「……」



 黙り込んでしまったシリウスを、バナードが覗き込んだ。

竜人たちもなんだか不穏な空気を察してうろたえている。



 「三人とも、ちょっとそこに立って」


なんだかシリウスからかつてなく恐ろしい雰囲気が漂っているのだった。

基本的に怒らないシリウスですが、今回はちょっと怒ってます。

ルークがいたなら、シリウスが怒る前に突っ込んでくれたのかもしれないのですが、いなかった。

バナードはフォウルと初対面。

狼だったら見たことあったのですが。


次回は、買い物もひと段落、かと思いきや、事件勃発。



挿絵(By みてみん)

行っちゃだめだよーと言ったときには、もういなかった。

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