61・☆それぞれの道へ
ルークは自室で頭を抱えていた。
シリウスの留学の件にしぶしぶ同意したものの、やはりどうしても心配で落ち着かない。
それというのも、アレスタでの首脳会議のあと、街ごと魔物の群れに襲われたせいだ。
以前ウェスタリアを襲った魔人の仕業であるという。
自分の目が届かない異国で、弟の身に危険が迫る可能性を考えると居ても立ってもいられない。
「ルーク、そんなに心配なら、留学の最初だけでも君が付いていってあげたら?」
親友のロンがそう言ってくれたのだが、ルークは首をふった。
ロンに言われるまでもなくそのつもりだったのだ。
「スケジュールが合わない……」
シリウスの留学は、新学期に合わせた春を予定していたのだが、そのころルークも公式行事などで、特に留学の前半にはどうやっても日程を合わせられなかった。
「ルークが心配するのもわかるけど、シリウス殿下には三人も竜人がついているんだ。二ヶ月だけなんだし、めったなことは起こらないよ」
「あいつらがいるから余計に心配なんだが……」
竜人たちの強さと忠誠心については絶対の信頼を寄せていたが、それ以外の部分については全面的にまったく信用していない。
むしろ、強すぎ、忠誠心ありすぎで、信用できない。
机の上に今期の予定表を広げ、ルークはひとつひとつ見直していく。
「今から予定をつめても、まとまった休みを入れられるのはシリウスが留学した一ヵ月後だな……。いけないよりはマシか……」
「なにがなんでも行くつもりなんだね」
ロンは思わず笑ってしまった。
だがルークはいたって大真面目な顔。
「あたりまえじゃないか。あの子は本当ならまだ3歳にならないんだぞ。留学だなんてそもそも早すぎるんだ」
ぶつぶつ文句を言いながら立ち上がる。
「あの時父上がまんまと乗せられたりするから……」
不機嫌な王太子を見て、ロンが話題を変えた。
「そういえば、バナードの話を聞いたかい?」
「バナード? 彼がどうかしたのか」
バナードは果物屋の息子で、目下のところ、シリウスにとって唯一の友人と言える相手だ。
「決めたようだよ。彼も、自分の進む道を」
「そうか!」
アレスタで会議が行われる少し前に、ルークは父王の許可を得て、ロンを伴いシリウスには内緒のままバナードに会いに行った。
騎士になる気はないかと説得に。
「それで、彼は……」
「今日、シリウス殿下の所に行く前、僕に会いに来てくれたんだ」
「なんで私じゃなくロンのところに……」
「あはは、そりゃ王太子にところには行きにくいからだろ」
あっさりと答え、ロンは王太子の肩を励ますように叩いた。
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バナードは、シリウスが誕生日に父からもらった馬に乗っている姿を馬場の柵にもたれて眺めていた。
併走しているのは赤竜公カイルの乗る馬と、蒼い狼。
彼らと同じ場所に立ちたい。
ついさっき、自分の決意を王太子の友人、ロナルドに話してきたばかりだ。
ぼんやりとシリウスの姿を見つめ、ついに言ってしまったんだとため息をつく。
もう後戻りはできない。
「どうしたバナード」
隣に立って、同じようにシリウスを見つめていたアルファが声をかけた。
「黒竜公様……」
「バナード、急な話なのだが、そなたがもしよければ、今度アレスタに二ヶ月ほど留学してみるつもりはないか」
「へっ?!」
またしても予想外の誘いに目を見開く。
ウェスタリアの首都からすら一度も出たことのないバナードにとって、陸続きの隣国とはいえ、外国に行くなんて想像したこともない。
「我が君が、春からアレスタに二ヶ月ほど滞在される予定なのだ。そなたもよければ……」
「すごく行きたいんですけれど、いけません」
迷うことなく返事をしたバナードは、アルファをしっかりと見つめた。
「オレ、春から士官学校に行くことになったんです」
「士官学校へ?」
アルファも聞いていなかったので驚いた。
「分不相応なのはわかってます。オレは行儀作法も知らないし、剣を振ったことも、馬に乗ったこともない。なによりただの果物屋の息子だから、最初は断ろうと思っていたんですけど……」
バナードは、こぶしを握り、顔をあげる。
