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【第3部スタート】ギャンブル中毒で放蕩三昧の悪役貴族、破滅ルートをひっくり返す  作者: 有馬 茶
第三章 女神祭編 〜七つの賽と百の壁〜

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第26話 操り糸


準決勝の対戦相手は、奇妙な少女だった。


歳は、リリアより少し上くらいだろうか。

淡い桃色の巻き毛に、ふわふわとしたレースのドレス。

陶器のように白い肌。

大きな青い瞳は、瞬き一つしなかった。


まるで、等身大の人形のようだった。


「……マリオネッタです。よろしく、おねがい、します」


少女は、ぎこちなくお辞儀をした。

その動きは、関節に糸でもついているかのように、かくかくとしていた。


その後ろには、相棒らしき男が一人、無表情で立っていた。


(この少女が、次に右手を上げる確率は?)


【100%】


(相棒の男が、次に一歩前に出る確率は?)


【100%】


――二人とも、百。


「アレン」


俺は、立会人席のアレンに、小声で言った。


「あの少女も、後ろの男も、マリオネッタ本人じゃない」


「……どういうことだ」


「操られてる。本物は、どこか別の場所にいる。たぶん、この会場のどこかに」


アレンの目が、鋭くなった。彼は、黙って腰の剣の柄に手をかけた。


  ◆


勝負は、カードの数比べだった。


伏せた山から一枚ずつ引き、数の大きい方が勝つ。単純な運の勝負だ。


だが、勝負そのものは、もはやどうでもよかった。


三回目の勝負で、少女がカードを引いた瞬間。


観客席の男が一人、突然立ち上がった。


「――王女を、帝国に引き渡せぇっ!」


その叫びに呼応するように、観客席のあちこちで人々が立ち上がった。

さっき、百パーセントの数字が浮かんでいた連中だ。


「帝国と戦になるぞ!」

「あの女のせいで、王国が滅びる!」

「引きずり出せ!」


叫び声が、伝染していく。

操られている者たちだけではない。

その叫びに煽られて、普通の観客までもが興奮し始めた。


そして、操られた男たちが、観客席の手すりを乗り越えて、台の方へ雪崩れ込んできた。


その目は、虚ろだった。全員が、まっすぐにノエルを目指している。


「衛兵! 衛兵、止めろ!」


アレンが叫ぶ。だが、衛兵たちは、押し寄せる群衆の波に呑まれて、身動きが取れない。


――これが狙いか。


神前法は、女神の客人の身を、誰かが「拘束」することを禁じている。

だが、群衆が暴動を起こし、その混乱の中で王女が「行方不明」になったとしたら。

誰の責任も問えない。


俺は、ノエルの手首を掴んで、自分の背中に引き寄せた。


「離れるな!」


「ヴィクトル……!」


一人目の男が、目の前に迫る。


(あの男の手が、ノエルに届く確率は?)


【100%】


――百。止められない。


いや、違う。止めるのは、俺じゃなくていい。


男の手が、ノエルに伸びた瞬間。男の背後に、音もなく黒い影が立った。


首筋に、二本の指が、とん、と当てられる。男は、白目を剥いて崩れ落ちた。


「坊ちゃま。お嬢様には、指一本触れさせません」


ゴードンだった。いつの間に、ここまで来ていたのか。足音一つ、聞こえなかった。


「伯爵様! こっちだ!」


台の下から、ラットが顔を出した。


「台の下を通って、裏の通路に逃げられる!」


  ◆


だが、次から次へと、操られた人々が押し寄せてくる。

ゴードン一人では、とても捌ききれない。


元を断たなければ、きりがない。


マリオネッタ本人を、見つけなければ。


俺は、台の上に飛び乗り、会場を見渡した。


数百人の観客。逃げ惑う者、叫ぶ者、押し寄せる者。

その全てに、一瞬で問いを立てていく。


(あいつが、次に前へ進む確率は?)


【100%】――操られている。


(あいつは?)


【43%】――普通の観客だ。迷っている。


(あいつは?)


【100%】――操られている。


百と、それ以外。会場を見渡しながら、俺は頭の中で、百の数字の地図を描いていった。


前世のポーカーで、何百枚というカードの位置を記憶したのと同じように。


そして、気づいた。


操られた者たちは、ノエルに向かって押し寄せている。

だが、その全員が、ある一点だけを避けて動いていた。


観客席の西側、三段目。

そこだけ、ぽっかりと空間が空いている。

まるで、何かを守るように、百の数字の人々がその周りを囲んでいる。


その中心に、一人の老婆が座っていた。


花売りの籠を膝に乗せた、腰の曲がった小さな老婆。

騒ぎの中で、ただ一人、身じろぎもせずに座っている。


(あの老婆が、次に立ち上がる確率は?)