「オレ、自分の力でシリウスを守れるようになりたいんだ。このままだと、シリウスの遊び相手にしかなってやれない。それだって、あと何年かしたら、そんな口実で会いに来る事もできなくなる」
アルファは頷いた。
バナードの言うことはまったく正しかったからだ。
「でも、王太子殿下が、騎士になれば大人になっても傍にいられるって言ってくれて、だからオレ……」
「そうか」
「シリウスがアレスタに行くならついて行きたいけど、士官学校も春からだから……。最初の一歩からそんな風に楽しい方向へ道をそれたら、目指すところにはたどり着けないと思う」
意思をこめて、はっきりと言った。
ほとんどが貴族の子息で構成された士官学校で、一般市民である自分が、いったいどんな扱いを受けるのかわからない。
けれど迷った末に出した結論だけに、バナードの決意は固かった。
「だからオレ、アレスタには行けません。士官学校でどれだけやれるかわからないけれど、行かないで後悔するのはいやなんだ。それに……」
バナードはまっすぐにアルファの瞳を見つめる。
初めて出会ったとき怖いと思っていた黒竜公を、今は心から尊敬しあこがれていた。
「黒竜公様にいただいたお金の使い道も決めました。王太子殿下は士官学校に行くための費用は全部出すって言ってくださったけれど、それじゃだめなんだ。自分の力で行かないと。だから、あのお金を使わせてもらいます」
アルファはバナードの肩に手を乗せた。
成長期の少年の肩はまだ細く頼りないが、アルファはバナードを信頼していた。
「あれはそなたが自分の力で手に入れた金だ。自分のために使え。――そなたならきっと、望む道に進めるだろう。そなたが思っているよりも、つらく厳しいものになると思うが、その先に待っているものの事を忘れるな」
「はい」
返事をして見上げると、黒竜公、アルファは、深く頷き、今までバナードに見せたことのない、やさしい笑みを浮かべていた。
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そんな風にシリウスの留学の準備が進む中、城の中はなんだか微妙に元気がない。
彼らの大事な王子が、二ヶ月もいなくなってしまうからだ。
同行できる幸運な三名は、今日も変わらずシリウスから離れない。
その日の予定をすべて終了したあと、夕食前のあいた時間に、シリウスと竜人らは打ち合わせを兼ねて談笑していた。
「アルファは着替えとか用意してあるの?」
シリウスは黒衣の美丈夫を見上げた。
アルファはいつも黒い色のスーツを着ていたけれど、デザインが違っていたり、同じ黒でも微妙に色合いが違っていたり、内側に着ているシャツも日によって変わり、かなり衣服を持っているようだった。
日帰りの予定でウェスタリアにはほとんど身一つでやってきたアルファだったが、定住すると決めたその翌日には、自宅を管理する家政に手紙を送って衣服を届けさせる手配を完了していた。
ウェスタリアで購入したほうが費用も手間も断然少なくすんだのだが、あの時のアルファは生まれたばかりの主人から一時も離れたくなかったため、そのような手段を講じた。
「それなりに持って行きますが、足りなければアレスタで購入するつもりです」
そうなんだ、とシリウスはうなずいて、次に赤い髪の青年を見上げる。
「カイルは?」
「私は実家も近いですし、あまり荷物は持っていかないつもりです」
カイルはいつも基本的に騎士としてふさわしい、堅苦しい服を着ていた。
同じデザインの制服を数着、着まわしている。
私服はあまり持っていなかった。
だからアレスタに戻ったほうが、実家もあるし、衣服はたくさん持っていると言える。
最後にシリウスは、傍らにピッタリついて離れない、蒼い髪のやさしそうな青年に聞いた。
「フォウルは荷物用意した?」
「ボクの荷物は身に着けているもので全部です。このまま行く」
「……」
確かにフォウルは、アレスタで合流してからずっと同じ服を着ていた。
しかもかなりの古着感。
夜着だけはセントディオール城のメイドが用意してくれたものがあったけれど、夜になるとフォウルは狼に姿を変えて、これまたシリウスの部屋の扉の前から離れようとしなかった。