【12%】


――百じゃない。


周りの全てが百なのに、あの老婆だけが、揺らいでいる。


操られていない。操っている側だ。


老婆の膝の上の籠から、無数の細い糸のようなものが、きらきらと光って見えた気がした。


「アレン!」


俺は、あらん限りの声で叫んだ。


「西の三段目! 花売りの婆さんだ!」


  ◆


アレンは、一瞬の迷いもなく動いた。


押し寄せる群衆の頭上を、手すりから手すりへと跳び移っていく。

白い制服の裾が、風になびいた。


操られた者たちが、一斉にアレンの方を向いた。

老婆を守るように、アレンの前に立ち塞がる。


(あの男が、アレンに掴みかかる確率は?)


【100%】


「アレン、右から来る!」


アレンは、振り向きもせずに左へ跳んだ。男の手が、空を切る。


「次は、正面の二人! その後、左の女!」


アレンは、俺の声に従って、操られた者たちの間を縫うように駆け抜けた。

剣は抜かない。

操られているだけの、罪のない観客を傷つけないために、鞘のままで足を払い、体を躱していく。


百パーセントで決まっている動きなら、俺にはそれが全て見える。

そして、その動きを先回りして伝えれば――。


アレンには、敵の動きが全て見えているのと同じになる。


「……まさか、気づかれるなんてね」


老婆が、ゆっくりと顔を上げた。


その皺だらけの顔が、まるで仮面を外すように、するりと剥がれ落ちた。

下から現れたのは、三十代くらいの、妖艶な女の顔だった。


「でも、残念。私の人形は、まだ百体いるのよ」


女――マリオネッタの指先が、ひらりと踊った。


会場中の操られた人々が、一斉にアレンに向かって押し寄せた。四方八方から。


(アレンが、マリオネッタに剣を届かせる確率は?)


【21%】


――低い。


数で押し潰される。いくら動きが読めても、逃げ場がなければ意味がない。


そして、目の前のマリオネッタは、紛れもなくイカサマ師だ。

勝負の場で暴動を起こし、王女をさらおうとした。


遠慮は、いらない。


(マリオネッタが、次の糸を引き終える確率は?)


【79%】


二つの数字が、俺の眼の中に並んで浮かんでいる。


(――入れ替われ)


頭の奥が軋み、数字がスロットのように回転する。


ガラスの砕ける音。


【アレンが、マリオネッタに剣を届かせる確率:79%】

【マリオネッタが、次の糸を引き終える確率:21%】


マリオネッタの指が、宙で一瞬、もつれた。


ほんの一瞬。糸が、絡まったのだ。


アレンに押し寄せていた人々の動きが、一斉に止まった。

まるで、時が止まったかのように。


その一瞬で、アレンは跳んだ。


止まった人々の肩を足場にして、まっすぐにマリオネッタの元へ。


鞘から抜き放たれた剣の切っ先が、マリオネッタの喉元に、ぴたりと突きつけられた。


「――そこまでだ」


  ◆


マリオネッタの指から、光る糸がはらはらと解けていった。


会場中の操られていた人々が、糸の切れた人形のように、その場にへたり込んだ。

皆、きょとんとした顔で、自分が何をしていたのか分からないという様子だった。


台の前に座っていた桃色の髪の少女も、ことりと首を傾け、それから、わっと泣き出した。


「こ、ここ、どこ……? おかあさん……?」


普通の、怯えた子供の声だった。どこかから、さらわれてきたのだろう。


「マリオネッタ。

神前勝負の場における暴動の扇動、ならびに出場者の誘拐未遂。

――女神の名において、お前を拘束する」


アレンが、マリオネッタの両手を縛り上げた。


マリオネッタは、抵抗しなかった。ただ、台の上に立つ俺を、じっと見つめていた。


「あなた、私の人形たちの何を見ていたの?」


「お前が決めた、未来をな」


マリオネッタは、しばらく黙っていた。


それから、くすりと笑った。


「……そう。なら、気をつけなさい。

決勝の相手は、私なんかとは比べものにならないわ」


マリオネッタは、貴賓席の方を見上げた。


そこには、誰もいなかった。だが、俺には分かった。


「あの方は、未来を決めるんじゃない。未来そのものを、『確定』させるのよ」


  ◆


「勝者、ヴィクトル・ラングレー組」


マリオネッタの棄権により、準決勝の勝敗が告げられた。


会場が落ち着きを取り戻すのに、長い時間がかかった。


控え室で、ノエルは長椅子に座って、ぼんやりと自分の手首を見つめていた。

俺が掴んだところが、少し赤くなっていた。


「……悪い。強く掴みすぎた」


「ううん」


ノエルは、首を振った。


「離さないでくれて、よかった」


扉が開いて、アレンが入ってきた。剣を鞘に収め、少し息が上がっている。


「ヴィクトル。お前の声のおかげで、助かった」


「お前の足がなかったら、届かなかったさ」


アレンは、一瞬だけ照れくさそうに目を逸らした。


それから、表情を引き締めた。


「決勝の相手が、正式に決まった。――宰相ギルベルト組だ」


控え室の空気が、重くなった。


「勝負は、三日後。女神祭の最終日だ」

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