カイルとアルファは現在日替わりで扉前の護衛を交代していたが、フォウルはローテーションに関係なく、誰に文句を言われても、絶対に扉の前からどかないのだった。
そんなわけで、メイドの用意してくれた新しい夜着には一度も袖を通していない。
竜人たちがその気になれば、金銭を入手する手段など無数にあるはずなのだが、フォウルは金にも仕事にも一切興味がないようだった。
蒼く透き通る瞳でじっとシリウスを見つめ、
「それより、あなたの荷物を増やせばいい。服だけじゃなくて、いつも使っている食器、枕を持っていってもいい」
などと言う。
「枕って言った?!」
シリウスがビックリして聞き返すと、アルファが確かにそのとおりかもしれないと頷いた。
「異国の地でも、枕が同じであれば良く眠れると申します。もって行くことにいたしましょう」
「枕なんかいらないよ! それに食器も置いて行くし」
主人の言葉に、竜人たちはそろって驚愕しているようだった。
「で、ですがシリウス様、我々は持っていくものもありませんから、シリウス様のお荷物を可能な限り馬車につめれば……」
「もってったって部屋に入りきらないよ。引越しじゃないんだよ?!」
「もう一部屋借りればいい」
「確かにもう一部屋借りるのは妙案です。我が君の荷物をすべてそこへ……」
「いらないってば……」
本気で言っているらしい竜人たちに、さすがのシリウスもすっかり呆れた。
「それより、カイルやアルファはともかく、着替えが一着もないフォウルはさすがにそれじゃ行けないよ」
「服はこれしかないけれど、常に浄化の魔法をかけているので大丈夫」
確かにフォウルの服は、よれよれではあったけれど、汚れも染みも匂いも一切なかった。
ひたすら清潔で、そして、古い。
愛着があって着ているのであればそれでもいいのだけれど、どうもフォウルは衣装にまったく興味がないらしい。
シリウスは立ち上がって、フォウルの手を握った。
「よし、今から服を買いに行こう」
「は?」
「ね、ぼくが選んであげるよ。寝るときに着るのと、普段着をいくつかと、正装も」
もしかして嫌がるかと思ったのだけれど、フォウルの白いほほが若干ピンクに染まっている。
どうやら嬉しいらしい。
「あなたが、ボクに服を選んでくれる……?」
「うん。ついでだから、アルファとカイルにも、アレスタに持っていく服を選んであげる」
「俺にもですか!?」
「私にも?」
大人の男二人が瞳を輝かせるのを見て、シリウスは嬉しくなってきた。
もしかしてみんな、あんまりにも自分にベッタリなせいで、服を買う暇がなかったのかと疑うほどだ。
しかもそれはかなりのところ間違いではなかった。
「ぼくも、アレスタで普通に街を歩けるような服を買いたいな。バナードを誘ってお店の場所まで案内してもらおうか」
しかしそうなると、今すぐに出発するというわけにはいかず、結局ショッピングは翌日に持ち越しとなった。
街に出るしっかりとした口実ができて、その上みんなと買い物ができるという、ものすごく楽しそうなイベントに、シリウスは翌日が楽しみだった。
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「ボクの服を、選んでくれる……」
フォウルはまだ使ったことのない自分のベッドに腰掛け、半ば呆然としたままつぶやいた。
「あの人が……」
いまだに、フォウルはシリウスのことをなんと呼べばいいのか良くわからず「あなた」とか「光の君」とか、状況に応じて曖昧な呼び方をしていた。
シリウスの前世である青年の印象が濃いせいで、名前で呼ぶと何かが違っているような気がして。
せめてまったく違う容姿だったらよかったのだけれど、外見の年齢こそ違っているものの、アメジストのような瞳の色や、金の髪、性別を超越した天使のような容貌も、本当に以前の主君にそっくりだった。
しゃべり方、歩き方、思いやってくれる、やさしい心も。
「シリウス」
つぶやいてみて、首をかしげる。
「シリウスさま……」
フォウルはもう一度口に出すと、名前を体をしみこませるようにしみじみと目を閉じ、狼の姿に変じて、シリウスの寝所を守るべく立ち上がった。




